畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
北海道の夏はそれなりに暑いが関東のソレと比べると、湿気が殆どと言って良い程に感じられない分かなり過ごしやすかった。
彼の母国である偉大なる女王の国は日本程に暑くなる事は無く、東京に拠点を置いていた頃にはあまりの暑さにクーラーの効いた室内から一歩も出なかった程だ。
しかしこっちに来てからはどんな天気の日でも、余程体調を崩したとかで無ければ基本的に仕事へと出なければならず、真夏の日光の下でジリジリと皮膚が焼ける感覚に耐える必要が有った。
彼の術式が有れば冷気を生み出し気温を下げる事は出来ても、日光を遮る事は出来ないので直射日光を浴びる熱さまではなんともならなかったのだ。
寒さに強く暑さも自力でなんとかなるが、熱さまでは耐えられず熱中症を起こして仕事中に倒れそうになったのは、サイキッカーとは言っても万能では無いと思い知らされた出来事だった。
そんな風に一般社会に紛れて暮らす彼等に転機が訪れたのは秋の事、アイヌ呪術連の長老から旧ノア残党の幹部と言えるキース、カルロ、レジーナをサッポロピリカコタンへと呼び出したのだ。
札幌地下鉄真駒内駅からバスに揺られる事40分、定山渓温泉郷の少し手前にある小金湯温泉町にあるその施設へとやって来た3人を迎えたのは、アイヌ呪術連の者達だけではなかった。
本州の呪術総監部を代表して楽巌寺と言う老呪術師が札幌へとやって来ており、ソレに合わせてアイヌ呪術連との会合を持ち、ソコに彼等も呼び出されたと言う訳だ。
「……以上の理由から儂らアイヌ呪術連は旧ノア残党を匿っておるが、彼等はこれ以上の争いを望まず日本の地に交わり静かに暮らす事を望んでおる。彼等が清廉潔白な身の上では無い事は重々承知じゃ。じゃがまだ若い彼等は愚かな大人に踊らされただけじゃでの」
そう言って総監部の代表である老呪術師に頭を下げ、慈悲を乞うアイヌ呪術連の長老。
アイヌ呪術連は総監部をして決して侮って良い相手では無い……と看做している国内の呪術組織だ。
この夏にも道内に出現した特級相当の呪霊の出現を総監部へと報告し、万が一彼等が敗れた時に即座に総監部麾下の特級を応援として呼べる様に観戦武官とでも言うべき者を配置した上で独自戦力だけで見事に祓って見せた。
総監部麾下の呪術師であれば特級を相手にするならば最低でも1級呪術師を、可能ならば特級呪術師を派遣し任務に当たらせるが、彼等アイヌ呪術連は人海戦術に依る集団戦で持って件の特級を巻き狩りにし一人の犠牲を出す事も無く倒して見せたと言う。
総監部の呪術師は基本的に単独で任務に当たるのが普通で、少人数での連携任務は有り得るが、彼等の様に大規模な連携戦の訓練を積んでいるのは、恐らく禪院家の者達くらいだ。
一騎当千の強者と言う意味で言うならば総監部麾下の特級達が明らかに上だし、1級レベルの呪術師もアイヌ呪術連には居なかったとは報告を受けてはいるが、連携すれば特級をも祓える戦力だと言うのは確かに一目を置く必要のある組織と言えるだろう。
彼等は木っ端の呪詛師が身の安全の為に群れた呪詛師集団なんぞよりも敵に回せば余程危険といえる相手なのだ。
しかし逆に言えば総監部側から余計な無体を働かない限りは、日本国の法律と呪術規定を破るつもりの無い穏当な組織とも言える。
故にこうして楽巌寺はZepp Sapporoでのライブのついでに彼等との交流を図っている訳だが……今回は想定していなかった爆弾が飛んできた。
呪詛師集団ノアと直接戦ったのは東京高専の呪術師達であり、京都校の学長として彼等に含むモノは無い。
しかし総監部の指示を守る事こそが絶対に正しいと言う保守的な価値観を持つ楽巌寺としては、一度総監部が呪詛師と認定した相手を見逃せと言う要求は到底飲めるモノでは無かった。
「彼等も先日の特級案件では身体を張った者達だ。頭目のキース君は単独でも特級を祓える可能性が有ったと思うが、ソレをされると儂らのメンツが立たぬ故に遠慮してもらったが、他の2人はしっかりと前線で皆を支えた戦士よ」
……コレを飲めば総監部はアイヌ呪術連に大きな貸しを作る事が出来ると言うのは、馬鹿でなければ理解出来る。
「何故……長老が頭を下げてまで彼等の呪詛師認定を取り消させたいと?」
けれどもソレでアイヌ呪術連に何の得が有ると言うのか? ソレが分からない以上は素直に頷く事など出来やしない。
「彼等はまだ若い、儂も彼等の年頃の頃は馬鹿をやらかし当時の長老達の手を焼かせたモノよ。楽巌寺殿お前さんも彼等の様な若造の頃から何一つ過ちを侵さずにその歳まで生きてきたとは言いますまい?」
楽巌寺とて人間である何の誤りも無く生きて来たなどと、口が裂けても言う事が出来ないのは事実だ。
「じゃがだからと言って彼等……呪詛師集団ノアが侵した罪が無くなる訳では無いじゃろう?」
罪を侵したならばその罪は必ず贖わなければならない、呪術界においてその方法は極めて限定的で、基本的には一度呪詛師となったならば
運良く捕縛されたとしても、余程反省の色が濃く尚且つ総監部に取って有用な術式持ちでも無い限りは、様々な拷問等で知り得る全ての情報を搾り取った後に秘匿死刑、或いは一部の幹部しか知らない秘密の監獄『呪獄島』への終身刑の何れかだ。
「確かに彼等のしでかした事件の被害者には謝罪と賠償が必要になるだろうが……ソレは本当にノアの若者達が背負うべきモノかの? 諸悪の根源はリチャード・ウォン……シャフト元CEO
「ぬぅ……」
総監部に提出された報告書でも件の男は、
確かにその観点から見れば彼等若者達はリチャード・ウォンに騙され踊らされた可哀想な少年達だったのかもしれない。
とは言え総監部の決定は絶対であり自分の一存で覆して良いモノでは無い。
「済まぬ、流石に儂一人の勝手な決断で呪詛師認定を取り消す事は出来ぬ。だがアイヌ呪術連から正式に申し入れが有った事は上にしっかりと報告させて貰おう。実際、こうして会ってみれば彼等の目には真摯な反省の色が見える事じゃしの」
教育者として呪術高専京都校の学長として多くの若者を見て、彼等の死を看取って来た者として、今この場に居る旧ノアの幹部だと言う3人は決して邪悪な人間には見えない……その判断だけは自信が有った。
故に楽巌寺は自分で勝手な判断はせず上に丸投げする事にしたのだ。
……当然ながら結果は即時出る訳も無く、旧ノアの3人は帰りのバス時間までの間に日帰り温泉でひとっ風呂浴びてから帰途に付いた。
それから暫くの後、アイヌ呪術連の顔を立てると言う事で彼等旧ノアの人員はリチャード・ウォンを除いて呪詛師認定が解除される事になる。
その事をアイヌ呪術連の長老からキースは昼休みに自分の携帯に連絡を貰らい、意気揚々と共同生活を行っているアパートへと帰って来た。
「き、きききき、キース様! たた、た、大変です! 当たっちゃいました! 3枚も!」
すると普段は余裕のある笑みを浮かべている事の多いレジーナが切羽詰まった様子でそんな事を言って来た。
「何!? 真逆、オータムジャンボ宝くじが当たったのか!?」
皆で金を少しずつ出し合い買った宝くじ、当たるとは思っては居ないが、その売り文句通りに夢を買ったと思って笑いながら買ったものだ。
「いえ、宝くじじゃぁ有りません」
けれどもソレは即座に否定された。
「じゃぁ何が当たったと言うんだレジーナ!」
「パティです! パティのクリスマスライブの抽選販売が3枚当たりました!」
「何!? 本当か!?」
英語の母国出身であるキースは北海道に逃れてから彼女の歌に魅了されていた、パティの歌う平和への思いに感化されたからこそ短い期間で、米軍への復讐心から解き放たれたと言っても過言では無い。
「どうしましょう……当初の予定通り転売してお金に変えますか? でも、先日の
現在はコンサートチケット等の転売は法律で禁止されているが、2012年当時は未だ法規制がされておらずオークションサイト等での転売は褒められた事では無いが違法では無かった。
パトリシア・マイヤースのコンサートチケットは1枚定価2万円、応募倍率は6倍以上と報道されていたのでオークションサイトに出品すれば3枚合計で30万近い収入が見込めるだろう。
だが今はそのくらいの金額が喉から手が出る程に欲しいと言う財政状況では無い、つい先日アイヌ呪術連からカルロとレジーナの呪霊討伐への参戦報酬として1人1千万、合計2千万円が振り込まれたばかりなのだ。
アイヌ呪術連のお陰で呪詛師認定が取り消された事で、法的に今の職場へときっちり移籍すれば彼等はもう違法就労者でも違法滞在者でも無い。
ちゃんと働けば働いた分だけ報いてくれる職場が有る分、この国の一般的な若者達よりも恵まれているとすら言えるだろう。
「……よし行くか、東京へ! 但し俺達が立場を笠にチケットをもぎ取る事はしない。希望者全員でじゃんけん大会でもして勝者3人を選ぶぞ!」
欧米圏出身のノア残党の者達は皆パティのファンで、チケット争奪じゃんけん大会は熾烈を極めたが、結果としてキース、カルロ、レジーナの三人が無事にチケットを手にしたのだった。