畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
2012年12月23日午前11時45分、東京渋谷ハチ公前
洗いざらしのジーンズにメンズカジュアルブランドのトレーナー、その上に仕立ての良い革ジャンを羽織った長身の男が、ポケット六法全書を片手に誰かを待っている。
男性としては割と長いであろう髪を総髪に纏め前髪を一筋だけ垂らした髪型は、彼の様な整った顔立ちの者で無ければ間違いなく『ダサい』と笑われるだろう。
けれども塩顔と表現される様な顔立ちであり、年頃の女性が見れば10人中7人はイケメンだと評するであろう彼がそうしている分には、ソレは特徴的なイケてる髪型と言う事になる。
事実、明らかに待ち合わせだと分かる彼に対して、いわゆる『逆ナン』を試みる女性は、彼がここに来てから既に片手の指を超える人数を数えていた。
「傑さん! 何時も待たせて御免なさい」
待ち合わせの相手が声を掛けて来たのに合わせて彼──夏油傑は手にした本を閉じ、彼女──天内理子に目を向ける。
「いや、大丈夫、私もいま来た所だよ。ソレに未だ待ち合わせの時間には15分も有る。私が早く来すぎただけだから理子が気にする様な事じゃぁ無い」
そう気遣いの言葉を吐く夏油だが、彼が此処に来たの待ち合わせの1時間前である午前10時の事だ。
夏油傑と言う男は生来の生真面目さ故に、他人を待たせる事を好まず待ち合わせならば必ず1時間前には現着する様に移動する事を心掛けている。
無論、他所のお宅なんかを訪問する場合には、約束の1時間前に行くのは流石に非常識であると言う常識も持ち合わせているので、10分前に現着し5分前にインターホンを鳴らす様にすると言う基本的なマナーは当然心得ているのだ。
そう言う意味で言うならば、約束の15分前に姿を表した天内も世間一般のマナーからすれば十分に問題無く待ち合わせの時間を守っているといえるだろう。
天元と彼女の融合とその阻止を巡る戦いから6年の月日が経ち、彼女も今は大学2年生、彼女が通っていたミッション系の学校と近い系列である立教大学の法学部で彼女も法曹界を目指して勉学に励んでいる。
夏油も弁護士資格を正式に取得する為、東大を卒業した後1年の司法修習に従事する身であり、決して暇な立場では無いが、今日は日曜日であり祝日でもある為普通に自由を満喫出来る日なのだ。
そんな世間一般から見れば忙しい方に部類される2人が、こうしてわざわざ待ち合わせをして居るのは、当然と言えば当然の事ながらデートである。
本当ならば翌日の24日クリスマス・イブに逢瀬を重ねたいと言う気持ちはお互いに有るものの、天内は中高6年間通して通い更には大学もミッション系で統一されている事でも分かる通り、敬虔なとは言い難いが自認としてはクリスチャンなのだ。
故にイブとクリスマス当日は大学内に有る礼拝堂でクリスマス礼拝に参加する予定なので、今日のデートする事にしたのである。
「さて、じゃぁ行こうか。取り敢えずお昼を食べる前にマルキューでプレゼント交換をして、それからランチを食べて映画を観るってルートで良いんだよね?」
「うん、ソレで大丈夫。あ、プレゼントはあんまり高いモノじゃなくて良いよ! 傑さん、今年は司法修習で忙しくて呪術師としての収入は殆ど無いって言ってたし……」
そう言いながら夏油の左腕を取り、年相応に……相応以上に色々とボリュームを増した身体を彼に押し付け歩き出す。
「大丈夫だよ、気を使わなくて。なんせ私は特級だからね、任務一回で普通の人の年収分位の収入になるんだ。理子の方こそ法学部じゃぁアルバイトもろくに出来ないだろう?」
左の肘に当たる柔らかな感触に鼻の下が伸びそうになるのを呪術師として培った強固な精神力で堪え、勤めて涼しげな口ぶりでそう言葉を返す。
「その辺は大丈夫! 傑さんが私にしてくれたみたいに家庭教師なら週1時間とかでも結構な収入になるから。あ! 安心してね生徒さんは私が通ってた中学校の後輩で女の子だよ」
自分がされた家庭教師と言った瞬間、夏油の表情が一瞬強張ったのを見て取った天内は、その嫉妬心を嬉しく思いより強く同年代の女性が羨む様な膨らみを彼に押し付けそう言った。
夏油は家庭教師をしていた教え子に手を出したと言う訳では無い、彼女の側からの猛アタックの末に恋人関係に成ってから、大学受験に備えて自主的に家庭教師を引き受けていただけだ。
なのでアルバイトで家庭教師をしている彼女とは違うのだが、ソレでももしも自分以外の知らない男と授業とは言え2人きりの時間を過ごしているとしたならば、ソレを想像するだけでもその男を殺し呪詛師に堕ちても……と思える程に腹が立つ。
そうだ……夏油傑と言う男は天内理子と言う少女にこれ以上無い程の惚れている。
最初の出会いは最悪と言って間違いない状況だった、その後彼女の身を夏油は相棒と共に無事守り通し、五条ポチと言う世界で最初に
それから暫くの間続いた彼女からの猛アタックも、最初は吊橋効果だの保護者役だった女性が結婚した事で心細く成っているだの、色々な理由を着けて躱そうとしたが、少女が本気で自分に好意を向けていると気付いた時、ソレを無下に出来る程彼は薄情では無かった。
そうして懐に入れてしまえば少女は実に愛らしく、そして美しく気高い女性へと成長していったのだ。
そんな彼女を愛おしく思い愛情を向けているのは自分だけで無く、彼女の育ての親と言っても良いだろう
彼女の両親は幼い頃に事故で亡くなっていると聞いている、しかし彼女が折れず曲がらずまっすぐに正しい道を歩み、自己犠牲すらも厭わず大切な人の為にその道を行こうとする誠実な
だからこそ夏油は亡き彼女の両親にも、そして黒井美里と現在の彼の夫に対しても顔向け出来ない様な不誠実な真似をするつもりは一切無い。
「ああ、そう言えば、ポチさんの血統と術式を持った猫が無事に産まれたらしいよ。全部で29児の父だってさ」
そんな事を考えていると、相棒が言っていた『ハーレムクソ野郎』と言う誠実さとは真対称といえるフレーズを思い出し、移動中の話題としてそんな言葉を投げかけてみる。
「29児ってまた凄い数ね……ってソレってもしかしてそんなに沢山の女の子とシタって事?」
猫のお産に詳しくは無いが呪術師の世界については多少は知っている天内は、ポチと言う猫がそれほどの数の女性を片っ端からやり捨ててシングルマザーを量産した様に受け取ったらしい。
「猫は一度に4~10匹産むのが普通らしいからね。ちゃんと対策をせずに飼うと2組のカップルから3年で2000匹を超える事も理論上は有るらしいよ? まぁポチさんのお相手が1匹じゃぁ無いのは事実だけれども……相手はどっちも猫だからねぇ」
「……うん、聖書にも猫に対して『汝姦淫する無かれ』とは書かれて無いね、主の教えは飽く迄も人間の為の道徳規範だから」
「とは言えそんなに無軌道にハーレム的なモノを作った訳じゃなく、3匹の雌とちゃんと合意の上で合計5回妊娠させただけなんだってさ」
「じゃぁ一回に平均6匹近くの仔猫が産まれたんだ。ポチさんは大き過ぎてあんまり可愛いって感じじゃぁ無かったけど、仔猫は可愛いんだろうなー」
天内理子は産まれた頃から動物を飼った事は無い、犬も猫も人並みに可愛いと思う感性は有るが、星漿体として何時かは天元様にその身を捧げるモノ……と幼い頃から言われて育ったので、その時に飼っていた子が残されるのは……と自重していたのだ。
「うん、そうだね。じゃぁ理子が大学を卒業して天内から夏油に変わる時には、タイミングが合えばポチさんの孫の内の一匹を譲って貰えないか悟に聞いて見ようか」
その言葉の真意にワンテンポ遅れて気が付いたらしい天内は、漫画ならばボヒュ! という効果音がしそうな勢いで顔を真赤にする。
「ちょ! 傑さん! ぷ、プロポーズはもっと、ちゃんとして欲しい……」
夏油としては先程から態と自分の劣情を煽る様に、たわわに実った女性の象徴を押し付けて来る彼女に対するちょっとした意趣返しのつもりの言葉だったのだが……効果は抜群だった様だ。
「冗談だよ、今のはね。でも、大学を卒業して理子の司法修習が終わったら、本気で将来の事は考えないとだよね」
今の時代20代前半での結婚は早いと言われるかもしれない、けれどもソレは若者の経済状況が悪化した事で、安心して結婚し子どもを育てる事の出来る経済力が身に付くのに時間が掛かる様に成ったからである。
対して夏油は特級術師としての仕事を一年近く休んでいる状況だが、今まで稼いだ財産だけでも一般成人男性が3回人生をやり直しても稼げない金額が口座には積み上がっているのだ。
両親に妹として引き取って貰った双子の少女達の生活に掛かる費用なんかは、自分が出そうと考えていたのだがソレは両親に止められ、彼女達の養育は完全に両親の手に委ねられていた。
勿論、地元に帰る機会が有れば色々と御土産を買ったりして、彼女たちの事はしっかりと妹達として可愛がっているつもりでは有るが、ソレ以上に2人を付きっ切りで徹底的にケアしてくれた母には敵わないとも思う。
「むー、傑さん、また妹さん達の事考えてる? 今は私とデートしてるんだから、妹さんでも他の女の子の事考えるのはマナー違反だよ」
「あ、ああ、そうだね御免よ理子」
「でもまぁ……クリスマスだし妹さん達にもちゃんとプレゼントは買ってあげないとだよね? 未だ用意してないなら、マルキューで一緒に選びましょ? 傑さんの妹なら私にとっても
と、そんな甘い会話をしながら、2人は渋谷道玄坂の雑踏へと姿を消すのだった。