畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「七波! アンドロマリウスを呼べ! 盗人野郎を追撃する!」
パティをウォンに奪われ奴がその姿を消した直後、御主人は切羽詰まった声で自身の教え子にそんな指示をだす。
「え? あ! はい! 目覚めよゴエティア! エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり! 36軍の長、大いなる伯爵、アンドロマリウスよ、正義を冠する魔神よ、第72の魔神よ! 我、七波奈々の名に置いて顕現し我が願いを叶えよ!」
肩から下げていた大き目のトートバッグから取り出された革装本を左手に持ち、右手で剣印を作るとソレを振り地面に呪力で六芒星を描く。
「我が召喚されるとは……この世に正義の種は尽きとも、盗人の種は尽きまじと言う事か。召喚者七波奈々よ、我に求める願いは何か?」
六芒星の上に現れたのはとぐろを巻いていてもなお巨大だと分かる大蛇で、身体を伸ばせば恐らく10m以上は有りそうな化け物だ。
しかも唯の蛇では無く頭の少し下辺りから腕の様なモノが生えており、その先端もまた蛇の頭と言う三頭の蛇だ。
「えっと……先生?」
「この場で攫われた、パトリシア・マイヤースが何処に連れ去られたのかを知りたい。魔神に取り戻して貰ったんじゃぁ根っこを断つ事は出来ないからな。場所が知れたなら俺が直接乗り込んで叩く」
「先生の言った事を叶えて下さい!」
「ふむ……召喚者は罪業を背負えども、ソレを贖う為に徳を積まんとしている者で、その先生は罪業よりも徳が勝る……か。良かろうその願い聞き届けた!」
魔神アンドロマリウスがそう言いうと既に願いは叶え終えたと言わんばかりに、その身体が解け呪力へと変換され空気中へと霧散して行く。
「なるほどね……良しポチ跳ぶぞ! 楽巌寺学長はここを他の連中と一緒にお願いします」
「敵陣に一人で乗り込んでも貴様がくたばるとは思わんが……パティを、儂の孫娘にも等しい者を頼むぞ!」
楽巌寺学長の言葉を背に受けて、俺を連れた御主人が蒼で跳ぶ。
ソコは何処かの倉庫の様な場所であり、壁際にはSF映画なんかで見る様なコールドスリープを行う為の機材の様なモノが幾つもの並んで居るが、中心部はガランと空いているそんな場所だった。
「ほぇ? 先客? ウォンの野郎が闘ってんのか?」
問題はその広い空間には既に決闘結界が張られており、中では赤毛のパンクロッカーの様な衣装を纏った青年とウォンが闘っていたのだ。
「ありゃ確か前にお前が言ってた呪詛師ハンターとか言う奴だな。総監部の広報で顔写真は見た覚えがある」
未登録の呪術師、或いは呪詛師と勘違いされない様に総監部指揮下の呪術師やフリーの呪術師は、総監部の広報誌やダークウェブ上に存在する呪術師専用サイトに顔写真が掲載されているので、その辺に気を払っていれば全く知らないと言う事は無い筈なのである。
「予知とか予言とかその辺の術式持ちって噂だって言ってたよな? アイツの術式は完全に雷を操るだけの術式だぞ? どうやってこんな所に奴が来るのを予測してたんだか……」
陰高野式では無く旧ノア式の決闘結界へと割り込むと、乱入者の呪力を徴収した上でその呪力を使って反転術式にも似た効果で挑まれた者が回復してしまう為、既に闘っている者が居るならば決着を待つのが吉だ。
「御主人、取り敢えずは今の内にパティ嬢の身柄を確保したらどうだ?」
奴が決闘で結界外に手を出せない状況だと言うならば、その隙を突いてプリンシパルを確保しておくのが上策だと思っての提案である。
「んにゃ、コレ中に幾つか人が入ってやがる。パティが入ってるのはアレだけど、他の奴に捕まってるのも流石に見捨てて行く訳にも行かないだろ? ウォンの野郎をぶん殴った上で政治的に蹴りつけないと駄目な奴だわ……ここ在日米軍基地の中だもん」
聞けばここは横田基地と言う米軍と自衛隊が共同で仕様している飛行場の米軍側の施設の一角だと言う。
「にしても……どうやら地獄炉から供給される無限の呪力って言っても、呪力出力はそのまんまみたいだな。見た所反転術式をも使えて無い見たいだし、呪詛師ハンターが負けた後で俺がぶん殴りゃ簡単に蹴りは付くな。呪詛師ハンターの事は任せるぞ」
俺の目からは一進一退の攻防に見えるのだが、御主人の目にはウォンが終始有利に闘いを進めている様に見えるらしい。
にしても確かにウォンの奴は本当に厄介極まりないな、端から見ているだけでもあからさまに瞬間移動してるし、分身してるし、予備動作らしきモノすら無く呪詛師ハンターが吹っ飛んでるし……最期のは多分時間停止からの攻撃なんだろうな。
流石に地獄炉から無限の呪力を得ているとは言っても、御主人の言う通り呪力出力が上がった訳では無い様で、一撃で呪詛師ハンターを仕留める程の威力は出せて居ないし、時間停止を連発する事も出来ない様だ。
更に言うならばその無限の呪力を扱う呪力操作の精度も乱雑で、莫大と言える呪力に振り回されている感すら俺の目からみても分かるのだから、御主人の六眼を持ってすれば組みやすい相手と見えても不思議は無いのだろう。
とは言え流石は年の功と言う事か、見るからに若い呪詛師ハンターに対してウォンは練り上げられた武術と呪術を組み合わせた戦闘スタイルで、御主人程の眼力の無い俺でも分かる程に攻勢を強めていった。
「掛かりましたね!」
攻防の中で一度は大きくウォンを吹っ飛ばした呪詛師ハンターだったが、何も無い所から唐突に現れた長剣に肚を貫かれ、更に小剣が12本全身に突き立てられ……合計13本の剣が爆発する。
「ぐぁぁぁあああ!」
結界の内壁をぶち抜き倉庫の壁へと叩きつけられる呪詛師ハンターだが、刹那がそうなった様に壁の染みに成る程の衝撃では無かったようで、パッと見まだ息は有りそうだ。
「ポチ」
「了解」
ウォンに気取られぬ様にする為か、静かに俺を促す御主人の言に従い俺は呪詛師ハンターの元へと駆け寄る。
「よう、ウォン。久し振りだなぁ、卑怯とは言うなよ? お前は地獄炉で無限の呪力を得てるんだろ? なら俺を倒す事くらいは簡単な筈だよなぁ?」
ウォンは呪詛師ハンターとの闘いを完全に無傷で終わらせた訳では無い、満身創痍とまでは言わないが間違いなくダメージは身体に蓄積している筈だ。
その状況で日本の呪術界最強の存在である御主人と相対するのは正直な所、可哀想とすら思う。
「くっ!? 何故貴様が此処に! 呪詛師ハンターといい貴様といい忌々しい!」
「お前呪術師を舐めすぎなんだよ、そもそも転移は手前ぇの専売特許じゃねぇし、追跡の手段なんざぁ幾らでもある……とは言えまた時止めからの転移で逃げられても面倒クセェ。冥土の土産だ……呪術の深奥を見せてやるよ……領域……展開!」
俺が知る限り、御主人が呪術の到達点の一つとされる『領域展開』を身に着けたと言う話は聞いていない、しかし御主人の地雷を踏み続けたウォンと言う男を確実に仕留めるならばこれ以上の方法は無いだろう。
黒い半球の結界が展開されているのを確認し、俺は御主人の勝利を確信して呪詛師ハンターの救助へと向かった。
「……五条ポチか、俺に反転術式を使う必要は無い。ウォンを五条悟が仕留めた時点で俺の任務は終わった。どうせ年を跨ぐ程にこの身体の耐用時間は残されていない」
そんな言葉から始まった呪詛師ハンターの言に依ると、彼はいわゆる『クローン人間』で有り、科学と呪術の良い所取りで産み出された使い捨ての兵士なのだと言う。
「詳しくはこのスマホを見てくれ、暗証番号は395963だ……」
そう言って彼が取り出したのは随分と大きなケースに入れられた……今の時代には未だ売られていない筈の3眼レンズの付いたリンゴマークのスマートフォンだった。
その言葉を最期に限界を迎えたらしい呪詛師ハンターの身体から力が抜け落ちると、常人ならば短くても5分はその場に留まる筈の魂が即座に抜け落ち、ウォンが開くのと似たような呪力が詰まった空間への穴へと吸い込まれていく。
本来ならば有り得ない未来型のスマートフォンを震える前脚で操作し、言われた通りの暗証番号を打ち込むと無事にロックが外れた。
ホーム画面には本当に幾つかのアプリしか入って居らず、SIMカードも刺さっていない様で完全にオフラインで使う事しか考えられていない様である。
「ふぅ……ポチ、こっちは終わったぜ。そっちはどうだ?」
領域が解除されそんな言葉に振り返れば、目に見えて呪力が減っている御主人と、完全に脳が破壊された様で肉体から魂が抜けだしそうに成った所で、奴が何時も開くゲートの様なモノから成人男性の胴回りはあろうかと言う腕が現れウォンの魂を掴み引きずり込んだ。
「……なぁポチ、今のって」
どうやら魂を視認出来ない御主人にも、あの腕は見えた様で明らかにドン引いた震える声でそう問いかけて来た。
「恐らくは地獄の獄卒辺りが十王裁判をすっ飛ばして地獄へと引きずり込んだんじゃぁ無いか? 何が地獄の者達の逆鱗に触れたのかは知らんが……奴は色々とやり過ぎたと言う事だろう」
……コレが出来るならばメロンパンの野郎もさっさと地獄送りにして欲しいモンだが、ウォンが死ぬまで地獄側も手出しをしてこなかった事から察するに現世で生きるモノへの介入は禁止されているのでは無かろうか。
「呪詛師ハンターは治療も蘇生も望まなかった……詳しくはこの端末に情報が入っているらしい。未だ俺も詳細は見ていないがね」
そう言ってこの時代には未だ無い筈の機種を降って見せる。
「うし、後はパティ……だけじゃねぇなぁ……他の奴に拉致されたんだろう人達を回収してどうやって此処から出るかだよなぁ……此処ってどう考えても治外法権だからなぁ」
10個程並んだシリンダー型のタンクベッドとでも言う様なモノの内、半数は埋まっているそうで中身を無事に取り出す方法も詳しく調べないと分からない、なんせコレは呪術では無く完全に科学の領分だ。
「俺のスマホを見た感じここから通話は可能な様だから夜蛾学長へ連絡して、総監部を通して政府経由で話をねじ込んで貰うしか無いんじゃないか? 米軍基地で不審者じゃぁ即座に撃たれても仕方がないだろうしな」
俺一匹なら野良猫が紛れ込んだと言う体で脱出出来るし、御主人だけでも蒼で転移すりゃ然程問題無く脱出出来る、しかし被害者達を無事に取り戻すと言う前提で言えば政治的決着を待つしか無いだろう。
そう判断した俺達は顔を見合わせて深い深い溜め息を吐くのだった。