畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
五条がウォンを追って東京ドームホテル前から転移したその直後だった、西……呪術高専東京校のある方角から呪力を爆炎に変えソレをジェットエンジンの様に噴射し飛び込んで来る一人の男が居た。
「(日本語)キース! 手前ぇの野望は間違ってる! 俺がぶん殴ってでも止めてやる!」
未だキースとガデスの決着が着いていない結界へと飛び込むその男は、高専の医務室に安置された氷中の中で眠っていたバーン・グリフィスだ。
『HERE COMES A NEW CHALLENGER』
親友でありながら袂を分かつ事となったキース・エヴァンスが闘う呪力の滾りを感じ取った彼は、自身を縛める氷結の呪力を内側から焼き溶かし自由になると、医務室の窓から空へと飛び出し一直線にここまで飛んできたのである。
「バーン!? 貴様、いきなり現れたと思ったら何を言っているんだ!」
ガデスをあと一歩で倒せると言う所まで追い詰めていた状況で、唐突な乱入に声を荒げるキース。
「うるせぇ! ダチが間違った事をしようとしてるなら、ぶん殴ってでも止めてやるのが本当のダチってモンだろ!」
バーンはほんの数十分前に目覚めるまで冷凍睡眠状態で有り、彼の感覚的では2年前の闘いから然程も経っていないのだ。
故に彼は未だキースが世界征服と言う馬鹿げた夢の為に闘っていると本気で信じ、ソレを食い止める為にいまだ本調子とは言えない身体で無理を押して飛んできたのだ。
「ええい! 人の話を聞けバーン! 私はもうそんな間違った子どもの様な事は目論んでいない!」
対してキースは2年間もの間、北海道で一般人に溶け込んでの生活を送る中で、
故にあの頃の自分は日本人が言う所の厨二病を患った
「話なら聞いてやる! お前をぶん殴った後でな!」
『Ready』
「ああ! もう! 結局、所詮は炎と氷! 話が交わる事など無いと言う事か!」
『Go!』
こうして極めて下らない食い違いから、極めて高度な呪術戦が展開し始めた……バーン自身、自分が日本語を話していると言う自覚すら無く。
一方、既に闘い始めてから結構な時間が過ぎたウェンディーとエミリオはと言えば……
「く……何だ!? クソ、頭が……」
高専で身に着けた甲賀流忍体術をベースとした動きでエミリオを翻弄し、殺さぬ様に刃を潰した風の槌とでも言うべきモノを叩き付けるウェンディー。
そして洗脳されてからこっち、与えられた任務中に怪我らしい怪我を負った事の無い彼はダメージに可也弱い様で、痛みを受ける度に見知らぬ人達の記憶が脳裏を過っていた。
本の数時間しか一緒に居た訳では無い筈の高専の者達や、比較的長く一緒に居た旧ノアの仲間達。
忘れてはいけない記憶、忘れたく無い記憶、そうしたモノが痛みと言う久しく受けていない刺激から呼び起こされ、少しずつ少しずつでは有るが眼の前の少女の事も確かに覚えている。
不気味な猫の足が飛び交う弾幕の中を一人飛び出し、自分に
いや……何故そんな事を考えている? 自分はただ眼の前の相手を無惨な肉塊にするのだけが楽しみだった筈……違う! ボクは戦いたくなんかない! ただ静かに暮らしたいだけだ! いや違うね! 俺はお前だお前の中に有る本性なんだよ!
余程頭が痛むのか両手で頭を抑え苦しむエミリオ、その内心の葛藤を表してか、背中から伸びた光の翼は本来の金に近い黄色や残虐な呪いのどす黒い紫、なんならオレンジや青と言った中間色まで含めてゲーミングに輝いている。
気の所為かそれとも背中の翼が発する光の加減なのか、翼の色が変わる度に身に付けている服や髪の色まで変わっている様に見える為に、ウェンディーは目を擦りつつ彼の状態を観察し続けていた。
このまま記憶が戻れば良し、もしも駄目ならば……彼がこれ以上の罪を重ねない様に呪詛師として祓ってやるのは、短い期間とは言え言葉を交わした自分がやるべきだと思ったからだ。
ただ……五条悟の部屋で見た、飼い猫が愛用していると言う妙にテカテカ光るキーボードと同じ様な輝き方をしているエミリオの翼を見続けるのは、少々どころではなく目が疲れてくる。
いっそもう一発大きいのを叩き込んで見ようか? ウェンディーは何となくそんな事を思いついた。
彼女は元来気の長い方ではなく、何方かと言えば『思い立ったが吉日』と言う日本の諺が座右の銘になるくらいには短気な気質である。
2年前と比べれば多少は落ち着いた感は有るが、ソレも高専で受けた様々な任務で呪霊相手に短気を起こせば手痛い目に合う……と2度程ポチの泰山府君の祭のお世話になった事で身についた
「風よ! 力を!」
アースゲイルと名付けられた拡張術式は風に依る行動阻害が主な効果だが、同時に周囲から巻き上げられた大型のゴミや看板なんかに呪力を纏わせぶつけると言う攻撃手段でもある。
風の精霊にお願いして局地的な大風を起こすと言う効果の為に、繊細な操作は出来ず飛んでいくゴミも本人の意思で操る事は出来ないが、風精のイタズラなのかゴミたかがゴミにも拘らず纏う呪力は割と大きく質量以上のダメージを齎す効果があるのだ。
エミリオは頭を抱えたまま風に煽られ結界の角へと押しやられ、ソコに少々遠い気がするが秋葉原辺りから飛んできたっぽい可愛らしいメイド服姿の少女が描かれた、メイド喫茶の看板がキスをする。
「うわぁぁぁあああ!」
ソレが駄目押しに成ったのか、それとも彼の中の理性が勝ったのか、はたまたメイド少女の祝福か、エミリオは金色に輝く翼を取り戻しそのまま墜落した。
そして話は再び戻ってキースとバーンの戦いだ、2年前はほぼ互角の戦いであり双方共に呪力を練る事すら出来ぬ状態と成った事と、米軍の介入で勝負を付ける事は出来なかった。
だが今回は違う、2年間もの間氷に閉ざされただ眠り日本語を睡眠学習で習得したバーンに対して、キースは春夏秋冬一年通してシフト休以外は全く休む事無くニンジンを振り続けていたのだ。
成長期も末期の男達だ2年間の成長差は可也大きい、ましてやキースは割と過酷な警備員として日夜働いていたのだから、ガチのガテン系程では無いにせよ当然の様に身体は鍛えられていた。
「いい加減にしろバーン! 私は平和で平穏な日常を手に入れたのだ! 今更世界征服なんて面倒臭い真似が出来るか!」
日本の一般社会へと出てキースが先ず驚いたのは、日本の食文化の豊かさとサブカルチャーの選択肢の豊富さだ。
母国も小説なんかの分野では幾つも名作が出ているし、何ならつい最近世界的大ヒットを飛ばした魔法使いの少年が活躍する物語も舞台はキースの母国である。
だが日本のマンガやライトノベルと呼ばれる様な、子どものお小遣いでも手軽に楽しめる作品群が、大人も大真面目で読むレベルで存在しているのは恐らく日本だけだ。
普段とは違う現場に警備へと入り、交通の便の都合から出先でマンガ喫茶に宿泊するハメに成った時、キースは多くの漫画作品に触れその結果『世界征服なんてしても、統治だなんだでめっちゃ大変なんじゃね?』と言う事実に気がついたのである。
独善的な独裁に依る恐怖政治を敷くならば、自分が生きている間だけ力で抑え込む事は出来るだろうが、次代以降にも安定した社会を築くとなると、途端に無理ゲーな気がしてくるのだ。
恐らくはウォンはそうした恐怖政治で自分が生きている間だけトップを独走すれば勝ちだと考えているのだろうが、根が真面目なキースは大義の為に征服したならば大義を貫く為に正しい統治を行わなければならないと考える。
社会を極めて簡略化したシミュレーションゲームですら、内政は手を掛ければ掛けただけ無限に時間を吸われる終わりの無い地道な作業なのだ、ソレを現実の万人に合わせて全てを調整しつつ……なんて面倒な事やってられるか! と言う話だ。
「私は北海道でジンギスカンを食いながらビールを飲めればソレで良いんだ!」
職場の先輩に連れて行って貰った生ビールとジンギスカンが楽しめる赤レンガの建物で食べるソレは、1食のお値段としては日本だと多少お高い部類に入るが、母国ならばその数倍は出さなければ食べられないクオリティの味でお気に入りのスポットである。
ちなみにキースはソコを運営するメーカーのちょっとお高い日本神話の神の名を冠するビールがお気に入りだ。
今日もアメリカ軍の襲撃が無ければシャワーを浴びてビールを呑んでさっさと寝て、明日の朝一のフライトで北海道へと帰る予定だったのである。
「これ徹夜しなけりゃ明日の飛行機間に合わない奴だぞ! 明後日は普通に仕事なんだ! せっかく有給使ってコンサート楽しみに来たのに! 貴様らの所為で台無しだ! 責任を取れ!」
怒りの咆哮と共に2年間の生活の差で鍛えられたキースの拳がバーンの顔面を捕え、続けざまに蹴りが入り吹っ飛んだ所に龍を模した氷像が襲い掛かる。
『K.O!』
結界が勝利判定を下しバーンが気を失い墜落するのを一応回収する、会話の噛み合わなさからして2年前の戦いからずっと凍ったままだったであろう事はキースも察したのだ。
とは言えソレと休日を潰してでも仲間達の敵の一人とも言えるガデスを討ち取る機会を失った怒りは全く別の話である。
下を見ると楽巌寺は既にギターの演奏を止めており、他の雑兵扱いだった旧ノアの人員を含む超能力者部隊の者達は完全に鎮圧されていた。
ソレを確認したキースはバーンをファイヤーマンズキャリーで担いだまま、地面へと乱暴に降り立ち仲間達のもとへと向かうのだった。