畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
畜生道に堕ちた者は前世の心を引き継いでは居るが、獣の身体は本能と欲望のままに動く野獣でしか無い、三途の川原で阿弥陀様にはそう聞かされていた。
けれども生まれ変わった俺は、未だ目は開かぬものの臭いを頼りに母猫に乳房を探して動き回る事が自分の意思で出来ている。
コレが『特別な畜生道』と言うものなのだろう……と、瞼が開き世界を目の当たりにするまではそう考えていた。
ちなみにこの時点で自分が猫だと断定したのは、他の兄弟姉妹達や母猫が前世でイヤと言う程に聞いた猫の声で鳴いて居たからだ。
残念ながらその鳴き声にどんな意味が有るかなんて事は、同じ猫の身体を持って生まれた今生でも未だ分からなかったが、ソレが猫の声だと言う事だけははっきりと理解出来た。
ただコレは割と問題が有る状況なんだよなぁ……猫の鳴き声には人間の可聴域外の所謂『超音波』が多分に含まれており、猫の耳はソレを聞き取る事が出来る筈なのだ。
にも関わらず俺の耳に届くのは人間だった前世と同じ様な猫の声……と言う事は畜生道に堕ちて猫の身体になったにもかかわらず、人間と同じ周波数の音しか聞き取れないと言う事になる。
人間でも通常よりも可聴域が極端に狭い者は一種の難聴として扱われるが、恐らく俺も猫社会(と呼べる物がはっきりとあるなら)では障がいを持って生まれた子と言う事になるだろう。
でもまぁ今の所は乳を吸って腹いっぱいになったら寝て、目が冷めたらまた乳を吸うと言うだけなので問題らしい問題は無い。
そんな感じで暫くの時が流れ……俺の瞼が完全に開いた。
前世の俺は保護猫活動を生業にして居た訳で、保護した時点で既に妊娠して居た猫は何頭も居たし、出産の為に民家の床下や離れの物置小屋に住み着いた猫を子猫ごと保護した事だって何度も有る。
その経験から子猫の目が完全に開くまでは産まれてから大体1週間から2週間程度の時間が掛かる物だと知っていた。
そして一緒に居る色とりどりの毛玉達は皆目が開いて居る所を見ると、恐らくは俺達が産まれてからソレ相応の時間が過ぎたと言う証明になる。
目が閉じて居る間の昼も夜も無く腹が一杯になったら寝て腹が減ったら起きるという生活では、体感時間としては殆ど一瞬でその期間が過ぎた様な感じだ。
開いた目で見た母猫は日本では比較的よく見る白茶黒の毛色がまだら模様を描いている三毛猫だった。
キャリコとも呼ばれるこの毛色は海外だと比較的珍しい物で、枯れ葉の布団の上で子猫を産む様な野良猫が三毛だと言う時点で、俺が産まれた国が日本である確率はかなり高まったと言えるだろう。
俺と同時に産まれただろう毛玉達は、母親と同じ三毛も居れば真っ黒な毛色の黒猫や焦げ茶の地毛に黒い縞が入ったキジトラと呼ばれる毛色の者も居た。
野良な時点で血統書付きの純血種と言う可能性は無いとは思ったが、兄弟姉妹の毛色を見れば自分が雑種として産まれた事は明確だった。
……いや畜生道を生きる以上は野生生活も仕方ないと諦めは付くし、ペットショップに商品として並ぶので無ければ雑種である事にデメリットは全く無い。
確か野良猫が完全に離乳するのはだいたい生後1ヶ月くらいだった筈だし、取り敢えずはソレまで母猫の庇護下でヌクヌクさせて貰おう。
問題は耳だけじゃなく目の方も普通の猫とは違うと言う事だ。
猫は赤系統の色を見分ける事は出来ないし、視力も人間換算だと0.1前後の近眼だとされている。
けれども母猫が茶色混じりの三毛だと理解出来た事から分かる様に、俺の目にはちゃんと赤系統の色がはっきりと見えている上に、視力の方も近眼と言う感じは無く極々普通に裸眼視力1.0以上ありそうな感じに色々はっきり見えているのだ。
この身体はもしかしたら感覚器官が人間準拠なのかもしれない。
多少他の猫よりも遠くまで見えるとはいっても、人間よりも遥かに優れた動体視力無しでは狩りは難しいだろう。
でも暗い時間帯の巣の中でも普通に色々見えてる辺り、普通の猫と同様に夜目は効くらしい。
その辺の事を考えると母猫の庇護下から外れ独り立ちする様になったなら、上手く立ち回って人間に保護され飼い猫になるのが安牌かな?
なんて事を考えて居たのだが、その目論見はほんの数日後には崩れ去る。
母猫が自分の食餌の為に巣を空けた際にちらっと外を見たのだが……
しかも呪霊が見えるって事はこの猫の身体には最低限度の呪力が有るって事だよな?
と、そんな事を考えると同時に不意にストンと脳内に自身の術式の取り扱い説明書の様な物が一気に流れ込んだ。
人間一人分の知識と知能に加えて生得術式の詳しい解説だ、子猫の小さな脳味噌ではそんなもん受けきれる筈もなく、脳が破裂したかのような衝撃を受け俺は一度意識を落とした。
頬を撫でる少し濡れたけれども温かい感触が俺の意識を呼び覚ます。
「みー」
目を覚ました俺を心配そうに見つめる母猫に、俺は少しだけ甘える様な声色で鳴く。
子猫の脳味噌では受け止めきれない膨大な情報は俺の脳を完全に破壊していた、にも関わらず再び目覚める事が出来たのは何故か? 答えは簡単だ、呪術廻戦における唯一無二と言っても良い回復術──反転術式だ。
原作でも使用者が限られる高等技術を原作を知っているが故に知識は有るとは言え、産まれたばかりの子猫が使いこなせる筈は無い。
更にいえば原作中でも『呪力は臍だが反転術式は脳で回す』と言う言葉が出てくる通り、脳が完全に駄目になった状態で使える訳が無いのだ。
なのに何故、反転術式を回して脳を再生し意識を取り戻す事が出来たのか? ソレは俺の生得術式自体に反転術式が組み込まれているからである。
なんとなく程度に理解している俺の生得術式の詳しい内容は……まぁ今は未だ語るまい。
大事なのは呪術廻戦の世界に猫として生まれ変わり、呪力と術式を持った呪術猫だと言う事だ。
……鏡や水場の様な物で自分の姿を確認してないから確定的な事は言えないが、真逆とは思うが顔の真ん中に大きな目が一つだけあるとか言う異形の猫だったりしねーよな?
前世において俺は保護猫活動を生業にしたのは、猫が好きだったと言うのは当然だが、ソレと同じ位に原作で夏油傑が口にしていた『弱者生存』に近い考え方を持っていたからだ。
無論、呪術なんてものはフィクションの中の存在でしか無い──と思っていたが、阿弥陀様が実在するならその手の超常も実在してても不思議は無い──前世の世界では『術師は非術師の為に』なんて考えを持っていた訳では無い。
比較的恵まれた家庭で育ち、奨学金と言う名の学生ローンを使う事無く親の金で大学を卒業し、いざ就職となった時に専攻を活かしながら動物愛護に携わる事が出来る道が目の前に有ったのだからソレを掴むのは当然だと考えていたのだ。
……まぁ俺が居たNPOは比較的マトモな所で非現実的な『動物愛誤』をやらかす様な所では無く、出来る事をこつこつと積み重ねて行くタイプの職場だったので働き甲斐も有り、定年退職までしっかりと勤め上げる事が出来た訳である。
コレがまかり間違って『クマを殺すな』やら『肉を食べるのは悪徳』やらの活動してる所に就職してたら、多分途中でドロップアウトしてたんだろうなー。
所で今って原作で言うとどの辺なんだろうな? 死滅回遊が終わって
なんなら原作とはかすりもしない大昔の可能性もあるのが、母猫が巣に選んだ場所が百人乗っても大丈夫そうな物置小屋の床下なのでソコまで大昔と言う事もないだろう。
取り敢えず今は未だヨコミミ様を脱したかどうかと言う子猫に過ぎないし、呪霊云々はもう少し大きくなってからで良い、そう判断した俺は母猫の乳に吸い付き腹いっぱいになったら再びまどろむ生活を続けるのだった。