畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
高専のグラウンドで相対する一人と一頭、コレは互いに術式の使用を禁じた体術のみの訓練である。
「ポチさん、暫く見ない間に随分と大きくなりましたね。その分的を狙いやすくなったのでこちらとしては有り難いですが」
ラーメン赤猫の原作でも言及されていたが、喋る猫は比較的大きな個体が多い。
俺の今の体重は凡そ10kg程で、普通の猫ならば肥満に注意が必要と言われる重さである。
けれども俺の身体には殆ど無駄な脂肪は無い、術式の関係で筋トレしたらした分だけ殆ど即座に筋肉が強化されるこの身体は、普通の猫とは比べ物にならない筋肉量を誇るのだ。
まぁその分、身体が重くなって呪力無しでの俊敏性では、一緒に修行していた他の忍猫に劣る様になってしまったが……呪術を使えばその差は埋まるどころか覆るので問題は無いだろう。
「なぁに対人用の格闘術を十全に使おうと思えば相応の体格は必要だからね、ここまで成長出来ただけでも十分と言えば十分、まぁ未だ生後一年には数週間は有るだろうし、まだまだ成長するだろうがね」
通常のイエネコは大体生後1年で成猫となり成長が止まり体質も安定してくるが、イエネコの中でも最大級の大きさを誇るメインクーン種等の大型種では、1年半から3年程度は成長期が続く場合がある。
俺は元野良の雑種猫でどんな血が混ざっているかも不明なので、どこまで成長するかは自分でも分からない。
ちなみに今の時点では尻尾を含めず、頭から尻までの体長は凡そ70cm程あるので、1m前後まで行くメインクーンの血が入っていても不思議は無いだろうな。
「ではネコ科肉食獣が武術を身に着けた恐ろしさを存分に味わってくれたまえ」
俺がそう言うと夏油は油断した様子も無く、普段御主人相手にする時にも取る事の無い両の拳を顔の前へと持ち上げた構えを取る。
残念ながら
「事前に何度も言ってある通り、コレは術式無しでの体術鍛錬だ。夏油は猫型の呪霊を相手に術式が焼き切れたつもりで、ポチは反転前提の自爆特攻無しの対呪詛師のつもりでやるように、では……始め!」
夜蛾先生の合図と共に俺は先ずは小手調べとばかりに夏油の顔面向けて飛び掛かる……様に見せかけて空中で姿勢を切り返し土手っ腹向けて
想定していたのかそれとも見てから反応したのか、彼は膝を上げてガードとカウンターを両立させた膝蹴りを放つ……しかしソレは思うツボだ。
一度空中に上がったならばそう簡単に軌道を変える事は難しい、精々捻りを加えたり軸をズラシたりして多少の修正をするのが関の山である。
前世に読んだ空手を題材にした格闘漫画では小柄な主人公が、巨体の敵を相手に飛び技を多用する様が描かれていたが、その作品の副読本では『翼が無いなら安易に飛ぶな!』と、飛び技の危険性を指摘する文章が作者自身に依って書かれていた。
しかしソレは飽く迄も一般人の話で、俺達の様な呪術に関わるモノにとっては違う、ロボットモノのアニメではないが呪力をバーニアの様に放出する事で空中での姿勢変更なんざぁ簡単に出来るのだ。
故に俺は前方に呪力を放ちブレーキを掛けゴロゴロアタックをキャンセルし、突き出された膝に着地しつつ尻尾でソレを絡め取る。
「っち!?」
ソレが何を意味するのかを即座に理解した訳では無いだろうが、放置すれば自分に良くない事があると言うのは分かったのだろう、夏油は舌打ち一つと同時に肘を落し膝と俺でサンドイッチを作る動きを見せた。
流石にコレを避けながら膝関節を極めるのは難しいと判断し、乗っている彼の膝を蹴って後ろへと飛ぶ。
あわよくば肘と膝を打ち合わせて自爆してくれるかと思ったが、流石に純粋な体術だけなら御主人よりも上と原作で言及されてる夏油傑だ、そうそう簡単に無駄なダメージを負ってはくれない。
「いま、尻尾を使ってグラップルを狙ってきましたね? 猫の呪術師と言うだけでも前代未聞らしいのに、真逆関節技の類まで使ってくるとは……相手にする呪詛師が可愛そうになってきますね」
ガードの為か挑発の為か、上げた右膝を下ろすことなくつま先をブラブラと揺らしながらそんな言葉を口にする。
「関節技は俺の専売特許じゃぁ無いな、なにせこれは忍猫に伝わる体術の一つだ。防諜の世界ではそれなりに使う猫がいる技術だよ」
事実を口にしながら隙を伺うが、甲賀で対人戦闘の稽古を付けてくれた上位の忍者達程の完璧性は感じられないが、ソレでも今の俺では隙らしい隙を見つける事は出来ない。
「成る程……そうだった……ね!」
返事と共に軸足だけで踏み切り間合いを詰め、繰り出された飛びローキックとでも言う様な技だ。
普通の蹴り──あってはならん事だが猫を蹴るならばサッカーボールでも蹴る様な前蹴りだろう──ならば、ソレに飛び乗って受け流したり関節を取りに行ったりする事も出来るだろうが、彼の繰り出した一撃は下へと叩きつける様な軌道で喰らえば痛いでは済まない。
故に俺は即座に前方へ
攻撃の瞬間と言うのはどうしたって隙が出来るモンだ、しかしその隙は使う技や使い手の技量に依って大きく差が出る。
当然、牽制の為の左ジャブなんかに隙は殆ど無く、確実に仕留める為の大砲《右ストレート》は外したり躱されれば大きな隙を産む。
故に多くの格闘技ではカウンターや交差法と言った『後の先』を取る技術を必ずと言って良い程に持っている訳だ。
夏油の放ったローキックはきっちり腰の入った一撃で、ソレは大砲に等しいモノだと思ったのだが、残念ながらソレはジャブの様なモノだったようで、素早く蹴り足を軸足に切り替えてこちらに向き直る。
「そう簡単に後ろは取らせないよ、まぁ今の蹴りは私としても不用意では有ったがね。一定水準以上の武を身に着けた者を相手に虚実の無い攻撃が通る筈も無い。呪霊なら基本人間を舐めてるから簡単なんだけれどもね……」
基本的に呪霊は自分を認識する事も出来ない、或いは認識していても抵抗する事の出来ない一般人を、一方的に嬲り殺しにするだけの存在で、呪術師が策謀を巡らせるのは相手の術式を読み解いたり、特殊な条件を満たさなければ祓えない様な場合くらいだ。
例外は知恵を持つ特級呪霊の中でも上位に位置する存在で、そこまで行くと術式を絡めた策略は勿論、体術に関しても単純な出力ブッパでは無く相応の技術を持っている者も存在するらしい。
そうした技術をどうやって身に着けているのかは分からないらしいが、人の負の感情の集合体が呪霊だと考えられている現在、負の感情の中に含まれている人間の記憶から技術を模倣していると言うのが定説である。
まぁそのレベルにある呪霊も多くの場合夏油が言った様に人間を舐めている為、ある程度痛い目を見なければ相手が呪術師であっても弄ぶ様な戦い方をして来る事が多いらしい。
御主人や夏油の様な一級術師はそうした油断を逆手に取って一気に勝負を決めに行くのが定石なのだそうだ。
だが呪詛師が相手となると話は変わってくる。
連中の大半は目的の為ならば手段を選ばない破綻者達で、その行為が理由で高専や総監部に目を付けられても『自分なら何とかなる』と言う意味不明な自信を持つ者達である。
しかし呪詛師もピンキリで、大半の者は後先考えないバカではあるが、明らかに勝てないであろう相手に無策で突っかかって行く様な愚か者は少数派だ。
……つまり原作でメロンパンに踊らされていた呪詛師はその少数派と言う事になる。
ハンガーラックの愛称でお馴染みの『組屋鞣造』辺りは分かりやすいだろう、どう考えたら呪術界最強の特級術師の御主人を素材にハンガーラックに出来る等と思ったのか。
兎角、極々一部の例外を除いて、呪詛師はバカだが狡猾で自身の目的と保身の為ならばどんな手段でも取る連中である。
そして当然ながらその手段の中には武術の類も含まれている訳だ。
まぁ木っ端の呪詛師なら、一般人に被害を出せばいつかは呪術師が討伐にやって来ると知っていても、その時に身を潜めて追跡を躱せば十分と考える者も居るだろうが、稀に実力や策謀で呪術師を返り討ちにしてしまう者もいたりするのである。
恐らくは上記したハンガーラックも他の呪詛師や、討伐に来た呪術師を倒した事で自分の実力に自信を持っていき、その自信が過信へと変わり、御主人を素材にすると言う盛大な自殺に興味を持ってしまったのではなかろうか?
……原作に出てきた呪詛師連中は極端な例ばかりで、恐らくは世の中に居る呪詛師の大半はもう少し上手く社会の闇に隠れているんだろうがね。
互いに自分の有利な間合いを探り合いながら、そんな事を考えていると……
「一旦そこまで。悟との訓練みたいに派手過ぎる結果も良くないが、お前等の玄人好み過ぎる攻防も呪術師の体術訓練と言う意味ではよろしく無い。まぁソレはソレで別の効果は十分にアリそうだがな。だが今日の授業の趣旨とは違う。もう少し呪術師らしく戦え」
夜蛾先生がそう言ってため息を一つ吐いて割って入りそんな教育的指導をする、確かに今の戦いは俺の攻撃は兎も角ソレ以降の数
「術式無しでも呪力を使う余地は幾らでもある、もっと呪力操作を含めてバチバチにやり合うんだな。では……改めて、始め!」
先生の合図で仕切り直しとなった俺達の戦いはそれからも暫く続き、最終的にはフェイントにつられて飛び掛かった所を、夏油の肘打ちに撃墜されて残機を一つ減らすハメになったのだった。