畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「はぁ歌姫と連絡が付かない? ここ暫く等級詐欺案件ってかなり減ってたよね? 現場で即死して無けりゃ、ポチと硝子のお陰で呪術師の生存率も今までと比べたらダンチだし、なんだって歌姫だけでそんなヤベー案件に行ってるわけ?」
伊地知二級術師の特別授業から一ヶ月近くが経ち、そろそろ日差しにも夏の厳しさが感じられる様に成ってきたが、暦の上では未だ真夏では無く夏服への衣替えは未だ少し先のそんな日に事態は起こった。
「いや歌姫先輩だけじゃなくて冥冥先輩も一緒に行ってるらしいんだけど、もう2日も連絡付かない状態らしいのよね。今は一当てして無理そうなら即撤退って現場の術師にはさんざん言われてるって聞いてるし……ちょっとヤバいかも?」
……前世の記憶で知っている懐玉・玉折編の序盤にある庵歌姫と冥冥の2名が、地方の洋館に巣食った呪霊の結界に囚われると言う事件だ。
「冥冥先輩は私達と同じ一級術師だろ? 引き際を間違えると言う事は無いだろうし、恐らくは呪霊の張った結界に囚われたか、それとも生得領域か……どちらにせよ放っておいて良い状況じゃぁなさそうだね」
バカが付く程に真面目過ぎる夏油は伊地知二級の特別授業の後、結界術に関して色々と試したり調べたりしていた様で、影高野が別段秘匿していないレベルの結界術でも割とヤバい奴を幾つか発見し、御主人と破り方なんかをディスカッションしていた。
「……だからと言って御主人、夜蛾先生の許可も無く、五条家当主の特権を振り翳して勝手に現地に乗り込むのは無しだぞ?」
勢いのままに飛び出して行きそうな3人に、一応は大人だった事のある身として静止の言葉を投げておく。
御主人は原作でも描かれていた通り当主と言う重責の身にありながら鉄砲玉な気性で、思ったら即実行を地で行く人柄だ。
俺が彼の飼い猫になってから凡そ1年近くの間で、こうして苦言を呈するのは人間だった頃の両手両足の指を全て足しても足りない程に積み重なっている。
しかも厄介なのは俺が止めたからと言って、止まってくれる人じゃぁ無いと言う事だろう。
「わーってるよ、夜蛾センの許可取れば良いんだろ? 無許可出撃が地獄に堕ちる様な罪にゃならんとは思うけど、万が一って事もあるかんな。ひんこーほーせーに生きないとあの世で釜茹でにされるのは勘弁だ」
ソレでも余程地獄行きが怖いのか、よっぽど頭に血が登って無ければ、俺の言葉がブレーキになる事も割と多い。
「ポチさんの畜生道堕ちの件が漏れた訳では無いだろうに、悟が折々で地獄やあの世を恐れてる様な事を口にしている所為か、呪詛師堕ちする呪術師は去年だけでも例年の半分以下に下がっているらしいよ」
「上が地獄堕ちにビビって術師を酷使しなくなったってのも大きいんじゃない? 真面目にやってて死ぬ目にあって、何とか撤退したけど上の連中にガンヅメされて呪詛師に堕ちた術師の話は何度か聞いた事あるわね」
どうやら地獄が怖いと言うのは御主人だけで無く、呪術界全体にじんわりと広がりを見せている様で、職員室へと向かう道すがらの会話でもソレが話題に登ってくる。
総監部の無茶振り任務が減った事と、俺と家入の反転術式のアウトプットのお陰で、昨年度は例年と比べて殉職率も離職率も大きく下がっているらしく、今年の夏の繁忙期は例年以上の呪霊が湧いても何とかなる見通しらしい。
そんな話をしながら職員室へとやって来た、高専の職員室は極めて少ない生徒数に対して考えれば、馬鹿みたいに広く教員の数も多い。
コレは呪術師でさえ有れば言い方は悪いが誰でも良い専門科目:呪術の教師以外に、普通の高校でも教わる様な一般科目が専門の教員も、ちゃんと高専に常駐しているからである。
数学・物理・化学・国語・英語・地理・政経・歴史・美術・音楽の9科目の教師が、任務との兼ね合いも有って、殆どマンツーマンに近い形で授業を受け持ってくれる訳だ。
なお保健体育に関しては呪術の体術訓練がソレの代わりと言う事になっており、呪術の座学の一部も保健体育の単位に含まれると言う制度になっているそうだ。
学生にも容赦無く任務を割り振る呪術高専ではあるが、文科省の定める高等専門学校の括りである以上は、卒業時に一般教養科目に関しても5年間で大卒相当の授業を強制的に叩き込まれる事になる。
なお御主人と夏油の二人は任務で一般教養科目を公休する事が多いが、定期テストでどの科目も1年間一度も赤点を取って補習&追試なんて事には成っていない。
対して俺の方は前世で一応そこそこの大学を出ているにも拘らず、2度程化学と数学で赤点からの補習&追試コースに陥っていたりする……。
大学卒業したの50年近く前なんだぞ! そんな全部が全部覚えてる訳ないじゃん! ソレに今生は猫やぞ! 脳味噌が人間に比べたら小さいんだ! 授業聞いてたら分かるとか、教科書読めば理解出来るとか……そんなん人間でも極々一部の天才様だけやろ!
と、少々取り乱したが、基本的に高専の一般科目を受け持つ教師は、教員免許を持った補助官が務めていたりする……個別に雇うとその分人件費掛かるし仕方ないのかもしれないが、激務&激務なのはホンマに呪術界のどブラック差が現れていると思う。
「夜蛾セーン! 歌姫と冥冥が戻って来て無いって奴、俺等が救助任務に付くって事で良いよね?」
普通の学校ならば職員室に入る際にはノックをして『失礼します』と頭を下げてから入り、用事の有る教師を呼び出して貰わなければ、即指導室送りとまでは行かなくとも叱責を受けるのが当然である。
「職員室に来たなら先ずは『失礼します』とひと声かけろ! 二人の件はこちらでも把握していて丁度お前等のどちらかを派遣しょうと考えていた所だ」
けれどもここは何処まで行っても呪術界の学校であり、御三家の一員と言うだけならば兎も角、現役当主ともなると睨まれて良い事など何一つ無い……と、夜蛾先生以外に五条を叱る者は誰も居ない。
「なら俺達全員で行っても良い? 今日は金曜日で授業も全部終わってるし誰も他に任務入ってねーし、硝子とポチが居れば現地で二人が大怪我してても即対応出来るしさ」
「俺の正直な気持ちで言えばポチは置いていけと言いたい。数学が赤点ギリギリだったからな、期末まで少しでも勉強しておけ……と言いたいが、ポチはウチの正式な生徒と言う訳では無い。飼い主であるお前が連れて行くと言うならばソレを拒否する理由は無い」
『知的動物の法的人格権に関する法律』施行された後ならば兎も角、今の俺は『五条悟一級術師が飼育する一級相当の戦闘能力を持った猫』でしか無く、俺の行動の全ては五条悟の責任に置いて許されていると言える。
逆に言えば俺が任務と関係無く一般人を虐殺する様な真似をすれば、御主人が責任を問われ俺を討伐した後に公開死刑と言う結論を総監部は下さざるを得ないと言う事でも有るわけだ……やらんけど。
「ポチの中身はおじーちゃんだからねぇ、新しい勉強は中々頭に入らないのはしょーがないでしょ。つか定期テストだって本当なら受ける必要は無いのに、最初は遊びで受けさせただけでしょ」
「そうそう、私らがあんまりにも勉強してる素振りが無いもんだから、元は大卒だったってポチにもテスト受けさせて『お前ら猫より点数低いぞ!』ってやるつもりだったらしいじゃないですか?」
教員の思惑と想定以上に俺の成績が芳しく無かった事などをあげつらう御主人と家入、言い訳させて貰うと高等専門学校の赤点は一般的な高校よりも高い水準に設定されており、普通の高校に通うよりも落第しやすいと言う事実が有る。
そんな中で寮の自室で勉強らしい勉強をせずとも楽勝で点数を確保している3人が異常なのだ。
「三人とも今はそんな話をしている暇は無いでしょう? 庵先輩と冥冥先輩がピンチかもしれないんだから急いで駆けつけてあげないと」
普段より少しだけ怒った風な表情で3人の話に夏油が割って入る、俺? 俺がこの話に入ると間違いなく藪をつついて蛇を出す事になるのでお口にチャックである。
「あ、ああ、その通りだ。事態は急を要する、既に警察に連絡を入れ先導のパトカーを手配してもらっている、ソレが着き次第現地へ向かってくれ」
警察車両に依る先導で救急車両としての扱いを受けるのは、本当に緊急を要する──現地に未だ生存者が居ると見られる──任務だけで、現場にいるであろう被害者が全滅していると想定される場合にはそうした措置が取られる事は無い。
つまり高専とその上である総監部は未だ二人の術師が生きていると踏んでいる訳だ。
逆に言えば既に死んでいると上が判断したならば、パトカーの先導などと言う道路交通法で定められた『見做し救急車両』扱いで現場入りする事は出来ないのである。
現場は静岡県浜松市の郊外に建つ洋館との事で、緊急車両扱いで高速を飛ばして行かなければかなり時間をロスするのは間違いない。
「んじゃサクッと済ませて、帰りは浜松餃子でも食ってくるかー。あ、ポチの分はちゃんと餌持って行くから安心しろよ、猫に餃子は駄目だったろ確か」
一般的な餃子に入っているニラや長ネギは猫にとって禁忌食材なので、普通の餃子を食う事は出来ない。
いつかラーメン赤猫が開店した時には、あそこで賄い用の水餃子を食わせて貰うんだ! そんなきっと来る未来を夢想しつつ俺は救助任務へと向かうのだった。