畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件   作:鳳飛鳥

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懐玉……風呂上がりの一時

 前世の俺は風呂上がりに飲むモノと言えばキンッキンに冷えたビールをこよなく愛していた。

 

 晩酌をするわけでも無く、職場の仲間に飲み会なんかに誘われても最初の一杯を付き合う程度で、酒を好んで呑む訳では無かった前世の俺は下戸と言う程弱くは無いが、上戸と言う程呑めやしない……所謂『嗜む程度』未満の強さしか持ち合わせていなかったのだ。

 

 だが、風呂上がりに呑む350ml(サンゴー)缶1本のビールだけは特別だった。

 

 還暦を過ぎた辺りで1度目の癌を告知され、放射線治療や薬物治療等を受けながらも仕事は続け、定年退職後に保護猫喫茶(カフェ)を開店し店が軌道に乗るまでの苦労も、闘病生活のソレと並行して頑張れたのは、一日の終わりに呑む風呂上がりのビール有ればこそだ。

 

 ……しかし今生は猫の身故にアルコールなんぞ以ての外! 猫はアルコールを分解する為の酵素を持っておらず、ごくごく少量の酒を舐めただけでも死に至る危険性がある。

 

 アルコールが駄目ならノンアルコールビールを飲めばいいじゃない……と言う訳にも残念ながら行かない、

 

 ビールやノンアルコールビールの風味付けに使われるホップと言う植物は、犬や猫にとって極めて有害な物質だと言われており、嘔吐や発熱等の中毒症状を起こす事が犬に関しては間違いない臨床症状が報告されている。

 

 猫に関しては残念ながらと言うべきか、幸いと言うべきかホップでの重篤な中毒症状の症例は殆ど報告が無かったらしく『犬がアカンのやからアカンやろ』と言う雑な情報しか前世時点では持ち合わせていなかった。

 

 ……まぁ今は未だ市場にノンアルコールビールなんて代物は出回って居らず、発売されたとしても身体を張ったギャンブルに挑戦する気は無いがね。

 

 では代わりに風呂上がりに俺が何を飲むのかと言えば……猫と銭湯に共通する偉大な飲み物が有るではないか、そう牛乳だ! 

 

 正直な事を言うならば普通の牛乳よりはコーヒー牛乳の方が好みなのだが、コーヒーに含まれるカフェインがやはり猫には禁忌なので、仕方なく瓶で売ってる普通の牛乳を腰に手を当てて一気に煽る。

 

「ぐっぐっぐっ……ぷはぁ! 風呂上がりはやっぱりコレだね!」

 

 ……ここで注意しなければならないのは猫は乳糖不耐症の個体が多く、人間用の牛乳を飲ませると消化不良を起こし下痢や腹痛の原因になる事があると言う事だ。

 

 幸い俺は御主人に拾われて直ぐに連れて行かれた動物病院での検査で、乳糖不耐症では無い事が確認出来ている為に安心して牛乳を飲む事が出来ると言う訳である。

 

「臨兵闘者皆陣烈在前……雨傘結界!」

 

 続けて本来は忍者が雨の中で長時間の潜伏を余儀なくされる時に風邪を引かぬ様に仕方なく使用すると言う『水を弾く結界』を張る事で毛皮に残った不要な水分を飛ばせば、バスタオルもドライヤーも使わずに何時ものサラリとした黒猫の姿になる訳だ。

 

 ソレから併設されたコインランドリーで洗濯し乾燥まで済ませたあかいちゃんちゃんこを羽織り、裏表両面に幾つも取り付けられたポケットに忍具や呪符なんかを改めてしっかりと入れていく。

 

 ぶっちゃけ呪術の無駄遣いであり、コレを一般人の前で使う様な真似をすれば間違いなく呪詛師認定を受けるだろうが、ココは甲賀忍者の拠点なのでセーフである。

 

 それから暫しテレビを見て時間を潰すが、都内で起きている筈の一連の騒動に関しては何らニュースなどで流れる様子は無い。

 

 いや、呪術絡みの事件は基本的に隠蔽されるか、もしくは極々普通の事件に偽装されて報道されると言うのは分かっているのだが、御主人も夏油も、何なら猿飛二級も呪詛師の所為にするだろうが、割と派手に周囲に破壊を齎していた筈だぞ? 

 

 帳は確かに視覚以外にも音や振動といったモノを外部に漏らす事を無くし、一般人に呪術の存在を漏洩させない大事な手段ではあるが、ぶっ壊れたモノが即座に直る訳で無く、呪術師や呪詛師が暴れればそれ相応の被害痕が周囲に刻まれる。

 

 まぁ秘匿死刑等という『人権ナニソレオイシイノ?』と、憲法に真正面から喧嘩を売る行為を正当化出来る権限を持つ呪術総監部だ、世間に事件自体が漏れない様に警察やらマスコミやらに対して働きかけを行ったのだろう。

 

 ……もう暫く時代が進んでスマホとSNSが発展していったなら、機械に映らない呪霊は兎も角、呪詛師のやらかしに関しては隠蔽が難しくなるんじゃないだろうか? 

 

 なんて事を考えているウチに時間は経ち、初めての乾式サウナでヘロヘロになった御主人と、爽やかな湯上がりと言いたげな表情の夏油が風呂場から脱衣所へと出てきた。

 

「やぁ御主人、どうやら近代的な日本のサウナを堪能した様だね。少し待ってくれ直ぐにその水分を失って萎びた身体に染み渡る最高のドリンクを用意しよう」

 

 そんな二人の対比を笑いながら俺は、自販機で青い缶のスポーツドリンク1本と茶色の瓶の炭酸飲料を2本買い、待っている間に甲賀の忍に用意してもらったジョッキにソレ等をブレンドして注ぎ込む。

 

「へい、おまち!」

 

 ソレを二人に向かって差し出せば、風呂上がりには当然喉が渇いているモンで、素直に受け取り一気に煽った。

 

「あ゛ー染みるぅぅぅ! 生き返るぅぅぅ!」

 

「コレは……私は風呂上がりにはフルーツ牛乳派だったんだが、宗旨替えしたくなる味わいだね……」

 

 普段見る事の無い弱った姿だった御主人がその一杯で萎びたほうれん草から、出荷したての新鮮ほうれん草へと一瞬で回復する。

 

 実際、特徴的なツンツンに尖った銀髪に近い白髪が、喉を鳴らしてドリンクを嚥下する度に萎びた状態からピンと尖って行く様は、いかにも漫画的な動きだったがコレが現実世界である以上は何らかの呪術的な働きに依るモノなのだろう。

 

「御免! こちらに五条家の御当主がいらっしゃると聞き罷り越した! 御当主殿はどちらか!?」

 

 未だパンツすら履いていない状態で来客対応と言うのはちょっとどうだろうと思った俺は、

 

「申し訳ない、御主人は今風呂から上がったばかりでしてな。身支度を済ませるまで少々お待ち頂きたい。よろしければ貴殿もサウナ後にピッタリのドリンクを一杯如何でしょうか? 勿論、不飲酒戒に触れる様な品ではありませんよ?」

 

 既に身支度が済んでいる事も有って率先して白い頭巾(ときん)と黒い篠懸と呼ばれる法衣を身に纏った修験者風の男に応対する。

 

「ぬ、甲賀の忍猫か! 拙僧は影高野の退魔僧で名を六道(りくどう)玄真(げんま)と申す。此度の退魔行に関して五条家の御当主に一言御礼をと思い罷り越した。しかしここは確かに風呂場、後で拙僧等も熱き湯を馳走になるとしよう。ああ、飲み物は有り難く」

 

 時代掛かった大仰な口ぶりでそう言う退魔僧を名乗る男に、俺はもう一杯ジョッキにノンアルコールカクテルを作って進呈する。

 

「ぐっ……ぐっ……ぐっ……ぷはぁ! コレは運動の後には最っ高の飲み物だのう! うむ、作り方も然程難しいモノでは無い様子、仕事を終えて風呂が済んだら他の者達にも飲ませてやるとしよう!」

 

 ……うん、汗をかくと言う点ではサウナも運動も同じだよなー。

 

 呪詛師をブチのめすと言う極めて野蛮なモノを運動と呼んで良いのならば。

 

「またせて悪いね、俺が五条家の当主、五条悟だ。アンタは影高野の呪術師だって言ってたけど、外の方はもう片付いた訳?」

 

 と身支度を整えた御主人と夏油が、六道を名乗る呪術師と相対し会話を始めるに当たって、俺は素早く九字を斬り遮音結界で三人を包み込む……プリンシバルは未だ入浴中の様だが、会話の途中で脱衣所に出てくれば、壁向こうでも要らん事を聞くかもしれない。

 

「おお、此度は退魔行へのお誘い誠に忝ない。ご貴殿が産まれてこの方、呪詛師共は陰に身を潜める様になり、我ら陰高野も財政難に苦しんでおりましてな……外の方はそろそろ一段落しそうですな。金に目が眩んだ阿呆共はそろそろ売り切れで御座いまする」

 

「あー、そう、んじゃ今夜は安心して眠っても良さそうなわけ?」

 

「いいえ、ココからはご貴殿らに付けられた3億3000万の金に知能を溶かされたバカ共では無く、より狡猾でより邪悪な手合が這い出てくるでしょう。まぁ我ら陰高野の退魔僧は結界術に長けています故、御貴殿らの手を煩わせず連中を片付けてみせましょうがね」

 

「アンタ……術式は無いけど呪力は俺の目からみてもそこそこだし、何より身に纏う風格はウチの先生より格上にすら見える……陰高野は財政難だって言ったよな? んじゃ朝まで俺達が出張る必要が無けりゃ、今日俺が狩った呪詛師の懸賞金全部くれてやるよ」

 

 御主人の言う通り着物の隙間から見える肉体は、日本人男性としてはかなりマッシブな夜蛾学長のソレすら上回り、呪力を用いない純粋な腕力勝負ならば間違いなく彼の勝ちだろうと思わせる凄みがある。

 

「……有り難い、孤児院の経営には幾ら金が有っても足りないモノでしてな。檀家でも無い呪術師に喜捨を乞うは宗派の恥なれど、安眠を守る為の対価とあらば受け取るのに何ら差し障りは御座らん。交代でひとっ風呂浴びた後は朝まで確実に守り通そうぞ!」

 

 孤児院と言う言葉に『?』が脳裏を過ったが、ソレを問いただす前に彼は風呂へと入る事も無く踵を返したのだった。

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