畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「にしても御主人、陰高野の呪術師と言うのは随分と頭数が居るモノなのだな」
天内嬢と黒井女史が風呂から上がると、もともとはココの銭湯を経営していた家族が住んでいたであろう、都内の一軒家としてはかなり広い部類に入る併設された住宅の居間へと
通された。
そこで猿飛二級術師の奥さんだと言う女性が用意してくれた夕飯を食べた後、宿題を済ませ四角い鈍器とも揶揄される事もあるゲーム機が有ったので、ソレでレースゲームを4人を楽しんで暫し時間を過ごす。
それから天内嬢は『明日が最後の学校じゃから、遅刻せぬ様に早く寝るのじゃ!』と言って黒井女史と共に、充てがわれた寝室へと引っ込んだ。
「ほーんと、あいつらがもっと呪霊狩り任務に回ってくれりゃ、呪術界の万年人手不足も解消されそうなモンだけど……見た感じ、さっきのおっさん以外は良くて三級、下手しなくても四級術師程度の呪力しか持ってねーし、術式持ちはゼロなんだよなー」
ソレだけの時間が経ってるにも拘らず、表の銭湯の方からは陰野山の呪術師達が入れ替わり立ち代わり風呂へと入っている音が聞こえて来ているのである。
「あー、悟? そもそもだけれども……陰高野と言うのはどんな団体なんだい? 高専で習った覚えは無いし、伊地知二級の結界術のリスペクト元と言う程度しか知らないんだが?」
「あー、そっからだよなー。陰高野はその名の通り高野山の真言密教に由来する呪術師集団で、呪術全盛の平安時代に陰陽寮が強い
と、そんな話から始まった御主人の説明に依れば、天下の大陰陽師『安倍晴明』が現れるまで……より正確に言うならば御三家の一角『加茂家』の先祖で有り清明の師匠である賀茂忠行より以前の陰陽寮は現場の術師では無く飽く迄も朝廷の官僚組織だったのだそうだ。
朝廷の官僚であるが故に当然そこに所属するのは公家で有りお貴族様である、故に呪霊討伐の様な泥臭い現場仕事は、氏素性も定かではない孤児を高野山の坊主達が養育した呪術師にやらせていたと言う訳である。
だが親が陰陽寮の官僚だから子も陰陽寮に……と言う公家社会の家業制度の中で実力ある陰陽師が減り、本来ならば別の者が立つ筈の複数の役職を兼務せざるを得ないなんて状況に成っていたのだそうだ。
そこに現れたのが当時は新参者だった賀茂忠行と言う陰陽師で、新参者故の怖いモノ知らなさと実力で陰陽寮の誤った風習を次々と改革して行った訳である。
そうした中で愛弟子の安倍晴明が、陰高野の呪術師達が束に成っても敵わなかったと言う推定:特級呪霊を単独で祓い『力無き民の為に力を振るう事こそが誠の呪術師であり陰陽師である』と時の帝の上奏したのだそうだ。
「んで、その結果として
「成る程、言わば我ら呪術界の人間にとっては偉大
敢えて『だった』を強調する様な口調でそう言う夏油。
「まぁ生得術式を持ってる呪術師と持ってない呪術師じゃぁ、そら術式持ちの方が強いのは当然だし、畿内の呪霊討伐は陰陽寮、地方は陰高野って仕事の棲み分けが進んでったんだったか」
人口比の問題なのか、それとも呪霊にも学習能力があるのか、田舎の呪霊よりも都会の呪霊の方が知恵が回り、同じ呪力しか持たない同等の等級の呪霊でも、相対的には都会の呪霊の方が強い……と言うのは原作でも描写されていた。
故に呪力は有っても生得術式を持つ者は誰一人居ないと言う陰高野の者達が、地方の呪霊討伐に追いやられるのはある意味当然の帰結だろう。
だが、ソレが今の時代では何故か彼等は呪霊では無く呪詛師を狩る集団になったのか?
「んで戦国時代には当然合戦だなんだで日本中が呪霊祭りな訳で、陰陽寮は京の都をまもるだけで手一杯、陰高野の連中が畿内にまた舞い戻り何とかかんとか畿内圏の呪霊は祓ってたんだと」
となると当然の様に陰陽寮や陰高野の呪術師達の手は地方には回らなくなる。
ソレをカバーしたのは、各地の大名が独自に雇い入れた呪術師とも呪詛師とも付かない様な在野の呪術師達だった。
当時は未だ呪術総監部の定める呪術規定なんてモノは無く、あったとしても世の中蛮族溢れる戦国の世、誰が取り締まる事など出来ようか?
そんな訳で混沌とした時代が江戸幕府成立まで長く続き、徳川の治世となって三百年の間は再び畿内と江戸の呪霊は陰陽寮が、その他地方に湧いた呪霊は地元大名に雇入れられた呪術師の家系か、もしくは陰高野の呪術師が祓っていたそうだ。
「と、俺が知ってるのは此処までなんだよ。明治維新で陰陽寮が解体され、代わりに御三家を中心とした呪術総監部が設立されて呪術界を回す様になるんだが……あの辺の時代辺りは色々有りすぎて情報が錯綜しまくってんのよね」
ああ、うん、明治維新での混乱や新組織を立ち上げた混乱も有るだろうが、原作知識が有ればその時期にはもう一つ呪術界を大きく混乱させた存在の想像が付く。
明治のメロンパン入れにして『史上最悪の呪術師』であり『御三家の汚点』とまで言われた『加茂憲倫』の存在だ。
コレは俺の個人的な想像なのだが、呪術総監部が裏組織として『暗黙の了解』とかそう言う曖昧模糊なモノでは無く呪術規定なんてモノを制定し、呪術師と呪詛師を明確に分けたのは奴の存在が有ったからではなかろうか?
となると陰高野が呪詛師を主に狩る団体と成った時期も想像がついてくる……恐らくは明治初期、陰陽寮から呪術総監部へと呪術界のトップが挿げ替わった後だ。
「……彼等が術式を持つ者を自分達の所に囲い込まなかったのも不思議だね? いや明治以前は僧侶の妻帯は一部の宗派を除いて基本的に禁止だったし、言う程不自然な事じゃないのかな? でも孤児の中に術式を持つ者が全く居なかったのかな?」
うん、ソレは俺も思った、俺が
ここで基本的にとなるのは、武士なんかが家督を子に譲った後に名目上出家し、僧体となりながら武士としての生活を続ける……と言う者がそれなりに居たからだ。
まぁそうした連中は住職となり寺を次ぐ事はほぼ無いので、真っ当な僧侶は孤児、或いは相応の家の出だとしても武張った事が性に合わない者や、三男や四男なんかで家督相続争いに敗れた者が出家して僧侶としての栄達を目指す場合くらいだろう。
故に明治維新で日本が急速に近代化した際、日本各地の寺は跡継ぎとなる孤児や出家者が居らず存続の危機が頻発した事が有るのだ。
その際、当時の日本政府の対応は『僧侶も妻帯して子どもを作って跡継ぎにしろ』と言う、仏教の僧侶に課される戒律からすれば巫山戯んな! とブチ切れても仕方ないモノだった筈である。
ソレが然程大きな反発も無く受け入れられたのは、表向きは妻帯禁止とされている宗派でも幕府に隠れて妾を囲う様な生グサ坊主が、それ相応以上に居たからだろう。
「夜分に失礼しますぞ、何やら我らの事を話していると甲賀の忍びより聞き、五条の御当主とその御学友に御進講させて頂きたく罷り越した。丁度拙僧も風呂を馳走して頂いた所でしばしの休養の間お付き合い下され」
と、母屋の居間へと入って来たのは、先程の山伏装束から相撲取りが着る様なサイズの浴衣へと着替えた六道
「陰高野に術式を持つ者が居らぬのは、今より千年程前に我が宗派の
曰く、その縛りを結んだ当時は、陰陽寮に所属する多くの公家が積極的に新たな術式を持つ者を自身の血統に取り込もうとしていた時期だそうで、術式を持つと思しき者を見つけたならば全て陰陽寮に報告を上げる義務を縛りとして結んだのだそうだ。
代わりに術式を持たぬ子どもに関しては、ムラ社会の中で迫害を受けている様ならば、高野山へと連れ帰り陰高野の退魔師として育てて来たと言う。
その縛りが有るからこそ、陰高野の退魔師は高専ならば三級や四級程度にしかなれないであろう、少ない呪力でも高度な結界術を用いて呪霊や呪詛師に相対する事が出来て居るのだと言う。
「しかし陰陽寮が総監部へと変わった後は、こちらから術式を持つと思わしき子の情報を届けても、何の反応も無くなりましてな……我らとしても知らせたから後は知らん振りを決め込むのも座りが悪い」
……だんだん話が怪しく成ってきたぞ?
「故に暫し時を置いてその子らの様子を誰かが見に行けば、大概の場合は呪詛師に身を落している、コレはイカンと総監部へと何度文を出しても梨の礫と来たもんで……呪詛師として懸賞金が掛けられた時点でソヤツは最早討つべき魔……正直キツいっすわ」
ああ、やっぱり……ここでも出てくるか、大体総監部の所為……。
「ソレって……多分、総監部の誰も陰高野からの文とやらを読んでないとかそう言うオチじゃね?」
「有り得るね、陰陽寮時代には対応する者が居たんだろうけど、総監部に切り替わる時に引き継ぎが出来なかった可能性が……」
悪意では無く、単純に引き継ぎが出来て無かった……と予想しているらしい二人だが、恐らくはあの腐れメロンパンがワザとそうなるように仕組んだんだろう。
「呪術界は万年人手不足だと言うのに……何で術式持ちの子どもをスカウトするチャンスを溝に捨てるんだ……ちゃんとしてれば呪詛師になる者も大分少なくて済んだんじゃないだろうか?」
肩を落しそう呟く夏油、御主人は余りにも天辺に来ているのか言葉も出ない様子で、顎が外れる程に口を開けている六道和尚は総監部の腐り具合を知らなかったらしい。
「御主人、総監部のメンツの半数近くが変わったばかりなのだろう? ならば五条家の当主として総監部にガツンと言ってやれば良いんじゃないか?」
「ああ……そーだな、この任務が終わったら……いや、任務中に天元に会うだろうし、そこで一番上にねじ込んでやるわ」
一周回って逆に冷静になったらしい御主人が静かな言葉でそう口に出すと、誰ともなく深い深い溜息を吐いたのだった。