畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件   作:鳳飛鳥

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六眼は呪術界の非常識を読み取った

 夜蛾と五条の二人が補助官の運転する車で向かったのは東京都の直ぐとなりの神奈川県その県庁所在地である横浜市だ。

 

 しかもその場所は平日の昼間でも観光客の多い横浜スタジアムと山下公園の間に有る所謂『横浜中華街』である。

 

「夜蛾先生、五条一級術師、お待ちしてました。今は例の猫は近所に住むお婆さんから餌を貰っている最中です」

 

 一件の高級中華料理店の裏口があるであろう路地に佇んでいた3級術師は、昨年高専を卒業したばかりの一般家庭出身の術師だ。

 

 生まれながらの強者である五条悟からすれば、彼もまた守られる側に人間にしか見えないが、呪霊を認識する事も相対した時に抵抗する事も出来ないパンピーからすれば守護者の側の人間だと頭では理解している。

 

「ちっす、パイセンおつかれさーっす、んじゃ後は俺と夜蛾センで引き継ぐんでコレでなんか良いものでも食べてってよ。あ! パイセンってここが地元なんだよね? んじゃどっかオススメの店教えてよ、終わったら夜蛾センと食って帰るから」

 

 卒業生の術師、つまりは相手は社会人だと言うのに入学から然程も経たない高校生が財布を開き万札を差し出すのは、世間一般の価値観からすれば『子ども(ガキ)が大人を無礼(なめ)るな!』となる行動だ。

 

 だがソコに御三家の一角五条家の当主と言う肩書きが加わると話が変わってくる、子どものバイト代や小遣いから奢られるのは大人の矜持を傷付ける行為かもしれないが、日本国内でも上から数えた方が早い財産を持つ家の当主からの労いなら受け取るのに否は無い。

 

「御三家の当主に勧めれる様な店は生憎と一般家庭出身の俺には思いつかない……と言いたい所ですけど、三件隣の上海亭は小さな店ですが大きな老舗よりずっと美味い炒飯が食えますよ、格式とかに拘らないなら間違いなくオススメです」

 

 そう言って指差す先に有るのは、派手な装いの店が多い中華街の中に有るにしては比較的慎ましやかな佇まいの『小さな町中華』と言う感じの店だ。

 

「へー、んじゃ夜蛾センサクッと仕事片付けてソコで飯にしよーぜ、高そーな店じゃないし夜蛾センの奢りね」

 

 高い店ならば五条家の財力で奢るが、比較的リーズナブルな店なので大人を立てると言う意味合いも含めてそんな言葉を口にする。

 

「バカモン! 気を抜き過ぎだ! 今の所は何の被害も出てないとは言え、未確認の呪術師なんだぞ。100%敵対するとは限らんが気を抜いて要らん怪我をする様な間抜けにはなるな。お前の無下限を突破する様な術式だって世の中には有るかもしれんのだ」

 

 しかし返って来たのは任務を前に気を抜くなと言うお説教の言葉だった。

 

 悟の持つ無下限術式は呪力を用いて自身の周囲に『無限』を具現化し、外界からのありとあらゆる干渉を無効化出来る極めて強力な術式だ。

 

 無論弱点が全く無いと言う訳では無いのだが、その弱点を補う事の出来る特異体質を持つ悟は、生まれながらにして強者だった。

 

 夜蛾正道と言う男はそんな生まれついての『最強』を相手にも、臆する事無く教育的指導が出来る稀有な教師と言えよう。

 

 悟は人類最強の存在として生まれついてしまったが故に、他の人間が儚く脆い花の様な存在と認識してしまっていた。

 

 夜蛾とて悟からすればそんなお花畑に咲く花の一輪でしか無い、けれどもそんな力の差を理解した上で悟をただの強者として扱わず、守るべき生徒だと本気で思っている事も、入学からの短い期間で理解出来ているが故に、夜蛾に対しては一定の敬意を持っているのだ。

 

 ……まぁ根底は躾の成って無いクソガキなので、ソレを素直に口に出すような事は無いが。

 

「へいへい、まぁ今回は俺が直接どうこうするんじゃなくて夜蛾センが矢面に立つんだから、俺もちゃんとしねーとなー……って、ブっ!? ぶははははははは! え? アレマジ!? マジで!? ヤベー奴じゃん! 呪術界が根底からひっくり返る奴じゃん!」

 

 そんな事を言いながらも、夜蛾の前に立ち老婆が猫に餌をやっていると言う場所を覗き込み……思わず吹き出した。

 

 自分が幼少期から見聞きし、五条の屋敷に有った様々な古文書等で読み知った呪術界の常識を完全否定する様なモノがソコに居たからだ。

 

 呪霊は人間の負の感情──呪力──が集まり具現化したモノであり、呪術師は呪力を扱う事の出来る特別な『人間』である──と言うのが太古の昔から呪術全盛の平安時代そして現代を通して共通する呪術界の常識だった。

 

 しかし悟が今目にしたのは、極々普通の老婆が極々普通の多数の野良猫と、その中に紛れた一匹の膨大な呪力と術式を持った黒猫の姿だったのだ。

 

 人間に限らず動物や植物、なんなら器物にだってこの世のモノならば多かれ少なかれ呪力は宿る。

 

 書物で得た知識と五条の家で小耳に挟んだ話では、五条家と同じく御三家に数えられる禪院家に呪力から完全に脱却した天与呪縛のモノが居たと言う様な事を聞いた事が有るが、そうした稀有な例外以外はこの世のありとあらゆるモノに呪力は有るのだ。

 

「夜蛾セン、アレ猫が操られてるんじゃねぇよ、あの猫自身が呪力も術式も持った呪術師……いや呪術猫だわ。術式はあーなるほどなー、便利系だけどよっぽど術式の拡張を上手くやらないと強くは無い奴だわ」

 

「なんだと!? 猫が呪術師!? 馬鹿な! 有り得ないそんな事は! 術式が猫に変化するとかそう言う類のモノか!?」

 

「いや、違う、アレの術式は単純に命のストックを八つ持ってて九回殺さなきゃ死なない……って感じのモノだわ。んで1回死んだ時に復活する為なのか術式自体に反転術式が組み込まれてるタイプみたいだな」

 

 呪力や生得術式を読み解く特異体質『六眼(りくがん)』の能力(ちから)を制限する為、常に身に着けて居るサングラスをずらし黒猫を見た悟の口から(くだん)の猫の術式が読み解かれていく。

 

「……呪霊では無いんだな?」

 

 驚愕を押し殺し、最後の希望に縋る様な声でそう言う夜蛾、

 

「いや間違いなく、ありゃ生身の猫だ……その証拠に……ほら、写真に写る」

 

 対して悟は東京に出て来てから買った最新の携帯電話に付いたカメラ機能を使って写真を取って見せる。

 

 実体を持たず呪力で構成された呪霊はカメラには映らない、と言うことは逆説的に写真に写ると言う事は呪霊では無い証拠に成り得る訳だ。

 

「ガッデム! コレが事実なら動物霊系の呪霊の発生メカニズムなんかが今までの定説から外れる事になるぞ!」

 

 古来より呪霊と言うモノは基本的に人間の負の感情から漏れ出た呪力が集まって産まれ出るとされて来た。

 

 基本的になのは呪術師や呪詛師の様な強い呪力を持つ者が、呪力に依らず死んだ場合にその者が呪霊へと転化する事が偶に有るからだ。

 

 もしも野生動物の中に眼の前の猫の様に、呪力を持ち生得術式を持ったモノが稀にでも居て、ソレが自然の摂理の中で死んだならば呪霊に転化する可能性は決して低いモノでは無いだろう。

 

 呪術に関わらないパンピーからすれば、噂なんかが核となって唐突に現れる呪霊も、呪力を持った動物から転化した呪霊にもさしたる差は無い様に思うだろうが、呪術師の立場からすればたまった話ではない。

 

 人間は特別なのだ、特別で無ければならないのだ。

 

 御三家を筆頭に古い呪術師の家系では極めて一部の例外は有るだろうものの、大半の家が『呪術師に非ずんば人に非ず』と言う前時代的な選民思想が二十一世紀に入ってそれなりに経つ平成17年現在でも当たり前にまかり通っている。

 

 先進的で便利な生活を怠惰や惰弱と笑い、苦労してこそ徳を積めると若者達に前時代の価値観を押し付ける老害が多いから……と言うのも有るだろう。

 

 呪術界全体に未だ蔓延る『女は強い術師を産んでナンボ』と言う男尊女卑の価値観と相まって、家事の苦労は全て女性に押し付けながら、家事の労力を軽減する様々な道具を全否定しているわけだ。

 

 御三家の一角である禪院家の本家では、未だに炊飯器を使わず薪で竈門炊きを非術師の女性に強要していると言うのだから笑えない話である。

 

 そんな選民思想に凝り固まった呪術界に『人間だけが特別ではありません、動物にだって呪術師は居るんです』等と言う事が受け入れられるだろうか? 

 

「……呪霊と言う事にしてアレを祓って終わりって訳にゃ行かないぜ? なんせ現実に居るんだから、今までの定説の方が間違ってたって話に成ってくるし、アレが最初で最後の呪術動物とは限らない訳だしなー」

 

「……無事に保護して連れ帰ったとしてだ、上が納得すると思うか? 今までの報告を鑑みるにあの猫自体は善性の存在なのかもしれないが、人間の都合で定めた呪術規定を守らせるのは無理だろう。良くても実験動物にされるだけじゃないだろうか?」

 

「いやー、頭の硬いおじいちゃん達はサクッと消して見なかった事にして終わりなんじゃねぇかなー? でも実際に居る以上はアレを消した所で何時かは次が絶対現れるだろうし、時間の問題でしか無いだろ」

 

「結局の所、どこまで行っても人間の都合、上の都合か……」

 

「あ! 良い事思いついた! あの猫、俺が飼うわ! いくら術式に反転術式が組み込まれてるっても、アウトプットは割と重いコストが有るのにソレを使ってまで人間の怪我を治してやる位には人側の存在みたいだし、俺ならアレが暴れてもなんとか出来るしな!」

 

 サングラスを戻しながら名案を思いついたと言わんばかりに、左の掌に右の拳を縦に打ち付ける。

 

「……お前に猫の世話が出来るのか? いくら普通じゃない動物だとしても、飼うならば天寿を真っ当するまできっちり面倒を見る覚悟が必要だぞ? 面倒臭いと五条家の者に投げたりしないだろうな?」

 

 その言に対して夜蛾は、捨て猫を拾って来た子どもに対して親がする様な注意を口にしたのだった。

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