畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
身体能力と言う点で人間は野生動物に遥かに劣る、しかし人間は武器を持つ事でその差を埋め、地上の覇者と呼んで差し支えのない繁栄を手に入れた。
呪術を知る者ならば、呪力に依る身体能力強化があれば畜生如きに負ける事はない、恐らくは100人に聞けば99人はそう答えるだろう。
だが呪力が使える動物が居たならば? ソレに明確な答えを出せる者は今現在の高専生以外ではほとんど居ない。
なぜならソレは一般の呪術師や呪術を知る者にとっては絵空事に過ぎず、呪術は人間と呪霊だけのモノと言う前提が拭い難い先入観としてあるからだ。
では実際はどうなのか……俺の意見を述べるとするならば『当事者次第』と答えるだろう。
実際、俺が御主人や夏油と全力で
だが相手が灰原や七海と言った二人に比べたら未だ未熟と言って間違いない呪術師ならば? ……その答え合わせが今から行われる訳だ。
「さて、では俺も御主人や夏油を見習って、先手はそちらに譲ろう、何処からでも好きなようにかかってくると良い」
高専の広いグラウンドの割と校舎側に近い、けれども建物やギャラリー達から十分に距離を取った位置で、俺と灰原は向かい合い闘争を始める準備を終えたので、そんな言葉を投げかける。
「はい! 行きます!」
いつも通りの元気が良い声と共に、明らかに素人のそれではない踏み込みで俺へと近付いた灰原は、腰の入ったローキック……ムエタイ式に言うならばテッ・ラーンでこちらを狙う。
選択肢としては間違いではない、と言うか他に選択肢は殆どない。
2足歩行と言う人間の身体の構造上、立った状態で腰から下の高さを狙う攻撃と言うのは、武器を使わなければ蹴り以外では殆ど無いと言って良い。
格闘技に興味があるか、もしくは前世での俺辺りの年齢の者ならば日本のプロレスラー『アントニオ猪木』対プロボクシング世界ヘビー級チャンピオン『モハメド・アリ』の一戦を知る者は多いだろう。
ボクシングと言う素手の拳のみを使うアリに対して、猪木は地面に身体を倒した状態で足元への蹴りを出す……と言うパンチ封じに終始した。
古代ローマ発祥のパンクラチオンが、ブラジルのヴァーリトゥドを経由し、総合格闘技と言うモノとして一般化した現代ならば、猪木はマウントポジションを取られてフルボッコにされただろうが、当時は未だそうした技法は一般的では無かったのだ。
対して灰原と俺の闘いはどうかと言えば……繰り出されたテッ・ラーンをするりと躱し、軸足に身体と尻尾を絡み付かせ膝関節を極めに掛かる。
その際に膝裏を尻尾で強く叩いた事で膝カックンと言われる様な状態へと陥り、灰原は尻もちを付かざるを得なくなった。
「術式の使用もせずに安易な初手、考え無しでは折角のムエタイも宝の持ち腐れだぞ?」
「あいてててて! ギブ! ポチさんギブっす!」
甲賀流猫忍体術『尾絡み膝固め』人間で言うならば、膝十字固めに近い形で膝関節に逆へと推し曲げる様に力を掛ける技で、本気でへし折るつもりならば膝靭帯に通常では回復不可能なダメージを与えうる危険な技だ。
「さて、考え無しの一手に対する教訓はこのくらいにして……呪術師らしい闘いをちゃんとしてくれ灰原よ」
ギブアップが入ったので関節から身体を離して改めて、距離を取って仕切り直す様に促す。
極められていた左膝をぶらぶらとさせ、痛みを抜く様な仕草をする灰原だが、後に引く程強く極めた覚えは無い。
「うし、改めて! 行きます! 蒸気呪法ぉ!」
気合の入った掛け声と共に灰原の肉体から爆発的な呪力が、蒸気機関車がシリンダーの排水をする時の様な勢いで吹き出す。
そして今度は先程よりも更に早い動きで、今度はグラドー・テッ・カーと呼ばれる、軸足を地面に残さない『飛びローキック』を繰り出して来た。
最初に地面に着いていた軸足を取られ膝関節を極められたのだから、次は対策として飛び蹴りを選択するのは間違いでは無い。
更に彼の持つ生得術式である『蒸気呪法』は、剛田の『呪力剛体』と同様に身体強化の延長線上にある術式で、術式をボイラーの火として水の代わりに呪力を沸かし爆発的な倍率での身体強化が出来ると言うモノだ。
圧倒的な倍率で強化された身体能力で繰り出されたグラドー・テッ・カーは、流石に速すぎて俺でも完全に身を躱す事は出来なかった。
けれどもソレで完全に勝負が決まった訳では無い、避けられないのであれば乗ってしまえば良いのだ。
念の為全ての呪力を身体の頑強性の強化に回し、その上で猫が元来持つしなやかさを失わぬ様に身体の力を抜く。
そうすれば俺の身体はサッカーボールでも蹴ったかの様に、ポーンと吹っ飛んで行くが……運動エネルギーに置換された分、身体に残るダメージは軽減される。
宙へと飛んでしまえば人体とは違う猫の身体は、自由にとまでは行かないがある程度空中で姿勢を制御し、呪力を放出する事で推進力を得て灰原へと向かって
「ぶべっ!?」
俺への蹴りが綺麗に決まった事で油断していたらしい灰原は、着地後の残心が甘くこちらの反撃が見事に顔面へと突き刺さったのだ。
「……はぁ、灰原。次の休みは先生とのスパー10Rな? 考えないで闘うなら本能だけで戦える様になるまで闘い方を身体に刻み込め、ソレが出来ないならちゃんと冷静に頭を回して戦える様になれ!」
同門であるが故にか、夏油は普段の丁寧語を捨てて、灰原に対して厳しい言葉で問題点を指摘し、自分と共通する師匠とのスパーリング10Rと言う罰なのか特訓なのか分からないモノを命じた。
「おーい、後輩たちー! 差し入れ持ってきたから私も混ぜてー」
と、唐突にグラウンドへと姿を表したのは、右手に荷物がパンパンに詰まったトートバッグをぶら下げ、何時もの巫女装束の上に贔屓の球団のユニフォームを羽織り、バットケースを背負った庵歌姫先輩だった。
「ほい、スポドリ。未だ冷えてるから冷たいウチに飲んでねー。体術訓練でしょ? 私も混ぜてー。今日の任務思ってたよりも大分呪霊が弱くて不完全燃焼なのよねー。誰か相手してよ!」
そう言う歌姫先輩の言に全員の視線が未だ戦っていない2年生の七海へと向けられる。
「……はぁ、そう言う事の様なので私がお相手しますよ。庵先輩も直接戦闘に使える術式ではありませんし、その背中にある呪具でお相手下さい……一応は同門での稽古と言う事で申し訳ありませんが」
「同門って言っても私は、ほんとーに基礎を齧っただけで辞めちゃったしー。七海はきっちり新陰流で免状取る気なんでしょ? まぁ私には柳生新陰流より、野球流の方が合ってたって事よねー」
……原作の庵歌姫と言えば、御主人にイジられるだけのキャラクターと言う印象が強いが、効果範囲内の任意の相手の呪力と出力を強化すると言うバッファーながら、準1級と言う等級を得ていた呪術界全体を見れば強者と呼んで間違いない人物だ。
しかしこの世界では、高専4年生の今の時点で既に1級術師としての推薦を受けている実力者となっている。
その決め手は彼女が背中に背負ったバットケースの中身にある、彼女のコピー体を素材に組屋が作った2級呪具『歌姫バット』だ。
呪具の性能としては『某球団の応援歌が聞こえる範囲では不壊』であり『某球団のチャンステーマが聞こえる時は不壊は消えるが、
普段はCDラジカセを持ち歩き、該当する楽曲を掛ける事で効果を維持するが、最悪それらが壊れた時には自分で歌う事で効果を無理やり維持することも可能と言う、なんともぶっ壊れ性能な呪具なのだ。
バットケースにぶら下げた比較的安価なCDラジカセをギャラリーが居る所へと置き、入れっぱなしに成っているCDの再生ボタンを押す。
贔屓の球団の応援歌に背を押され、黒い合皮のバットケースから自身の骨を軸に肉を巻き付け本体を作り、指や肋骨の様な尖った骨が釘バットの様に突き出した、グロテスクな逸品を取り出し2度3度と素振りしてから肩へと担ぐ庵。
「さー七海! どっからでも掛かって来なさい!」
原作では五条に弱い弱いとイジられていた姿が嘘の様に、強打者の風格を纏わせた庵歌姫がそこには立っていたのだった。