畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
二
十劃呪法に依って7:3の位置に強制的に弱点を作る事が出来る七海だが、庵が持つ2級呪具『歌姫バット』のその位置へと間違いなくナタを叩き付けているにも拘らず、相手の得物を切り飛ばせずにいる。
七海の得物は呪具と呼ぶには未だ呪力の馴染みが足りないものの、彼自身が呪力を流し込んでいるので、術式を使っていない庵の歌姫バットに込められた呪力とは大体釣り合った状態だ。
しかし歌姫バットは彼女が贔屓にする某球団の応援歌が流れている間は絶対に壊れる事の無い『不壊』の特性を持つが故に、十劃呪法で弱点を強制されても破壊される事は無く、多少派手に仰け反るだけで済んでいるのである。
また庵のバット使いは、野球のソレをベースとしてはいるものの、そこから更に七海と同門の新陰流を学び、今では野球新陰流とでも言うべきモノへと昇華させていた。
なんでも彼女がその戦闘スタイルへと目覚めたのは、西武ドームでの試合を観戦しに行った際に贔屓のチームが敗戦した為、気晴らしのつもりで入ったゲームセンターで見つけた一つのベルトアクションゲームが切っ掛けだったと言う。
敗戦に打ち拉がれた彼女が偶々ストレス解消のつもりでプレイしたそのゲームで、彼女は『素手で殴って弱いなら、バットで殴れば良いじゃない!』と言うなんとも乱暴な真理に目覚めたらしい。
その翌日、俺と組屋のもとを訪れた彼女は自身のコピー体を素材とした歌姫バットの制作を依頼したのだ。
何気に組屋が人から『こう言う呪具が欲しい』と依頼を受けたのは、俺が頼んだ『黒皮』以外では2回目の事だったのだが、要した時間は大凡1週間で『歌姫バット』はこの世に誕生したのである。
彼女の生得術式である
しかしこの歌姫バットは本人の肉体が素材に使われている所為か、術師では無く呪具にも拘らず単独禁区の効果を受け、呪力量的には2級相当にも拘らずバフを掛ければ1級呪具をも超え特級と目されても可怪しくは無い程の呪力を発揮するのである。
今は術式を使わず応援歌をCDラジカセから流している事で不壊が発生しているだけだが、ソレでも七海と互角以上に打ち合えているのが、原作の庵を超えた庵歌姫である証左と言えるだろう。
等と観戦しながら考えている間に一瞬ラジカセから流れる歌が止まり、その間は呪具の不壊が消えている事を知っている二人は、回避専念の庵と今の内に呪具を壊したい七海と言う構図に移行し、数瞬の後今度はチャンステーマがラジカセから響き始める。
チャンテ中は不壊効果は消えるものの、黒閃の確率が上がると言う事で、攻撃のチャンスと言えばチャンスなのだ。
しかし七海にとっても厄介な呪具を破壊するチャンスでもある為に、二人は再び積極的に前へと出て武器と武器をぶつけ合う。
数合撃の打ち合いの中で唐突に輝く黒い稲妻……ソレも二重にだ。
恐らくは庵と七海……双方が黒閃をキメたのだろう。
2.5乗の威力を秘めた黒閃と黒閃がぶつかり合えば、そこに発生するのは6.25乗になった凄まじい衝撃である。
弱点を切り裂かれ呪具としての役目を終えた初代歌姫バットと、握力が保たずカッキーン! と言う爽快な音と共にホームランされた七海のナタ。
この場合どちらの勝利と呼べば良いのだろう? 取り敢えずは未だ呪具としては完成していない筈のナタが砕けなかった事は奇跡にも近い様に思えるが……あ、庵がグーで行った。
「うん、この勝負は歌姫の勝ち―。七海は得物を失った時にも即座に動ける様にしないと駄目だなー。黒閃キメてハイになるのは解るけど、ソレで足止めたら駄目だ。戦場では足を止めた奴から死ぬ……ってこないだ観た映画でも言ってたしな」
「コレが……黒閃……初めてですが……中々キますね……ああ、コレが……成る程、今まで以上に強く成れた気がします」
「気がするだけじゃないわよー。実際黒閃経験する前と後じゃぁ呪力の効率も術式の理解もダンチなんだから! あ、組屋! ポチー! バット壊れたからまた新しいの作ってねー!」
静かに始めての黒閃の余韻に浸る七海と、歌姫バットの効果で既に何度かの黒閃を経験していてソレでもハイになった様子の庵。
「うん、今日は私の反転が必要な大きな怪我をせず、それでいて中々に充実した訓練だったんじゃないかな? ねぇそう思いません狗巻先生?」
「ニンニクマシ、ヤサイマシマシ、アブラナシカラメ」
うんうんと頷きながら中々にヘビーな注文をする狗巻先生、普段から彼女に接している1年生達は今ので意味が通じた様だが、残念ながら他の学年の者達はそのジェスチャーから家入に同意している事を察するのが限界だった。
「……なぁ組屋、歌姫バットの2本目が出来たら皆でチャンテを流しながら黒閃チャレンジしてみないか? 黒閃を経験する前と後では呪術師としての完成度がかなり違う様だからな」
「あー、ソレあんま効果無い気がすんぞ? アレは庵パイセンが使い易い様に完全に調整したからあの効果が出た気がすんだよなー。人体の呪具化は今ひとつ俺自身でもどう言う効果のモンが出来るか分かってねーからなー」
組屋は俺を先輩として見るのではなく、ただの喋る猫として扱ってくれるので、原作のイメージを抜きにすれば割と付き合い易い。
「父さんに手解きして貰う……か、私も父さんみたいな呪術師を目指してこの学校に来たんだ……うん、冬休みには妹には悪いけど遠慮せずに頼んで見よう」
と、御主人から貰ったアドバイスを噛み締めている伊地知。
「ん? 伊地知、お前妹が居るのか?」
「あ、はい、姉と妹が一人ずつ。ウチは父さんが呪術師ですけど、母は一般人で呪力があるのは兄弟の中では私だけですね」
「へー、呪術師なのに一般人と結婚って割と珍しいよな。まぁ伊地知二級は術式も無いし古参の呪術家系からの無理やりな見合いとか無かったんだろーなー」
「ソレは……一般家庭出身と言って良いのかな? でも父親は呪術師だし……うーん?」
「まぁ……父さんも家では仕事の事殆ど話しませんし、姉や妹は公務員と言う事しか知らないので、一般家庭区分で良いと思いますよ」
「伊地知も妹が居るのか! 呪霊が見えなくて良かったね! ウチの妹は呪霊が見えるけど、こんな危ない仕事は女の子にやってほしくないから高専には来ない様に言ってるんだよね! あ! 庵先輩や家入先輩の様に女性でも頑張ってる人の否定じゃないですよ!」
「あ! そーだ、先輩方! 冬休みにはウチに遊びに来ませんか? ウチは家業で術式を活かしてマグロ漁師もしてるんですけど、旬の時期の大間のクロマグロは本当に美味しいですよ!」
「お前ん家の相伝術式って海鮮操術だったよな? 呪術師やるよりマグロ釣ってる方が儲かるん?」
「流石に本業は呪術師ですよー。クロマグロは確かに高いけどソレだって1匹300万くらいで、あんまり捕りすぎると海の生態系荒れるし、ソレ以上に他の漁師の嫉妬を買って余計な呪霊が湧くしで良い事ないですからねー」
「まぁ300万程度は呪術師やってりゃすぐ稼げる程度の額だよなぁ。じゃぁなんで漁師してんの?」
「そりゃ獲れたて新鮮な海鮮が食べたいからですよー、呪術で取った海鮮は別に呪力で汚染されるわけでもないですしね! 良いですよ呪術海鮮!」
「てことは磯野の実家は青森の大間なのかい? その割には訛りとか全然ないね?」
「そりゃ東京来るのに訛ってるとか恥ずかしいじゃないですか! 頑張って矯正したんですよ、でもまぁ多分地元に帰るとふつーに向こうの言葉になると思いますけどね」
「訛りと言えば、御主人も京都の人なのに京都弁を話さないな」
「え? 俺? 俺だけじゃなくて御三家の当主はみんな標準語で話せる様にするんだよ。逆に言えば相伝持ってるクセに都言葉を気取ってる奴は、家を継ぐ気がないかもしくは呪術界を舐めてる奴だね」
「御三家って……五条パイセンの家ってなんか凄い家なんっすか?」
「えぇ!? 御三家の五条家を知らないの!? ってそっか、剛田と組屋は一般家庭からのスカウトだもんね、呪術界の特別な常識とか知らなくて当然か」
「え!? その辺って割と授業中の余談で出る話じゃない!? 僕達も御三家の話とか授業の脱線で聞いたよ!?」
「あー、私達の呪術の授業、担任が狗巻先生ですから、余談とか全然無いんですよねぇ。必要な事は全部板書ですから……」
「「「「「あ!?」」」」」
「じゃぁ逆に一般家庭の剛田と組屋ん家って何やってんの? やっぱ傑ん
「俺ん家はふつーの個人商店っすね、最近は大手のコンビニに圧されてて割と商売厳しいっすけど、配達とかやってるから未だ昔からのお得意さんがいて商売成り立ってる感じっす」
「俺ん所は家具屋っすね、親父が家具職人でウチの工場で他の職人と一緒に手作りした奴をお袋が店で売ってるんっす。俺もガキの頃から工場で色々作って遊んでたんで、呪具作りの基礎はソコで身に付けた感じっすね」
と、訓練が一段落した感じで、若者達は庵が持ってきたスポーツドリンクを片手に四方山話に花を咲かせるのだった。