畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「もしもし……ああ、久し振り……あ? いや別に金に困って電話した訳じゃねぇよ。ちょっと前に大きい仕事片付けて懐にゃ余裕がある。贅沢しなけりゃガキ共が大人になるまでの蓄えにゃ十分だ」
約束を守る為、何度かかけようとしては止め、ソレでも約束は約束だからと覚悟を決めて叔父の携帯へと電話を掛けた。
一応は携帯電話のアドレス帳に入れてはいたものの、この番号に掛けるのは最初に結婚した時と一人息子の恵が産まれた時、そして禪院の名字を捨て伏黒の家へと婿に入った時の3回だけで、コレが4回目である。
「ああ、そうだ。ガキの事だ。ガキが呪術を発現したなら禪院の家に売るって約束、アレやっぱ無かった事にしてくれないか? ああ……ちが……わねぇな。そうだ、情だよ、俺らしくねぇなんてのは分かってる。んでも約束しちまったからな」
決して息子の情が湧いた訳では無い、情があるとすればアレを産んだ女に対してだ。
そして禪院の姓を捨て伏黒の姓をくれた女にも『約束を守る』と言う縛りの所為か、多少の情は湧いて来た。
取り敢えず今回の仕事で得た報酬は手付と合わせて3億と、連中が裏帳簿に記載されていた隠し金の7億……合計10億、この金があれば暫くは遊んで暮らしても問題は無い。
……確か伏黒の姓をくれた女には連れ子の娘が一人居た筈だから、恵と合わせてガキ二匹3億ありゃ成人するまで面倒見る事ぁ出来るだろう。
残りの7億を種銭に博打で増やせば、生活に余裕を持つ事は十分に可能な筈だ。
「……っち、だとしても高専を卒業するまでは俺ん所で育てる。高専出ちまえばその頃にゃガキも二十歳で立派な大人だ。禪院に行くも禪院を敵に回すも大人の男が決めた事だ、親が一々口出しする問題じゃねぇだろ」
叔父はガキが相伝術式を持っているならば寄越せと言って来たので、高専卒業までの猶予を乞う。
確かにアイツに恵の事を頼まれたのは事実だし、ソレが約束と言う呪いと成って俺を縛っているのも事実だ。
だが何時までも親が面倒を見るのも違うだろう、女なら嫁に出したら後は婿さんが面倒を見るべきだし、男ならば一人前に成った時点でテメェの面倒はテメェで見ろって話である。
だからこそ呪術高専を卒業し呪術師としても、一般社会に置ける成人と言う意味でも、一人の大人の男となった時点で、アイツとの約束は完全に果たされたと考えて良い筈だ。
「ああ……まぁ仕方ねぇ、親戚なのは事実だしな。ガキ……あ、そーだな。今の嫁と嫁の連れ子も連れて4人でそっち顔だすわ。あ゛? 家にゃ行かねーよ! どっか外の店で会うだけだ! 俺のガキは兎も角、他はあの家じゃ招かれざる客だろうよ」
恵が成人した時に全く知らない相手から突然では、どう考えても上手く話が進むわけが無いので、一応は親戚としての付き合いはあると言う体で叔父が恵を連れてこいと言う。
NOを突きつけたい所だが、叔父はあの腐った家の中では比較的マシな人間だったのも事実で、ここ暫く放っていたガキ共と一応は女房と言える女を旅行に連れ出し、機嫌を取るにゃ丁度よい言い訳になる。
「ああ、うん、金は大丈夫だってーの。下京辺りの適当なホテルに泊まるさ。ああ、土産はこっちの地酒で良いな? ああ、俺は飲まねーから詳しくねぇけど、今の女房はそっち系の店で働いてるし知ってるんじゃねぇ?」
女房が働いている店は水商売の中では比較的色っぽい世界では無い所謂スナックだ。
天与呪縛で強化された内蔵は酒を瞬く間に分解してしまうのか、酒を呑んでも酔えないので酒は好きじゃ無い、同じ金を出すならコーラやお茶の方が美味い。
対して叔父は大上戸で実家に居た頃から素面だった姿を見た覚えが無い、呪術師としての任務にすら酒を持っていくと言う話を聞いた時には呆れたモノだ。
兎角、酒を商う店で働いている以上は地元の酒くらいは知っているだろう……多分。
金曜日の夜にでも向こうとの顔合わせを済ませ、土日は京都競馬場でレース観戦てのも悪く無い。
俺の記憶が確かなら、女房もそのガキも動物は割と好きだと言って居た筈だし、俺のガキの方も俺の血を引いてるなら馬がキライだと言う事は無いだろう。
いきなりG1の大舞台で混んでる所に連れ出せば、競馬場自体をキライになっちまう可能性があるから、比較的空いてるだろうメインが平場のレースの日を脳内で番組表をめくって考える。
「あー、そーだ。そっちの家で伝手がある古流の武術って有るか? あー、そうだ、五条のボンとやり合って負けた。俺のは武じゃなくてただの暴だとさ。負けっぱなしは趣味じゃねぇ。殺し合いにゃしないが次に手合わせする時に勝てる様に技術が欲しい」
五条のガキは武は身体能力で劣る者が強者に勝つ為に編み出したモノだと言っていた、ならば人類の枠組みを越えた身体能力を持つ俺が武を修めたならばこの世に勝てる者は居なくなるだろう。
「あん? 五条のボンは甲賀の忍術習ってんのか……じゃぁそのライバルで伊賀だな、伝手は……あんのかよ! え? 今は呪術界でも古流武術を学ぶのがトレンド? 禪院の若い衆も伊賀で学んでる? そこにねじ込んでくれんのか」
俺が実家に居た時だって
五条のガキが甲賀流忍体術を修め、対人武術の有用性を声高に呪術界へと広めた事で、禪院家としても躯倶留隊を中心にソレを取り入れると言う流れができ始めているらしい。
「それ叔父貴が命じた……訳ねぇよなぁ。若い連中が勝手に始めたのか? いや信朗……だっけか? アイツは俺の目から見ても伸びると思えたからな。禪院の野郎共の中では割と記憶に残ってた方だわ」
信朗は呪力は有るが術式は持たない男だったがその分武芸に入れ込み、上からの圧力で嫌々やっている者が多い躯倶留隊候補の若い連中の中では少し異質な存在だったので覚えていた。
アイツは俺と同じ様にその目に『何時か目にもの見せてやる』と言う暗い炎が宿っていたモンだ。
「ああ、うん……わーってるよ。あ、それとガキ共にニート扱いされんのも業腹だからな、それほど高い報酬の任務じゃなくて良い、今は金なら十分に有るからな、定期的になんか任務回してくんね?」
別に平日昼間でも競輪場や競艇場に行ったり、地方競馬の場外馬券売り場とかパチンコ屋で時間を潰して家を空けるだけでも、ガキには仕事へ行っている様に見えるだろうが、そんな生活がバレれば恵の教育によろしく無いのは目に見えている。
少なくとも恵が高専を卒業するまでは、博打は趣味と言い切れる程度に抑えるだけの分別は有るつもりだ。
「あん? 恵に呪術的な教育? あー、今住んでるのは東京校からそんなに離れて無いし、そっちに誰か教えてくれる奴が居ねえぇか聞いてみるさ。ああ、京都校に行かせると、そっちの家に近すぎる。選択すんのはアイツが大人になってからだ」
本音を言うならばあの腐った家から教師を借りれば、ソイツの思想が恵に感染する可能性がある、なんなら洗脳地味た教育をされる可能性だって捨てきれない。
ガキは良い意味でも悪い意味でも周囲の大人に影響されるモンだ。
「あ!? 分家の分家? 山梨の善院に都内の一堂ね……聞いた覚えがねーが……あーなるほど、そら禪院とは相性悪いわな。んでも一応は親戚付き合い残ってんのか」
東京校からの教師派遣で東京校に借りを作れば、恵が禪院に来る可能性が下がると判断したらしい叔父は、中元と歳暮に年賀状のやり取り程度しか親戚付き合いの残っていない分家に話を持ち込む提案をしてきた。
禪院家から明治の頃に分れた善院家は、その名に善の字を使うくらいには禪院家の妄執にも近い因習を忌み嫌い、総監部が標榜する『非術師の為の呪術師』を本気で遂行する家だと言う。
そこから娘を嫁に出した一堂と言う家の当主は、今は一線を引いて都内で玩具店を経営しつつ窓として総監部に協力する立場なのだそうだ。
現役だった頃の呪術師としての等級は準1級だと言う話なので、生得術式の扱いは兎も角、呪術師としての基礎を習うには十分な相手だろう。
「そ~言う立ち位置なら確かに他所に借りを作ること無く、極端にそっち寄りの教育をされる事もねーな。まぁ本当に頼むかどうかは一回会ってから決めるさ。ああ、一応は俺だって社会経験積んでんだ、礼儀の一つ位は理解出来てんよ!」
一応は親戚だとしても他所に頼み事をしに行くのに手土産の一つも用意しない程、叔父には俺が未だガキに思えるらしい。
「え、へー。京都でも今は洋菓子が人気なのか。つか叔父貴、酒飲みのクセに良く甘いモンの事知ってんな? はぁ、マジかよ、糖尿になんぞ? え、動いてるから平気? ああ、そーですか……んじゃ嫁と日程話して決まったらまた連絡すんわ」
下戸(甘いもの)も上戸(酒)もどちらも解してこそ誠の
「ふぅ……」
電話を切ると思わずそんな声が漏れる、どうやら実家に連絡するのは俺にとって、想像していた以上に緊張を強いる行為だったらしい。
取り敢えずは女房とガキ共に土産の一つも買って、長期の仕事は終わったから暫くは家に居れる……とカバーストーリをでっち上げて頭を下げるか……面倒クセェが約束だから仕方ねぇ。
たった一つの約束を思い出しただけで、人間ってのはこうも変わるのかと、自嘲しながら俺は記憶を辿り女房の家へと向かうのだった。