畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
宴の主役を張るのは大間と言うマグロの町に根を張る磯野家の立地上、当然と言えば当然ながらマグロである。
無論、他の魚も多数用意され色とりどりの刺し身が大皿の上にコレでもかと美しく盛られていた。
ただそんな刺し身を差し置いて我こそが主役でございと言わんばかりのインパクトを放つ逸品がある……マグロの兜焼きだ。
食事を始めて少ししてから焼き立てが食卓へと運ばれたソレを見て、磯野を除く高専のメンツが大盛りあがりしたのは言うまでもない。
各自の手元に白飯が盛られた茶碗は無く、かと言って取り分けられる様な炭水化物が食卓にある訳でも無い事は不思議に思えたのだが……
「さぁ食べたいモノがあったら何でも言ってくれよ、ネタが有るモノなら直ぐに握るからね」
と、ねじり鉢巻きに白い割烹着を身に纏った磯野益臣が寿司を握る用意をしてそう言った事で合点がいった。
「益臣
「うむ、鮮度だけはどったらに金ば積んでも手に入らねぇもの、一級の品は都会に運ばれるが、どう頑張っても地元の鮮度には勝てん」
「うま! マジでこの大トロの刺し身ヤベーよ。親っさんの言う通り、コレは東京の名店でも食えねぇわ」
「私は五条先輩の様な高級店の味は知りませんが……この刺し身がとてつもなく美味しいと言う事はわかります」
「うめ! うめ! うめ! コレもうめ! こっちもうめ!」
「お寿司も美味しい! 口に入れただけでシャリが簡単に崩れて、でも全然物足りなくない」
「玉のこの味……お兄さんが修行したのってもしかして、超神田寿司ですか?」
「折角だから私はこの焼き立ての兜焼きを……と思ったんですが、コレどうやって食べるんですか?」
「あ、夏油パイセン、俺が取り分けるっす。術式の関係上、解体は得意技なんでね」
「地元じゃ社長の息子だからってんで、珍しいモノとか美味いモノ食ったって自慢する奴がいるけど、コレは俺がアイツに自慢してもいいヤツだわ……マグロの目玉、グロいけど美味ぇ」
「ヒラメとイカ、赤身にコハダ、〆鯖もいいですね、中トロ、ウニに穴子、干瓢巻きの順に握って貰えますか?」
「やっば……こっちのみそ貝焼きも美味しい、コレ絶対お酒に合う奴だよね? 早く成人したいわ」
うーんカオス、高専生だけでもこの騒ぎ、ソコに磯野家の子どもたちも物怖じせずにワイワイと騒ぎながら料理に手を伸ばしているし、大人連中の大半はビールやら日本酒やらで盛り上がっているのでまさに宴の様相だ。
「ん……磯野の親っさんは酒飲まね―の? もしかして下戸?」
そんな中で大人組にも拘らず、磯野の御当主が酒に手を付けてないのを見つけた御主人がそんな言葉を投げかける。
「いやいや、ワイも酒は飲みますが、だいがが素面でねぇと、万が一の時に困りますがらな、我が家は北方鎮守の要、常在戦場の意識ば持つのが伝統だしてすよ」
緊急で呪霊を討伐しなければならない様な任務が発生した時に、全員が酔い潰れていたでは話にならない……と、磯野家では持ち回りで酒断ち当番が立つのが古くから伝統と成っていると言う。
「ほぇー、どっかの酔いどれ当主に聞かせてやりたいもんだなぁ。彼処の当主は任務にまで酒持ち込んで飲みながら呪霊を祓うらしいからなぁ」
御主人が言っているのは考えるまでもなく禪院の当代当主の事だろう、彼の酒好きは呪術界の事情に通じる者ならば知らない者は殆ど居ないと言って過言ではない程に有名な話だ。
「流石に酔ったままんで船ば出す訳には行きませんがらね、ワイ達の戦場は海の上で船無しで戦う事は出来ません」
「あーそっか、海の呪霊を相手にするって事は船が要るのが大前提なのか。流石に海の上の任務を受けた事はないからなぁ……って、もしかして海の任務って基本磯野家の系譜が受け持ってんのか?」
「ほのための磯野です。ささ、面倒な話はこごまんでにして、まんだまんだ料理は残ってますよ」
酒は呑んでは居ないがしっかりと料理は口へと運んでいる御当主殿に促され、御主人も再び料理に箸を伸ばす。
「んめ。京都や都内の高級店は大体行ったけど、この刺し身に敵うモノ出してる店は一つもねーな。親っさんの言う通り鮮度だけは金じゃぁ買えないって事なんだろうな」
ちなみに俺用として取り分けられた皿もあり、少量のカツオに結構な量のマグロにタイとヒラメが猫に出す事を前提としているには、少々見栄えを気にしすぎた盛り方で用意されていた。
……んまい、欲を言えば醤油とわさびが欲しいが、猫の身体にはどちらも毒なので、新鮮な素材本来の味に舌鼓を打つ。
「にゃーん」
と、もう一皿俺のと同じ内容で、こちらは見た目など気にしないと言う感じで盛られた皿に、白い猫がやって来て口を付けていた。
「あ、タマ。何処に隠れてたんだ? 刺し身は直ぐ食べないと片付けられちゃうって分かってるんだろうなー。ちゃんと出てくるんだから」
俺よりも二周りは小さい体躯の白い猫、けれども相手は間違いなく成猫である、俺がイエネコとしてはかなり大きいのだ……もしかしたら雑種の俺には、メインクーンの血も入っているのかもしれないな。
「悟、君もコレ食べなよ、歌姫先輩と硝子は要らないらしいから、先輩特権って事で2つしかないコレは僕と君のモノらしいが……僕のは剛田に進呈したよ」
「え? グロ、いやいやいや、あ、でもまぁ呪霊よりはグロくもなんともねーか……んま!」
夏油に差し出された兜焼きからえぐり出されたマグロの目玉に齧り付く御主人、
そんな御主人の反応を、磯野家の大人たちは生暖かい目で見守っている。
うん、前世で俺も経験が有るが、自分達しか知らない美味いモノを人に……特に若い者に振る舞うのは年長者の娯楽なのだ。
自分の子どもたちに対しては余りやらなかったが、その子どもたちが成人し伴侶を得て、孫を家へと連れて来ると聞けば他の地域では中々に手に入りづらい地元の珍味なんかを用意してやったものだ。
「ああ、そうだ。明日はマグロ漁と海の呪霊討伐ば見物してみねが? 海の呪霊は陸の呪霊と違って一所に留まらん、海流で流されるんでしょうな。ほの辺の違いば見てみるのも良い勉強になるんじゃねぇべがにし」
「って言ってもそう都合良く呪霊が湧くモンなの?」
御当主の提案に疑問を呈したのは、握りたての寿司を堪能していた家入である、基本的に後方要員の彼女が任務を受けて現場に出る事は全くない訳では無いが比較的少ない。
「海難法師に海坊主や海座頭の様な大物は滅多に出ねぇたって、船幽霊の様な小者なら探せばそごら中に居るもんだ」
海難法師は特級、海坊主が1級、海座頭が2級、船幽霊は団体なら3級で単体ならば4級に相当する呪霊だと言う。
海の呪霊は一所に留まらず波に揺られて動き回たり、上位の呪霊の呪力に惹かれて集まったりするのだそうだ。
「マグロ漁は浄界の外に出るがら、もへてもたら特級と遭う可能性もゼロでは無いが……まぁ100年に一回どがソレくらいの頻度だ」
現在磯野家には1級相当の呪術師は居らず、御当主殿でも特別準1級で特級が出たならば単独で祓うのは難しいと言う。
けれども万が一ソレが出現した場合には、全国から磯野の一族が船団を率いて集まり、集団戦で方を付ける方法がしっかりと確立されいるのだそうだ。
「あーね、磯野家が積極的に相伝持ちの分家を増やすのは、海に特級が湧いた時に人海戦術で潰す為か。少数精鋭が無理なら人海戦術、理にかなったやり方だわなー」
「勝男はほの少数精鋭に成り得る男だと思ったして高専に行かせました、ご指導ご鞭撻よろしくおねがいします」
そう言って御当主殿が頭を下げた事で呪術師としての会話は終わり、後は美味い料理に舌鼓を打ち2泊3日予定の大間旅行初日の夜は更けていくのだった。