畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
大間の漁師の朝は早い、午前4時には出港すると聞いて、我々は夜8時過ぎには床に付いた。
一般人ならば普段よりも大分早い時間に寝床に入っても、そう簡単に寝る事は出来ない。
ましてや学生だけでも旅行先、気が高ぶって眠る以前の問題になる者が出るのが普通だろう。
しかしソコは呪術師、何時如何なる状況でも必要ならば身体を休めるクセが1年生でも既に身に付いているのだ。
故に誰一人として寝ぼけ眼で瞼を擦る様な者は居らず、磯野家から借りた真冬用だと言う防寒着を身に着け3艘の漁船に分乗する。
船の名は第一波平丸に第二波平丸、それから第一海兵丸と言う。
磯野家が所有する漁船は全部で6艘で波平丸が3艘と海兵丸が3艘だそうだ。
名前の違う2種類の漁船は明確に目的違いで作られており、波平丸は漁をする為の船で、海兵丸は海に出現した呪霊と戦う為の言わば漁船に偽装した呪術戦闘船だと言う。
そんな船に1年生男子4人、2年生2人と庵と赤城の4人、そして3年生が3人と一頭乗り込んでいざ出港である。
「お?」
「コレは……?」
「へぇ」
「空気中の呪力の密度が変わったな」
港を離れて暫し進んだ辺りで恐らくは天元の張る浄界を抜けたのだろう、普段は気にする程でも無い薄く薄く空気中に満ちている呪力が消え、爽快とも不快とも言い難い感覚に包まれる。
「皆浄界の外に出るのは始めてか、天元様の力が及ばねぇ場所だしてな、結界術だけじゃなぐ生得術式や反転術式以外の呪術の大半は劣化するがら気ば付けるんだぞ。まぁ呪霊が出はっても今日はワイ達磯野の者が戦うたってな」
こうして浄界の外に出て始めて浄界の中では呪霊が出やすく、外には殆ど出ないと言う事実の理由が肌感覚で理解する事が出来た。
浄界の中は常にある程度の呪力に満ちた箱の様なモノで、多少呪力が吹き溜まるだけでソレが実体化しやすいが、浄界の外はソレが何一つ無く垂れ流された負の感情は地形や歴史的な縛りなんかで特定の場所に吹き溜まるのだろう。
そして安定的に低級呪霊を生み出す土台が無いからこそ、海外では殆ど呪霊が産まれる事が無く、産まれる時には莫大な負の感情を溜め込んだ特級相当のモノとして結実するのだと思われる。
この地球と言う星に生きとし生けるものが居る限り、呪力……即ち負の感情は決して無くならない、九十九由基が言う様に全ての人間が呪力をコントロール出来る様になったとしても、動物達にまでソレを強いるのは不可能だ。
「流石は海の男だね! にしても……凄いねこの船、丸っと呪具とか裏市場で買おうと思ったら一体幾らの値が付くんだか……」
ごくごく普通の漁船である波平丸に対し、対呪霊特化の船である海兵丸は3艘全てが『浴』と呼ばれる技法で呪具化した船だと言う。
「しかし御当主殿、浄界の外に出てしまっては船幽霊の様な小者は湧かないのではないのか?」
「いやいや、浄界の中で産まれたのが海流に乗って外に流れだすんだよ、放って置くと溜まって厄介な事になるがらこまめに掃除するんだ」
船幽霊は単体では4級相当の呪霊で、ソレが一般の漁船と接触した所で事故に繋がる様な事は無い。
しかし複数集まり集団となった船幽霊は3級相当として扱われるのは、纏まることで船を沈める事があり得る危険性を孕むからだと言う。
船幽霊と言う存在は
この世界の呪霊の船幽霊も概ね似たような存在で、今どき柄杓なんざ積んでる船は無いだろうにも拘らず『柄杓をくれ』と声をかけてくるのだと言う。
単体ならば大した呪力も持たず一般人には認識すらされないので無害だが、ある程度以上数が集まるとそれらが結託して周囲に呪力を撒き散らし、一般人にも認知される空間を形成するのだそうだ。
そうなるとその空間へと入った船は当然声をかけられる事になるが、上記した通り今どきの船に柄杓なんてモノは常備されていない……にも拘らず何故か船乗りの手には柄杓が握られており、ソレを奴らに投げ渡すと伝承通りに船を沈められる事になる訳である。
とは言え今どきの船舶は柄杓でちまちま水を入れた所で沈むまでには大分時間が掛かるし、沈む前に無線機や携帯電話辺りで漁協にでも連絡を1本入れればその土地に住む磯野の系譜の呪術師が駆け付け祓って難を逃れる事が出来るのだ。
しかし人的被害は無くとも呪術の秘匿と言う点では厄介な事なのもまた事実なので、磯野家の者は漁に出るついでに定期的に船を出し船幽霊も探して祓って置く訳である。
「お、前の船がベイトば投げるど、近くに魚群がいるんんだべのぉ、上手く釣れるだべが」
と呪術界に置ける磯野家の立ち振舞を聞きながら船を走らせていると、第一波平丸と第二波平丸が
「あれ? 海鮮操術で簡単に捕まえるんじゃないんだ」
「そいばかりしてたら面白くねぇで……他の漁師が面白くねぇでしょう、呪術ば使って釣るのはきなんだ様に絶対に釣りてぇ時だけだ」
前世にテレビで見た知識でしか無いが、大間のマグロ漁の中でも今行っている様な一本釣り漁と言う奴は、出漁したからと言って必ずしも釣れるモノでは無く、名人等と言われる者でも1シーズンに1本も上がらない時もあると言う話だった筈だ。
そんな中で呪術を使って出漁の度に必ず漁獲を上げる様だと、確かに他の漁師からしたら面白く無いだろう。
……まぁ磯野の御当主殿が口を滑らせかけた通り、ズルして釣るのは自分達も面白みが無いと言うのも事実なんだろうが。
そんな感じで真冬の船旅を楽しんで居たその時だった……
「はいこちら第一海兵丸磯野です……え? バケモンに食われた? はぁ?! 場所は? 無線は通じてるんんだべのぉ? 大体の場所もわがらねのか? はい、はい……分かった取り敢えず様子ば見にいぐ……すまねぇ呪霊が出た。大当だりかもしれねぇ」
無線機に向かって何やら慌てた様子でしばしがなり立てた後、御当主殿が御主人と夏油に向かって極めて真面目な顔でそんな事を言ったのだ。
「あー大丈夫大丈夫、俺達は未だ学生だけど、俺とポチは一級で夏油は特級だ。それに家入が居れば呪霊に襲われた被害者の手当も出来るだろうし、このまま行って良いよ。この船は呪霊と戦う為の船なんだろ?」
「もしも特級と遭遇して我々が邪魔になる様な事が有れば、私の術式で飛んで陸まで戻るから大丈夫ですよ。ソレに海に特化した磯野の呪霊討伐を見てみたいと言う呪術師としての好奇心もありますしね」
「とか言って良い子ちゃんぶってるけど、傑は手持ちの特級が増えるかもしれないとか、ちょっとは期待してるんだろー?」
「無線で漁協がら聞いた話だと、4隻の漁船がバケモンに飲み込まれたらしい。今の所は腹の中でも無事で無線が通じてらたって、相手が呪霊となると何時まんで無事か分かったもんじゃねぇ。できれば助けてやりてぇがら協力して欲しい」
「弱者生存こそが呪術師の正しい在り方だろう、まぁ相手が呪霊ならば幾らでもやりようは有る、御主人は呪術界最強なのだからな」
「いやー傑に特級先に取られた時点でソレ名乗るのちょっと恥ずかしく成ってんだよねぇ」
「何を言ってるんだ悟、二人合わせて最強なんだろう?」
「あはは、そうだね、そうだったな」
真冬に青い春を謳歌する2人を俺と家入は苦笑し眺め、ソレとは対照的に焦りと恐怖と苛立ちの入り混じった顔で船を目的の海域へと進める御当主殿。
「……御主人、夏油、気を引き締めろ。少なくとも俺が遭遇した事の有る特級の呪力を軽く超える呪力がこの先に渦巻いているぞ」
「海が静か過ぎる、多分コレは呪霊の結界だな……海でおっきた結界ば張る呪霊……まさかワダツミノオオクチナワか!?」
「ワダツミノオオクチナワ……って確か壇ノ浦の戦いの後に現れて関門海峡でエゲツない死者を出した呪霊だっけ?」
「そうだ、海外じゃぁレビアタンどがほったら感じの名前でも呼ばれてる海の呪霊で、確認されてがらふとげりも討伐されてねぇ大バケモン、現代なら間違いなぐ特級の中でも上位に位置する海の怪物だ!」
「特級の中でも最上位の特級……はは、身体が震えて来たよ……武者震いかな?」
「俺の記憶が確かならワダツミノオオクチナワは、積極的に陸へと近づく事は無く通り掛かった船を……多分魚やクジラもなんだろうけど、を食うだけの比較的マシな呪霊だった筈だけど目の前で人が食われてんのを見捨てんのはやっぱ無しだよなぁ」
「取り敢えず先ずは結界に入るがら五条の御当主様の目で相手ば分析してみてくれ!」
「りょーかい!」
船足を落しソコだけ波すら立っていない不自然な凪の空間へと、俺達は少しずつ近づいて行き境界を超えるのだった。