畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件   作:鳳飛鳥

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北へ。……⑧

 時刻午前0時を少し回った所で51隻の船団が大間の港を出港する。

 

 普段ならばこの時間から操業を開始する漁船もいるのだが、今日は行方不明船4隻が出ている事も有って、漁協経由で出港を見合わせる様に要請した事で、磯野家以外の船は出ていない。

 

 インターネットが極々普通に使われる様になり数年、科学万能が声高に叫ばれる昨今だが、海の男達と言うのは割と信心深い者が多い。

 

 何せ船板一枚下は死しか無い等と言われる船の上が稼ぎの場なのだ、万が一の時に頼れるのは同じ漁師の仲間か海上保安庁、後は神様仏様くらいなモンだ。

 

 そして海の上と言う奴は呪霊に限らず現在の科学では説明が付かない不思議な事と言うのは割と頻繁にあるらしく、磯野家の本来の家業が漁師では無く所謂『拝み屋』である事は大間の漁師では暗黙の了解と成っていると言う。

 

 そんな訳で今日の出漁停止も磯野が抜け駆けしていると言う話では無く、近海にヤバいのが出るから磯野家が身内を呼んで大きなお祓いをする……と言う風に受け止められているらしい。

 

 そんな船団の船に乗っている高専の生徒は、御主人と夏油それから御主人の指名で伊地知に俺と庵の5人で全員が纏まって第一海兵丸への乗船である。

 

 庵は歌姫バットを使った近接戦闘がメインであり、陸に残るべきメンツでは無いかと俺は思ったのだが、長期戦が想定される以上は船の上で単独禁区(ソロソロキンク)の掛け直しが必要な場合も有ると言う事での参戦だ。

 

「ぶっちゃけ歌姫の力が必要なのは俺や傑にポチじゃなくて伊地知なんだよね。俺の想定通りに伊地知が機能するなら磯野家だけで仕掛けるより大分早くケリが付く筈なんだわ」

 

 というのは御主人の言で、庵自身は攻撃要員では無く飽く迄も後方支援役のバフ要員と言う事である。

 

 前世の晩年はネットゲームなんかも嗜んだが、余程バッファーやヒーラーが不遇なシステムじゃない限り、それら軽視する者はあまり良い結果を手にする事は出来なかったモンだ。

 

 数字で考えるならば、バフやデバフを合わせて仲間の火力が1.5倍になるなら4人パーティで一人ソレを扱う者が入れば他の3人が1.5倍になる訳で、1人分の火力が下がったとしてもトータルの火力は上がる計算になる。

 

 俺達が現在移動中にプレイしている狩りゲーだと支援効果の有る武器を使う者は、ただ支援だけしていれば良い訳では無く、支援しつつ殴る必要が有るので玄人向きの武器だが、他のオンラインMMORPGでは支援職は比較的初心者向けと言える物だった筈だ。

 

 と、少々話がソレた、本題は庵の持つ単独禁区と言うゲームで言うバフと呼んでも間違いの無い術式である、彼女のソレは何と200%……つまりは最大呪力と放出呪力を2倍に引き上げると言う割とぶっ壊れ性能なのである。

 

 しかも一度に掛けれる範囲は今回試した感じでは、ミチミチに詰めれば150人に一発で効果を及ぼす事が可能だった。

 

 流石に船の上での掛け直しではそんなに大勢に掛ける事は出来ないが、周囲数隻は効果範囲に巻き込む事も出来る可能性は十分にある。

 

 何なら御主人と夏油に効果があるだけでもかなりのメリットな訳だ。

 

 そんな訳で船団がワダツミノオオクチナワの結界内へと突入する……同時に今まで監視役を行っていた船が撤退して行く。

 

 幾ら相手が大人しくしていると言っても特級呪霊の結界内に居ると言うだけで、普通の呪術師は神経を削られ消耗して行くモンなのだ。

 

「よし伊地知、初手はお前だ。合同訓練の時に俺に仕掛けた呪力と自由を奪う結界を張って、奪った呪力を燃焼爆銃(ねんしょうばくがん)で叩き付けてやれ!」

 

「はい! 行きます! 巡(めぐ)れ廻(めぐ)れ匝(めぐ)れ! 回(まわ)れ周(まわ)れ囘(まわ)れ! 狂(く)る繰(く)る来(く)る刳(く)ると! 狂(きょう)凶(きょう)強(きょう)境(きょう)と!」

 

 あの時の訓練からそれなりに修練を積んだらしい伊地知は、今回例の結界術を用いるのに両手を使った印相では無く、左手の剣印だけで呪術を発動する。

 

 巨大なワダツミノオオクチナワの回りに更に巨大なクロウリーの六芒星が現れ、ソレが物凄い速度で回転し始め、ソレと同時に右手に持った燃焼爆銃を連射した。

 

「うは! 思った通り! 伊地知の結界は相手の呪力に比例して吸収速度を増す! そして燃焼爆銃は手にした呪術師の呪力を馬鹿みたいに吸収して火力を増す呪具だ! 組み合わせの相性は抜群だぜ!」

 

「総員攻撃開始! 東京者にばかりいい格好ばさせるな磯野家の意地ば見せてやれ!」

 

 伊地知が仕掛けた初手を見て、磯野の御当主が自分の術式で船倉に用意しておいた活イカを解き放つ! 

 

 海兵丸を含めた磯野家の戦闘用呪術船は海鮮操術を使う事を前提とした造りに成っており、船倉の生け簀に溜め込んだ海鮮を魚雷の様に発射する事が出来る管が設置されているのである。

 

 単独禁区の効果で呪力を増した磯野家の面々が次々に撃ち出すイカやサンマ、カツオにイワシがワダツミノオオクチナワの土手っ腹へと突き刺さり死に際の負の感情が呪力と成って爆発した。

 

 錆びた自転車を無理やり漕いだ様な耳障りな悲鳴を上げるワダツミノオオクチナワ、特に効いているのは伊地知が使った結界と自身の呪力をそのまま撃ち返してくる燃焼爆銃である。

 

「うし、んじゃ俺達も行こうぜ傑、このまま後輩にだけ格好つけさせるんじゃぁ先輩の立つ瀬が無い!」

 

「同感だね、ソレに私は特級だ。その階級に相応しい活躍をしなければ磯野家の皆様にも申し訳が立たない」

 

「あ、ポチはそのまま船の上から飛び道具な、ストックは万が一大怪我した奴の為に残しておけ。但し丑三つ時を回る時点でストックを消費して無けりゃ一発は大技撃っても良いぞ! 結!」

 

 俺に指示を出し終えた御主人は左手で剣印を結び、空中に無重力空間を作る結界を張るとその中へと飛び込み、夏油は虹龍と呼ばれる白い東洋龍の様な呪霊を呼び出すとソレを足場に飛び立っていく。

 

 2人は近接戦闘を担当する……と言うよりは万が一伊地知の結界が破られ暴れ出した時に最前線を支えるつもりで前へと出たのだろう。

 

 そして俺は御主人の指示通り船首へと向かい、猫ロケットパンチを発射する……この位置からだとギリギリ届くと言う感じである。

 

 やはり海での呪霊討伐では海鮮操術の優位性は極めて高い様だ。

 

 それから暫し膠着と言って間違いの無い状況が続く、伊地知の結界のお陰で向こうがこちらを攻撃する事は出来ていないが、こちらの攻撃で向こうが弱った様な様子も全く無いのである。

 

「こいだけ撃ち込んでもまんだ弱った様子が無い、こいはしゃれにならん相手だぞ? 呪力が切れた者は交代で安め、攻撃ば途切れさせる様な事だけはするな。時間ば置いて向こうが回復するのが一番困る」

 

 戦闘と言うには少々一方的な攻撃を続けることおおよそ1時間少々、そろそろ単独禁区の効果が切れる頃合いになって、磯野の当主が無線機で全船にそう指示を出す。

 

 魚雷代わりの活イカは未だ残っている様だが、呪力の方が心許なくなってきたのだろう。

 

「伊地知、そろそろ私の術式を掛け直すから、その間だけは絶対に結界を切らすんじゃないわよ! 小父様曲を掛けて下さい!」

 

 流石に船の上に生演奏が出来る者達を連れてくる訳にも行かず、ここでの掛け直しは彼女が普段から持ち歩いているCDを、船に取り付けられたスピーカーを通して流すという方法だ。

 

 曲に合わせて舞い、呪詞を歌い上げ、儀式が成立し一瞬の間の後、自分達の呪力が活性化している事が実感できる。

 

 この一瞬何が起こったのか分からないが、実際には呪力が増えている……と言うのも彼女の術式の味噌と言える部分なのかもしれない。

 

 生演奏では無くCDなのと奉納舞台では無い事で、効果時間こそ大分短くなるが効果自体は今まで掛けられていたのと同様に呪力、出力共に2倍のままである。

 

 御主人と夏油も音楽が流れ始めた時点で単独禁区の掛け直しを理解し、一度ワダツミノオオクチナワを殴る手を止め、こちらへと戻って来ていた。

 

「いい感じだぞ伊地知、アイツの呪力を削った量で言えば今日の戦闘は間違いなくお前がMVPだ! このままアイツに何もさせずに祓えたなら五条家の当主としてお前に臨時ボーナスくれてやる!」

 

「このまま被害無く終わる様なら、私からも何か進呈しようか……私を素材にした呪具を組屋に作って貰いソレを伊地知にあげるのも良いかもしれないね」

 

 そう言って再び前線へと向かい、直接ワダツミノオオクチナワに対して殴る蹴るの直接攻撃を行う御主人。

 

「あ! 夏油! あんた私に足場になる呪霊寄越しなさい! バットでぶん殴りゃ多少は効くでしょ!」

 

「庵先輩は術式の掛け直しに集中して下さい! 伊地知の呪力が落ちれば結界が壊れて味方に被害が出る恐れがあります!」

 

 庵の言葉に夏油はワダツミノオオクチナワに虹龍を噛み付かせて固定し、サンドバッグ打ちでもするかのように殴る蹴る肘打ち膝蹴りを叩き込みながら怒鳴り返す。

 

「おい見ろ! アレ少し小さく成ってねぇか?」

 

「効いてる! 俺達の攻撃も効いてるんだ!」

 

「撃て! ありったけの魚をぶち込んでやれ!」

 

 誰が言ったかは分からない、恐らくは磯野家の一族の誰かだろう、ワダツミノオオクチナワが目で見て分かる程に小さく成っている、消耗し始めていると言い出したのだ。

 

 勝てる、このまま行けば何の被害も無くアレを祓える、そんな空気が辺りに漂い始めたその時である。

 

「うわっちっち!」

 

 俺の真後ろ、さほど遠くない所からそんな悲鳴が聞こえると共に、ワダツミノオオクチナワを拘束していた魔法陣がガラスを割った様な音を立てて砕け散ったのだ。

 

「大波が来るぞ、甲板にいる者は手近な物に掴まれ。船ば立てろ波に飲まれねぇ様に注意しろ!」

 

 スピーカーと無線その両方に磯野の御当主殿の怒声が響き渡り、直後その言葉の通り大波が押し寄せ、船団は水に浮かんだ木の葉の様に翻弄されるのだった。

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