畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
大波に揉まれ激しく揺れる船から落ちない様に、俺は船首に括りつけられていたロープに爪を立ててしっかりとしがみつく。
どうやら呪具としての海兵丸には波を被っても、ソレが乗船者に影響を及ぼさない様な術式が刻まれている様で、純粋に揺れにさえ気をつければ波に攫われると言う事は無い様だ。
「伊地知!? アンタ手ぇ大丈夫!?」
大波が一段落して極々普通の揺れ程度の収まってきた所で、庵の叫び声に俺は慌てて振り返る。
「だ、大丈夫です。ちょっと火傷しただけで、呪具は駄目になったので、同じ様な効率は出せませんが……呪力砲で引っ張った呪力を吐き出せば何とかなります!」
どうやら酷使しすぎた
灰原の骨を組み合わせて作った呪具が燃えると言う現象は中々に理解し難いが、
恐らくはソレと似たような現象が燃焼爆銃でも起こったのだろう。
「ちょ! 無理しない! ああ、もう! ポチ! 伊地知を治してやって! こんな焼け爛れた手で結界維持なんて出来る訳が無いじゃないの!」
俺の反転術式は命のストックを一つ消費して、死んでさえいなければ完全復活させる事が出来るというゲームで言うなら最終盤で覚える様な高コスト高回復のモノだ。
陸へ戻れば家入の反転術式で回復できるであろう怪我に果たして使うべきかどうか……いやココは使い所だな。
伊地知が結界を維持する事ができれば磯野家のメンツに被害が出る可能性が減る、さっきの大波で転覆したり海に投げ出されたりした者は幸い居なかったが、何度も続けば絶対に無いとは限らない。
前世にやった割と高難易度なRPGでも強力なボスキャラを倒す最善手は、電撃魔法や氷結魔法に睡眠銃弾なんかの方法で、何もさせず一方的に封殺すると言うモノだった覚えがある。
ちなみに呪力砲は割と誰でも使おうと思えば使える呪力操作技術の一つだったりするが……使う者は殆ど居ない。
理由は極めて簡単で、消費する呪力に対して威力が低すぎるのだ。
ソレこそ呪いの女王とまで言われた特級過呪怨霊:祈本里香の持つ莫大な呪力でもなければ、必殺技と呼ぶには余りにもショボい威力にしかならず、呪力を込め身体強化を施した拳で殴った方が圧倒的に威力が出る。
だがもしもワダツミノオオクチナワに少しでも呪力を扱う知恵が有ったならば、その莫大な呪力で呪力砲を放たれでもすれば、角度次第では地球が終わる可能性も有っただろう。
奴の出現がもう少し時代が進んでいたならば危なかったかもしれない、恐らく奴は『知恵を持つ呪霊』と言う概念自体が無い頃に産まれ出たが故に、ただただ喰らい、肥え太り、成長するだけの極めて原始的な呪いとして形作られたのだと思う。
「直ぐに治す、伊地知結界の張り直しを頼むぞ!」
船首から飛び降り、伊地知の側へと行くと命のストックを一つ天に捧げ
ぱっと見た感じでは深度2のやけどが右掌全体に出来ている状態で、酷い痛みで結界術の様に集中力と繊細さを必要とする作業は難しいと断言出来る様子だった。
「よし治った!
再び左手を剣印に結び直ぐ様結界を張る為の呪詞を唱える、結果は先程の同じく巨大なクロウリーの六芒星がワダツミノオオクチナワをその場に縫い留める、後は右手から吸収する呪力を片っ端から呪力砲として垂れ流すだけだ。
「おっと! こうしちゃ居られない、小父様! 音楽! そろそろ掛け直して於かないと効果が切れるわ!」
どうやら庵の術式にとって生演奏と舞台の時間延長効果はかなり大きなものの様で、さっき掛け直したばかりだと思っていたらもうそろそろ効果が切れるらしい。
磯野の御当主は自身の術式での攻撃に集中しつつも、スイッチだけは押してくれた様で再びスピーカーから雅楽の雅やかな音が流れ出す。
……うん、庵の術式は全ての要素を満たす事が出来ればかなり強いが、少しでも何かを省略するとあっという間に効果が落ちる訳か。
そりゃ一般的な術式の運用方法である『呪術は引き算』が通用しないわけだ。
と、そんな事を考えながら俺は再び船首へと戻り、下から発射される活イカ魚雷を確認しつつ、猫ロケットパンチをワダツミノオオクチナワ目掛けて発射する。
その際に見えたのだが伊地知の放っている呪力砲は一直線のレーザービームでは無く、某マッスル系シューティングゲームのビームの如く、先端が勢いを失い垂れている様な感じである。
もう少し溜めてから撃てばそれなりの攻撃に成りそうなモノなのだが、恐らくは垂れ流し状態じゃなければ
まぁ結界に依る呪力吸収だけでも十分に奴の呪力を減らす事に貢献しているのだろうし、放出の方は呪具を失った時点でオマケと切り捨てるしか無い。
猫ロケットパンチを只管連射しながらそんな事を考えていると、
「だぁ、イカが切れた! クソ! こいつの結界内には魚が居ねぇ! おい! どっか使える魚残ってら船は無いか? どごも残ってねぇなら交代で結界の外ば捕りに戻れ! この船は奴ば縫い留める為に動かせねぇ。ワイの分も持ってきてくれ!」
磯野の御当主殿が
しかし結界の外へと出ればそこは広い広い大海原であり、彼等が使う海鮮操術を用いれば弾薬の補充は然程難しい事では無い。
注意しなければならないのは、ワダツミノオオクチナワの張る結界は外だと割と小さなモノだと言う事だ。
一気に多くの船が出ようとすれば、船体同士がぶつかり事故になる可能性が割と高い。
ただまぁココに来ているのは歴戦の海の勇士達であり、その程度の事は勿論理解しているのだろう。
しっかりと1隻ずつ順番に外へと出ていき、然程も待たない内に近場の海域で手に入る海鮮を満載したらしい船が戻って来る。
「父さーん! 大きいのが群れで居たから連れて来たよ! こいつ等をブチかます!」
戻って来たばかりの船に乗っていた磯野がそう言って指し示す先には、『白い死神』の異名を持つ4m級のホホジロザメが6匹泳いでいた。
「ソイツらならただブチかますんじゃなぐて噛み付かせろ! 呪力ば込めて食い尽くさせるんだ。おめは一族のだいよっか呪力が多いんだして、こごで仕事しねと恥だぞ」
どうやら海鮮操術は使う魚に依って適切な攻撃方法が違う様で、ホホジロザメの場合ただ弾丸として使い潰すよりも鋸歯と呼ばれる歯で噛み付かせた方がダメージ効率が良いらしい。
「御当主様、近ぐに居だイカたっぷり捕まえで来だ! そっちの船倉さ送っから後ろ蓋開げでけさいん!」
磯野が乗っている船の操舵手が御当主様の下北弁とは少し違う訛り方の方言で、無線機を使わずに叫び声でこちらにそう言った。
何故無線機を使わなかったのかは分からないが、その船から出てきた大量のイカがこちらの船の後ろへと流れ込んでいく辺り、ちゃんと意思疎通は出来ているらしい。
「おお! やっぱりサメはつええな、流石は本家の次期御当主様だ! 俺達の呪力量じゃぁあんげな大きなサメは操れね。このまま無事に削れると良いんだが……」
他の船から磯野が操るホホジロザメが前線で大暴れしている様子に対して、やはり別の地方の方言らしき言葉でそんな感想が漏れ聞こえる。
「ほんじねー、気抜ぐんじゃねぇ。見ろ! 多少ちゃっこぐは成ってらがまだまだ奴の呪力ぁ切れぢゃいね。コレぁ総力戦だぞ! おめ一人手抜いだだげでもでが死ぬがもしれねじゃ!」
……うん、標準語でOKと言いたくなるくらいに色んな方言が飛び交っているな。
流石は津々浦々に一族がいると言う磯野家だ、コレが極々普通の事の様で誰も『標準語で喋れ』的な事を言う者は居ない。
そうして削り続ける事数時間、日が昇っても未だワダツミノオオクチナワを祓い切る事は出来ていないのだった。