畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「お? ポチ何処で油売ってたんだ?」
「ああ、先程の会議の時、伊地知補助官の奥さんが亡くなったと言ってただろう? それで後輩の方の伊地知の様子を見に行ってたんだ」
「あーソレかぁ。悪いな、俺も気付いてはいたんだけど……なんて声を掛けて良いか分かんなくてさぁ……」
呪術師の家系では身内が死ぬのは日常茶飯事……とまでは言わずとも、一般家庭に比べれば圧倒的にソレを経験する頻度は多い。
御主人の両親は呪術師として然程強い訳でも無く、五条家全体に振られた任務でも、御主人の両親だと言う理由で特別扱いを受け、現場に出る事は全く無いという。
しかし五条家に来た任務を全て御主人が引き受けている訳では無く、何なら御主人は高専所属扱いなので、五条家に割り振られた任務は五条家の特別1級や特別準1級に特別2級なんかの呪術師が処理しているそうだ。
殉職者が完全に0と言う訳も無く、そんな中で幼い頃から育ったもんだから身内の死は、御主人にとっては有る意味日常であり、既に慣れすぎて擦り切れてしまった感情だと言う。
とは言え御主人にとっての五条家の皆と言うのは、血縁と言う意味では身内なんだろうが、精神的な意味では一般的な家族とは少し違う様に思える。
御主人にとって五条家の人々は家族と言うよりは『守るべき弱者』なのだ……恐らくは彼に様々な事を教えていたと言う所謂『爺や』は幼少期には庇護者の立場だったのかもしれないが、術式を自覚し呪術を扱える頃には既にその人も弱者の側に追いやられたのだろう。
故に本当の意味での『身内』の死は原作においては『後輩である灰原の死』が初めてだったのかもしれない。
或いはその後、自分が庇護すべき相手だった『天内理子の死』こそが御主人の心に刃を突き立てたのかもしれない。
間違いないのは初めて『対等な友人』としての関係を築く事が出来た夏油傑の離反と、彼を自分の手で殺めた事は御主人の心に深い傷跡を残した出来事だっただろう。
……人の死と言うモノに慣れすぎ、ソレが普通の人がどの様に受け止める事なのか、ソレが理解出来ないからこそ、原作本編において虎杖に『おっぱっぴー!』等と言うサプライズをさせる事が出来たのは間違いない。
某エロゲーのセリフで『王には人の心が分からない』と言うモノが有るが、生まれながらして『最強』が義務付けられた存在である御主人は、有る意味で『他人の心』に対する共感性が薄いのは仕方の無い事なのだろう。
「御主人が苦手な事は俺がやろう、この手の事は老成して行く内に経験を積んで上手くなる物だ。20年かそこらしか生きてない若造にはまだまだ負けんよ」
故に敢えて煽る様な口ぶりでそんな返事をしておく。
御主人にとって俺は恐らく『弱者』や『お花』に区分される存在では無い……そう思うのは自惚れだろうか?
少なくとも努力の果てに実力を身に付けたモノをこの世界の御主人は、その区分に入れている様には思わない。
本気の殺し合いならば絶対に勝てるであろう猿飛の翁を、本気で武芸の師匠と尊敬しているのは、彼と御主人のやり取りを見ていれば理解出来る。
『猿飛のじーちゃん』等と気安く呼んでいるが、彼なりの親愛の情が籠もった呼び方で、先方もソレが分かっているから受け入れているのだろう。
「ふぅ……終わったよ、見た目より大分内部へのダメージが大きかったみたいでね。起きるのは多分明日の朝になるんじゃないかな? 私は今日はここで先生と一緒に泊まり込みで様子をみるから、悟はポチ連れてさっさと帰ったら?」
そう言いながら医務室から出てきて、直ぐ様タバコに火を付ける家入。
「ゑー、これから帰るのだーるーいー」
「じゃぁ高専の仮眠室で寝れば? 明日の朝一で講義入ってるならこっからだと早く起きないと間に合わないだろうけど」
「そう言う硝子は講義ないのかよ?」
「明日は昼からだから、よゆーで間に合うね」
「えー……明日1限……講義有るじゃーん。うわ、これから帰るのマジでダルいんだけど……」
御主人は未だキノコのガラケーだが、ガラケーにだって予定表機能くらいは既にあり、ソレを確認してがっくりと肩を落とす。
「まぁ諦めて帰るしか無いだろうな。と言うか御主人は免許を持ってるだろ? 車を買って自分で運転すれば多少はマシになるんじゃないか?」
高専4年の冬休みに御主人に夏油と家入の三人で揃って合宿免許を受けに行って、無事に運転免許は取っている。
家入は免許取得後早々に黒い軽ワゴンを新車で買って乗り回しているが、御主人と夏油は未だにマイカーを持っていない。
理由としては任務の際には基本的に補助官の送り迎えが有る事と、2人とも術式を使った移動が可能な為、出先でソレをしてしまうと車を取りに戻るのが面倒臭いと言う理由を上げていた。
「車運転すんの好きじゃねーんだよなー。なんつーの? 自分がしっかりルール守ってても、馬鹿がルール守らないから貰い事故とかあるじゃん? そうなった時に呪詛師にならない自信がねーんだよ」
あー、うん、成る程……産まれながらの強者であるが故に、弱者が自分と同じドライバーと言う立場に成って、その上でマトモに走っているならば兎も角、馬鹿をヤッて事故るのが許せない……と。
確かにソレは運転をしては行けないタイプの人間だ。
恐らくは生真面目で割と融通が利かないタイプの夏油も、ソレを自覚しているから車を買わないのだろう。
御主人も夏油も恐らくは自動車学校の適性検査で、余り良い結果が出なかったんだろうな。
ソレでも免許を取れてしまうのが、日本の自動車免許制度のよろしくない所だと俺は思うのだ。
まぁ流石に某有名料理漫画に出てくる芸術家の様に『馬鹿どもに車を与えるな!』とまでは言わんがね。
「ふぅ、嘆いていてもしゃーない。よし! ポチんじゃ俺は帰るわ。お前はあの娘が暴れた時に備えて高専に泊まりな。傑の講義の予定聞いて代わりに残って貰えるか確認しとけばよかったぜ」
「ポチが泊まるのは良いけどさ、猫餌のストック有ったっけ? アンタ寮引き払う時に全部持っていかなかった?」
「あー家入、大丈夫だ。ちゃんと普段から長時間の任務に備えて食餌は持ち歩いている」
そう言って俺は身につけている赤いちゃんちゃんこから、油紙に包まれた兵糧丸を取り出して見せる。
コレは一粒で約半日分のカロリーを接種出来る優れモノだ……人間用のソレとは違い腹の中で膨れる感覚がないので空腹感は据え置きだが。
「いや、ソレ緊急用で美味しくないって言ってたじゃん……。しゃぁない車出すからコンビニ行って猫缶でも買ってこよっか」
「んじゃ外まで一緒に行こーぜ、俺は蒼使ってサクッと帰るから」
「蒼での長距離移動は脳にダメージがあるんじゃなかったか? そんな便利使いして大丈夫なのか?」
「あーへーきへーき、連発しなけりゃ大丈夫っしょ、ソレに帰ったらソッコー寝るしさ。風呂は明日の朝シャワー浴びてから大学行くさ。あ、ポチ俺より先に帰ったらシーツの洗濯お願いネ!」
……御主人が俺に家事を押し付けるのは別段昨日今日始まった話では無い。
俺達が今暮らしているのは五条家が所有する所謂億ションの類で、御茶ノ水にある3LDKのマンションだ。
基本御主人は自分の部屋の掃除は『見られたくないモノ』が有るらしく普通にするが、ソレ以外の家事全般は五条家の家人に丸投げである。
なら洗濯もその人にやらせりゃ良いと言う話になるのだが、どうやらその見られたくないモノがあるが故に、自室には基本的に俺以外の者が入るのが嫌らしい。
では何故俺がOKなのかと言えば、高専で5年間同じ部屋で暮らして、既にお互いに色々と人には話せない秘密を知っているからだそうだ。
……要するにベッドの下に隠してある本の類を五条家の人間に見られたくないと言う、一応は御主人にも人並みに恥を感じる感覚があると言う事である。
まぁ理解は出来る……家に帰った時に机の上にエロ本が整理されて置かれていた日のあの気まずさは、男ならば誰しも経験せずとも理解は出来る話だと思う。
数多のなろう系転生モノで死の間際に自分のPCを完膚なきまでに破壊してほしいと願うのと同じ様なモノである。
つか御主人、自分用のPC買ってマンションの部屋にも光回線入ってるのに、未だ物理のエロ本買ってるのか……。
「んじゃポチ、後よろしく~」
校舎を出た所でそんな軽いセリフと共に蒼い閃光と成った御主人が姿を消し、俺は家入の愛車に乗せて貰って晩飯を買いに出るのだった。