畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
呪術の核心を掴み取った事で身体中に呪力が駆け巡る、この感覚は黒閃を放った時のソレに似ている様で大きく違う。
黒閃を放った際に入る事の出来る
しかし今五条悟が感じているのは、14歳前後の子どもが『自身は特別な存在であり、この世の全ては自分を中心に回っている』と確信を持ってしまったがの様な全能感であり万能感だ。
ソレだけならばただの痛い厨二病でしか無いが、結界の効果で奴の肉体を再生する為の呪力を徴収され、更にその結界を維持する為の呪力を奪われてもなお溢れんばかりの呪力が身体を駆け巡り、今ならば文字通り殆ど何でも力技で出来るだろう実感がある。
……だからこそ五条悟はソレを一旦肚の奥へと沈み込ませる、茹だった頭で暴走するのは彼の武では無いからだ。
甲賀の里で猿飛の翁に師事した時、武を扱う者は『感情を高揚させ脳のリミッターを外し本能で戦う者』と『感情を制御し自分の意思で肉体を的確に操り戦う者』の2種類に大別されると習った。
呼び方は様々あり前者を『動』後者を『静』と言ったり、同じく前者を『本能型』後者を『理性型』等と呼ぶなど流派や地方等に依って様々である。
なんなら流派其の者が『動』や『本能型』の流派や格闘技が有ったり、逆に『静』や『理性型』である事を求める流派や武術も有ったりする。
甲賀流忍体術は何方かと言えば『静』あるいは『理性型』の人間が使う事を前提とした技法が多く、『動』もしくは『本能型』の者が身に着けるには少々向いて居ない傾向がある……無論後者を門前払いし門下生にしないと言う事は無いが。
但しコレが甲賀流忍術となると話が逆になり、本能型の者の方が習得が楽だったりするので、忍術と忍体術の両方を高位で修めている猿飛の翁は本当に稀有な努力した天才なのだ。
ではそうした性質はどうやって見極めるのかと言えば、ぶっちゃけ『一定以上の武』を修めるしか無い。
いや『本能型』の方は割とごく普通に格闘技なんぞやらない人間でもわりかし簡単に分かる、街中でちょっと肩が他人と打つかったくらいで直ぐに激昂する様なチンピラの殆どは、こちら側の気質の人間だと言える。
逆に普段から理知的な人間が『理性型』かと言えば、必ずしもそんな事は無い。
五条悟の回りを見ても、普段は冷静で人当たりの良い夏油傑は術式の扱いこそそれなりに理知的に見えるが、格闘家としての彼は実のところ『本能型』の人間である。
(右、右、左、右、上、下、上、上……)
何故今そんな事を語ったかと言えば、五条悟が折角手に入れた呪術の核心を得た事に依る天元突破のハイテンションを捨ててまで、リチャード・ウォンと言う男の武術を見取る為にその身を危険に晒しているからだ。
人間の使う武術と言うモノは極一部の技を除いて、基本的に大地に足を付け重心を……体軸を乱さぬ様に扱う事こそを至上とする。
体軸の乱れはほぼ全ての格闘技に置いてソレが隙と成り得るからだ。
分かり易いのは柔道辺りの組技系の格闘技だろう、重心が乱れていない相手にはどんな達人だろうと技を成立させ投げる事は出来ない。
だからこそ組手や体捌きで相手の重心を崩し、一瞬の隙を突いて投げると言う競技が成立するのだ。
体軸の乱れて居ない者を力尽くでぶっこ抜き投げる……なんて事は余程の体重差、腕力差が無ければ不可能で、だからこそ柔道には階級制度がある訳である。
では何故、甲賀流忍体術を皆伝まで修めた五条悟が
どの流派が元になったのかまでは分からないが、彼の武術の源流が中国武術……所謂カンフーの類なのは間違いない。
本来ならばソレとて地に足が付いてこそ最大限の力を発揮するモノであるのは、地球上にいる人間が編み出したモノなのだから当然の事だ。
しかしリチャード・ウォンと言う男は、呪術師あると同時にカンフーの使い手で、その両方を無理なく融合させ、この無重力結界に最適化すると言う努力を今までしてきたのだろう。
そう言う意味では彼を相手に呪力の滾りと言うメリットを捨てた上で、更に無下限の防御無しで近接格闘を挑むのは、自らの手で勝利を投げ捨てている様なモノだ。
とは言えソレをしたのに何の理由も無い訳では無い……
「うし、大体覚えた! いやーアンタつぇえわ。なのに呪詛師として始末しなけりゃならんのが勿体ねーよ。今ならまだ総監部に呪詛師として手配されてる訳じゃぁ無いし、こっちに寝返らね? 司法取引って奴だ」
打撃を捌き少し間が空いた所でそう言う五条悟
「何を馬鹿な事を! 私は……私とノアは日本の呪術界を破壊し世界を手にするのだ! 実際、呪術界最強等と呼ばれていても貴様は防戦一方では無いか! このままジワジワとなぶり殺しにしてくれるわ!」
しかしリチャード・ウォンは彼の提案を一顧だにせず否定すると、貫手突きからの回し蹴りを放ち、五条がソレを受け止めきれずに弾かれると、間髪入れずに金色に輝く直剣を撃ち出す。
そのまま食らっても反転術式が有ればどうという事は無いが、結界に徴収される呪力の負担は割と重く、そう何度も反転で回復を繰り返すと言うにも行かなそうだ、そう判断した五条は手早く相手の呪具を弾くためだけの結界を張り、その一撃を無効化する。
「ちぃ! 小生意気にもバリアガードまで使いますか!」
「へー、たかが結界一つに随分と御大層な名前付けてんね。でもまぁさっきも言ったけど大体覚えた、お前は良い教材だったよ。んじゃこっからはこっちの番ね?」
ノーアクションで術式順転『蒼』を放ち、仮想の重力を生み出す事で相手との距離を強制的に0にとした。
直後繰り出される腰の入った鋭い突き、本来ならば届くはずの無い間合いから繰り出された攻撃が一瞬の後に目の前へと迫っているにも拘らず、リチャード・ウォンは瞬き程の隙を作る事も無く、自身の術式を発動する事でその攻撃を躱す。
「何処を見ているのですか!」
拡張術式『運命の選択』、ソレは自身がいる時空間を歪める事で、ほんの束の間の時間ではあるが自分を2人に増やすと言うモノだ。
その何方もが本物であり、その何方もが偽物である、六眼をもってしてもその真偽を見破る事の出来ない完璧な回避呪術である。
とは言え本来は一人しかいない自分を、時空間を歪めて2人に増やすなんて事が簡単に出来る訳も無く、相応の呪力を消費したとしても短時間しか効果は続かない。
「捕まえましたよ!」
ソレでも攻撃を空振って隙を晒した五条を自身の術式で拘束し数発の打撃を叩き込む程度の事は出来る。
そして弾き飛ばした所に再び金色の呪剣を繰り出すが、結界に叩き付けられた訳でも無いならば、ソレをバリアガードと呼ばれた結界術で弾くのは然程難しい事では無い。
「成る程な、お前が妙に大技連発出来ると思ったら、この結界に充満してる呪力を再吸収してんのか。呪力の再吸収とかあぶねー真似してんなー。負の感情に食い殺されんぞ?」
五条悟がバリアガードを展開している間に、リチャード・ウォンはどう言う理屈なのか急速に呪力を回復していた。
普通の者ならば恐らくは通常ではあり得ない事態に混乱するだろうが、呪力の流れや術式を読み解く六眼の持ち主である五条悟は、そのカラクリを一目で看破する。
「はぁはぁ……この世界は私のモノ、ならばこの世界に満ちる負の感情、ソレにより巻き起こる呪力もまた全て私のモノ、故に貴様が心配するような事はあり得ない!」
血走った目でそう言うリチャード・ウォンは、表面上未だ冷静さを取り繕っているモノの、彼の中では既に五条悟を捻り潰していた筈なのだろう、ソレが出来ていない事への苛立ちが隠しきれていない。
「今度こそ貴様を葬りさってやろう……時よ!」
リチャード・ウォンが持つ生得術式の真髄とでも言うべき能力、それが『完全な世界』である。
彼が持つほぼ全ての呪力を吐き出す事で、数秒と言う取るに足らない……だが人を殺めるには十分な時間を、世界の中で自分だけが認識し動き行動出来る様にすると言う、極めて強力な呪術だ。
呪力を吐き出し切ると言う性質上、停まった時間の中で万全の攻撃を行うことは不可能だが、結界内に漂う呪力を取り込む事で一度五条悟を殺しかけた攻撃を再び行う事は十分に出来る。
金色に輝く刃渡り1メートル程の直剣を撃ち出す『戒めの洗礼』、そしてそこから追加される『12本の剣』
普通の人間ならばソレを受けて生きている筈が無い、今回は念には念を入れ心臓を貫く様に1本目を、そして追撃の12本は普段は無作為に刺しているモノを敢えて制御し、喉、鳩尾、肚、金的、人中、眉間、脳天……と正中線の急所を確実に貫かせた。
今度こそ勝ったと核心しつつ『完全な世界』の制限時間が過ぎ効果が解ける、とそこに居たのは服に血のシミは増えたモノの無傷な姿の五条悟である。
「やっべ、また死にかけた。んでも反転回せばこの程度は何とでもなるんだなー。反転は脳で回すって聞いてたから、頭ぶち抜かれたら流石に不味いかと思ったらそーでもねーのか」
呑気なそんな五条悟の言葉を聞いたリチャード・ウォンのメガネがズレる……コレは真正面からやって勝ち目の有る相手では無い、ようやくその事に気が付いた彼。
「くはははは! 流石は日本呪術界最強と謳われる男だ、この私を持ってしても殺める事が叶わぬとは……だが、我らの野望の為には必ず貴様を殺す! 今日はこの辺で勘弁しておいてやろう!」
時空間を操る生得術式を持つリチャード・ウォンは結界術に関しても卓越した技術を持つ、故に自身の張った結界の抜け道は当然の様に理解しており、そこを転移で抜け十分な距離を稼ぐまでの間、五条悟を閉じ込めて置く事に成功したのだった。