畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
バケツの上に張られた幌布に金属製のベーゴマが投げ込まれる。
昔懐かしいただの遊びでは無い、今行われているのはベーゴマとソレに巻き付けた紐に呪力を流し、通常ではあり得ない速度と強度でぶつけ合うと言う、遊びの姿を借りた呪術の訓練だ。
未だ10歳にもならない少年に過酷な訓練を課すのが当たり前の、御三家等の古い呪術師家系の者が見れば何をくだらぬお遊戯を……と嘲笑うだろう。
しかし『好きこそものの上手なれ』と言う言葉が有る通り、幾ら親の言いつけだからと言っても、嫌々やっていてはどんな習い事も一定以上の水準を越えて上達する事は無い。
分かり易い例を上げるならばピアノ辺りの習い事が良いだろうが? 教室へと行って先生に教わる時だけ練習する者と、ソレ以外の時間も積極的に自主的に練習する者、その何方が上達するかは、余程の天才と言う例外を除けば間違い無く後者である。
そうした事をよく知る一堂啄石と言う男は、幼い息子に呪術の手解きをして欲しいと、遠い親類に頼まれたが故に、先ずは『呪力を使った遊び』で呪力の制御に慣れる事を提案したのだ。
結果、今は天与の暴君と言われた男が人類の限界を越えた身体能力で繰り出したベーゴマに対し、未だ8歳の少年が繰り出したベーゴマが中々に良い勝負をして居る状況である。
「うーし、父ちゃんの勝ちだ。でも恵のコマも中々粘る様に成ってきたじゃねぇか。先週より大分長く持ったぞ?」
「……未だまだじゃん。父さんと先生がやったら先生が勝つんだ。俺の呪力制御は全然甘いって事だろ?」
バケツから弾き飛ばされた自分のベーゴマを拾いながら、伏黒恵は一度悔しそうに歯を食い縛ってから、大きく深呼吸をして自身を落ち着かせるとそんな風に言い返す。
「にしても一堂のとっつぁんは良い先生だよな。こうしてガキがやる気を無くさねー様に色々上手い手をいくつも考えてんだから」
「なぁに所詮はただの年の功だよ甚爾君、何せ妻を失った悲しみに耐えられず呪術師を辞めた程度の情けない男だからね」
「そーいやアンタの子ども達は呪術師にゃ成らねぇのか?」
「いやーソレが不思議なモンで、息子は術式を持ちそれ相応の呪力も有るんだが、何故か呪霊が見えない体質でね。逆に娘は呪霊は見えるが術式も呪力も殆ど無い。ソレでは呪術界に関わるのは命を捨てる様なモンだよ」
通常、呪霊は一定以上の呪力が有れば術式が無くても見えるし祓う事が出来る、呪力が無くとも呪具を用いてソレを補う事で呪霊を討伐する事自体は可能だが、甚爾の様な例外を除けば自殺行為に他ならない。
「はー、そりゃ難儀なこった。まぁウチのガキも持って産まれたモンが厄介な代物だから難儀と言や難儀なんだがね」
伏黒恵が小学校に上がる直前に発現したのは、原作通りに禪院家の相伝術式の一つ十種影法術だった。
「私なんぞでは女房の実家の更に本家の相伝術式持ちに呪術を教える事が出来るのは、術式に依らない呪力の扱いと呪霊との付き合い方、そして呪術界の常識程度のモノだからねぇ。まぁもう少し基礎が出来て来たら向こうから秀吾君が見てくれるから安心したまえ」
一堂啄石の持つ術式は『一同着席!』と名付けられたモノで、呪力に当てらその呪力防御を抜かれた者は、例え呪霊であって強制的に座らせると言うモノで、直接的な戦闘系の術式では無い。
彼が現役時代にそんな術式で準一級まで昇級出来たのは、比較的潤沢な呪力と繊細な呪力操作技術に依るモノである。
現場から遠ざかって久しい今でも、伏黒甚爾が本気で投げたベーゴマを呪力で強化する事で、10回やれば8回は弾き飛ばす事が出来ると言う強者なのだ。
何せ強制的に座らせるという事は、一瞬とは言え相手に無防備を強いる事が出来る術式な訳で、相手の呪力防御を抜けず呪詛返しを受けた時に、自分が座ってしまうと言うデメリットも、相手を見誤る事さえ無ければ問題になる事は無い。
そして禪院家の分家である善院家の当代当主の孫で、一堂啄石の甥っ子に当たる善院秀吾は十種影法術でこそ無いモノの影を操作する系統の術式を持つ為、呪力の扱いの基礎が出来たならば彼が術式の扱いに付いて教えてくれる事に成っている。
ソリの合わない禪院家と善院家が疎遠とはいえ未だ親戚付き合いを続けているのは、善院の家に十種影法術を始めとした相伝術式を持つ子どもが産まれる可能性が残っているからだ。
では何故善院側から縁を切ると言う選択をしないのかと言えば、仮にも御本家であり呪術界の御三家の一角を担う家を完全に敵に回し、呪術師家系としてやっていけるのか……と言う話である。
一応、禪院家から善院家の初代が抜けて独立する際には、相伝術式を発現した子は本家に養子に出す事を縛りとした代わりに、本家を立てず親戚としての最低限の付き合いだけ……で済ませる様に縛ってあると言う。
禪院家を含めた御三家や他の古い呪術師家系の大半が分家の完全な独立を許さず、出涸らしや出来損ないなんて言われる様な者すら放逐する事無く、寧ろ待遇の悪い身内として囲い込むのは、相伝が発現する可能性の有る血を外へと持ち出されない様にする為なのだ。
そう言う意味では力尽くで家を出て外で勝手に子どもを作った上に他所へと婿に入り、禪院の名を消した相伝を持つ子どもと言う伏黒恵の存在は例外中の例外なのである。
一応先日の京都行きの際に『甚爾の子どもが相伝術式を持っている場合、高専卒業後にその去就を決める』と言う縛りは結んでいるものの、伏黒甚爾本人としては禪院等と言う腐った家に息子をやりたいとは思わない。
「にしても、恵をあんなくだらねぇモン見せただけで一発で呪術を学ぶ事に前向きにさせたんだから、流石は玩具屋の親父って事なのかねぇ」
伏黒甚爾の言う『くだらねぇモン』とは数年前にサービスが始まったばかりの動画配信サイトに上げられていた一つの動画だった。
今の時代、多くの事は科学で解決出来る様に成ってきているが、呪霊や呪詛師と言った呪術に絡むトラブルは、未だ科学だけでは解決する事が出来ない。
ソレを端的に説明する事が出来る胡散臭い陰陽師を謳った動画を、一堂啄石は始めて自宅を訪ねて来た伏黒恵に見せたのだ。
「いやぁ呪霊なんてモンを相手にする胡散臭い商売そのものだろう呪術師なんて、でも何時の時代でも普通の男の子はヒーローに憧れるモンさ、ウチの売れ筋も男の子が相手なら戦隊モノや特撮ヒーロー系の商品だからねぇ……最近はゲームに押されっぱなしだけど」
一堂啄石が経営する『おもちゃの一堂』は昔は何処にでも有っただろう町の『おもちゃ屋さん』である、取り扱う商品は大手メーカーが販売する特撮系の商品や、少女向けの着せ替え人形にドールハウス等のおもちゃがメインだ。
中にはコレホンマに売れるんか? と言う様な奇抜なおもちゃも有ったりするし、夏になれば花火を仕入れて売る事もする。
おもちゃと言うモノ自体が好きでこの商売をしている啄石としたら、テレビゲームの類は売れるから置いているだけで、決して好んで商売の種にしたいとは思わない類のモノなのだ。
とは言え今どきの流行りを知ったりする為や、商品の受発注も最近はファックスを使うより、ネット経由でする事が増えてきた為、一堂家には光回線が引かれインターネットに繋がるパソコンが何台か存在している訳である。
ちなみにパソコンの用途は必ずしも仕事だけでは無く、自分の店では取り扱わない様な大人向けのゲームを遊んだりするのにも利用されているのは啄石だけの秘密だ。
「ねー先生! 呪力をコマに流すコツって他になんか無いの? 俺の呪力って先生より多いんだろ? なのに父さんに勝てないのは俺が下手だからって事だよな? ならもっと上手くなりてぇ!」
ベーゴマに紐を巻き直しながら呪力操作を試行錯誤していたらしい恵が啄石に向かってそんな言葉を口にする。
「恵君は呪力が多い分、一気に多くの呪力を流し過ぎているんだよ。もっと細く細く絞って、コマだけじゃなく紐にもソレこそ紐を形作っている糸の一本一本にまで漫勉無く呪力を通さないと私やお父さんに勝つのは難しいだろうね」
膝を折り同じ目線でそう言う啄石は甚爾の目から見ても良い父親の見本の様に思える、禪院の血が入ってない。真っ当な家系の父親ってのはこう言うモノなのか?
そんな事を思いながら、甚爾は自分が実の息子である恵や妻の連れ子の津美紀に同じ様に接する事を想像し……無理だと諦めため息を吐く。
「甚爾君、ため息を吐くと幸せが逃げるよ? 3人目、出来たんだろ? まぁ二人目は直接血が繋がっている訳じゃぁないそうだけれども、自分の子どもだって思えるんなら大切にしてあげないと……ね? じゃぁもう一回、恵くんをコテンパンにしてあげようか」
原作ではこの頃に恵と津美紀を置いて蒸発した彼女も、甚爾が生き残り家庭を顧みる様に成った事で運命が大きく変わった一人だろう……甚爾との間に子を授かったのだ。
今は未だ安定期にも入っていない状態で、酒を商う夜の仕事に妊婦が向かう訳にも行かず、産休を取って自宅で娘とともに2人の帰りを待っている筈である。
金は有る、あの事件で稼いだ内の3億は未だ手つかずで、競輪や競艇でスッた分も恵と津美紀が選んだ馬にちょっと厚めに賭ければ簡単に取り返せた。
津美紀に競馬馬を育成するゲームを強請られた時には大丈夫か? と少し悩んだが、彼女の相馬眼は決して侮れるモノでは無く、最近はゲーム経由で知識を仕入れたらしく血筋まで考慮に入れて買い目を選んでいる。
「っと、そーいやとっつぁん、ウイポ? って競馬のゲーム最新作在庫あるか? 有ったら買って行きたいんだが?」
「ニンテンドーの方とソニーの方どっちだい? ソレに使うゲーム機でもソフトは別だよ?」
「あーえーっと、悪い恵、分かるか?」
「家にあるのはWIIだよ父さん……」
伏黒甚爾は基本的にゲームの類は殆どやらない、普段は色々と冷めたフリをしているが勝負事に熱くなる
「WIIのウイポだね、在庫が1本だけあるよ。ウチは中古は扱わないからね、余程の売れ筋じゃない限り入荷数は絞るんだ。良かったね未だ残ってて」
それから暫くの間一堂家の庭にはベーゴマの打つかり合う音が響き渡り続けるのだった。