畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
日下部篤也がブラド・キルステンと相対して居た頃、別の場所でももう一つの戦いが始まろうとしていた(以下会話は全て英語)。
「クリス! ……じゃなくてソニアだったわね、投降する気は……無いんでしょうね。私を実の姉妹をなんの躊躇も無く殺せる様な貴女じゃなかったのに! あの時貴女は私を殺す事に何の戸惑いも抱いていなかった」
2人が顔を合わせたのは、盤星教 時の器の会 旧本部の屋上、呪術高専の術師に依って降ろされた帳の中で、いくつもの決闘結界が回りに展開されている場所だった。
「……ウェンディー・ライアン、ライアン博士の姉妹。ライアン博士から貴女の事は聞きました、殺してしまった事は後悔していましたが……生きていたんですね。貴女こそノアに来ませんか? この世の中はサイキッカーにとって生き辛過ぎる」
自身はクリス・ライアン本人では無く、彼女は別に居ると言うソニア。
「え?! 貴女、クリスじゃないの? クリスと私の話をしたの!?」
「私はクリス博士の体細胞から生成された促成クローンです、ノアの為、キース様の為に作られたこの身体、細胞一つ足りとも無駄にする事は許されない。貴女が引く、もしくはノアに下るならば戦う必要も無くなりますが?」
曰く、ノアはサイキッカーの体細胞から人間一人を数ヶ月で16-7歳の肉体まででっち上げる技術を既に確立しており、彼女はそうして作られた言わば人工サイキッカーの一体だと語る。
「……クリスがそんな非人道的な実験に自分から協力する筈が無いわ! ノアが強要したんでしょ!」
人体クローンの製造は神の領域に手を付ける禁忌として一神教の宗教観に生きる者達は、余程壊れたマッドサイエンティストで無い限りは絶対に手を出さない領域だ。
「ノアが強要したと言うのには明確のNOと言っておきましょう。この実験はノアの総意では無い、強要したのは飽く迄もリチャード・ウォンです。彼の指示により私は産み出されましたが、彼は信用する事が出来ない獅子身中の虫、キース様の為にも奴を抑えねば」
クリス・ライアンは自身がサイキッカーであるが故に
「私はキース様の為に、キース様がしたい様にするべきだと考えています。あのバーンと言う男との決着はキース様にとって最大の心残りなのでしょう。勝つにせよ負けるにせよ、キース様がキース様である為に必要な戦い……ソレを邪魔する事は誰にも許しません」
ノアは決して一枚板と言う訳では無い、当初ノアが謳っていた『超能力者の楽園』と言うのは、超能力者に対する法整備が他国に比べて比較的整っていると言う情報を得ていた日本と言う国で、合法的に超能力者として暮らすと言うモノだったと聞いている。
彼女……ソニアが稼働を開始した頃には、日本の超能力者達は確かに特権的な権力は持っては居るが、所詮ソレは社会の陰に隠れた場だけのモノで、社会を動かしているのは飽く迄も一般人達で弱肉強食の掟を鑑みれば逆で然るべき……と主張は変わっていたと言う。
ノアの内部にもソレに賛同し日本の陰を牛耳る呪術総監部に取って代わり、その後日本政府を武力制圧し自分達をモルモットの様に扱ったアメリカ軍への復讐を……と言うのが米軍基地脱出組の大多数の意見と成っていたそうだ。
対して鏡の伝言を通じてシャフトを経由しノアに合流してきた者達は、地元での超能力バレから迫害を受け、ソレから逃げる様に日本へとやってきた者達で、呪術規定に従えば一般人と変わらず暮らせると言う元来のあり方を支持していた。
だがノアの首魁であるキースと主戦力であるブラド、ソニア、そしてウォンの4人が揃って強硬派側であるが故に、穏健派は口を噤まざるを得なかったのだそうだ。
「私はキースって奴とバーンの戦いを邪魔する気は無いわ。それにウォンの相手は悟ってのがしてるから貴女が行かなくても2人の戦いに割って入る者は居ない筈よ」
バーンとウェンディーは顔を合わせてまだ数日しか経っていないが、彼が友人思いのまっすぐな男であり、好感を持って接する事の出来る良い人間だと言う事は、その短い交友期間の間でも十分に理解出来ていた。
「……ウォンはキース様の忠臣を装っていたけれども、奴は絶対に何かを企んでいるわ。貴女が私の行く手を阻まないと言うなら、戦う理由は無いではないかしら?」
五条悟と言う今ウェンディーが世話に成っている組織で最強格の一人だと言う男の言葉を信じるならば、確かにウォンと言う男は怪しい存在だ。
なんなら今行われているこの戦いの全てをソイツが裏から糸を引いていたとしても何等不思議は無いとすら思える。
なにせ相手は国際企業のCEOで他のサイキッカー達の様に弾圧や差別を受けてきた人間とは思えないかった。
欧米の富裕層は慈善活動に金銭を費やすのは税金対策と言う面も勿論あるが、
対してアジア圏を母体とする企業体は、そうした一神教系の価値観に根ざす慈善活動に興味を示さず、兎にも角にも利益を最優先に追求する有り方から批難の的にされる事がある。
リチャード・ウォンの持つシャフト言う企業の母体は香港の貿易会社だ、果たしてソレが全世界の子会社化した企業の利益を、サイキッカー等と言う現代科学では解明されていない胡乱な連中に対する福祉に使う事を良しとするだろうか?
「戦う理由は確かに無いわね、じゃぁ一つ教えてクリス……貴女の言うライアン博士は何処に居るのかしら?」
そんな疑問は残るがソニアの言う通り、ウェンディーの目的は飽く迄も姉であるクリス・ライアンの保護である。
高専の作戦としてはウェンディーがソニアを捕縛、ないしは撃破する事が前提では有るが、ソレは飽く迄も高専の目的であって、彼女本来の目的では無い。
「さぁ……何日か前……そう、貴女を殺したと言う報告をしてから見た記憶が無いわ。ああ、もしかしたら自分のクローンが家族を殺めた事を後悔して自殺でもしたのかしらね?」
……しかし産み出されて未だ数ヶ月のクローン体に知識を刷り込んだだけの存在であるソニアには、他者の思考を鑑みる事が出来る程に精神的に成長出来てはいなかった。
「はぁ!? それじゃアンタがクリスを殺した様なモンじゃないの! ふざけんな! 何が戦う理由は無いよ! アンタが敵みたいなモンじゃない! 絶対にブチ殺してやるわ!」
故にこうして互いの思いはすれ違い、ウェンディーの逆鱗に触れる。
「……訳が分からないわ。自分の行動を悔いて自害したならば、自業自得でしか無いでしょう? ソレを私が敵だなんて……人間の不条理は未だに理解仕切れないわ」
激昂した様子のウェンディーに心底困惑するソニア。
「……ならアンタが分かる様に言って上げる! キースとか言う奴が、ウォンの陰謀の結果死んだとして、ウォンが『私が直接手に掛けた訳では有りませんよ?』って言ってアンタ許せるわけ?!」
怒りを感じながらも、自分が何を怒っているのかを相手にも分かり易い様に言い換える。
「ああ……成る程……死の遠因だとしても、ソレは確かに復讐の対象になるんですね、理解出来ました……ですが、だからと言って私が貴女に無抵抗で殺されてあげる理由にはなりませんね。再び対立したからには、今度こそ確実に殺しますよ」
そこまで言われてやっとソニアはウェンディーが何を怒っているのかを理解し、改めて戦闘態勢を取る。
「上等! アンタがクリスじゃないって分かった以上、こっちだって手加減なんかしないんだから!」
ウェンディーは優しい少女である、例え自分に戦う理由が有ったとしても、一方的な感情を押し付け不意を突いて攻撃を仕掛ける事を彼女の矜持が許さない。
戦いは好きでは無い、ソレでも戦わなければ守れないモノがある事を知っているし、仲間や身内の為に戦う事を厭う事も無い。
ソレでも彼女は一方的に戦うと言う事をしない、
双方が戦いの構えを取ったのを確認し、ソニアは右の掌を胸の前で上へと向ける、するとそこに四角い白いく輝くキューブが出現し、ソレが一気に巨大化し2人を包む結界へと変貌する。
『Ready』
結界が放つ戦いの始まりを告げる声、ソニアにとっては聞き慣れた、ウェンディーも高専で行われた訓練で大分慣れた声
『Go!』
開戦を告げる声が響き渡ると同時に2人は、互いに一気に近づくと右の掌をお互いの顔面へと向けて叩きつけに行くのだった。