畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
取り敢えず改めての夜蛾先生の尋問と総監部からの尋問が終わるまで、俺は寮で待機と言う事になった。
特段指示が無い限りは御主人の部屋とトイレ以外には行くなと言われ、上記が終わるまでの措置として一時的な縛りまで夜蛾先生に結ばされた辺り、本気で俺の存在は呪術界にとって大き過ぎる爆弾らしい。
まぁこの身は未だ子猫の範疇を抜けない状態だし、暇なら寝てれば良いだけだから今の所は然程苦では無いがね。
それにしても買って貰ったカリカリは、肉の旨味がしっかりしていて美味い。
人間と同じ感覚の味覚を維持したままなので、コレは人間が食べてもイケる奴なんだろうな。
そんな訳で食っちゃ寝を繰り返す事2日、まずは夜蛾先生の尋問が行われる事になった。
その際には御主人の携帯電話では無く、先生の私物だと言うノートパソコンを使っての筆談? だ。
『先ず最初に言っておきます、今は私の没年よりも前の年代の様なので、魂やあの世に時間の概念が無いか、もしくは並行世界……所謂三千世界を隔てた転生だと思われます』
御主人の部屋に貼られていたカレンダーでは今は2005年と言う事なので、俺の没年である2026年から見れば21年前という事になる。
「なるほど、あの世があり六道輪廻があるならば、三千世界の概念もまた有って然るべきと言う事か、先ずソレは了承した。では改めて貴様の前世とやらを個人のプライバシーに関わらない範囲で教えてもらおう。嘘は無し、コレは縛りだ」
にゃーと一声鳴いて了承の意を示した後、キーボードを叩いて前世では保護猫活動家としてNPOで働き、定年後も保護猫
「……コレを読む限り貴殿の前世は善性の人間だった様に思えるが、何故畜生道に堕ちる様な事になったのだ?」
嘘を書く事は縛りによって出来ないが黙秘する事は出来る、けれども俺は少しだけ迷ってから、若い頃に妹にイタズラした罪を贖う為に畜生道へと堕ちた、とだけ書く。
「oh……それは言い難い事を聞いた、済まない。話を変えて次は御仏に会った時の事を詳しく教えてれ」
再び一声鳴いて了承すると、死後すぐに賽の河原で阿弥陀様が阿弥陀’Sブートキャンプを開き、多くの門徒達が浄土を目指し悟りを開く為の修行をして居る場に居た事を書く。
「阿弥陀’Sブートキャンプ……阿弥陀に帰依すれば悪人でも即浄土へ行くと言う訳では無いのか」
ぼやく様に呟いた先生の言葉を受けて、阿弥陀様曰く「あの世はそんなに甘くない、地獄へ行くほどの罪ならば地獄で贖ってから改めてブートキャンプです」と言われ事を書き込む。
「罪を犯せば地獄だと言うならば、死者の大半は地獄行きだと思うのだが、その辺がどうなのかは分かるか?」
次の問には阿弥陀様に聞いた話だがと前置きした上で、あの世の裁きは明確な足し算引き算で、生前に積んだ徳と罪を差し引きし罪が上回らなければ地獄行きになる事無いが、修羅道に餓鬼道や畜生道へ堕ちる者は一定数は居ると言う事だった、と書く。
「成る程な、生前に徳を積むのが大事だと……よし、次は術式について分かる範囲で教えてくれ」
俺の術式は命のストックを最大8個持ち、9回死ななければ蘇る事が出来ると言うのが基本部分だ。
蘇生する為に必要な為か、反転術式が生得術式に組み込まれており、この反転が有ったから術式が脳に刻まれた際に、脳が耐えきれず一度は死にかけたがストックを使う事無く復帰出来た事まで書いて置く。
「……まて、猫の脳では術式を受け止めきれずに死んでいた、と言うのは本当か? いや、嘘を吐かない縛りを結んでいるのだから本当なのだろうな。となると、術式を持った動物の多くは術式を自覚した瞬間に自動的に死ぬ事になるのではないか?」
多分そう、クジラやイルカの様な人間並みの脳の大きさがある動物なら分からないが、少なくとも猫の脳味噌では術式を受け止めきるのは無理で、俺の術式の様に蘇生効果が有るか反転術式が術式自体に組み込まれて無けりゃそのまま御陀仏だと思う。
「むぅ……呪術動物が今まで公式に見つからなかったのは、ソレも原因の一つなのだろうな。産まれても直ぐに死ぬならばそんなもん見つけるのは不可能だ。反転のアウトプットについて聞きたい、悟がコストが重いと言って居たがどんな感じだ?」
俺の生得術式は概ね反転術式そのものと言っても良い様なモノで、自分の身体を治すだけならば呪力の消費は殆ど無い、自身の回復の為に命のストックを消費するのは即死した時くらいだ。
だが他者を治療する為のアウトプットとなると途端にコストが重くなり、1回の使用で命のストックを1個消費する、そのかわり出力は圧倒的で死んでさえいなければ一発で全回復出来る……筈だ、足一本は治したがソレ以上は試して無いので本当かは分からない。
「硝子以上の回復要員が居るならば、呪術師の殉職率を下げる事が出来るやもしれんな、そっち方面での貢献も期待する。次で俺からの質問は最後だ、命のストックとやらは一度消費したら戻らんのか? 回復するならばその条件は?」
他者回復で今まで命のストックは2回使ったがソレは既に回復している、回復の条件は時間に依存するらしく1日一回大体午前二時前後に回復するが、ピッタリ午前二時と言う訳では無いっぽい所までしか分かっていない。
「成る程つまり命を賭す様な任務が無ければ1日1回は、ほぼノーリスクで瀕死の者を救う事が出来ると言う訳か、ちなみに術式には何か名前は付けて居るのか?」
二度鳴いて否定すると、
「ならば……こう言うのはどうだ? お前の術式にはピッタリだと思うが?」
夜蛾先生はそう言ってノートパソコンに救急九命と入力した。
九つの命を持ちソレを使って死んでさえいなければ人を救う事の出来る術式、うん……これ以上無い位にピッタリだ。
にゃーと一声鳴いて肯定の意を示し、お礼と言う訳では無いが猫らしく頭を夜蛾の胸元にこすりつけて置く。
「おいおい、お前さん元は70過ぎのご老人だろう? そうしているのを見ると本当に只の猫にしか見えないな。よし、数日の後には総監部からも同様の喚問をうける事になるがソレまでは今まで同様に寮で大人しくしててくれ。もう戻って良いぞ」
苦笑いを浮かべながら夜蛾先生がそう言ったので、俺は御主人の部屋へと戻る事にしたのだった。
その夜、総監部へと提出された一枚の報告書、ソレは呪力と術式を持った動物の存在が確認された事に関する物だ。
ただソレだけならば、件の猫を呪霊として扱い祓って見なかった事にして終わりだっただろう。
真っ当な人権を持つ人間ですら秘匿死刑なんて物を行使する権限を持つ総監部の者達にとって、たかだか猫一匹の為に呪術界の常識を根底から覆し混乱を引き起こす方がデメリットが大きいのだ。
しかしソレをするには問題がいくつかある、第一にあの五条悟がその呪術猫を自分の飼い猫として保護すると表明している事である。
総監部として無下限呪術と六眼の抱き合わせと言う『最強』に表立って喧嘩を売るのは避けたい、今は未だ一級術師では有るが然程遠くない内に特級に上がるであろう彼が、万が一にも呪詛師に堕ちる引き金を総監部が引くわけには行かない。
二つ目に件の猫が畜生道に堕ちた元人間だと言う報告だ、コレは死後の世界が実在していると言う生き証人に他ならない、今までも『口寄せ』の様に魂に関与する術式の前例が有るので魂の実在は確定だった。
ただ死後の世界や神仏が実在すると言う確定的な情報は今まで無かった……いや、過去には有ったかもしれない、だが現代の総監部にそうした情報は無い。
ソレは総監部の先人達が自分達の悪事から目をそらし、現実逃避する為に隠蔽したのか、それとも南無阿弥陀仏と唱えればどんな悪人でも浄土へと導かれると言う信仰に縋って居たのか……その辺の真実は不明だ。
さらなる問題は畜生道に堕ちたと言うその者が阿弥陀如来に帰依した上で畜生道に堕ちた事と、幾ら阿弥陀に縋った所で全ての罪過を踏み倒して浄土へと行ける訳では無いと言う事である。
この情報が齎された総監部の面々の表情は大きく2つに別れた、顔面蒼白で死後の地獄行きを恐れる者と、罪よりも多くの徳を積んだと自負し安堵する者だ。
古き伝統に拘る呪術界上層部の者達は、当然の事ながら六道輪廻を説く『正法念処経』に関して諳んじる事が出来る程では無くとも、最低限度の知識は持ち合わせている。
死後の世界など所詮は絵空事……と現世での利益を得る事に快楽を見出して居たのが大半の前者で、呪術界を……日本を……ひいては世界を守る為には清濁併せのむ必要が有り、其の為に自分は泥を被っているのだと本気で信じているのが後者だ。
御三家を含め伝統を持つ呪術師の家系では、呪術師は命を掛けて何も知らない一般社会を守っているのだから、自分達は優遇されて然るべき……と言う価値観を持っているのが普通である。
十王の審判に置いて呪術師として任務を熟す事が徳になるのは間違いないだろうが、現場を引退してからはソレ以上に悪徳を積んでしまったのではないか、そんな疑問が多かれ少なかれ全員の脳裏過ったのだ。
他の者達から無駄な事とか愚かと嘲笑われながらも正しい事を優先した者は安堵し、嘲笑していた者が顔色を悪くしている。
「早急に件の猫を召喚して尋問せねばなるまい、人伝に聞いた報告だけで全てを判断するのは早計と言える」
震える声で集った老人達の一人がそんな言葉を口にする、縛りを用いて聞き出した以上はコレが嘘であると言う可能性は限りなく低いが、自分達が直接聞かない限りは誤報だと思いたい訳だ。
こうして呪術界の根幹を揺るがす情報は、上層部にだけは間違いなく共有されたのだった。