畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
呪術戦の基本は体術である、ソレは高専だけで無く日本呪術界の呪術師全てに共通する認識で、どんなに強い生得術式を持っていても体術を疎かにする者は、自分の術式に対して有利を取れる術式を持っている呪霊や呪詛師と相対した時に必ず敗れると言われている。
また呪術の深奥の一つである『領域展開』を行うと、その後暫くの間脳の術式を司る部分が焼き付きを起こし、ソレが治まるまでの間は呪力を使う事は出来るモノの術式は一切仕様出来なくなると言う状態に陥る為、体術は最期の砦として絶対に必要なモノなのだ。
ウェンディー・ライアンと言う少女は、決して争う事が好きなタイプでは無い。
本来は心優しく、人を傷付けたりする事自体を厭う少女である。
ソレでも戦うべき時に戦わなければ全てを奪われる事になると言う事は理解しており、ソニアとの1度目の戦いで命を落としかけ、ソレを悟に救われた事で再び生きる機会を手に入れた。
そうして保護された高専で僅かの期間では有るが、彼女は対人戦の為の体術を学ぶ機会を得ていたのだ。
今までの彼女はただただ生得術式である風霊操術を使い、産まれた時から側に居る無数の風の精霊とでも言うべきモノにお願いし、風をただブッパする事しか考えていなかった。
争いを避け逃げるだけならばソレでも良かったのだ。
ソレこそちょっと風を吹かせて砂埃を巻き起こし、相手の視線を切ったその間に全力疾走で逃げれば、大概の状況で自分の身の安全は確保出来てきた。
だが相手を倒すとなると適当なブッパは逆に隙でしか無い。
故に彼女は高専で習った基礎を自分の身体に合わせた形で扱う様にした。
同年代の少女としては比較的小柄(身長155.7cmは日本人ならば15歳としては普通だが、欧米だと小さい部類になる)で俊敏な体捌きを活かし、兎に角初手を早く打ち込める様に努力を積み重ねたのだ。
結果、2人揃って互いの頬を張ろうと繰り出した右の掌は、僅かの差でウェンディーの方が先にソニアの頬を捉え、空中でも腰の入ったビンタの一撃は相手を僅かに仰け反らせる。
「(会話文以下英語)吹き飛べ!」
そうして産まれたほんの僅かな隙を付きウェンディーは気合の声と共に両手を前へと突き出し、友人である風霊達の手を借りて極々小規模な竜巻を巻き起こす。
バリアガードが間に合わず竜巻に飲み込まれたソニアは、川の中で渦を描く水に揉まれる木の葉の様に、激しく揺さぶられ振り回されそして弾き飛ばされる。
ソレを呪力をバーニア代わりにしたダッシュで追いかけ、更に打撃の追撃を叩き込み、再び竜巻を放つが……今度はソニアの緊急バリアガード……通称回避バリアが間に合い、竜巻での追撃は防がれた。
「……はぁはぁ……呪力が……」
ウェンディーの放った竜巻『ボルテックスストリーム』は彼女の持つ呪力の半分近くを一気に消費する大技で、ソレを2発も続けざまに撃てば呪力が枯渇するのは当然であり、暫しの間は呪力の回復に専念するしか無いだろう。
「くっ!? この程度なら……まだ!?」
対してソニアの方も打撃のコンボからボルテックスストリームを受け、更に打撃のコンボを受けた事で身体への負担はかなりのモノで、呪力こそ多少余裕があるが体力という面では割と分が悪いと言える状態である。
ダメージという点では未だ余裕のあるウェンディー、呪力には余裕のあるソニア、戦いはまだ終わってはいない。
ソニアが右手を天に翳すと空には雲一つ無いと言うのに、何処からか落雷がそこへと落ちるが、彼女はソレに何等痛痒を感じない様で手の間に溜めた電撃をウェンディーへと向けて撃ち放つ。
だが僅かとは言え時間を経て回復した呪力を注ぎ込み、バリアガードを張ってウェンディーはその雷撃を完全に防ぐ。
決闘結界の内部ではその結界を維持する為に呪力が常に徴収されるが、同時に戦いを維持する為に必要となるであろう呪力は供給される事になる。
その為、呪力の最大量という点では結界無しで戦う方が有利だが、呪力の回復速度と言う点から見れば結界内の方が大規模な呪術を使い易いと言えるのだ。
恐らくこの特性は本来術式を持たず、多くの呪力を持たない者が多い陰高野の者達が、生得術式を持ち呪力も多い呪霊や呪詛師を相手取る為に、素の能力差を少しでも埋める為に編み出し時代と共に発展させてきたモノなのだろう。
ソレを何故、超能力集団ノアの者達が使っているのかはウェンディーには分からないが、呪力の回復速度の向上効果は極めて有り難い。
「風よ力を!」
呪力の回復したウェンディーがそう言って両腕を振りかざすと、結界の外から激しい突風が吹き荒れた。
ソレは重力から切り離されたソニアの身体を完全にではないモノの拘束し、身体が風に押され流される。
更に厄介なのは何処から飛んできたのか看板やら、パラソルやらの比較的風に乗りやすい粗大ごみが飛んできた事だ。
相手が呪霊ならばたかがゴミで済むが、ソニアは肉体を持つ存在であり、ゴミとは言えソレが直撃すればたまった物ではない。
しかも厄介な事にそのゴミにはウェンディーが友達と呼ぶ風の精霊が纏わりついており、呪力的な意味でも十分な脅威となる為、恐らくは呪霊が相手だったとしても相応の被害をもたらすだろう。
ただ……ウェンディーはこの技をこの瞬間使うべきでは無かったと言える。
何故ならば彼女が巻き起こした突風は当然ながら彼女達が戦う結界だけで無く、周辺にある他の決闘結界にも影響を及ぼし、更には下で戦う一般の呪詛師や高専の呪術師補助官達にも影響を与えていたからだ。
彼女の生得術式である風霊操術は、空気を操り風と言う現象を起こすのではなく、風を司る六眼にも映らぬ微細な精霊たちに働きかける事で、風を起こして貰うと言うモノである。
それ故に呪力の消費に比べて大規模な効果を発揮出来て仕舞うのだ。
ブラジルの一匹の蝶々の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす可能性を鑑みれば、呪術に依って発生した突風は一体どれほどの多くの事を巻き起こすのか? 実際ソニアに当たらなかった居酒屋の看板が隣の結界へと飛び込み、ノアの構成員に痛打を与えている。
ソニアはバリアガードを張って、カフェのテラスにある様な大きなパラソルが飛んできたのを弾いたがアレが直撃していたならば、もしかしたら勝負は着いていた可能性は0では無い、精霊達の呪力はそれほどに重いのだ。
とは言えウェンディーもなんの考えも無くアースゲイルと呼ばれるその技を放った訳では無い。
シルフィードダンスと言うその名の通り、自身身体の回りに風霊を舞い踊らせる事で速さを強化する呪術を発動していたのだ。
この技は完成までに結構な隙がある上に、効果中に集中力を切らすとソレだけで効果を失う繊細なモノなのである。
「当たれぇ!」
風霊の力で加速したウェンディーは一気に間合いを詰め、再び掌をソニアへと叩き込み続けざまに3発の連撃の後、風の刃をソニアへと叩き込んだ。
「いやぁぁぁ!」
悲鳴と共に身体から呪力が抜け落ち本部の屋上へと墜落した。
「はぁはぁ……か……てた?」
一度は明確に負けた相手への
だがソレは決して心地の良いモノでは無かった……寧ろ後味が悪い。
聖書にも『復讐は神の専権事項であり人間が行ってはならない』としっかり書かれている。
ウェンディーは自身を敬虔なクリスチャンだとは思っては居ないが、ソレでもクリスチャンである事自体は彼女のアイデンティティの一つだ。
「……安心しなさい、此処で私が敗れても、貴女が倒れていたとしても、どうせ私は長くは持たないのよ」
そんなウェンディーの曇り顔を見たからか、其れ共自身が彼女の姉のクローンである事で身内としての情が湧いたのか、ソニアはそんな言葉を口にする。
「ヘイフリック限界って言葉を知ってる? 私は元々促成製造した使い捨てる前提の戦力を生み出す実験で作られたのよ。寿命は長くて2年、私の製造年月日は2008年6月5日。既にいつ寿命が尽きても不思議の無い状態なのよ」
「……そうなの、そんな非道な真似をノアが……ううん、ウォンはクリスにやらせてたのね……」
「ああ、どうやら、今の戦いのダメージで限界が早まった……みたい……ね。せめて私の代わりに……貴女がキース様と……バーンの……決着を……見届け……て……」
身体を横たえたままそう言ったソニアは、その言葉の通り最期の生命力を使い果たし今生を終えたのだった。