畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
「な!? 帳の外に展開してた呪霊が祓われた!? 外部に未だ呪詛師がいるのか!?」
盤星教 時の器の会 旧本部から少し離れた、ソレでも大規模に展開された帳の内部のビルの屋上で夏油傑は、高専の呪術師達が危険な状況に陥った時、何時でも助けを出せる様に戦場を双眼鏡を使って観察していた。
決闘結界の持つ『乱入者が来た場合その呪力を徴収し、挑戦を受ける側を回復する』と言う性質上、闘っている最中の結界に4級呪霊を突入させ敢えて呪術師側を結界内に残す事で、擬似的に夏油も反転アウトプットが使えるのと同様の回復が行えるのだ。
4級呪霊は回復の為に呪力を徴収されれば消滅するが、結界に込められた呪力も回復に回される様で、ポチの反転アウトプットの様に部位欠損を即座に治す程では無いが、家入の反転よりは即時性のある回復効果がその結界にはあった。
他にも結界を使わず乱戦に成っている呪詛師と補助官の闘いにも、積極的に呪霊を介入させ高専側の被害を少しでも減らす……と言うのがこの戦いに置ける夏油傑の役割だったのだ。
更に念の為に3級呪霊を数体、外部から帳に侵入する者を妨害する様に命令した呪霊を帳の外に展開していたのだが、ソレ等が祓われた事を知覚する。
その直後である、ローターの轟音を響かせ一機のヘリコプターが上空から帳の中へと入ってきたのだ。
『こちらはアメリカ空軍憲兵隊、集団脱走兵の捕縛任務を命じられている。抵抗は無意味だ、この領域は完全に包囲されている。日本政府指揮下の者達は速やかに捕縛した脱走兵を我が軍に引き渡して頂きたい。日本政府へ正式な要請が行われた軍事行動である』
ヘリコプターの放つ轟音に負けない大声でスピーカーから放たれる、明らかに建前としか思えない露骨な内容に呪術師も、呪詛師達もノアの超能力者達ですら一瞬闘いを忘れ手を止める。
そしてそんな言葉が聞こえた直後夏油傑の持つマナーモード設定された携帯電話が振動した。
「はい夏油です……学長!? 本気ですか! ここまで来て作戦中断!? え、政府からの正式な要請? 総監部もソレを受諾した……作戦の続行は命令違反として即座に呪詛師認定される……馬鹿な! コレは明確な横紙破りでしょう! 外交と政治の問題……」
電話の向こうの夜蛾学長自身もソレに納得して居る訳では無い、しかし日本が民主主義国家である以上は、呪霊被害と言う高専及び総監部の専権事項を越えた『外交と政治』と言うモノを持ち出されれば流石に総監部としても従わざるを得ないのだ。
奥歯が砕けそうに成る程に歯を食いしばり、ソレから一旦一呼吸して夏油は双眼鏡と共に用意してあった拡声器を手に取る。
「高専及び総監部からも撤収命令が出ました! 高専に所属する者は速やかに戦闘行動をから離脱して下さい! 捕縛したノアの呪詛師はアメリカ軍の軍機違反を犯した脱走兵の可能性があるそうです。突入してきた米軍兵に引き渡しを」
『いいや、ソレは違う。日本政府指揮下のサイキッカーや、後方要員は我々の捕縛対象ではないが、ソレ以外の犯罪サイキッカーは皆我々が収容する。コレは既に日本政府及び日本のサイキッカーの指揮権を持つ組織とも確約済みだ』
ノアの中心構成員はアメリカ軍の秘匿施設で
しかし事が『政治と外交』と言う『国と国との交渉』の場へと持ち込まれたならば、ソレにどうこう言う事は出来ないし、実力行使で排除したならばソレこそ自身が忌み嫌う呪詛師に堕ちる事に成ってしまう。
『無論、日本政府に何等メリットの無い話では無い。普天間基地の辺野古移設を巡る問題に関してアメリカ軍はそれ相応の譲歩をする事を決定した。『最低でも県外』だったか? ソレを叶えるのだ、現政権が我々を支持するのは当然と言えるだろう?』
時の総理が選挙方針に掲げた文言、しかしソレは先月時点で不可能だと断言し、何時その責任を取って総理を辞任するのか……と言うのが話題に成っていた案件である。
ソレをバーターに出されたならば、無辜の国民に危害を加える以外の大概の事に対して首相が頷く事は想像に難く無い。
奥歯が欠ける嫌な感覚が口の中に走る、そこまでの外交カードを切ってまでアメリカ軍は、超能力者≒呪術師≒呪詛師を回収したいと考えているのだろう。
実際にヘリコプターと殆ど同時に突入してきたアメリカ軍の兵士達は、明らかに呪具と分かる呪力を発する銃器を手に持ち、その迷彩服すら呪力を放っている。
呪具を作るのはそう簡単な事では無い、多くの呪力を費やし手間と時間を掛けるか、人を呪具へと加工する技術や術式が必要となる。
一体どうやって大隊全員に行き渡る様な呪具を用意したと言うのか?
恐らくは彼等が揃って身に付けているガスマスクの様な呪具は、呪霊を見る効果があるモノなのだろう。
外に配置していた呪霊はアメリカ軍人の現代兵器を呪具化したモノで祓われたのだ。
「(ロシア語)ようエミリオ、久し振りだなぁ。お前さんもきっちりとっ捕まえてくる様に命令を受けてるんでな。大人しくすれば良し、抵抗するならちょっとじゃねぇ位に痛い目を見てもらうぜ?」
夏油が持つモノと同じ拡声器を手に空中からロシア語で投降を呼びかけていたエミリオに、他の軍人とは明らかに装備が違う男がそうして話しかける。
「(ロシア語)ガデス! お前はノアの側で戦ってたんじゃないのか! 何故、アメリカ軍と一緒にいるんだ!?」
「(ロシア語)ああ? 俺は傭兵だぜ? クライアントの命令に従うのは当然の事だろう? そしてノアは俺のクライアントじゃねぇ。連中は金なんざぁ1銭も持ってねぇからな。最初から俺はクライアント指示でノアに参加してたのさ」
くっくっく……と馬鹿にした様に笑うガデスと名乗った傭兵。
「(ロシア語)抵抗するなら抵抗してもいいぜ? お前さんじゃぁ俺にゃ勝てねぇからな。貧弱な坊や」
そんな言葉に諦めたらしいエミリオは、素直にガデスの下へと降り立つ。
「エミリオ君!」
ソレを見咎め吠える夏油傑だが、
「おっと、高専の呪術師さんよ、お前さんはもう戦闘許可は無いだろう? 俺は今は一応は米軍と行動を共にしてる身だ。俺に攻撃すりゃソレは米軍を攻撃したのと同じ事、政府の決定に反する事になるぜ?」
日本語でそう言い返して来たガデスの言葉に、足を止めざるを得ない。
「くっくっく……宮仕えは大変だよなぁ……まぁお前さん達の仕事が全部0になる訳じゃぁ無ぇ。今回の一件が表沙汰になりゃ面倒な事になるのは米軍も日本の呪術界も一緒だろ? きっちり隠蔽は頑張ってくれや」
エミリオを丸で猫の子を掴む様に引っ掴み、ガデスはビルの屋上から飛び降り、下に展開していたアメリカ兵へと合流する。
そんなエミリオを拘束するのは、高専で作られ、警視庁公安部捜査0係に配布されているのと同じ『呪縛ロープ』と『呪力封じの符』だ。
ソレが何処から流出したモノなのかは分からないが、1000人以上いる呪詛師達を全て拘束する為に持ち込まれている様で、捜査0係の在庫を遥かに超える量がある様に見える。
呪術師や呪詛師は一般人と比べたら間違いなく強者の側にいる存在だが、職業軍人を相手にして勝ちきれるモノは極々一部の上澄みだけで、大半は1対1で五分、銃器を持ち出されたらもう勝ち目は無い。
高専に捕まっても殆どは秘匿死刑で終わるだろう者達だが、アメリカ軍に捕まれば恐らくは、エミリオに聞いた通りの実験動物だ。
死して地獄に堕ちるのか、この世の地獄を経験した後に地獄へと堕ちるのか、何方にせよ地獄なら前者の方が未だ救いがあるだろう。
そう思いつつもアメリカ軍の蛮行を止める事の出来ない高専の呪術師と補助官達……その胸にあるのはやるせなさ、不甲斐なさ……そして本来なら持つべきでは無い呪詛師への憐憫の情。
しかし全ての呪詛師やノアの構成員がアメリカ軍の虜となった訳では無かった。
地面の下から響き渡った核爆弾でも破裂したかの様な轟音と、直後に起こった地震に依って、これ以上の任務続行は危険と判断したアメリカ軍が撤収を開始したのだ。
本来ならば高専の者達はその時点で、逃げを打った食残しの呪詛師やノア構成員を捕縛するべきなのだろうが、明らかに尋常では無い事が起こっているのは明確だったが故に、夏油傑は特級呪術師として、現場指揮官としての判断で撤収を指示したのだった。