畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
2010年6月7日22:30……クリネックススタジアム宮城。
宮城県仙台市宮城野区の宮城野原公園総合運動場内にあるその野球場は、庵歌姫が贔屓として居る球団と同じパシフィック・リーグに所属する球団の本拠地である。
此処に呪霊が湧いたのは6月2日の深夜の事だった、窓を兼任する球団職員が地元球団が本拠地での敗戦を喫した事で、負の感情が想起され呪霊が湧いている可能性があるかもしれない……と深夜の球場に足を運んだ事で早期発見に繋がったのだ。
その窓が見たのは深夜の球場にユニフォームもバラバラな、顔が妙に暗くて見えない選手達が9人守備に付いている姿だった。
当然の様にその場で高専へと通報を入れ呪術師の派遣を要請し、コレで一安心と思ったのだが……そうは問屋が卸さない。
球場全体に散った呪力の感覚から、窓は高くても2級、恐らくは3級と判断し2級の呪術師が派遣されて来たのだが、命こそ助かったモノの反転術式が無ければ二度と呪術師を続ける事の出来ない様な大怪我を負った。
彼はフィールドに散った選手達を呪霊と判断し直接攻撃に出たのだが、相手にダメージを与える事は出来ず、逆にフィールドに居た9人に加え両ベンチから飛び出してきた他の選手達からも袋叩きにあったのだ。
その顛末を聞いていた2人目に派遣された呪術師は、恐らくは何等かの条件を満たさないと本体が出現しないタイプの呪霊だと判断し、守備側の選手が揃っている事から彼はバットを持ってバッターボックスへと入っていった。
結果はソレで正解だった様でピッチャーマウンドにいた選手が剛速球を投げ、ソレに対して3球3振で討ち取られてしまうと、再び両陣営のベンチから選手が飛び出しバッターボックスの選手をボコボコにしたのだ。
3人目の呪術師は小中と野球で活躍していた者で、彼はボールを打ち返す事に成功した……が、結果はピッチャーフライでワンアウト。
どうやらアウトカウント一つで即ゲームセットと言う訳では無いらしく、3球3振さえしなければゲームは続くらしい。
そしてもう一つ分かったのは、ヒット性の打球を出せば自分で走らずともランナーが塁に出ると言う事も発覚したが、3アウト……つまり一回分の攻撃が終わった時点でランナーが消滅すると言う事も分かった。
結果彼は1点も取る事無く27回のアウトを重ね、やはり両陣営のベンチから現れた選手達に依って反転術式に依る治療が行われなければ、二度とバットを持てない身体にされてしまったのだ。
呪霊を相手にして3人が敗北していながら、誰一人死者が出ていないと言うのは普通に考えれば奇跡に近い、けれども実際に死んでない以上、件の呪霊は何等かの縛りで呪力か術式を強化する代わりに死者を出さない様に成っているのだろうと推測された。
比較的マシだし放置で良いのでは? と上層部が考え始めた直後、件の呪霊は呪力が活性化する深夜だけで無く、昼間の球場も占拠し始めた事で早急な対処が必要だと判断される事になる。
6月9日はこの球場でプロ野球の試合が組まれているのだ、呪術と言う物を隠蔽する為にも、プロ野球と言う日本経済に置いて相応の地位を持つ興行を行う為にも、仮称:セ・リーグ呪霊を祓わねばならなかった。
ソコで派遣された4人目こそが庵歌姫、白き獅子を纏い己の骨肉で作られたバットを背負う女である。
彼女は現地入りすると、先ず同行した補助官を球場の音響室へと向かわせ、自身の応援している球団のチャンステーマを延々と繰り返し掛け続ける様に指示したのだ。
「さぁ来なさい! 全球バックスクリーンに叩き込んで上げるわ!」
初球、ド真ん中ストレートの剛速球を庵歌姫は宣言通りに、歌姫バットを使って黒い稲光を発生させながらホームランを勝ち取った。
黒閃をキメ
時折呪霊側の守備にファインプレーと言って良いだろう好守備が有ってトータルで18アウトを取られたモノの、その時点で獲得点数は11点黒閃は連続でこそ無いものの既に8回積み重ねていた。
普通の試合ならば7回に当たるアウトカウントに成って、掛かる曲は7を冠する某特撮ヒーローのテーマソングだ。
溢れ出すやる気、漲る呪力、既に彼女が自身に掛けた術式によるバフは消えているが、今まで相対したどんな呪霊と戦った時よりも調子が良い。
「さぁラッキーセブンの攻撃よ! このまま連続ホームランで33点取ってやるわ!」
彼女がそう叫んだ瞬間だ、丸で地の底から響き渡る様くぐもったけれども確かな声で
『なんでや! 阪神関係ないやろ!』
と、怨嗟と怨念をこれ以上無い程に含んだ絶叫が球場に響き渡った。
同時に打ち崩されたピッチャーを心配する様にナインがマウンドに集まっていく……そして半透明な亡霊選手たちが融合し1体の呪霊が姿を表したのだ。
黒いペンギンの様な顔、オレンジ色のウサギらしき顔、黄色い星に目と鼻と口が着いた顔、青いコアラの顔、青緑の恐竜とも鳥ともつかない毛むくじゃらな顔、そしてソレ等の中心に居座る獰猛そうな虎の顔……そしてその全ての顔が血涙を流している。
庵歌姫は野球もサッカーも好きなスポーツ観戦を愛する呪術師である、故にその呪霊が如何なる負の感情から産まれたか……ソレを直感的に見抜いていた。
贔屓のチームが負けた時の怒りと落胆、優勝確実と言われていたにも拘らずペナントレース後半でチームが総崩れし連敗に継ぐ連敗で最下位まで落ちた時の悲哀。
そうしたファンのモノだけではない、将来を嘱望されて鳴り物入りでプロの世界に入ったのに、ちょっとした不運から故障し復帰の目処が経たずに戦力外通告を受けた選手の絶望。
自身は活躍する事も出来ずに球団を去るしか無いのに、自分よりも下のドラフト順位だった者が順調にスター街道を駆け抜ける事に対する嫉妬。
プロスポーツの世界は表は確かに綺羅びやかな世界だ、活躍すれば一攫千金も夢では無い世界だ。
しかしソレはその陰に消えていった多くの選手たちの犠牲と、ファンの悲哀に依って成り立っているのだから、ソコに呪霊が現れない筈が無い。
「ココからが本当の試合ね! 全力でボコってやるわ!」
球場を見渡せば、先程まで居たゴースト選手は一人も居らず、少なく見積もって最低でも1級、ヘタをすれば特級と言われても不思議は無い程の呪力を放つ禍々しいマスコットを悪魔合体させたような悍ましい呪霊。
ソレを前にしても庵歌姫は怯まない、チャンステーマが響き続ける限り自分は無敵だ!
黒閃をキメ過ぎてハイに成り過ぎた彼女は今本気でそう思っている。
『儂が大正義!』
同様に呪霊の方も自分が負ける筈が無いと思っているのか、そんな叫び声を上げながらピッチャーマウンドから彼女目掛けて一気に間合いを詰め6対ある腕の一つを叩きつけ……様としてバットで打ち返され、再び黒い稲妻が走った。
本日9回目の黒閃で呪霊の腕が一つ消し飛び、続けざまに振り抜いたバッドが腹を捉え10回目の黒閃を経験し、6個の頭をつなぐ胴体が一度消し飛んだ。
「あはははは、凄い! 凄いわ! コレが……呪力の核心! コレが反転術式! そしてコレが私の術式反転!
短時間で繰り返された黒閃が彼女に呪力の核心を掴ませ、今まででは出来なかった術式反転をその場のノリで発動させた。
彼女がたった今発現させた単独無双と名付けられたソレは『デバフの強制』自身の呪力と呪力出力も下がるが、効果範囲内に居る者全てが彼女よりも更に強いデバフに晒される。
残念ながら目覚めたての今の段階では敵味方を区別したりする事は出来ず、効果範囲内全ての者を弱体化してしまうが、順転である
デバフ効果で呪力も出力も落ちた呪霊は、なんとか身体を呪力で再構成するが既に虫の息である。
一気に踏み込んで振り抜いた歌姫バットが快音を響かせると、呪霊はそのまま完全に砕け散り呪力が霧散し見事祓われたのだった。