畜生道に堕ちたと思ったら五条悟の飼い猫になった件 作:鳳飛鳥
夏の繁忙期が終わりそろそろ秋も深まる頃になって、やっと俺と九十九特級が保護したと言う雌猫との見合いの席が設けられる事になった。
繁忙期は1月くらい前には終わっていたのだが、見合いの相手と現在九十九特級が住んでいると言う新潟県で顔を合わせたいと言う申し出を聞いた御主人が、
「新潟と言えばコシヒカリの新米とノドグロだよねー」
と言い出した事で両方の旬が被る10月の頭に見合いを行う事になったのだが……
「何故、俺は料亭とかそういう場所では無く柔道場に案内されたんだ?」
校門に書かれた校名からここが『新潟県立岬商業高校』と言う学校なのは分かったし、ソコが
けれども何故猫の見合いでその学校の、しかも校庭に作られたプレハブ小屋の柔道場へと案内されたのだろう?
「え? そりゃうちの子が『自分より弱い雄の子どもを生むつもりは無い』って言ったからだけど?」
あっけらかんとそういう九十九特級と、彼女が連れてきた黒と白のハチワレと言われる柄の比較的大き目な雌猫。
「押忍! 自分より弱い雄に身体を預ける気はさらさら有りません! 自分に子どもを産ませたいなら、柔道で勝負っす!」
……何故猫が柔道なんだろう? そんな疑問を脳裏がよぎるが
「新潟って柔道王国って言われる程に柔道が盛んな土地柄でさ、猫柔道なんてもんがあるらしいんだよね。んで野良の縄張り争いすら柔道ルールで勝負するのが新潟市内なんだってさ」
「押忍! 自分より強いのは
俺は忍猫としての訓練を受け、対人体術は皆伝を得るだけの修行は積んできた、けれども柔道となると前世に中学高校と部活動でやってた程度でしか無い。
「審判はここの卒業生で、元オリンピック銅メダリストの
……マジか、あの三五十五だよ……やたら眉毛がゴン太い三五さん……柔道部物語の主人公じゃねぇか!
「なぁ御主人、俺は柔道の経験は今生では全く無いんだが? 慣れないルールの中で俺に勝てと? せめて事前にルールを知らせて置くとか出来なかったのか?」
「あー、三五さんのお寿司屋さんがちょー美味いって話を九十九特級から聞いて、すっかり忘れてた……メンゴ!」
超能力戦争を過ぎた辺りから御主人はなんというかノリが軽く成った気がする……俺の記憶が確かなら、こーなるのは夏油傑と袂を分かってからだった筈なんだが……大学で妙な連中に影響されたのか?
「あー、もしかして試合の事とか全く聞いてなかった感じっすか? ソレじゃァ
軽く嘲笑混じりにそういうハチワレに俺は流石に鶏冠に来た。
「高々五輪競技になった位で調子に乗るなよ柔道家! 甲賀流忍猫、五条ポチ推して参る!」
忍猫の体術は対人戦が主であり、猫同士の戦闘を前提に置いたモノでは無い。
けれども柔道自体は前世でしっかりと経験しているし、忍猫としての修行で培ったモノを応用するのは不可能では無い。
「新潟市内猫柔道雌王者、九十九ナスっす、よろしくおねがいします!」
人間の柔道ならば試合開始時には
「双方、正面に礼! 互いに礼! ……始め!」
猫柔道のルールは基本的に講道館柔道のルールに準拠するが、関節の構造の違い等から人間の時と同じ様に技を繰り出しても掛からない可能性が極めて高い……故に先ず俺が意識したのは2足歩行状態での重心の取り方だ。
ラーメン赤猫で働く猫たちはラーメンの入った丼の乗ったお盆を、頭の上に担いで店内を自由自在に動き回る、ソレが出来るのは忍猫としての訓練で身に着けた2足歩行時の正しい重心の取り方を身に付けているからである。
柔道に置いても投げられない為には真っ直ぐに立った上で両足を広く開け軽く膝を曲げ腰を落とす、自護体と呼ばれる立ち姿勢こそが基本とされている、コレは重心を低く安定させる事でどんな技を掛けられても投げられない様にする為の姿勢だ。
ナスちゃんという名前らしい彼女は一気呵成に攻め立てる為か、素早く間合いを詰めると右前脚の肉球で俺の首元を掴み、左の前脚はこちらの左前脚の肩より少し下を掴んできた。
猫柔道では柔道着を着用する事は無い、余程のデブ猫でも無ければ猫の毛皮は多少の余裕があり引っ張っても然程痛くは無いのだ。
(さて……取り敢えずはこちらも同様に組み手争いはせずに……っと? もう仕掛けてくるのか!?)
ナスちゃんは俺が彼女を掴むよりも早く早速一手目の投げを仕掛けて来るが、ソレは悪手だと言っておこう。
柔道に限らず投げ技と言うのは、力尽くでブッコ抜く事が出来る様な圧倒的なパワーの差が無いならば、相手の体勢を崩してからで無ければ基本的に投げる事等出来ないのだ。
だが恐らくナスちゃんは普通の猫よりも多くの呪力を持つが故に、呪力に依る身体強化で大概の相手に対してパワー勝ちしてきたのだろう……だからこんな不用意な背負投げなんて真似をしたのだ。
対して俺が取ったのは自護体を維持し前へと引っこ抜く力をきっちり受け止めてから、両前脚で相手の腰辺りを掴み後ろへと仰け反る様に一回持ち上げ、それから自分の腰に乗せる様に相手を畳の上へと落とす……前世での得意技の一つだった移り腰と言う技である。
「一本! それまで!」
大学では続けなかったが中高時代の俺の柔道は受けが強く、返し技の類を色々と覚えて使うと言うモノで、先生方には『汚い柔道』とか『自分から攻めろ』と散々言われていたモノだ……けれども今この場ではその頃の経験が役に立った。
「だー! ズルイっす! 今の絶対経験者の動きっす! 経験無いとか嘘じゃないっすか!」
一瞬、畳の上で仰向けのまま呆然としていたナスちゃんだったが、ガバっと音がするような勢いで立ち上がると猛然と抗議の声を上げる。
「猫柔道の経験が無いのは事実だぞ、ただ猫柔道の経験が無いのと武道の心得が無いのはイコールじゃない。俺はちゃんと甲賀流忍猫だと名乗った筈だ、忍びの体術の中には柔道の原型となった柔術の技術も当然含まれているからな」
半分事実で半分詭弁、甲賀流の猫体術にも確かに柔術を猫用にアレンジしたと思わしき技術は存在しているが、彼女を仕留めた移り腰は完全に柔道の技だ。
「悔しいっす! でも負けは負けっす! 今回はアンタの子を産んで上げるっす! でも、次もまた産ませたいなら、また勝負っす!」
……どうやら彼女とは1回交尾する度に試合をする必要があるらしい、まぁ猫そもそもとして番を作る動物じゃぁ無いし、結婚と言う文化自体が無い。
雌は発情期になれば周りにいる雄の中から比較的マシな雄を選んで交尾して、やる事やったら雄は用無しと言わんばかりに去っていき、雌は約2ヶ月の妊娠期間を経て仔猫を産み、その仔猫達も半年もすれば一人前の猫として独り立ちするのだ。
ちなみにペットショップで売られている仔猫は大体は生後2~3ヶ月の間で、その期間を過ぎると売れる確率がガクンと落ちる。
俺が保護猫活動のNPOに就職した頃は、そうした売れ残りの猫が保健所に持ち込まれ殺処分される、なんて事も多々有ったが、何度かの法改正でソレは禁止され多くの場合、売れ残りの猫は値引きや無料譲渡等の形で新しい家族を得る事が出来る様に成って来ていた。
俺が経営していた保護猫喫茶でも、そうした売れ残りの猫を何度か格安で譲り受け、里親に出した事もある。
需要と供給のバランス……と言ってしまえばソレまでだが、俺個人としてはどうしても『血統書付きの純血種』が欲しいのでなければ、生体展示をして居る様なペットショップで犬や猫を買うべきでは無いと思う。
「あ、自分、猫柔道が無い他の土地に行く気は無いんで、次もまた産ませたいならそっちがこっちに来て下さいっす」
「おっし勝負は着いたみたいだし、お寿司食べにいこーお寿司―、今日は何か良いの入ってる?」
「今日はノドグロの良いのが入ってますよ。あとは戻り鰹と秋刀魚も美味いですねー」
「んじゃ、取り敢えず後はお若い2人に任せて私達はお寿司食べに行こっか―。じゃぁナスちゃん、後から迎えに来るからねー。ごゆっくりー」
……ちょっと待て! この流れは真逆今此処で致せと言う事か?
「……子ども作りたいんっすよね? 自分、昨日から発情期始まってるっすよ? ほーら勝者の取り分っす……自分、初めてなんで優しくしてくださいね?」
無慈悲にプレハブ小屋の扉は閉じられ、更には施錠する音も聞こえた……どうやら俺は逃げる訳には行かないらしい……こうして俺は2度目の