フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
ベル・クラネルの兄はスケベモンスターである。
弟には内緒にしているがスケベの権化だ。
一方で現実的なスケベでもあることから、弟に対するアドバイスはわりと地に足着いている。
「真面目に付き合うなら三人まで。俺にはそれが限界だ。ハーレム目指すっていうなら、英雄にでもならないと無理じゃないかな」
久しぶりに帰省してきた兄は、
「さ、三人も恋人ができたの……?」
「いや、三人目はまだ探し中……恋愛って難しいな」
そう言って、今度は
名前はフェア・クラネル。
年齢はベルより四つ上の十八歳だ。かの英雄の都、迷宮都市オラリオで冒険者をしている。
「えっと、一人は……その」
ベルはチラチラと兄の隣に視線をやった。
白いエルフの女性が、
「私は恋人ではない。ただの元同僚だ」
「難しいよなぁ……つれないんだよこの人。結構付き合い長いのに、おっぱい揉むとブチ切れるんだよ」
「今、ここで、消し炭にするぞ貴様」
能面のような表情で脅迫を始めた彼女、名前はフィルヴィス・シャリアという。
フェアとは同じ【ファミリア】の同僚だったらしい。【ファミリア】というのは神の派閥の意で、モンスターと戦うための力──恩恵を授かるには派閥に入るのが手っ取り早い。
そして、オラリオという場所は強い【ファミリア】が集まっている、世界で最も強い都市である。直下にダンジョンがあるので迷宮都市。ダンジョンはオラリオが独占しており、都市外の勢力が勝手に探索することはできない。
「ほら、難しいだろ女って。怖いんだよこのお姉さん。銀の聖女様の優しさを見習って欲しいよほんと」
「お前、その聖女にも激怒されていただろうが。おいそこの弟。お前はこんな風にはなるなよ。功績が台無しになるレベルの駄目な男だ。人間として参考にしてはいけない」
フィルヴィスは静かな声で助言をしてきた。
ベルはコクコクとうなずき、兄の肩を持とうなどとは思わなかった。思えなかった。怖くて。
「しかし、まさかお前の祖父が亡くなっているとは。時の流れは無常だな」
「フィルヴィスさん、老衰じゃないから。それに事情は話したろ。またいつか会えるし、悲しむ必要はないさ」
またいつか会える。それは死んだ後のことを言っているのだろうか。ベルは少し目線を下げた。
半月前、最愛の祖父が天に召されてしまった。朝、畑仕事に向かって、そのまま帰ってこなかった。道中でゴブリンに襲われ、崖から落ちた後に捕食されたそうだ。遺体も残っていなかったから、墓には服とかエロ本とかを埋めることしかできなかった。
「ベル、オラリオに来るなら気をつけろよ。あそこは変態が多いから、いたずらに交友関係を広げるのはオススメできない」
「こういう変態ならまだいいが、中には幼い少年にしか欲情できないような輩もいる。くれぐれも、貞操には気をつけることをオススメする」
悲しんできたら兄が女連れで帰ってきて、少しの間は一緒にいてくれることになった。オラリオに行ったっきり一度も戻ってきていなかったのだが、今回はちょっと疲れることがあり、ダラダラするために外に出てきたとのこと。
予定では、明日には迷宮都市に戻ることになっている。ベルも一緒に行きたいと申し出たのだが、ダメだと言われて結構悲しい。理由は『お前のボーイミーツガールが始まるかもしれないだろ』、ということだが、まるでわけがわからない。
「はぁ……気が重い。迷宮都市に戻ったら、どうせまた駆り出される。年中ダンジョンの日々が始まるだろう。私は憂鬱だ」
「深層案件はやめて欲しいな……ちょっとした不運で捕食ルートに入っちゃうから」
ベルは「ほえー」とアホ面を晒す。
世界が違う会話に入っていけない。
深層というのはダンジョンで最も危険なエリアとされており、歩いていたら地面が爆発したり、恐ろしいモンスターが飛び出してきたりするらしい。暴風、熱風、地震、津波などなど、災害レベルの異変は日常茶飯事で、普通に前進するのも骨が折れる。そういう恐ろしい場所のようだ。ベルは行ったことがないからイマイチ実感がないが、まあいいかと思っている。
「私はそろそろ寝る。ついてくるなよ。お前は弟と話でもしていろ」
「背中で語れば良くない?」
「そういうのは戦場だけにしろ。言葉にするのは大切なことだ」
ぶっきらぼうなエルフは空き部屋に向かい、中からガチャリと鍵をかけた。
兄は肩をすくめている。
「冷たいけど、いい女だろあの人。あの【ファミリア】に入って良かったなって思うのは、フィルヴィスさんを絆すことに成功したことだけだな」
兄の【ファミリア】は消滅済み。主神が実は邪神だったから捕獲しようとしたが、逃げられてしまったとのこと。縛り上げて閉じ込めていたはずが、眷族の一人と一緒に逃げ出してしまったそうだ。
「兄さんよりも強いんだよね?」
「攻撃力は高いな。銀の聖女がいない状態でフルパワー爆撃されると、俺は瀕死になる」
フェアは「は……」とたそがれた。
二人ともLv.は5。世界でも上位クラスの能力を持っているが、この兄は攻撃力に難がある。代わりに耐久性能が高く、第一級冒険者になれたのはそのお陰だ。特殊なスキル持ちのため、銀の聖女と呼ばれる
「フィルヴィスさん、あんな可憐な見た目ではあるけど、やべー女だから。特に殺傷力がやばい」
「さ、殺傷力……」
冒険者、というか恩恵を持っている人間というのは見た目によらない。見た目がショタや幼女だったとしても、戦ったら超強かったです殺されました、というのは全然有り得る話である。
「ベル、お前は普通に、気立てのいいヒューマンの女性を三人くらい娶りな。それで幸せになれるから、多分」
「僕、できればエルフがいいんだけど……」
「それなら【アストレア・ファミリア】のリューって子を狙えばいいよ。俺はあんまり接点はないけど、多分お前と相性いいんじゃないか。知らんけど」
とりあえず顔はいいし金髪だ。あとブルマ。
そのようにオススメされたベルは、リューという名前をメモしておいた。金髪エルフはベルの夢のひとつである。
「そういえば、兄さんはお義母さん達には会ったんだよね? お義母さんとおじさん、今はどこにいるの?」
「わかってたら連れてきてた。連れてこれるかどうかはともかく、呼びかけはしてたな。残念ながらわからん。生死も不明だ」
ベルはしゅんと目線を下げた。
お義母さんというのはアルフィアという女性で、小さい頃は一緒に暮らしていた母親代わり。血縁上は叔母にあたる。おじさんというのはザルドという大男で、血縁関係はないが家に住み着いていた。ベルは二人のことを実の親のように慕っていたが、ある日いきなりいなくなってしまったのだ。
消息に触れることができたのは去年の暮れだ。
兄から手紙が届いて、二人と会ったことを知らされた。しかし、再会してすぐに姿をくらませてしまい、行方は今も不明である。
「まあ、お前が英雄にでもなれば、ひょっこり出てくるんじゃないか? 殺しても死なないような人達だし、どうせしぶとく生きてるさ」
外から梟の鳴き声がきこえたきた。
兄は瓶に直接口をつけて、ゴクゴクと中身を飲み干す。ベルは黙って兄の話を聞いていた。英雄になればまた会えるかもしれない。その希望はあってないようなものだが、やれるだけやったみようと思った。
昔からの夢、英雄になること。
実現できるかどうかはともかく、夢を目指すのは自由である。
◆
フェア・クラネルは謎の多い存在だった。
十歳で酒神ディオニュソスの眷族となり、【ディオニュソス・ファミリア】に加入。冒険者になった直後からやたらと耐久性能が高く、当時の団長は盾役として育成しようと考えていたようだ。
そこまで焦るつもりはなかったようだが、フェアはとにかく言うことを聞かないワンパク野郎で、約束を破って何度もダンジョンに特攻。一年と少しでLv.2への昇格を果たしたが、有名にはならなかった。
主神はフェアを秘密兵器にするつもりだったようで、ランクアップをギルドに報告することはなく……それでは名前が売れるわけもない。
そんなわけで最初、オラリオ生活は彼的には平和だった。実力を知る者はごく一部で雑音は少なく、過ごしやすい日々が続いた。
そうして、しばらくは【ファミリア】で面白おかしく過ごしていたが、四年前に主神が邪神であることが発覚。縛り上げてギルドに突き出そうとしていたが、仲間の裏切りにより逃亡されてしまう。その直前に、団長を筆頭とした派閥の幹部達が軒並み死亡する事件が起こっており、心を痛めていた矢先であった。
その後はフィルヴィスとダンジョンで憂さ晴らしをするようになり、あいつらヤベーと噂されるようになった。
「戻る前にお前に言っておくことがある。三人目は要らない。仮にも私に求愛したのなら、もっとまともな行動をしろ」
オラリオへの帰り道。
馬車の中で叱られたフェアは、さっと目を伏せて沈黙した。
しかし、今の言葉をよく考えると、あることが分かる。三人目は要らないということは、二人目まではオッケーということだ。いつか両手に花をやらせてもらおうと、密かに計画を立て始める。
「求愛というか、自分で言うのもなんだけど襲っただけじゃ……よく成功したよね。階層主を単独で倒すより凄いことじゃない? 冷静に考えると」
「お前、自害しそうな雰囲気だったからな。そんなことをされるくらいなら、一度きりの辱めと甘んじて受けたまでだ」
一度きり、と澄まし顔で言っているが、このお姉さんは何回もヤラせてくれた。
エルフは極めてガードが硬い種族だが、一度破壊してやれば弱い。そのことを身をもって実感させてくれる、素晴らしい女性である。
「私は屈服させられたわけではない。そこのところ勘違いされては困る」
「いつでも屈服できるくらい強くなりたいなー」
「冗談ではない。そんなことになったらお前、同意とか関係なしに乱暴するつもりだろうが」
フィルヴィスは真っ赤な瞳を細め、軽蔑の感情を放ってくる。
よくわかっていらっしゃる。
フェアは満足そうにうなずいた。頭を握りつぶされそうになったのでセクハラしたら、焼かれた。