私の周囲は水没してます。
「【
美しい妖精の
蜂蜜色の髪を揺らすアリシアは銀閃を描いた。詠唱と同時進行で振り向きざま、怪獣鳥『ヒッポグリフィン』の鋭い
『ギャェエエエエエッッッ!!』
「【ヘイル・ダスト】!」
そして、左手で突き出される
魔法の完成、一斉掃射。
『ギィヤァァアッッ!』
「──ッ!」
破れかぶれに振るわれた怪鳥の爪を、アリシアは上体を逸らして回避した。
蜂蜜色の前髪が空中に散らばり、
『ギィヤアッ!?』
「無駄です! 消えなさい!」
ぐらり、と体勢を崩した
瞬間、発生した
『『────アァッ!?』』
『ギェアァァァァァァ──────ッッ!』
十を超すモンスター達が灰粉に還る。
小型種認定されていながら牛ほどの巨軀を誇る『
「はぁ……はぁ……はあっ…………ラウル!
「わかってるっす!」
「ラウルさん、三時の方向! 新たなモンスターが来ます!」
「イリーナ! この距離なら追いつかれない! 相手する必要はないっす! 来た道を引き返して、最短ルートで上へ向かう!」
盾役を務める前衛の少女の叫びに、ラウルは即断即決した。
モンスターの群れに襲われやむなく進路を変更したが、現在の位置からなら引き返した方が早い。
およそ三〇
そこは白い光に満ちていた。
いくつもの丘が連なっている38階層の、上との連絡路付近に存在する
正規ルートから逸脱しているこの空間の名は、『氷天の
床も、天井も、全てが氷の結晶。至る所から溢れ出ている美しい光が、ルーム全体に乱反射している。天候どころか昼夜も変わる38階層にあって、白昼を貫いている広大な空洞。
「アリシア、おかげでかなり回復した! ここからは私達が後ろに回るから、少し休んで!」
「多分あと少しだ、殿は俺達が見るから、お前は魔法で援護してくれればいい!」
一時は戦闘不能に追いやられていたLv.4の少女、ナルヴィ。そして、獣人の青年ナイトが決意の表情で申し出る。
「我々も手伝おう。【ロキ・ファミリア】」
「ああ。何も出来ないままでは、ヘファイストス様に顔向けできん」
さらには、二人に続いて前衛職もこなせる三名──【ヘファイストス・ファミリア】から同行している上級
かなり出血が酷かったから血が足りていないはずだが、それでも瞳は闘志に燃えていた。
アリシアは「感謝します」と短かく答える。
ここに来て士気が上がっていくパーティの様子を、山吹色の妖精の少女、レフィーヤは息を切らしながら見ていた。
(魔力がどうのじゃない……冒険者としての胆力が違う……ラウルさんとアリシアさんがいなかったら、多分、全滅してた)
大魔導士の後継者と言われるようになってしばらく経つが、ここに来て力不足を強く感じる。
単純な火力や魔力量は確かに大事だ。先頭に直結する重要な要素。しかし、それ以外の部分、判断力であったり決断力であったり、意志の強さであったり──先達達との差はまだまだ大きい。そのことを改めて実感させられた。
「レフィーヤ、大丈夫ですか。順調にいけば、もう一時間もかかりません。
近くにやってきたアリシアは、疲労の色を滲ませつつも優しく元気づけてくれた。
この状況で自分がパーティを引っ張る立場になったとしたら、今のレフィーヤに同じことはできない。きっといっぱいいっぱいで、どうしようもなかったはずだ。自分だけのことならまだしも、十五人パーティなんて無理。自分含め、それだけの命を預かることは、今のレフィーヤの度量では厳しい。
「そうですね……リヴェリア様に失礼なことをしたので、私はあの人は嫌いですけど」
だが、軽口くらいは叩くことのできる余裕は戻った。まだいける。レフィーヤは無理やり笑った。
嫌いなのは事実だ。なぜなら王族に軽々しくボディタッチするから。それも異性に。
「ああ、虫がついているなどと言って、気安く髪を触った例の大罪についてですね。手が滑ったなどと抜かして頬に触れてもいましたか……私からしてもあれは許し難い蛮行。万死に値すると思いますが、今は非常事態です。彼は男性としても人としても……ですが、冒険者としては信用できると思いますし」
アリシアは怖い顔になった後、ぶんぶんと顔を振って、少し長い息を吐いた。
走り出して間もなく、白い曲がり角の向こう側はひどい有り様だった。
爆散した迷宮壁が崩れ落ち、巨大な氷の欠片が瓦礫となって
「通ってきた道が……」
「あなたの魔法が強すぎたんですね、レフィーヤ……」
「原因は私ですか!?」
「敵の数が多かったとはいえ、上を目掛けて力任せに吹き飛ばしたりするからです」
「……ごめんなさい」
外に繋がる
「──みんな! 右へ! 少し遠回りになるけど左よりはマシっす! 行こう!」
ラウルはここでもすぐに判断した。
叫びながら先陣切って走り出し、向かって右の通路に向かう。
レフィーヤはアリシアと頷き合い、移動を始めたパーティの流れについていく。
心はそこまで乱れなかった。
事ここに至って、この程度の
◆
そういえば、かつて
混沌だとか殺戮だとか、そんな
たとえば八年前。
ギルドの注意を引くため、ダンジョンに神を連れていって騒ぎを起こした。驚くべきことに上層に階層主が産まれ落ち、害虫共が蹴散らされていく様は壮観だった。
だが、あの時は不愉快なこともあった。
英雄の器を示した子供がいたことだ。Lv.1のくせに階層主の異常種の一撃を受け止め、あろうことか死ななかった。悪運の強いその子供は、救援が到着したこともあって生き延びたのだ。
自分の手で屠ってやりたいところだったが、『お前は出るな』と命令を受けていたためそれもかなわず。あの頃はまだ、邪神の命に従っていたから。
『四年前よりも出力が上がっている。比べるべくもないほど、貴方の分身は進化を遂げた。そう考えてよろしいのですね?』
『ええ。もちろん。頑張って改良したもの。だから上手く使いこなしてね、オリヴァスちゃん?』
『勿論。期待に応えることを約束しましょう』
オリヴァスは振り返ると、目線を下げ、静かに両膝を床へ落とした。誓いを捧げるように、忠誠を示すように。
そんな彼を見下ろすのは白い修道着の女。
目巻布の下に隠れた瞳は見えない。
『四年前は【フレイヤ・ファミリア】によって苦渋を舐めさせられた。しかし、今回奴らは手が出せない。気づいたとしても、今度こそ間に合わない』
オリヴァスは唇の形を三日月に変える。
四年前。二十七階層。
あの頃もまだ、混沌や殺戮といったくだらないものに惹かれていた。拘っていた。自らの快楽を満たすことしか頭になかった。
この
想いが、愛が、忠誠が。全てを捧げたいと願うほどではなかった。しかし、精霊の一部となったことで想いは高まり、愛も忠誠も確固たるものとなった。この御方と肩を並べる『精霊』は、オリヴァスを新たな存在にしてくれた。この御方もそれを手伝ってくれて、新たな力を授けてくれた。だから、現在のオリヴァス・アクトは二人の女性のために生きている。彼女達の望みを叶えるために。
『アリア以外は餌にしてよろしいのですね?』
『ええ。別に構わないわよ〜。どうせ最後は
オリヴァスは立ち上がり、女の背後、上方を見やった。
氷の中で動きを止めている何か。
それは肉だった。人の形をしていた。脈を打っていた。──ドクンドクンと、巨大な
『
耳をくすぐるソプラノの声に、オリヴァスは再び頭を垂れた。
全てをこの御方に捧げたい。今すぐに差し出してしまいたい。そんな渇望を抑えながら、尽力を約束するのだった。
◆
フェアとリディスは38階層に入った。
瞬間、目に飛び込んできたのは
獣人の青年の片腕は半分ほどもげており、前衛職を中心に装備はボロボロ。それでもどうにか死人を出さずにいられたのは、【ロキ・ファミリア】の日頃の鍛錬の賜物だろう。
フェアはリディスと協力して、速やかにモンスター共を蹴散らした。ついでになぜかヒュアキントスもついてきたが、それは有難い誤算──非常に助かる話であった。
満身創痍の冒険者の数は概ね
そして、ヒュアキントスはサポーターとしてパーティに同行していたことから、回復薬がたっぷり詰まったバックパックを持っていた。
「すまん……何て言ったらいいのか……俺は、俺達は無様に逃げ回ることしか」
「いいよクルスさん。仕方ない。とりあえずここで休んでてくれ。防御結界は張っといたから、二日くらいなら持ちこたえられると思う。ヒュアキントスさんを置いてくから、何かあったら協力してくれ」
獣人の冒険者、クルスはLv.4。ここまで馬車馬ように働きまくり、散り散りになった団員を拾いつつ階段付近に辿り着いていた。
今、フェア達が立っているのは
ここから後退すれば、三十分もかからず上り階段が見えてくる。上の階層に退避できるわけだが、移動はしない方がいい。退避が退避にならないから。
Lv.4数名のパーティで大勢を守りながら突っ切るのは自殺行為。この空間はモンスターの出現頻度が低いし、結界も張らせてもらった。
「……なぜ【アポロン・ファミリア】が、という疑問は置いておこう。それよりも、実際に見ると凄いな……お前の結界魔法は」
クルスはぐるりと周囲を見渡す。
破壊され尽くした迷宮壁の内側。冒険者達を守るように、半径10
フェアの魔法、【シレンティウム・フォール】。
皮肉にも八年前のゴライアス事件の後に発現した、物理的にも精神的にも効果のある結界魔法だ。フィルヴィスの精神を守っている大切な魔法であり、場合によってはこんな使い方もできる。ただし、物理的な防御結界は永続はしない。
クルスに伝えたように、限度は二日くらいだ。過負荷状態に陥るとその前に消滅するが、中にいればモンスターが襲ってこない便利な効果がある。この階層でも試したことがあるので、大丈夫なはずだ。
「
「やめてくれ。アミッドさんとお似合いだって言われるのは超嬉しいけど、俺はあの人ほど凄くないよ。戦場にいて役に立つのは、彼女の方だから」
フェアは少し目を瞑る。
胸に溜めていた息を、フッと静かに抜いた。肩の力を抜いて、首を鳴らして
「しかし、連続して分断されたなんてね。悪意しか感じないな、ダンジョン」
クルスの話によれば、進行途中で突如として
分断に次ぐ分断。それだけでは済まず、瀑布の如き水流に流される途中、クルス達は更に分断されたらしい。もう笑うしかない。
「正直、悪夢だった……」
「正直に言わなくても悪夢でしかないだろ……とりあえず無事で良かったよ。それじゃ、後は俺とリディスさんに任せて休んでてくれ。まずはラウルさんやアリシアさんを探してくるから。ガレスさんが残ってるなら問題ないとは思うけど、何があるか分からないし急ぐとするよ」
フェアはクルス達に片手をあげると、軽食を食べ終えたリディスを伴って結界を出た。
ヒュアキントスがなにか言いたげに見つめてきたが、気持ち悪かったので無視。男の上目遣いなど気色悪いだけであった。
モンスターは今のところ産まれ落ちていない。
このまま通路を抜けて、丘の領域──『水雷の丘』まで一直線でいきたいところだ。
「『水雷の丘』が広域崩落って、有り得ないでしょ。聞いたことも見たこともないよ、第一級冒険者が沢山落とされちゃうほどの
リディスの幼い顔が苦々しげに歪む。
「きな臭いどころか、既に燃え盛ってるねこれは。とんでもないスリルを感じることになりそうだけど、大丈夫? 捌け口とか欲しくなるんじゃないの?」
「あー、それはそうですね。俺達がここに来るまでのことを考えても、燃え盛ってるのは間違いなし。命の危険を感じる」
「死なないでよ?」
「死にには行きませんよ。死なない約束はできません。俺は『冒険者』ですからね」
長い通路の出口に金色の光が見えた。
落雷の音が連続する。聞いていた通り、現在の天候は『嵐』のようだ。気温は下がっていたとの話だったが、どうも蒸しているように感じる。普段から湿度も気温も高めではあるから、
「そうだね。私達は『冒険者』だ。──最優先は私達の命。それは守ってね。ヨロシク」
「オッケー。まあ、いつも通りってことで」
彼女の言う通り、自分達は『冒険者』。
そして、このヒリついた感じは『冒険』の醍醐味のひとつである。不謹慎な話だが、全身が冷えていくこの感覚が、フェアは結構好きだった。
「景気づけにお
「ガチ揉みはさせてくれないでしょ、うっかり期待してもガッカリするだけだから、やめときます」
合法邪ロリのお姉さんのせいで、台無しであった。
彼女いわく『指どころか色々飲み込めるよ』とのことだが、無理矢理試そうとしたら破滅させられそうなので、鉄の心で我慢。ところでフィルヴィスの心配はしなくていいのかという話だが、エルフ嫁の強さには絶対的な信頼を置いている。
そりゃあ近くにいた方がいいが、今回に限っては別なのでこれで良かった。
「フィルヴィスよりおっきいよ? そういやあっちは大丈夫かね? 心配にならないの?」
「向こうはアレンさんに爺さんもいる。シャクティさんも。こっちよりはよっぽど安心でしょ。それに、フィルヴィスさん来たくなさそうだったから、この振り分けで正解だったと思う」
「あー、やっぱり? おかしいと思ったんだよね。普段なら君の隣をキープしてるのに」
37階層で別れた時、フィルヴィスは自然な動きで神を追いかけたようにも見えたが、あれは
彼女は精霊に汚されてから、それまでに比べて勘が鋭くなった。特にダンジョン内で。
今回も何か感じ取ったのだろう。意識して行動したのかそうでないのかはわからないが、フェアの目には
リディスが言うように普段は絶対にしないような行動だったので、理由付けをするとそういった感じになる。
「……さぁて、入口だ。無駄話はここら辺にして、ガンガン進んでいきますか」
「うっわめっちゃ蒸してる……いきたくねぇ」
「おいしっかりしろLv.6」
さて、あれこれ考えるのはここまで。
ぽっかりと開いた通路の出口から、二人は外に飛び出した。瞬時にずぶ濡れになって、ゲンナリした。
◆
アリシアにしろラウルにしろ、『氷天の
だから、入口付近の構造は把握していたし、迷ってしまうようなこともなかった。
現在地は北西。広い氷の回廊には見覚えがある。このまま一本道を進めば外に出られるはずで、実際、遠くには嵐の景色が見えていた。
「これは一体……」
「アリシアさん、なんですかこれ……私はここに来るの初めてですけど、前はなかったんですよね……? こんな壁、いや、
五〇〇
そこで【ロキ・ファミリア】は足を止めた。巨大な氷の壁の中に
巨人。形状は女。恐らく、超大型のモンスター。
首は前に折れて俯いている格好。修道女を思わせる着衣を身につけており、顔に該当する部位は大きな
一緒に氷漬けになっているのは四本の錫杖。
白く清らかな光に照らされ、周囲一帯には
「な、なんすかこれ……やっぱり、怪物?」
ラウルが声を震わせる。
どれだけ神聖に見えても、ここはダンジョン。そもそも巨大な女型などまともな存在であるはずがない。
レフィーヤは一瞬
ダンジョンの中にあって神聖。
怪物で間違いないのに、見ていて心が洗われるような気持ちになる。そういったチグハグさを認識した途端、おぞましいものを感じてしまった。
「アリシアさん……」
「ええ、モンスターで間違いないでしょう…………無闇に刺激しないようにして、速やかに進むべきです。関わってはいけない。ラウル、私はそう思います」
巨大な錫杖は極東の菩薩、巫女といった存在を連想させる。
同じような格好をしている極東人を、アリシアは見たことがあった。
「そうっすね……みんな、行こう。このモンスターについては、団長達と合流した後に伝えて──」
ラウルはアリシアに頷き返す。
そして、歩みを再開させようとした、その時。
『モンスターだと? 馬鹿め。貴様らは本当に救いようがない。どこまで
仄暗い、男の声が投じられた。
「「!?」」
パーティの中の誰のものでもない、重々しい声に一斉に振り向く。
不規則な間隔で伸びているいくつもの柱。
そのうちの一本の陰から姿を現すのは、全身白づくめの男だった。
『彼女の神聖を理解できないとは、哀れなことだ。教えてやるから覚えておくがいい。神をも超える存在の写し身……それが彼女だ。必ずや、彼女は新たな世界を切り開くだろう』
虚ろな目で女型の怪物を見上げる、退廃的な男。
真っ先に反応したのはアリシアだった。みるみるうちに顔面蒼白となり、剣を構える。
「あ、あなたは……嘘でしょう。なぜ……」
「あ、アリシアさん……?」
レフィーヤはうろたえた。
こんなところに出てくる怪しい男など、十中八九まもとではない。敵で間違いないとさえ思ったが、一方でアリシアの反応が過剰すぎるとも感じたからだ。
ここまでは気丈に振舞っていたのに、一瞬で呼吸を乱して臨戦態勢。一体どういうことなのかと成り行きを見守っていると、疑問はすぐに明らかになった。
「──【
その悲鳴じみた叫びに、レフィーヤの紺碧色の瞳が見開かれる。
オリヴァス・アクト。名前だけは聞いたことがある、今は消滅した【
それが、生きていた?
死を偽造して隠れていた?
『そうだ。私は蘇った。そして、貴様らもすぐに私と同じようになれる。案ずるな。恐れるな』
「な、にを……」
「アリシアさん! 話にならないっす! 襲ってくるなら戦うしかない! 四年前の推定Lv.はせいぜい
言葉を失っているアリシアの横で、ラウルが勇ましく声を張る。剣先をオリヴァスに向けた。
『恐れるなと言ったはずだ。目が怯えているぞ、冒険者』
「うるさい! お前がどうやって生きていたのかは分からないけど、何かしようというなら倒させてもらう! オリヴァス・アクト!」
その絶叫に、オリヴァスは笑い返す。
『そうか。そうか。私を倒すか。いいだろう、やってみろ。【ロキ・ファミリア】』
真っ白な腕を広げ、丸腰で一歩、二歩と近付いてきた。そして三歩目。
これ以上は近づかせまいと、ラウルが果敢に飛び出す。
「──ッ!」
「!? ラウル! 待ちなさい!」
アリシアの静止が背中を叩くも止まらない。
いくつもの氷の破片を踏み潰し、彼我の距離を一瞬で殺す。
手を広げたまま反応しないオリヴァスの肩口に、銀の剣閃を叩き込んだ。
「──はあっ!」
『むうっ──』
そして、振り切った。
肩口から腰の下まで、肉を断った。
病的なほどに白い体は、ぐらりと傾いた。
しかし、
「なっ!?」
『神の眷族に、私は殺せぬ』
切り裂いたはずの肉が、
血が流れることすらなく、何事も無かったかのように傷口が塞がる。
「──ッ!?」
『死ね』
オリヴァスは右腕を振るった。瞠目するラウルの胸ぐらを掴み、
反撃も防御も許さず、恐るべき腕力をもって、Lv.4の体を氷の上に叩きつけた。
「ガッッ!?」
「ラウル!」
無数の氷片がうきあがり、青年の背中が氷にめり込む。異常だった。速度も力も異常というほかなかった。
Lv.3どころか第一級冒険者を思わせる圧倒。
ラウルは咄嗟に後退しようとしたが、胸を踏みつけられて封じられる。「かはっ」と口から赤い液体が噴出した。
「──レフィーヤ! 援護を!」
「アリシアさん!?」
殺される──。
レフィーヤが硬直する中、血相を変えたアリシアが飛び出していく。
細い体が加速する。蜂蜜色の美しい髪を激し揺らし、踵で氷の床を踏み抜いた。
「離しなさい、オリヴァス・アクト!」
『貴様も第二級冒険者程度か。いいだろう、来るがいい妖精の娘』
アリシアは穏やかな瞳を吊り上げた。
踏み込んで斜め上に飛び出し、一閃する。オリヴァスの首の肉に亀裂が生じ、更に
『──』
「はあっ!」
続けて、刺突。
心臓があるべき部位を貫き、力強く右に振り切って肉を裂く。ぐらりと首をもたげたオリヴァスは、ふらふらと後退していく。
「誰かラウルを回収しなさい! この男は私が抑えます! 【凍る空、天上の蒼雨。森を彩る白氷よ、浅ましき蛮族を
『そうだ……試してみろ。そして思い知るがいい。己がどれだけ矮小な存在であるのかを』
妖精の歌が響き剣の舞踏が加速する。
レフィーヤは無我夢中でラウルを抱き起こすと、駆け寄ってきた治療師の少女に預ける。意識はあるが行動不能。痙攣して何度もを血を吐く。
「ラウルさん! しっかり!」
「リーネ、お願いします! 私はアリシアさんに加勢します!」
「レフィーヤ! 前に出ないで! 私達が出るから、レフィーヤは詠唱!」
遅れて動き出したナルヴィら前衛職が、アリシアの加勢に向かう。
たちまち出来上がる三対一の構図の中で、妖精の詠唱が完成した。
「【凍てつけ冬の
『全て受けてやろう、全力で来い、冒険者』
光球体から放たれた蒼い光は、オリヴァスのみを捉えて四方八方から驀進。
精一杯の
『大した気迫だ。しかし、私は言ったはずだ』
飛び散る氷片、発生する煙、空気が凍りつく中で『声』が響く。
オリヴァスの顎が再生し、次に右足が、左腕が、胸の傷が塞がり、弾け飛んだそばから耳が生えた。
蜂蜜色の妖精の瞳があらんばかりに見開かれる中、オリヴァスの右腕が動く。恐るべき速度で掌底を突き出し、アリシアの頬を撃ち抜いた。
「っ!? ──がっっっっ」
「アリシア!?」
隣で戦っていたナルヴィが凍り付く。【ロキ・ファミリア】の団員達から悲鳴が上がった。
オリヴァスは跳躍すると、空中に投げ出された妖精の体へと一直線。首根っこを掴むと、力任せに振り回して、
「────」
『弱い。弱すぎるぞ妖精』
びりびり、と首根っこから着衣を引き裂き、ぶん投げた。
無惨に引き裂かれた布が宙を舞う。
オリヴァスは着地を果たすなり、脱力して落ちてくる妖精を見やった。切りかかってくるナルヴィ達をいとも簡単に振り払うと、落下してきたアリシアに急接近する。
「──ぁ」
『もういい。無様を晒して果てていろ』
今度は細い右腕を掴むと、握った。
肉の内側から、ミシミシと嫌な音が鳴った。
「ぃ、ぁ──ぁああああああああああああっ!?」
『──ぬんっ!』
そして、終幕。
アリシアは怪力で振り回され、頭から壁に叩きつけられて沈黙。
ぷしゅっ、と。
口から血潮が吹き出し、糸の切れた人形のように弛緩する手足。妖精の眼球は裏返った。
◆
「リディスさん、血痕だ。足跡も残ってる。誰のかはわからないけど、正規ルートから外れたな。多分、氷天の大壁だ」
大嵐が荒ぶる丘の麓。
フェアは片膝をついて地面を見ていた。
ほんの僅かではあるが、血の跡と足跡を発見したのだ。しかし、それもすぐに消えた。丘の上から大量の水が流れてきて、洗い流してしまったのだ。
「っ……ったく、少しマシになったかと思ったらすぐこれだ。いくらなんでも酷いぞ、今日の天気は」
「ね。何から何までめちゃくちゃだ。でも、完全に消えちゃう前に見つけられたのは僥倖だった。痕跡がなければ後回しにするつもりだったからね、氷天の大壁は。正規ルートから外れてるし」
ちらりとリディスの顔を見あげた後、フェアはゆっくりと立ち上がった。
「モンスターの大群にでも襲われたんですかね」
「わからないけど、行ってみるしかないでしょ」
「ですね。じゃあよろしく。引き続き背中は任せますんで」
「オッケー。そうだ。今言っときたいんだけど、帰ったら」
「何言うつもりかは知らないですけど、死亡フラグになりかねないからやめて。姉さんに死なれたら立ち直れないから、俺」
「あ、今きゅんときた。しゅき」
「うるさいよ。さっさと行くぞ邪ロリ。そんなことばっか言ってると敬うのやめますからね」
ふざけた女を冷たくあしらい、目的地に向かって走り出す。
死なれたら立ち直れないのは本当だ。
フィルヴィスもダメだが、リディスもダメである。
抱いたことがあろうがなかろうが関係ない。
原作冊分って何文字くらいなんですかね?
本編1巻は大体16万くらいだった気もするけど、巻によってかなり差があるんだようなぁダンまち。