フェア・クラネルの嫁作り   作:パーンダ

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【√B】アリシア② ー endure pain

「【凍(い)てつけ、冬の爆鎖(ばくさ)】!」

 

 美しい妖精の呪文(うた)が紡がれる。

 蜂蜜色の髪を揺らすアリシアは銀閃を描いた。詠唱と同時進行で振り向きざま、怪獣鳥『ヒッポグリフィン』の鋭い嘴(くちばし)を両断する。

 

『ギャェエエエエエッッッ!!』

「【ヘイル・ダスト】!」

 

 そして、左手で突き出される短杖(ワンド)。

 魔法の完成、一斉掃射。

 

『ギィヤァァアッッ!』

「──ッ!」

 

 破れかぶれに振るわれた怪鳥の爪を、アリシアは上体を逸らして回避した。

 蜂蜜色の前髪が空中に散らばり、戦闘衣(バトル・クロス)の一部も宙に舞う。

 

『ギィヤアッ!‍?』

「無駄です! 消えなさい!」

 

 ぐらり、と体勢を崩した怪獣鳥(ヒッポグリフィン)の頭上、光球体(スフィア)の蒼い光が巨大なルーム内に降り注ぐ。

 瞬間、発生した雹(ひょう)の雨が怪獣鳥(ヒッポグリフィン)ごと周囲のモンスター達を押し潰し、貫き、消し飛ばした。

 

『『────アァッ!‍?』』

『ギェアァァァァァァ──────ッッ!』

 

 十を超すモンスター達が灰粉に還る。

 小型種認定されていながら牛ほどの巨軀を誇る『竜蜥蜴(ドラゴン・アノール)』、階層一の俊敏性を誇る『黒影豹(ジャガール)』、中には稀少種(レアモンスター)の『馬鷲(ヒッポグリフ)』の姿もあったが、この状況で戦利品(ドロップアイテム)など拾っている余裕はない。

 

「はぁ……はぁ……はあっ…………ラウル! 怪物の宴(モンスター・パーティ)はひとまずこれで終わりのようです! 早く正規ルートに!」

「わかってるっす!」

「ラウルさん、三時の方向! 新たなモンスターが来ます!」

「イリーナ! この距離なら追いつかれない! 相手する必要はないっす! 来た道を引き返して、最短ルートで上へ向かう!」

 

 盾役を務める前衛の少女の叫びに、ラウルは即断即決した。

 モンスターの群れに襲われやむなく進路を変更したが、現在の位置からなら引き返した方が早い。

 およそ三〇M(メドル)とも言われている壁が乱立しているルーム内。

 そこは白い光に満ちていた。

 いくつもの丘が連なっている38階層の、上との連絡路付近に存在する連(・)立(・)洞穴地帯。

 正規ルートから逸脱しているこの空間の名は、『氷天の長壁(ちょうへき)』。

 床も、天井も、全てが氷の結晶。至る所から溢れ出ている美しい光が、ルーム全体に乱反射している。天候どころか昼夜も変わる38階層にあって、白昼を貫いている広大な空洞。

 

 

「アリシア、おかげでかなり回復した! ここからは私達が後ろに回るから、少し休んで!」

「多分あと少しだ、殿は俺達が見るから、お前は魔法で援護してくれればいい!」

 

 一時は戦闘不能に追いやられていたLv.4の少女、ナルヴィ。そして、獣人の青年ナイトが決意の表情で申し出る。

 

「我々も手伝おう。【ロキ・ファミリア】」

「ああ。何も出来ないままでは、ヘファイストス様に顔向けできん」

 

 さらには、二人に続いて前衛職もこなせる三名──【ヘファイストス・ファミリア】から同行している上級鍛冶師(スミス)達も。

 かなり出血が酷かったから血が足りていないはずだが、それでも瞳は闘志に燃えていた。

 アリシアは「感謝します」と短かく答える。

 ここに来て士気が上がっていくパーティの様子を、山吹色の妖精の少女、レフィーヤは息を切らしながら見ていた。

 

(魔力がどうのじゃない……冒険者としての胆力が違う……ラウルさんとアリシアさんがいなかったら、多分、全滅してた)

 

 大魔導士の後継者と言われるようになってしばらく経つが、ここに来て力不足を強く感じる。

 単純な火力や魔力量は確かに大事だ。先頭に直結する重要な要素。しかし、それ以外の部分、判断力であったり決断力であったり、意志の強さであったり──先達達との差はまだまだ大きい。そのことを改めて実感させられた。

 

「レフィーヤ、大丈夫ですか。順調にいけば、もう一時間もかかりません。白宮殿(ホワイトパレス)手前に比較的モンスターが湧きにくい地点(ポイント)があるので、まずはそこまで駆け抜けます。一本道の正規ルート上ですから、彼らは絶対に通るはず」

 

 近くにやってきたアリシアは、疲労の色を滲ませつつも優しく元気づけてくれた。

 この状況で自分がパーティを引っ張る立場になったとしたら、今のレフィーヤに同じことはできない。きっといっぱいいっぱいで、どうしようもなかったはずだ。自分だけのことならまだしも、十五人パーティなんて無理。自分含め、それだけの命を預かることは、今のレフィーヤの度量では厳しい。

 

「そうですね……リヴェリア様に失礼なことをしたので、私はあの人は嫌いですけど」

 

 だが、軽口くらいは叩くことのできる余裕は戻った。まだいける。レフィーヤは無理やり笑った。

 嫌いなのは事実だ。なぜなら王族に軽々しくボディタッチするから。それも異性に。

 

「ああ、虫がついているなどと言って、気安く髪を触った例の大罪についてですね。手が滑ったなどと抜かして頬に触れてもいましたか……私からしてもあれは許し難い蛮行。万死に値すると思いますが、今は非常事態です。彼は男性としても人としても……ですが、冒険者としては信用できると思いますし」

 

 アリシアは怖い顔になった後、ぶんぶんと顔を振って、少し長い息を吐いた。

 走り出して間もなく、白い曲がり角の向こう側はひどい有り様だった。

 爆散した迷宮壁が崩れ落ち、巨大な氷の欠片が瓦礫となって通路(トンネル)を埋めている。 

 

「通ってきた道が……」

「あなたの魔法が強すぎたんですね、レフィーヤ……」

「原因は私ですか!‍?」

「敵の数が多かったとはいえ、上を目掛けて力任せに吹き飛ばしたりするからです」

「……ごめんなさい」

 

 外に繋がる通路(トンネル)は正面、右、左の三本。レフィーヤ達が通ってきたのは正面で、そちらが最短進路となる。しかし、積み上がった氷を掘り起こしている暇はない。そんなことをしていたらモンスターに追いつかれてしまう。

 

「──みんな! 右へ! 少し遠回りになるけど左よりはマシっす! 行こう!」

 

 ラウルはここでもすぐに判断した。

 叫びながら先陣切って走り出し、向かって右の通路に向かう。

 レフィーヤはアリシアと頷き合い、移動を始めたパーティの流れについていく。

 心はそこまで乱れなかった。

 事ここに至って、この程度の想定外(イレギュラー)など『どうってことない』。大した問題には思えなかった。

 

 

◆

 

 

 闇派閥(イヴィルス)。

 そういえば、かつて自分(オリヴァス)はそ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)に属していた。

 混沌だとか殺戮だとか、そんなく(・)だ(・)ら(・)な(・)い(・)ものを求めて命を削っていた。 

 たとえば八年前。

 ギルドの注意を引くため、ダンジョンに神を連れていって騒ぎを起こした。驚くべきことに上層に階層主が産まれ落ち、害虫共が蹴散らされていく様は壮観だった。

 だが、あの時は不愉快なこともあった。

 英雄の器を示した子供がいたことだ。Lv.1のくせに階層主の異常種の一撃を受け止め、あろうことか死ななかった。悪運の強いその子供は、救援が到着したこともあって生き延びたのだ。

 自分の手で屠ってやりたいところだったが、『お前は出るな』と命令を受けていたためそれもかなわず。あの頃はまだ、邪神の命に従っていたから。

 

 

『四年前よりも出力が上がっている。比べるべくもないほど、貴方の分身は進化を遂げた。そう考えてよろしいのですね?』

『ええ。もちろん。頑張って改良したもの。だから上手く使いこなしてね、オリヴァスちゃん?』

『勿論。期待に応えることを約束しましょう』

 

 オリヴァスは振り返ると、目線を下げ、静かに両膝を床へ落とした。誓いを捧げるように、忠誠を示すように。

 そんな彼を見下ろすのは白い修道着の女。

 目巻布の下に隠れた瞳は見えない。

 

『四年前は【フレイヤ・ファミリア】によって苦渋を舐めさせられた。しかし、今回奴らは手が出せない。気づいたとしても、今度こそ間に合わない』

 

 オリヴァスは唇の形を三日月に変える。

 四年前。二十七階層。

 あの頃もまだ、混沌や殺戮といったくだらないものに惹かれていた。拘っていた。自らの快楽を満たすことしか頭になかった。

 この御(・)方(・)との邂逅は遂げていたし、強く惹かれてもいたが、それでも足りていなかった。

 想いが、愛が、忠誠が。全てを捧げたいと願うほどではなかった。しかし、精霊の一部となったことで想いは高まり、愛も忠誠も確固たるものとなった。この御方と肩を並べる『精霊』は、オリヴァスを新たな存在にしてくれた。この御方もそれを手伝ってくれて、新たな力を授けてくれた。だから、現在のオリヴァス・アクトは二人の女性のために生きている。彼女達の望みを叶えるために。

 

『アリア以外は餌にしてよろしいのですね?』

『ええ。別に構わないわよ〜。どうせ最後は皆(みーんな)ひとつになるんだもの。遅いか早いかの違いよ。憐れむ必要はないわ。まあ、あなたには憐憫の心なんてなさそうだけれど』

 

 オリヴァスは立ち上がり、女の背後、上方を見やった。

 氷の中で動きを止めている何か。

 それは肉だった。人の形をしていた。脈を打っていた。──ドクンドクンと、巨大な女体(にく)が胎動している。

 

『精霊(スフィア)ちゃんがようやく力を蓄えた。準備期間が長かったけど、ようやく始められるわ。──救界(マキア)計画。しっかり協力してね、オリヴァスちゃん?』

 

 耳をくすぐるソプラノの声に、オリヴァスは再び頭を垂れた。

 全てをこの御方に捧げたい。今すぐに差し出してしまいたい。そんな渇望を抑えながら、尽力を約束するのだった。

 

 

◆

 

 

 フェアとリディスは38階層に入った。

 瞬間、目に飛び込んできたのは死(・)屍(・)累(・)々(・)の冒険者達。階段前まで辿り着いたものの、モンスターの追跡を振り切ることができずに全滅寸前。

 獣人の青年の片腕は半分ほどもげており、前衛職を中心に装備はボロボロ。それでもどうにか死人を出さずにいられたのは、【ロキ・ファミリア】の日頃の鍛錬の賜物だろう。

 フェアはリディスと協力して、速やかにモンスター共を蹴散らした。ついでになぜかヒュアキントスもついてきたが、それは有難い誤算──非常に助かる話であった。

 満身創痍の冒険者の数は概ね三(・)十(・)。

 そして、ヒュアキントスはサポーターとしてパーティに同行していたことから、回復薬がたっぷり詰まったバックパックを持っていた。

 

 

「すまん……何て言ったらいいのか……俺は、俺達は無様に逃げ回ることしか」

「いいよクルスさん。仕方ない。とりあえずここで休んでてくれ。防御結界は張っといたから、二日くらいなら持ちこたえられると思う。ヒュアキントスさんを置いてくから、何かあったら協力してくれ」

 

 獣人の冒険者、クルスはLv.4。ここまで馬車馬のように働きまくり、散り散りになった団員を拾いつつ階段付近に辿り着いていた。

 今、フェア達が立っているのは白宮殿(ホワイトパレス)の名残を残した広いルームだ。壁の色は白濁色で、長く伸びている通路の先には広大な丘の領域(エリア)が待っている。

 ここから後退すれば、三十分もかからず上り階段が見えてくる。上の階層に退避できるわけだが、移動はしない方がいい。退避が退避にならないから。

 白宮殿(ホワイトパレス)は正真正銘の難所だ。

 Lv.4数名のパーティで大勢を守りながら突っ切るのは自殺行為。この空間はモンスターの出現頻度が低いし、結界も張らせてもらった。

 

「……なぜ【アポロン・ファミリア】が、という疑問は置いておこう。それよりも、実際に見ると凄いな……お前の結界魔法は」

 

 クルスはぐるりと周囲を見渡す。

 破壊され尽くした迷宮壁の内側。冒険者達を守るように、半径10M(メドル)ほどの魔力結界が楕円の形に展開している。

 フェアの魔法、【シレンティウム・フォール】。

 皮肉にも八年前のゴライアス事件の後に発現した、物理的にも精神的にも効果のある結界魔法だ。フィルヴィスの精神を守っている大切な魔法であり、場合によってはこんな使い方もできる。ただし、物理的な防御結界は永続はしない。

 クルスに伝えたように、限度は二日くらいだ。過負荷状態に陥るとその前に消滅するが、中にいればモンスターが襲ってこない便利な効果がある。この階層でも試したことがあるので、大丈夫なはずだ。

 

「戦場の聖女(デア・セイント)……アミッドさんと組ませると凶悪だって団長が言っていたのが、今ならわかる気がするな」

「やめてくれ。アミッドさんとお似合いだって言われるのは超嬉しいけど、俺はあの人ほど凄くないよ。戦場にいて役に立つのは、彼女の方だから」

 

 フェアは少し目を瞑る。

 胸に溜めていた息を、フッと静かに抜いた。肩の力を抜いて、首を鳴らして瞼(まぶた)を上げる。

 

「しかし、連続して分断されたなんてね。悪意しか感じないな、ダンジョン」

 

 クルスの話によれば、進行途中で突如として広(・)域(・)の(・)崩(・)落(・)が発生。フィンをはじめとした第一級冒険者のほ(・)と(・)ん(・)ど(・)が下に落とされて、クルス達は『水雷(すいらい)』──38階層の迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)で流されてしまった、とのこと。

 分断に次ぐ分断。それだけでは済まず、瀑布の如き水流に流される途中、クルス達は更に分断されたらしい。もう笑うしかない。

 

「正直、悪夢だった……」

「正直に言わなくても悪夢でしかないだろ……とりあえず無事で良かったよ。それじゃ、後は俺とリディスさんに任せて休んでてくれ。まずはラウルさんやアリシアさんを探してくるから。ガレスさんが残ってるなら問題ないとは思うけど、何があるか分からないし急ぐとするよ」

 

 フェアはクルス達に片手をあげると、軽食を食べ終えたリディスを伴って結界を出た。

 ヒュアキントスがなにか言いたげに見つめてきたが、気持ち悪かったので無視。男の上目遣いなど気色悪いだけであった。

 モンスターは今のところ産まれ落ちていない。

 このまま通路を抜けて、丘の領域──『水雷の丘』まで一直線でいきたいところだ。

 

「『水雷の丘』が広域崩落って、有り得ないでしょ。聞いたことも見たこともないよ、第一級冒険者が沢山落とされちゃうほどの異常事態(イレギュラー)なんて」

 

 リディスの幼い顔が苦々しげに歪む。高襟(ハイネック)の部分を指で摘んでパタパタすると、ほんのりとした苺の香りが漂ってきた。

 

「きな臭いどころか、既に燃え盛ってるねこれは。とんでもないスリルを感じることになりそうだけど、大丈夫? 捌け口とか欲しくなるんじゃないの?」

「あー、それはそうですね。俺達がここに来るまでのことを考えても、燃え盛ってるのは間違いなし。命の危険を感じる」

「死なないでよ?」

「死にには行きませんよ。死なない約束はできません。俺は『冒険者』ですからね」

 

 長い通路の出口に金色の光が見えた。

 落雷の音が連続する。聞いていた通り、現在の天候は『嵐』のようだ。気温は下がっていたとの話だったが、どうも蒸しているように感じる。普段から湿度も気温も高めではあるから、蒸し蒸し(ムーアムーア)については不思議なことではない。

 

「そうだね。私達は『冒険者』だ。──最優先は私達の命。それは守ってね。ヨロシク」

「オッケー。まあ、いつも通りってことで」

 

 彼女の言う通り、自分達は『冒険者』。

 そして、このヒリついた感じは『冒険』の醍醐味のひとつである。不謹慎な話だが、全身が冷えていくこの感覚が、フェアは結構好きだった。

 

「景気づけにお乳(ちち)揉んどく?」

「ガチ揉みはさせてくれないでしょ、うっかり期待してもガッカリするだけだから、やめときます」

 

 合法邪ロリのお姉さんのせいで、台無しであった。

 彼女いわく『指どころか色々飲み込めるよ』とのことだが、無理矢理試そうとしたら破滅させられそうなので、鉄の心で我慢。ところでフィルヴィスの心配はしなくていいのかという話だが、エルフ嫁の強さには絶対的な信頼を置いている。

 そりゃあ近くにいた方がいいが、今回に限っては別なのでこれで良かった。

 

「フィルヴィスよりおっきいよ? そういやあっちは大丈夫かね? 心配にならないの?」

「向こうはアレンさんに爺さんもいる。シャクティさんも。こっちよりはよっぽど安心でしょ。それに、フィルヴィスさん来たくなさそうだったから、この振り分けで正解だったと思う」

「あー、やっぱり? おかしいと思ったんだよね。普段なら君の隣をキープしてるのに」

 

 37階層で別れた時、フィルヴィスは自然な動きで神を追いかけたようにも見えたが、あれはこ(・)ち(・)ら(・)を避ける意味もあったのだと思う。

 彼女は精霊に汚されてから、それまでに比べて勘が鋭くなった。特にダンジョン内で。

 今回も何か感じ取ったのだろう。意識して行動したのかそうでないのかはわからないが、フェアの目には避(・)け(・)た(・)ように映った。

 リディスが言うように普段は絶対にしないような行動だったので、理由付けをするとそういった感じになる。

 

「……さぁて、入口だ。無駄話はここら辺にして、ガンガン進んでいきますか」

「うっわめっちゃ蒸してる……いきたくねぇ」

「おいしっかりしろLv.6」

 

 さて、あれこれ考えるのはここまで。

 ぽっかりと開いた通路の出口から、二人は外に飛び出した。瞬時にずぶ濡れになって、ゲンナリした。

 

 

◆

 

 

 アリシアにしろラウルにしろ、『氷天の長壁(ちょうへき)』は何度か探索したことがある。

 だから、入口付近の構造は把握していたし、迷ってしまうようなこともなかった。

 現在地は北西。広い氷の回廊には見覚えがある。このまま一本道を進めば外に出られるはずで、実際、遠くには嵐の景色が見えていた。

 

「これは一体……」

「アリシアさん、なんですかこれ……私はここに来るの初めてですけど、前はなかったんですよね……? こんな壁、いや、モ(・)ン(・)ス(・)タ(・)ー(・)……?」

 

 五〇〇M(メドル)ほどの長い回廊の中央付近。

 そこで【ロキ・ファミリア】は足を止めた。巨大な氷の壁の中に何(・)か(・)がいる。

 巨人。形状は女。恐らく、超大型のモンスター。

 首は前に折れて俯いている格好。修道女を思わせる着衣を身につけており、顔に該当する部位は大きな修道帽(ヴェール)で覆われている。異様に長い髪は紅の光を放っていた。

 一緒に氷漬けになっているのは四本の錫杖。

 白く清らかな光に照らされ、周囲一帯には静謐(せいひつ)な空気が漂っている。

 

「な、なんすかこれ……やっぱり、怪物?」

 

 ラウルが声を震わせる。

 どれだけ神聖に見えても、ここはダンジョン。そもそも巨大な女型などまともな存在であるはずがない。

 レフィーヤは一瞬見蕩(みと)れてしまったが、我に返るなり白い肌が粟立った。

 ダンジョンの中にあって神聖。

 怪物で間違いないのに、見ていて心が洗われるような気持ちになる。そういったチグハグさを認識した途端、おぞましいものを感じてしまった。

 

「アリシアさん……」

「ええ、モンスターで間違いないでしょう…………無闇に刺激しないようにして、速やかに進むべきです。関わってはいけない。ラウル、私はそう思います」

 

 巨大な錫杖は極東の菩薩、巫女といった存在を連想させる。

 同じような格好をしている極東人を、アリシアは見たことがあった。

 

「そうっすね……みんな、行こう。このモンスターについては、団長達と合流した後に伝えて──」

 

 ラウルはアリシアに頷き返す。

 そして、歩みを再開させようとした、その時。

 

 

『モンスターだと? 馬鹿め。貴様らは本当に救いようがない。どこまで無知蒙昧(むちもうまい)な存在なのだ、人間共』

 

 仄暗い、男の声が投じられた。

 

「「!‍?」」

 

 パーティの中の誰のものでもない、重々しい声に一斉に振り向く。

 不規則な間隔で伸びているいくつもの柱。

 そのうちの一本の陰から姿を現すのは、全身白づくめの男だった。白骨(ドロップアイテム)から作られた鎧兜からくすんだ白髪が揺れる。

 

『彼女の神聖を理解できないとは、哀れなことだ。教えてやるから覚えておくがいい。神をも超える存在の写し身……それが彼女だ。必ずや、彼女は新たな世界を切り開くだろう』

 

 虚ろな目で女型の怪物を見上げる、退廃的な男。

 真っ先に反応したのはアリシアだった。みるみるうちに顔面蒼白となり、剣を構える。

 

「あ、あなたは……嘘でしょう。なぜ……」

「あ、アリシアさん……?」

 

 レフィーヤはうろたえた。

 こんなところに出てくる怪しい男など、十中八九まもとではない。敵で間違いないとさえ思ったが、一方でアリシアの反応が過剰すぎるとも感じたからだ。

 ここまでは気丈に振舞っていたのに、一瞬で呼吸を乱して臨戦態勢。一体どういうことなのかと成り行きを見守っていると、疑問はすぐに明らかになった。

 

「──【白髪鬼(ヴァンデッタ)】! 四年前の27階層の悪夢の首謀者、オリヴァス・アクト!  死者がどうやって蘇ったというのです!‍?」

 

 その悲鳴じみた叫びに、レフィーヤの紺碧色の瞳が見開かれる。 

 オリヴァス・アクト。名前だけは聞いたことがある、今は消滅した【闇派閥(イヴィルス)】の幹部だ。四年前の惨劇の際に多数の冒険者を巻き込んで死亡したとされている。リヴェリアが前に教えてくれた。

 それが、生きていた?

 死を偽造して隠れていた?

 

『そうだ。私は蘇った。そして、貴様らもすぐに私と同じようになれる。案ずるな。恐れるな』  

「な、にを……」

「アリシアさん! 話にならないっす! 襲ってくるなら戦うしかない! 四年前の推定Lv.はせいぜい3(・)! 今の俺たちならやれます!」

 

 言葉を失っているアリシアの横で、ラウルが勇ましく声を張る。剣先をオリヴァスに向けた。

 

『恐れるなと言ったはずだ。目が怯えているぞ、冒険者』

「うるさい! お前がどうやって生きていたのかは分からないけど、何かしようというなら倒させてもらう! オリヴァス・アクト!」

 

 その絶叫に、オリヴァスは笑い返す。

 

『そうか。そうか。私を倒すか。いいだろう、やってみろ。【ロキ・ファミリア】』

 

 真っ白な腕を広げ、丸腰で一歩、二歩と近付いてきた。そして三歩目。

 これ以上は近づかせまいと、ラウルが果敢に飛び出す。

 

「──ッ!」

「!‍? ラウル! 待ちなさい!」

 

 アリシアの静止が背中を叩くも止まらない。

 いくつもの氷の破片を踏み潰し、彼我の距離を一瞬で殺す。

 手を広げたまま反応しないオリヴァスの肩口に、銀の剣閃を叩き込んだ。

 

「──はあっ!」

『むうっ──』

 

 そして、振り切った。

 肩口から腰の下まで、肉を断った。

 病的なほどに白い体は、ぐらりと傾いた。

 しかし、

 

「なっ!‍?」

『神の眷族に、私は殺せぬ』

 

 切り裂いたはずの肉が、再(・)生(・)した。

 血が流れることすらなく、何事も無かったかのように傷口が塞がる。

 

「──ッ!‍?」

『死ね』

 

 オリヴァスは右腕を振るった。瞠目するラウルの胸ぐらを掴み、持(・)ち(・)上(・)げ(・)る(・)。

 反撃も防御も許さず、恐るべき腕力をもって、Lv.4の体を氷の上に叩きつけた。

 

「ガッッ!‍?」

「ラウル!」

 

 無数の氷片がうきあがり、青年の背中が氷にめり込む。異常だった。速度も力も異常というほかなかった。

 Lv.3どころか第一級冒険者を思わせる圧倒。

 ラウルは咄嗟に後退しようとしたが、胸を踏みつけられて封じられる。「かはっ」と口から赤い液体が噴出した。

 

 

「──レフィーヤ! 援護を!」

「アリシアさん!‍?」

 

 殺される──。

 レフィーヤが硬直する中、血相を変えたアリシアが飛び出していく。

 細い体が加速する。蜂蜜色の美しい髪を激し揺らし、踵で氷の床を踏み抜いた。

 

「離しなさい、オリヴァス・アクト!」

『貴様も第二級冒険者程度か。いいだろう、来るがいい妖精の娘』

 

 アリシアは穏やかな瞳を吊り上げた。

 踏み込んで斜め上に飛び出し、一閃する。オリヴァスの首の肉に亀裂が生じ、更に袈裟(けさ)切りを見舞って二連撃。

 

『──』

「はあっ!」

 

 続けて、刺突。

 心臓があるべき部位を貫き、力強く右に振り切って肉を裂く。ぐらりと首をもたげたオリヴァスは、ふらふらと後退していく。

 

「誰かラウルを回収しなさい! この男は私が抑えます! 【凍る空、天上の蒼雨。森を彩る白氷よ、浅ましき蛮族を撃(う)ち払え】!」

『そうだ……試してみろ。そして思い知るがいい。己がどれだけ矮小な存在であるのかを』

 

 妖精の歌が響き剣の舞踏が加速する。

 レフィーヤは無我夢中でラウルを抱き起こすと、駆け寄ってきた治療師の少女に預ける。意識はあるが行動不能。痙攣して何度もを血を吐く。

 

「ラウルさん! しっかり!」

「リーネ、お願いします! 私はアリシアさんに加勢します!」

「レフィーヤ! 前に出ないで! 私達が出るから、レフィーヤは詠唱!」

 

 遅れて動き出したナルヴィら前衛職が、アリシアの加勢に向かう。

 たちまち出来上がる三対一の構図の中で、妖精の詠唱が完成した。

 

「【凍てつけ冬の縛鎖(ばくさ)】──【ヘイル・ダスト】!」

『全て受けてやろう、全力で来い、冒険者』

 

 光球体から放たれた蒼い光は、オリヴァスのみを捉えて四方八方から驀進。

 精一杯の精神力(マインド)が籠った雹(ひょう)雨が叩きつけられ、オリヴァスの顔が、腕が、足が、体の部位が抉り取られていく。

 

『大した気迫だ。しかし、私は言ったはずだ』

 

 飛び散る氷片、発生する煙、空気が凍りつく中で『声』が響く。

 オリヴァスの顎が再生し、次に右足が、左腕が、胸の傷が塞がり、弾け飛んだそばから耳が生えた。

 蜂蜜色の妖精の瞳があらんばかりに見開かれる中、オリヴァスの右腕が動く。恐るべき速度で掌底を突き出し、アリシアの頬を撃ち抜いた。

 

「っ!‍? ──がっっっっ」

「アリシア!‍?」

 

 隣で戦っていたナルヴィが凍り付く。【ロキ・ファミリア】の団員達から悲鳴が上がった。

 オリヴァスは跳躍すると、空中に投げ出された妖精の体へと一直線。首根っこを掴むと、力任せに振り回して、投(・)げ(・)た(・)。

 

「────」

『弱い。弱すぎるぞ妖精』

 

 びりびり、と首根っこから着衣を引き裂き、ぶん投げた。   

 無惨に引き裂かれた布が宙を舞う。

 オリヴァスは着地を果たすなり、脱力して落ちてくる妖精を見やった。切りかかってくるナルヴィ達をいとも簡単に振り払うと、落下してきたアリシアに急接近する。

 

「──ぁ」

『もういい。無様を晒して果てていろ』

 

 今度は細い右腕を掴むと、握った。

 肉の内側から、ミシミシと嫌な音が鳴った。

 

「ぃ、ぁ──ぁああああああああああああっ!‍?」

『──ぬんっ!』

 

 そして、終幕。

 アリシアは怪力で振り回され、頭から壁に叩きつけられて沈黙。

 ぷしゅっ、と。

 口から血潮が吹き出し、糸の切れた人形のように弛緩する手足。妖精の眼球は裏返った。

 

 

◆

 

 

 

「リディスさん、血痕だ。足跡も残ってる。誰のかはわからないけど、正規ルートから外れたな。多分、氷天の大壁だ」

 

 大嵐が荒ぶる丘の麓。

 フェアは片膝をついて地面を見ていた。

 ほんの僅かではあるが、血の跡と足跡を発見したのだ。しかし、それもすぐに消えた。丘の上から大量の水が流れてきて、洗い流してしまったのだ。

 

「っ……ったく、少しマシになったかと思ったらすぐこれだ。いくらなんでも酷いぞ、今日の天気は」

「ね。何から何までめちゃくちゃだ。でも、完全に消えちゃう前に見つけられたのは僥倖だった。痕跡がなければ後回しにするつもりだったからね、氷天の大壁は。正規ルートから外れてるし」

 

 ちらりとリディスの顔を見あげた後、フェアはゆっくりと立ち上がった。

 

「モンスターの大群にでも襲われたんですかね」

「わからないけど、行ってみるしかないでしょ」

「ですね。じゃあよろしく。引き続き背中は任せますんで」

「オッケー。そうだ。今言っときたいんだけど、帰ったら」

「何言うつもりかは知らないですけど、死亡フラグになりかねないからやめて。姉さんに死なれたら立ち直れないから、俺」

「あ、今きゅんときた。しゅき」

「うるさいよ。さっさと行くぞ邪ロリ。そんなことばっか言ってると敬うのやめますからね」

 

 ふざけた女を冷たくあしらい、目的地に向かって走り出す。

 死なれたら立ち直れないのは本当だ。

 フィルヴィスもダメだが、リディスもダメである。

 抱いたことがあろうがなかろうが関係ない。




原作冊分って何文字くらいなんですかね‍?
本編1巻は大体16万くらいだった気もするけど、巻によってかなり差があるんだようなぁダンまち。
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