すいません詰め込みました。日常(嫁)回が恋しくて恋しくて……。
『フィルヴィスさんは顔と体がいいから一緒にいるだけ。でもなぁ。激重すぎてウザったいことが多くて……そろそろ潮時だって思ってるんだけど、どう?』
アレンは引きつった。
どう、と言われても困る。
あからさますぎる
『抱かれたくらいで特別感とか感じられても困るって、そういうのクソザコ◎◎◎エルフって言うんだぞ?』
フェアの姿でフェアの声を発する鬱陶しい存在。
誰もが思ったはずだ。
こんな見え透いた挑発、まともに取り合うほうが馬鹿だと。これで心を乱されるなど、それこそクソザコなんちゃらであると。
「──わかった。ならば共に滅びるまで」
「待てフィルヴィス。待つんだ落ち着け」
「止めるなシャクティ。もはや全ておしまいだ。短い間だがそれなりに楽しかった感謝している」
「……!?」
アレンは絶句した。
表情を消したエルフが拳をバキバキと鳴らしている。なんて頭が悪いのだろうか。そういえば前にフレイヤから聞いたことがある。恋愛したエルフの脳は溶けるのだと。今まで目の当たりにしたことはなかったが、あれは本当だったようだ。
『おい、落ち着けエルフの娘。そう間に受けられてしまっては、こちらも反応に困るというもの。お前たちの絆はそんなものではないだろう? うん?』
敵であるはずの神が優しく宥めてきた。
アレン達が追いつき、一触即発の睨み合いに移行していたはずが、妙な空気になってしまった。
拗らせているエルフをさらに煽るのは、フェアもどきとシルクハットの男である。
『なんか飽きてきたから、また興味が湧くまで大人しくしててくれよ。フィルヴィスさんはたまにしつこいから、萎えるんだって』
『らしいぞ? まああれだ。君は所詮、本命にはなれない道具だったというわけだ。私は重いエルフが嫌いだから、理由については実にしっくりくる。ドロドロネチョネチョしたエルフは害悪。これが世界の真理だよ。覚えておくといい』
二人してニヤニヤと下衆な笑みを浮かべ、フィルヴィスを指さして馬鹿にしている。やーいやーいとか聞こえてきそうな雰囲気だ。
「──【一掃せよ】!」
「おい【
「断る! こんなアホみたいなイレギュラー、私は巻き込まれたくはない!」
「──【破邪の聖杖】──【ディオ・テュルソス】!」
そして、煽り開始から五分、いや三分。
フィルヴィス・シャリアは怒り狂い、超短文詠唱魔法を全力で行使。
それも一発ではなく、
ぼかんばかん弾け飛んでいく白濁色の迷宮壁、床、巻き込まれて爆散するモンスター!
大騒ぎを起こしたせいで更にモンスターが集まってくる中、謎の
「──【ディオ・テュルソス】!」
「おいアレンなんとかしろぉ! 儂が死ぬ!」
「逃げられるぞ、アレン! 追いかけてくれ!」
「うおおおおおおお!? 危ねえっ! 何とかしてくれ【
狂戦士と化した妖精が高出力の魔法を連発する中、大混乱に陥るアレン以外の冒険者達。
極めて下らない展開にアレンは怒る気にすらなれず、白けた顔で追跡を始めた。
「なんだってんだ……クソ、めんどくせえ」
しかし、すぐに足を止める。
白濁色の曲がり角を右折した直後、ガガガっと音を鳴らして急停止。そこに立っていた
『にいさま』
「……あ?」
その姿形は妹のアーニャであった。それも
『どうしたのニャ? 間抜け面を晒さないで欲しいニャ。おーい、聞こえてないのかニャ? だから兄様はクソザコナメクジにゃーお! これからはクソザコナメクジにいさまって呼ぶニャ!』
「……」
『いい歳してツンデレ拗らせてるし、ほんと兄様はダメダメ、ニャ! ミャーのことを愛しているならそう言えばいいだけニャ! そんな簡単なこともできないなんて、将来が思いやられるニャ』
「……」
『そんなんじゃ、いくら顔が良くて強くても結婚なんかできないニャ。そういうの、ダメンズっていうのニャ』
「……」
複数のアーニャもどきが喋り始めた。
アレンの足は止まったまま。呆れた顔でこちらを見ている敵集団を
血走った瞳で妹もどき共を睨みつけ、速やかに殲滅するべく暴れ始めた。
「──轢き殺す」
『『『『『変な顔ニャ! 図星をつかれて怒るなんて可愛いところあるニャ! ニャハハハハハハ!』』』』』
「──殺すッ!」
「おいやめろアレン!」
「──轢き殺すッ!」
アレンは幻影に飛びかかっては惨殺していき、後方ではとち狂ったエルフが破壊行為に明け暮れる。
その間、正気を保っている冒険者達は頭を抱えることしか出来ず、謎の神達は逃げもせずにニヤニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。
(だめだ……こいつらは)
シャクティは辛い気持ちになった。
右手に嵌められている手甲の中で、双子水晶の片割れが淡い光を放っている。
不意に、ぶるりと震えた。
◆
鋭い視線を注いでいる先、
番の水晶玉、オクルス。フェルズが作製した通信用の
水晶の中に映し出されているのは神と眷族が二名。
ウラノスとフェルズは、その全てに見覚えがあった。
『当初の想定とは大きく異なる形になったな、ウラノス。謎の宝玉を観察するつもりが、まさかこんな事態になるのは。
フェルズは『ハァ』と吐息を落とす。
右手に乗せたまま、ウラノスに視線を戻した。
『あの二人はいずれも
「そのようだな。オラリオの、いや、下界全体の功労者達──ゼウス、ヘラ自体の英雄だ」
ウラノスはトントン、と椅子の肘掛けを指で叩く。
すっと瞑目すると、やはり重々しい声を続けた。
「シャクティに指示を出せ。このまま上に追いやっていけと。今は眷族よりも神の方だ」
『例の宝玉はどうする? 帰りに回収させる手筈だったが』
フェルズが本来の目的について言及する。
ダンジョンに常駐している協力者達から、謎の宝玉を回収し、無事にここまで運搬する。それがシャクティに依頼している内容だったのだが、
「神への対処が最優先だ。【
回収任務は後回し。
ウラノスの指示を受けたフェルズはまたしても嘆息すると、水晶玉を顔に寄せた。
『何やら揉めているようだが……』
「速やかにやめさせろ」
『わかっているよ……ハァ』
軽く衝撃を与えて合図を送り、新たな依頼を告げるのであった。
◆◆◆◆◆◆
血痕を追ってきたら地獄絵図が待っていた。
なぜか生きているオリヴァス・アクト。【ロキ・ファミリア】はえらいことになっていて、アリシアお姉さんは
「──」
俺達は状況を察するなり、予備の短剣を
リディスさんのと合わせて二本。
オリヴァスの右肩にぶちこみ、奴の目が見開かれた刹那に接敵。俺の狙いは病的な男ではなくお姉さんだった。空中に投げ出された妖精の体を掻っ攫う中、リディスさんが連撃をぶち込みオリヴァスは後退。
「あ、あなたたち……!」
「ああ、通りがかりに助けに来たよ。俺達も遠征中でさ。【ロキ・ファミリア】のナルヴィだっけ? 誰も死んでなさそうで何より」
俺達も一旦後退。
まとめて薙ぎ払われたらしく、床に倒れ伏していた【ロキ・ファミリア】の前に立った。
真っ先に立ち上がったのは赤い髪のヒューマン、第二級冒険者のナルヴィだ。彼女の他にも戦える者は残っており、意識を失っているのはアリシアお姉さんだけ。痛めつけられて服を破かれ、惨すぎる有様は見るに堪えない。
「ナルヴィ・ロール、この羽織あげるから、その姉さんに被せといて。おっぱいが半分見えてるのは宜しくない」
「あ、ありがとう……?」
エルフの姉さんを引き渡し、羽織りも一緒に
「……」
「まじかぁ、なんで生きてんのアイツ。フェア、心当たりとかある?」
「あるわけないだろ。これは現実じゃなくてただの悪夢なんじゃないですか、知らんけど」
オリヴァス・アクトは生きていた。
四年前に精霊に捕食され、死亡認定されていたはずだが生きていた。だったら今度は俺たちの手で葬り去ってやるまでだが、なんかこいつ
リディスさんの連撃をもろに受け、右腕も左腕も吹き飛んだはずなんだが、
どうやら人間を辞めてしまわれたようだが、全くもって迷惑な話である。
ダンジョンは未知の巣窟。でも、こういう不思議体験はお呼びじゃない。やめて頂きたいものだよ本当に。
『くく……貴様らとはなにかと縁があるな。特にフェア・ルージュ、貴様とは長い付き合いだが……長らく顔が見れなくて寂しかったぞ?』
「おぞましいことを言うな」
『さあ、祝おうではないか。四年ぶりの再会を』
「聞けよ。誰が祝うか気持ち悪い。祝うどころか呪いたいくらいだわ、このクソみたいな巡り合わせを!」
まじまじと姿を観察するが、四年前から大きく変わっているようには見えない。ただし、少し見ない間に再生能力を手に入れたようだ。
さては魔石でも埋め込まれたか?
『つれないことを言うな、若造。私は貴様のことは好きではないが、殺すつもりはない。できれば平和的に事を進めたいと考えている』
オリヴァスの色のない瞳が細まる。
病的に白い肌は相変わらず。不気味に笑っている顔は以前よりも穏やかに見える。重々しい声は抑揚を欠き、淡々と白い空気を震わせていた。
「そんな化け物を連れてて平和的はないだろ。それ、何? 四年前の精霊の
オリヴァスの背後の氷の壁。
中では巨大な女型が胎動している。
顔を隠しているヴェールといい、一緒に埋まっている錫杖といい、そっくりだ。27階層の悪夢で邂逅した『精霊』と酷似している。
モンスターに食われて存在が反転してしまった、『穢れた精霊』。多数の冒険者を捕食した上、フィルヴィスさんが厄介なことになってしまった元凶だ。まあ、この女型が本体かどうかはわからないが。
「穢れた精霊の分身。だとしたら滅ぼすしかないよ。俺たちとしては」
四年前に襲ってきたのは、あくまで『分身』だ。
触手のようなもの。本体は恐らく深層の更に奥に潜んでいるって話だ。だから今、俺達の目の前にいる女型もきっと『分身』だろう。
『──貴様もその程度の認識が? 失望したぞフェア・ルージュ。よく見ろ。貴様であれば感じ取れるものがあるはずだ』
「何を感じ取れっていうんだ。どう見てもおぞましい存在だとしか思えない」
『そうか。嘆かわしいことだな』
「嘆かわしいのは
オリヴァスは抑揚のない声で笑った。
わけのわからんことばっかり言いやがって。これだから【
話が通じない、何言ってるのか理解できない、会話が成立しないパターンが非常に多い。
同じ言語を喋っていても、人間と呼べるかも怪しい。ほとんど別の生き物だ。
『よく見て、感じろ。彼女の崇高を、神聖を』
「いや、見れば見るほどおぞましいから。この場で最も崇高で神聖的なのはアリシアさんだ」
なんてったって二つ名は【
お上品なエルフもいいよね。とか考えて意識を逸らしてみるも、どうしたって視線を惹き付けられる。
あの女型。あの出で立ち。輝夜さんのところにいた時に『菩薩』って存在について教えてもらったことがあるが、女型の出で立ちはまんま『菩薩』だ。
そしてこれは四年前にも思ったことだが、同じような格好をした人物に心当たりがある。昔、ザルドおじさんから聞いたやばい女だ。
その女のやってきたこと、偉業、軌跡を、俺は追いかけ続けている。
『アリシア? 誰だそれは。私はそんな名前の者は知らない』
「ああそう。一生知らなくていいと思うよ。──おいウィリディス、ラウルさんは動けるようになった?」
山吹色のエルフに声を飛ばすと、男の声が返ってくる。
「リーネ達が治療してくれたから、いけるっす……!」
黒髪の青年、ラウルさんだ。
オリヴァスにやられたものの、傷はアリシアさんよりも浅かったようだ。仲間に治療を施されて、彼はゆらりと立ち上がった。
「オッケー。それじゃリディスさん」
「……うん。
黙り込んでいたリディスさんに呼びかけると、彼女は感情の抜け落ちた声を発した。
普段の飄々とした雰囲気からは想像しづらい、本気の殺意を放っている。
オリヴァスには仲間を殺されている。
奴には俺も浅からぬ因縁があるから、久しぶりに殺意全開で戦うことになりそうだ。
『くく……簡単に私を殺していいのか? 貴様らは、彼女が何なのか知りたいのではないのか?』
オリヴァスは女型を『彼女』と呼び、恍惚とした顔で見仰いだ。
「じゃあ上半身だけ残してみるか。腰から下を吹っ飛ばしても死ななそうだし、まずはそれでいってみるよ」
やたら強くなっているが、現段階では対処できないというほどではないと思う。アリシアさんを強奪させてもらった時の動きは、
「リディスさんもそれでいいかな?」
「異論なし」
「じゃあ、決定ってことで」
「うん。斬殺エンドだ。気合い入れていこう」
あれなら俺でも戦えるし、リディス姉さんがいれば上回ることができる。簡単にいくとは思っていないけど、圧倒されることはないはずだ。
『私の言葉が理解できずに戦いを選ぶか。貴様らは何もわかっていない。見えていない。なぜそうも愚かなのだ。四年前から何も成長していないではないか』
「人間は愚かなものでしょ。それからさぁ、ちゃあんと私には見えているよ。隣にはベッドヤクザな相棒がいるし、目の前には消し去るべき亡霊がいる。頭はキンキンに冴えてるから心配無用」
リディス姉さんのいうベッドヤクザっていうのは心外だが、消し去るべき亡霊って部分は間違いない。
「だから──消えなよ亡霊。私達の
俺は刀をひと振りして風を切った。姉さんが鞭をそうするように銀剣を払い、その切っ先を敵に向ける。
まさかこの男と対峙することになるとは思わなかったが、出会ってしまったのなら仕方がない。
全力で倒すだけだ。四年前に消えておくべきだった『過去』を今度こそ、今ここで消し去る。女型への対処はその後だ。
「──ラウルさん、ウィリディス! モンスター警戒しつつ、余裕があったら追い打ち頼む!」
「なんか再生するからね、こいつ。ひとまずガンガン削っていくから、よろしく。特に【
「! わかりました!」
最初の作戦は『ガンガンいこうぜ!』。
オリヴァスは薄笑いを浮かべて無手の構え。俺と姉さんは氷の床を踏み抜き、急加速した。
乱反射する光の中を突き進む。女型から漏れ出している紅の光の下、オリヴァス・アクトへと一直線に突っ込む。
『四年越しの決着を望むか。それもいいだろう。来い、冒険者
ややあって接敵する。
姉さんの小さな体が斜め上に飛び出す。ほとんど同じ
そして感じた確かな手応え。肉を断った感触。
刀と銀剣が防御姿勢の両腕を切り裂く。オリヴァス・アクトの胸部で、二本の線が交差した。
◆
第一級冒険者は人外の領域と言われるが、第二級だろうがそれは変わらんとフェアは思う。
オリヴァスに関してはよくわからん。人外というだけではなく、世界の法則とかそういうのを色々と無視している気がした。切ろうが燃やそうが再生し続ける狂気の存在。
今のところ、その再生力に底は見えない。
何の縛りもないフィルヴィスと同じか、それ以上の速度で損傷がなかったことになる。かつて精霊に食われて死んだはずのオリヴァス・アクトは、悪夢のような存在に変わり果てていた。
『どうした! 私を殺すには全くもって足りんぞ! 第一級冒険者になったというのに、そんなものか!』
吹き飛んだ両腕が煙をあげて再生した。極寒の空気を切り裂いて突き出される右の拳、銀剣を振り切ったリディスの頭部を強襲した。
『死ね!』
「ちっ、うざったい!」
とんっ、と小さなつま先が氷を叩く。
リディスは舌打ちを鳴らし、後退。白の
僅かながら彼我の距離が生まれる。フェアはそこに身体を捩じ込む。
「──はあッッ!」
刀を掲げて軽く傾け、中指の中央付近を受け止める。刀身が皮を裂いて骨を断つ。伝わってくる衝撃に黒の
破砕音が響き渡る中、無数の氷片が舞い上がった。
『くだらん! この程度の損傷、話にならんぞフェア・アージュ!』
「気持ち悪い顔を、近づけんな!」
『くく……私からすれば、貴様の方がよほど気色の悪い存在だ』
「あぁ……?」
オリヴァスの腕の動きが止まり、不気味な顔が近付いてくる。
こつん、と額と額がぶつかった。
『なぜ割って入ってきた。お前は【ロキ・ファミリア】に恨みがあるのではないのか』
直後、色のなかった瞳が嬉々と歪み、
フェアは絶句して瞳孔を揺らした。
「……!」
『恨んでいるのだろう、【ロキ・ファミリア】を。四年前、お前達を見捨てた【勇者】を』
鈍痛がした。
場所はよく分からない。頭のてっぺんなような、少し右側にずれているような。後頭部から広がっているような感じもする。酷く曖昧で漠然としている。
『四年前は何人死んだ? 忘れているのなら思い出せ、貴様はあの時怒っていたぞ』
団長が逝った、副団長も逝った、いずれくっつくと思われていた二人は仲良く食われた。他にも知己が何人も食われた。リディスの後輩達は生きたまま丸呑みだった。溶ける音が耳にこびりついた。
吐き出された肉片にモンスター達が群がり、奪い合うように食らいついていた光景。
27階層の悪夢。あの時、たしかに【勇者】は27階層を切り捨て、邪神達を掃討したことで更なる功績を打ち立てた。【ロキ・ファミリア】は無傷で、助けに来たのは【フレイヤ・ファミリア】。先に到着したリディス達はどうすることもできず、【アストレア・ファミリア】が加勢に来ていなければ手遅れだった──まあ、ほとんど死んでいる時点で間に合ってはいなかったわけだが。
「いやー、私達は恨んでるわけじゃないよ。ただ、カッコつけの勇者様にイラッとすることがたまにある──それくらいの感情だ。憎悪とかって言う程じゃない。取るに足らないものさ」
フェアは目を見張った。
濁った赤眼の前を、銀の剣閃が駆け抜ける。オリヴァスの肘がずり落ち、咄嗟にフェアは後ろに飛ぶ。
かぜになびく白金の長髪。無表情のリディスが銀剣を突き出し、肘の断面に叩きつける。
「リディスさん」
「私とこの子が憎悪をぶつける相手。それはお前だ、オリヴァス」
裂けて砕ける音が続き、肩口までがぱっくり割れた。体液が吹き出したのも束の間、左右に開いていた腕の肉が、煙をたてて繋がっていく。
銀の刀身が肉の中に飲み込まれた。
「ああ、うざったい。うざいよ貴方」
「いや、キレすぎだ。落ち着け姉さん!」
灰色に見えていた景色が一気に色づく。
フェアは出鱈目に切り付けるリディスに合わせ、オリヴァスの胸を、首を切り裂いた。しかし、やはり塞がっていく傷跡。
オリヴァスは獰猛に歯を見せると、力任せに右腕を
「ッ、ほとんど衝撃派じゃないか! 姉さん下がれ!」
「ッッ、ほんと馬鹿力」
突風が二人の髪を揺らす。
すかさず距離を取って息を吐く。睨み合いが始まる中、オリヴァスは余裕そうに鼻を鳴らした。
『さて、ここらでひとつ試しておくか。──【
「詠唱──ッッ、魔法まで新しいの覚えたのか──よッッ!」
そして響き渡る詠唱。
オリヴァス・アクトの全身から、おどろおどろしい紅い魔力が弾け飛ぶ。
「全員、射線から退避! どこまでが射線かは知らないけどとにかく逃げろ!」
フェアは後方に向かって怒鳴りつける。すかさず「退避退避退避ッッ!」と叫びまくるナルヴィ。冒険者達が大慌てで移動を始める。
「【
オリヴァスは左腕を振り上げ、高らかに吠える。
詠唱しながら走り出し、驀進。フェアに向かって飛びかかってきた。しかし体には届かない。二人がかりで得物を掲げて受け止め、むぐぐと歯を食いしばる。
また、バキバキバキと、床の氷が砕けて散った。
「なんなのこの怪力! 笑えないんだけどっ」
「姉さん、逸らすぞ! こいつまだ底が見えないから、こっちも全部出し切るのは怖い!」
「! ああ、オッケー!」
オリヴァスは更に力を込めた。
ごッッ、と押し込まれる二人の体。
『【
フェアは力任せに腕を振り、グシャリと刀を引き抜いて一閃。口元に凶暴な三日月を描くオリヴァスは、構わず魔法名を告げた。
【ルージュ・ガンド】!』
「やべっ!?」
「気張れ姉さん!」
「ぐぬぬぬぬ!」
「うおおおお!?」
どの程度の威力なのかはわからない。しかし、万が一ナルヴィ達に直撃した場合のことを考えると、回避するだけでは不足。
ゆえの
二人は互いの呼吸に集中しながら、同時にオリヴァスを
『────ぬぅっっ!?』
オリヴァスの足が床から離れた。顎が、上体が、腕が天井を向く。ほぼ同時、放たれた
氷の天井が次々と爆散し、階層が揺れた。
火炎放射、いや、全てを焼き貫く無数の
大魔導士の広域殲滅魔法を彷彿させる大火力に、腰を抜かす者が続出する。
『おのれ、小癪な真似を──』
巨大な氷片が雨のように降り注ぐ。
破壊された天井の更に上、巨大な雷鳴が
オリヴァスがむくりと起き上がる中、フェアは叫んだ。
「──魔導士はガンガン魔法を叩き込め! 一斉砲撃だ一斉砲撃! 永久再生なんてするわけないんだ、絶対にどこかで限界が来る!」
『限界、限界か。いい目の付け所だが、
「いや、死んでよ。リディスお姉さんの一生のお願い。速やかに死ね」
その姿を前にしても怯むことなく、リディス・カヴェルナは加速した。屈折しながら速度を上げ、頭から飛び込む方でぐっと目線を引き下げる。
「【
迸る白銀の魔力光。高速詠唱。ばさばさと突風に乱れる白金の長髪。無感動に染まる大きな瞳。
「【ミスティール・ゼイン】」
『むうっ……?』
告げられる魔法名と共に、小柄な影が
第二級冒険者達ですら目で追うのが困難な速度。
繰り出されるのは分身による連撃である。
「もっと、もっと、切り刻んでやる──悪魔め」
『むうっ……』
オリヴァスもまた高速で腕を振るったが、伸びた右腕は空を切った。
リディスは無表情で右一閃。膝から下に一撃。立て続けに分身による左一文字。空中に浮いた体に叩き込み、今度は腰から下を跳ね飛ばす。
「やれ、フェア! 速度も反応も私達の方が上だ! 魔法と反撃にだけ注意してれば、どうってことない!」
駆け抜けざまに叫ぶリディスの背中の後ろ、フェアは「もうやってる」と短く告げた。
上体のみになってもなお、変わることのない壊れて笑顔が
「【
刹那、ナルヴィの叫びが空気を裂く。
フェアはリディスともども追撃の構え。オリヴァスの肉片を更に切り刻み、叫び返した。
「今だやれ! タイミング合わせて一斉に頼む!」
「フェア!」
「わかってるよ姉さん、退避な!」
そして、魔導士達による集中砲火が始まる。
魔力馬鹿のレフィーヤをはじめ、攻撃魔法を使用できる者は全員参加。虫の息だった
◆
巨星のごとき大光華。
殺到した魔法が創り出した景色はとても美しいもので、鳴り響いた轟音は
オリヴァスは光の中に姿を消した。
肉塊があった場所には大きな穴が口を開けており、抜け落ちた氷の床が溶解を続けている。もくもくと広がっているのは真っ白な蒸気である。
後に残るのは静寂。未だ壁の中で沈黙している女体型が、どくんどくんと不気味に胎動していた。
「やったか……? なんか呆気なさすぎるような……生きてそうで凄い嫌だ……」
「けほ……不吉なことを、言わないでくれますか」
フェアが眉間に皺を刻み、恐る恐る穴の方向に視線を送る。その背後でふらつくアリシアが立ち上がり、要らんことを言うなと苦言を呈してきた。
お姉さんは羽織りを握りしめ、こほこほと口に手をあてる。まだ吐血しているようだ。
「すみませんね、心配性なもんで。まあ、とりあえず貴方が生きてて良かった。死なれたら人類の損失だし、ロキ様が寝込む。それはまずい」
フェアは苦笑いした。
ついつい口に出してしまいそうになったが、容姿を褒め称えるのはやめておく。
確実に不謹慎だと叱られる。それは構わないが、身体中が痛いのに叫ばせるのは良くない。
顔色を見るに血液は足りているようだが、時間が経てばどうなることやら。見た目の出血は止まっても、中の損傷も酷いはずだ。出来るだけ早く安全な場所で休んだ方がいい。
「……はぁ。なんというか、珍しく大人しいですね。普段、街ですれ違う時は……げほっ。もっと喧し……けほ」
彼女が何を言いたいのかはわかる。
大して面識がないのに姫扱いしたり色々……街の中でやられたものだから、大層迷惑だっただろう。申し訳ないとは思うがやめるつもりはない。美しいものをエロい目で見て何が悪い。
「時と場所は選ぶ男なんで。大人しくしてるんでそっちも大人しくしててください。で、リディス姉さん、手応えはどうだった?」
「私は知らん。だって魔法撃ってないし」
「ですよね。俺もわかんないや」
フェアは大穴に視線を戻した。
中の様子をうかがうことはできない。膨大な蒸気が立ち上り、視界を遮っている。
肉片からでも再生するなら、ほんの少しの肉片も残らないほど破壊する。今やったのはそういうことなわけだが、果たして上手くいっただろうか。
あれでダメなら、正直打つ手がない。
フェアの渾身の一撃は出していないが、先程の一斉攻撃──特大火力を上回るのは無理だ。
「ラウルさん、今のうちに撤退したいと思うんだけど、どう思う!?」
「ええ!? 本気っすか!?」
座り込んでいる青年、恐らくはパーティを指揮する側の人間──ラウルに意見を問う。彼は目をひん剥いているが、何を驚くことがあるのだろうか。
「本気に決まってるでしょう。それは気になることはありますけどね。壁の中の
「それは……そうっすね」
「ナルヴィはどう思う?」
「私もそれでいいと思うけど……」
こんな場所、長居するべきではない。
これが
まず優先すべきはフィン達との合流だろう。場合によっては撤退してから、という枕詞もついてくる。ヒュアキントスに任せたクルス達のこともあるし、今の状態で先に進むのは正直厳しい。
「じゃあ決定ってことで。ああ、魔導士部隊はほんとありがと。おかげで何とか脱出できそうだ」
──バキッ、と。
下から嫌な音が聞こえてきたが、フェアは聞かなかったことにした。
ルーム内にざわめきが生まれたが、無視する。
音の発生源は
「い、生きてた……?」
仲間の治療にあたっていた山吹色のエルフ、レフィーヤが戦慄して、後ずさった。
蒸気の中からは、まだ何も出てこない。
「生きてたとして、構う必要も義理もない。ラウルさん、アリシアお姉さん、撤退だ。このまま全員生存で逃げ延びる。一気に連絡通路まで行きますよ」
フェアは低い声で言い放つ。
「ですが……ガレスさんがまだ、残って……」
真っ先に反応したのはアリシア。袖で口元の血を拭い、ガレスが謎の獣と戦っていると打ち明ける。
フェアはなるほど、と頷き、そして結論した。
「大丈夫ですよ、あの人なら」
「大丈夫って、あなた……」
「あの人は強いし生き延びる術も知ってる。だから大丈夫大丈夫。危ないのは俺達の方だ。全員生きてること自体が奇跡的ですからね。そして、奇跡はそう何度も続かないんで、行きますよ」
強引な退却命令を発し、オラ従えとラウルに鋭い視線を送る。ラウルは「ええ!?」と動揺を顕にし、またしても【ロキ・ファミリア】はざわついた。しかし、そこにリディスが怒り口調で声を飛ばす。
「ねぇねぇ【
「あ、ハイ」
そしてラウルは意を決した。「退避だ!」と叫び、仲間たちを率いてルームの出口へと疾走を始める。
すかさずリディスが先導する形で前に出て、フェアが殿の位置へと。全速力で氷の領域を後にした。
◆
蒸気の中から、オリヴァスがゆっくりと姿を現す。
病的に白い顔が笑っている。屈強な腕を回して肩を鳴らす。緑黄の瞳が
『惜しかったな……【
都市最強の大魔導士の二つ名を引き合いに出し、憐れむように嘲笑する。冒険者達が逃げて言った方向に体を向けた。
『臆病者共め。だが、残念だったな。誰も逃がさん。誰も逃げられん、
ややあって、女体型の前に歩いていき、跪く。
手を合わせて見仰いだ。静かに瞑目した。
そして祈り、呼びかける。
『あの御方の写し身よ、どうか助力を! 哀れな冒険者共に慈悲を! 全て
淡い紅の発光が色濃くなる。鮮烈になる。巨軀を覆っていた氷に亀裂が走り、ぼろぼろと氷片が落下してきた。
ミシッ、ミシッ、と漏れ出す嫌な音。
間もなく、爆音が轟いた。
ぶ厚い氷の壁が爆ぜた。女型を避けるように氷片が吹き飛び、錫杖がふわりと浮遊する。
『────アハッ』
ヴェールの中から漏れ出す高い声。
俯き加減の女が笑い、ゆっくりと立ち上がった。
ジャラッ、ジャラッ、と鳴り始める錫杖の音────。
◆
アイズは死んだ顔で歩いていた。
斜め上に伸びている氷の道を、てくてくと歩き続けていた。
戦いは、終わった。
見たことのない獣型やら食人花やらを全滅させたところで、レヴィスを名乗る謎の戦士は踵を返した。
闇の中に姿を消してしまったのだ。結局、レヴィスの正体については殆ど何も分からず。なぜアイズをアリアと呼んだのかも不明のまま。
追跡することはできなかった。レヴィスが去った直後、入れ違いにリヴェリア達が走ってきたからだ。
──恐らく全員回収できた、後は上に残っているだろう。
リヴェリアによれば散り散りに落とされたわけではなく、ある程度は固まった状態で落下していたらしい。だからそこまで時間がかからず合流できたとのことで、アイズは上を目指すことに。
大魔導士様が氷の道を作ってくれたので、そこを辿って皆で上へと。なんというか消化不良な気分なのだが、致し方ないと思いながら、上へと。
「レヴィスか……
「うん……途中で、魔石を食べてた」
「俄には信じ難いな……そんなものが今までダンジョンに隠れていたのか」
「リヴェリア、僕も見ていたから間違いないよ。親指の疼きの正体は彼女だったのかもね」
頭痛をこらえるような顔のリヴェリア。フッ……と薄笑いを浮かべ、親指を主張するフィン。
二人に挟まれるアイズの後ろ、ティオネ、ティオナのアマゾネス姉妹やベート達、派閥の主力が上方を睨みつけている。
「オイ、フィン、ババア、急ぐぞ。ジジイのことだから大丈夫だとは思うが……」
「おい、口を慎め
「ンー、そうだね。皆、少しは休めたと思うし速度を上げていくとしよう」
まだ全員と合流できたわけではない。
(たしかに、急がないと)
ガレスやラウル、アリシア達が気がかりなのは変わっていない。ぐん、と進行速度を上げる仲間たちを追い越し、アイズは一気に前に出た。
◆
「フィルヴィス、お前は下に向かえ!」
謎の神とヒューマン二名が再び走り始め、追跡も再開となってすぐのこと。
白いエルフの少女は速度を落とした。
「戻った方がいい!」と声を飛ばしてくるのは、前を走るシャクティである。
「敵の足が思ったよりも早い! アレンですら手こずる相手だ、恐らく長期戦になる! 相方が心配なら戻れ! このままでは、どこまで行くかわからないぞ!」
現在の位置なら一人でも連絡通路まで行けるはず。
シャクティはそのように続け、フィルヴィスは静かに頷いた。
「──そうだな。悪いがこちらは任せる」
咄嗟にこちら側に来てしまったが、あまり長引いて何かあったら困る。気持ちが悪い気配が嫌だなどと言っている間に、うっかり死なれたりしたら悔やんでも悔やみ切れないというものだ。
「シャクティ、武運を祈る!」
「そちらもな! なに心配するな、爺もいる! こちらは任せておけ!」
「ほれ、とっとと引き返せ! 放っておくとあいつは危ない! 既にやらかしていた場合は、首輪でも嵌めてお仕置きしてやれ!」
軽く手を上げて離脱し、元来た道を戻り始める。
爺の言うやらかしが具体的に何なのか。それはイマイチわからなかったが、兎にも角にも先を急ぐ。
『──ッッ!』
「邪魔だ、退け」
骨の戦士『スパルトイ』の群れが立ちはだかるも、中央をぶち抜いて前進。
出来る限り戦闘は避けて前へと。
下の階層への最短経路を突き進んで行った。
◆
ガレスは水を飲み欲した。
謎の獣はもういない。
後輩達を逃がしてから間もなく、下から舞い戻ってきた椿と合流を果たし、共に獣を──【ビャクラ】とやらを追い詰めた。
もう少しで押し切れるかと思ったのだが、落雷が連続した
現在は移動中。
「おい、ガレス。なんじゃあれは」
「……吹き飛んだの。何が出てきたが……おいおい、デカいぞ、一体全体何事じゃ」
二人は足を止めた。
まじまじと見つめる先は、連絡通路付近に存在する氷の領域。氷に覆われたエリアが爆散し、中から
立ち上がった女型の巨軀の周囲、複数本の錫杖が浮遊している。眩いばかりの紅光が全身から放たれており、どういうわけか雨が止んだ。
ダンジョンの天候が変わった。まるで彼女を祝福するかのように、暗かった景色が明るくなる。
「……あれは、
椿の呟きが豪雨に掻き消される。
そして、女体型はヴェールの中で無邪気に笑った。
アハッ、アハッ、アハッ、やけに鮮明に響き渡るソプラノの声────。
◆
爆音。砕け散った氷の領域、破壊の旋律、首が折れた女型の怪物が立ち上がる。
どうせそのうち動き出すんだろうと思っていたから、壁をぶち破って出てきたとしても想定の範囲内。
そりゃあ驚きはしたが、度肝を抜かれて足が止まるなどということはなかった。
フェアは大声で『うおお!?』とか叫びながらも、【ロキ・ファミリア】の尻を叩き、走り続けた。
この距離なら逃げ切れる。リディスが叫び、フェアはそれに応えた。
──いける。
その感覚を更に強固にしたのは、小憎たらしい顔の小さな勇者。
小さな影が側面から飛び出してきて、フェアの横に並んだ。
「!」
「やあ、何だか大変なことになっているようだね。とりあえずお疲れ様と言っておこうか」
黄金色の瞳がきらめく。
下に落とされていたはずのフィンが、戻ってきた。
彼だけではなく他の面々の姿もある。【ロキ・ファミリア】の面々から歓声が上がった。特にラウルは「うおおおおおおおお!」と絶叫し、大粒の涙をばら撒きながら走っている。
「フィンさん、来たか! 殺しても死なない人だとは思ってたけど、さすが勇者! 信じてましたよ貴方こそが勇者だ! ヒュウ!」
「君、もしかして馬鹿にしているのかい?」
「まさか! 勇者ともあろうものが落とし穴にハマるとかダサいなとか思ってませんでしたよ。いやほんとよくぞご無事で」
「ははは、ダサくて悪かったね。君、たまに
フィンは嫌味を吐きつつも、次の瞬間きゅっと表情を引き締めた。
二人の間をアイズが追い抜かしていき、前方のレフィーヤ、そしてアリシアの横に並ぶ。たどたどしい感じではあるが、ここまでのことについて報告をしているようだ。上手く伝わっているかは不明。
「ラウル、いいぞそのまま走り続けろ!」
ラウルが涙声で「ばいっ!」と情けない声をあげる横、猫人の娘が尻キックをかます。ラウルの相方のアナキティも無事だったようだ。
「だ、だんぢょおっ! こちらは全員います! クルス達はこの先に──ずいまじぇん! ガレスさんがまだ──ッ」
「なるほどガレスか。よし、レフィーヤ! 合図を送れ! 派手に打ち上げ花火を上げるんだ! それで伝わる、さあ早く!」
「わかりました!」
連絡通路まで残り五〇〇
フェアはここで首をひねった。椿の姿がないことに気付き、フィンに確認すると「問題ない」とのこと。
先に上に送り込んだから、ここにいないということはガレスと一緒にいるだろう。フィンの見立てはそんなところで、フェアは『楽観的過ぎないか……』と汗を流したが
「おぉい! フィン達もおるのか!」
「全員集合か!? よしよし、これで心置き無く逃げられるというものよ!」
東の丘を駆け下りてきた冒険者が二人、叫びながら近づいてきて合流を果たす。
ガレスと椿だ。フィンの読み通り合流できていたようで、幸運なことに近くまで来ていたらしい。
「よし、最高のタイミングだ! 生きていて安心したぞ、ガレス!」
「おうよ! リヴェリア、そちらも無事で良かったわい!」
これで本当に全員。後はこの階層とおさらばして、38階層
そこまで考えて、いけると思った。フィンの表情にも余裕があり、近付いてきた白濁色の洞穴を見据えた。
「フェア、ところでアレはなんだい? どことなく『彼女』に似ているようだが、心当たりは?」
「さぁね。とりあえず化け物なのは確定でしょう。考察は帰ってからにしましょう」
直後。
「は?」
前触れなし。
詠唱もなし。
しかし花模様の
そして、光は更に強くなる。その意味を瞬時に理解する冒険者達は呼吸を止めた。
「親指が──」
フィンさえも額に嫌な汗を浮かべている最中、ただ一人、リディスは金切り声を上げた。
「フェア、走れえええええええええええええええええええええっっ!! あれはやばいっ! 勇者あ! 親指疼くの遅すぎるでしょ! しっかりしろおおおおおおおお!」
「ッッ!? ──誰か
久しぶりに来た彼女の絶叫。
応える余裕はなく、フェアは呼びかけた。体を翻しながら怒声を打ち上げ、粟立った両手で抜刀。
治療魔法を転用した防御は使えない。正確には大した足しにはならない。ならば攻撃魔法を増大させて、できるかぎり相殺する。
(完全防御は無理だけど、しゃあない)
紅く染まった38階層の空を仰ぐと、ヴェールを揺らす女型が見えた。浮遊している。そして、緩みきった口で何かを呟く。
「──」
突風にあおられヴェールがめくれる。
美しい女の顔が顕になり、しかし眼球があるべき部位は
『ウフッ、ウフフフフ。さァ、ミンナでヒトツになりまショう?』
その腕が、指揮棒を振るうように動き出す。
しなやかな腕が二本とも、艶やかに曲線を描き始めた。綻び続けている口元から声が漏れる。
『ヒサシブリ、さようなら、すぐアエルヨ』
「────」
意味の分からない言葉の羅列。
目が合った、ような気がした。
眼球のない部位を見つめてみるが、そこには闇が渦巻いているだけだ。
「おい、急げババア!」
「馬鹿者! 急かして自爆でもしたらどうするんじゃ!」
「ババアがミスるわけねえだろアホドワーフ!」
他方。
一団の先頭集団内、やかましい場所で詠唱を始めているのは大魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴ。
「【閉ざされる光、凍てつく大地】──」
しかし間に合わない。先程の呼びかけの意図はわかっていても、十分な火力を出すには時間が必要。恐らく、その前に
フィンが槍を構えた、リディスが隣に戻ってきた。
そして、フェアは視界の片隅に白い光を捉えた。魔力光の高まりは
(フィルヴィスさん! 惚れ直すぞ、このタイミングは! やっぱり最高の
さすが正妻(1)、フィルヴィスが戻ってきてくれたようだ。
諦めなければいいことある。昔、よく団長から言われていた言葉だが、久しぶりにその通りになった気がする。
「【
「【ディオ・テュルソス】! くれてやる! しっかり喰らえ!」
発動した【スキル】が
立て続けに【魔法】を発動した刹那、離れた位置からフィルヴィス・シャリアが魔法を放つ。
「ミスった──けど、ぶっぱなしてやる! 吹っ飛べ
『アハハハハハ!』
そして、紅い閃光が降り注ぐ。無差別に、冒険者も怪物も関係なしに。ダンジョンの地形が赤い光の中に消えていく中、刀から放たれた白光が冒険者たちの頭上で弾ける。爆散する。
防御成功! かと思いきや、目の前に閃光が着弾して吹っ飛ぶフェア。巻き添えを食らったリディスも一緒になって地面を転がり、白金色の髪を掠めて閃光が岩を破壊した。
「うわあっ!? ちょっとちょっと! 早く立って逃げる! まだ落ちてくるよコレなんなの!?」
「フィルヴィスさん、フィンさん達も走れ! 洒落にならない!」
「もう走っているっ、早くしろお前達!」
もんどりうって立ち上がり、爆走。
今度こそ連絡通路に飛び込んだ直後、洞穴の入口が爆散して大炎上する。凄まじい熱風が吹き込んでくる中、大慌てで上り階段へと向かう。
「こっちだ! 恐らくここも破壊される! フェア、君達も急げ!」
フィンに急かされながら階段を駆け上がり、37階層『
しかしそれで終わりではなく、女神型は
階層無視の大驀進に、ほとんどの者が絶望に支配されそうになったが
『アハハハハハハ! アハッ?』
壊れた笑い声に動揺の色が見えたかと思えば、女神型は動きを止めた。
どういうわけかおろおろと右往左往を始め、大きな音を立てて壁にぶつかる。何度も、何度も、壁をぶち破って暴れるものの、冒険者達への攻撃行動はしてこない。
「今が好機なのではないか!?」
それを見たヒュアキントスが叫んだ。
「あんなのほっとけ! 突っ込んだりしたら助けませんからね!」
それを聞いたフェアがキレた。
「突っ込んじゃえよもう! おバカは食べられちゃえばいいんだ!」
リディスも辛辣な罵声を放った。
そんな
指先から、つま先から、髪の毛の先から灰となって消えていく。最後はもがきながら顔だけをこちらに向けていたのを、フェアも勇者も、他の冒険者達も見ていた。
「──撤退だ。この階層も崩れかねない! 急ぐぞ皆!」
だが、のんびりなどしていられない。
恐らく大崩壊してしまった38階層の真上。現在地の床は至るところで崩落が発生し、前代未聞の陥没連鎖が始まっていたからだ。
フィンは大声で撤退を再度指示し、冒険者達は全速力で帰路を進んだ。
結果、恐らくは誰もが記録を更新した。
37階層、
◆
ようやく一息ついて、とりあえず物陰でめちゃくちゃまさぐりあった。珍しくフィルヴィスが積極的で非常に唆るものがあったが、のんびり交尾しているわけにはいかないので本番はなし。
しれっとリディスが盗み見していたので、勢いに任せて引っ張り込んだ。
「あのさぁ、私を窒息させる気?」
「すみません。フィルヴィスさんの前でするの燃えちゃって……」
「……おい、貴様ら焼かれたいのか」
結果、キス友が増えた。
皆のところに戻った後、途中で合流できたハシャーナが血の涙を流していたが、それについては見なかったことに。
「……はぁ、不公平だろ」
「邪神は取り逃したと。まあ仕方ないですね。しっかりギルドに報告して、後は指示待ちってことで」
「……【
「アレンさんはほっといていいです。死にはしないでしょあの人は」
ハシャーナ達は邪神を取り逃してしまった──というかアレンに置いていかれたらしい。
おいかけっこは今も続いているかもしれないが、探しに行く気力は無い。だから放置することにしたが、こんな扱いができる相手は数える程しかいない。
フェアはアレン・フローメルに対して全幅の信頼を置いているから、完全放置が可能なのだ。だからどうか喜んで欲しいと言い訳して、18階層に向けて出発した。
「しかし、相変わらず凄まじいな君の【スキル】は。全アビリティを強化して、一時的な発展アビリティも付与されるんだろう?」
「うっかり制限時間超えると発狂しますし、ほいほい使えないですけどね。しかも、あれ使うと
27階層。
25階層から始まる
この辺りでは、殆どの者が死んだ顔になっていた。
フェアもできれば静かに過ごしていたかったが、フィンが話しかけてくるから仕方なしに付き合った。無視するとアマゾネス姉が襲いかかってくるから、喋るしかなかったのだ。
第一級冒険者のアマゾネス姉妹の姉の方、ティオネ・ヒリュテは勇者の妻になることを目標としている健気な乙女──もとい
「あんた、団長を無視したら……わかってるわよね」
「なんでそんな元気なんですか。大変だったんでしょ39階層に落とされて」
「においをかいだから。団長と合流するにあたっても、においをたどったわ」
「獣かあなたは」
姉の方とはあまり関わりたくない。性格的には妹のティオナの方が好ましいが、全く色気を感じないので絡もうとしたことは一度もない。
「ところでフェア。今回のことだが、帰ったら話し合う場を設けたい。リヴェリアがそう言ってるんだが、どうだい?」
「いいですけど、なんでフィンさんが伝書鳩の役割を?」
「君にリヴェリアが近づくと、
「過激派」
道中、フィンとは真面目な話を結構した。
情報交換、共有だ。
互いに目的は達成できなかったものの、代わりにわけのわからない問題が幾つも出てきたから。
ミノたんから出てきた極彩色の魔石。
ミノたん大繁殖。
アレンが単独で討伐した精霊(推定)。
謎の神と推定Lv.6の眷族二名。
レヴィスと名乗る第一級冒険者相当の人外と、使役されていた新種の獣と食人花。
ガレスとやり合ったという赤黒い獣【ビャクラ】。喋る獣だったらしい。次から次へと勘弁して欲しい。
加えて、復活したオリヴァス・アクト。精霊っぽいけどなんか違う気がする女神型(フェア命名)。
「その女神型だが、どうやら【
「それはまた意味深な……神を破壊するってことですか? 物騒な話だ」
フィンによれば、レヴィスが去り際にその名前を言っていたとのこと。
「【
「ルージュ……」
「ああ。君が気になっている『彼女』、聖騎士もルージュだったよね。
更なる情報を口にした後、フィンはじっとフェアの顔を見つめてきた。
聖騎士、光姫、
名前はルキナ・ルージュ。現代の冒険者で言うと聖女様が近い顔をしているらしいが、瞳の色は紫色ではない。血が濁ったような妖しい色だったため、常に目元を隠していたらしい。
「リヴェリアはその点も気になっているみたいだよ。僕もだ。できれば教えてくれないか?」
「何をです? ルージュ繋がりは認めますけど、俺のは二つ名ですし。それ以外に何かあるなら、俺が聞きたいくらいですよ」
フェアは肩をすくめた。
白状すると、何かあるのはほぼ確定している。きっとフィンも察しているはずだが、踏み込んでこないのは気を使っているのか。はたまた別に考えがあるのか。どっちでもよかった。吹聴されるようなことがなければ、それでいい。
「俺はね、しばらくはクラネルでいたいんですよ。だから
「ああ、構わないよ。でも、君と
「そうですね。フレイヤ様がそうしろって言ってるので。逆らう理由も今のところないので、大人しく言うことを聞いておきますよ」
フィンの言う『彼』とはベルのことだ。
関係については伏せておくということで、フレイヤがロキに『お願い』したそうだ。ロキは珍しい装飾品と引き換えに合意し、事情を知っているフィン達にも『内緒なー』とおふれをだしたそうな。
「そうか。まあ、君がいいなら良いんじゃないかな」
「改めて、ご理解いただけで有難いです」
「ンー……しかし、問題が山積みで頭が痛いね。君はどこから手をつけるつもりだい?」
「帰ったらゆっくり考えますよ。まあ、遠征続行は決定ですね。オリヴァス、生きてそうですし。決着はつけなきゃいけないでしょう。放っておくのも危ないし」
24階層。
大樹の迷宮に入ったところで真面目な話はお終い。
理由は疲れたから。目の保養にアリシアに近づいたら逃げられたので、大人しくフィルヴィスとリディスの間に戻った。
道化の派閥──【ロキ・ファミリア】は綺麗どころが多いと言われているが、真に親交を深めたい相手は限られている。なので、将来的にはベルが頑張ってくれればそれでいい。
「喜べ、お嫁さん候補は沢山いるぞ」
「んー? 頭がおかしくなったの?」
「リディス姉さん、もう少し優しくしてくれてもいいと思うよ。満身創痍なんだよ俺は」
「思ったんだけど、寸止めっていいよね」
「頭おかしいのはそっちじゃないの?」
20階層。
リディスに冷たくされたので、どうすれば優しくしてくれるかと尋ねたら『さんぴー』と言われた。後でフィルヴィスに土下座しようと思った。
しかし、まずは聖女様でないと申し訳ない気がするから困る。とりあえず帰ったら早目に会いに行こうと決めた。ギルドのローズにも差し入れを買っていかないといけないし、そう考えると予定は女相手ばかりである。実に喜ばしいことであった。
「──世話になったね。派閥を代表して礼を言うよ」
「全員生還。派手に祝杯といきたいところですけど、予定があるんで宿屋に行きます。それじゃフィンさん、お疲れ様でした」
「ンー、ぶれないねぇ君は。僕達は明日の朝まで留まるつもりだから、何かあったら訪ねてきてくれ」
そして遂に、18階層リヴィラに戻ってきた。
早いもので、遠征が始まって六日目の昼前。フェアのパーティは全員で食事を取った後、自由解散とすることに。【ロキ・ファミリア】は野営を行い、次の日の朝まで体を休めることになった。
色々あった。色々ありすぎて、地上に戻ってからめちゃくちゃ悩むことになりそう。かなり気は重かったが、それはそれとして今回の遠征でフィルヴィスへの愛が増した。リディスは計算高い食わせものであることを再認識させられたが、やはり付き合いの長さと性格の相性、それと戦闘面でも噛み合わせ良好。年上のお姉さんとして正直、惚れ直してしまったので、どちらと過ごそうかちょっと迷った。
「君、えぐいことするね」
「そうですか? 双方合意してるんだから良いでしょ別に。なにか楽しい話でもしてくださいよ」
「ごめん、既に音がえっちいから集中できない」
「いや……ピュアを気取られても反応に困る。姉さんからしたら普通でしょ。日常でしょ?」
「私をなんだと思ってんだお前」
仕方ないから、エルフ嫁の頭を撫でながら、小柄な姉さん(Lv.6)とお喋りすることに。
フィルヴィスは癒し担当。リディスは喋り相手。口が塞がってる嫁の代わりに雑談してくれと頼んだら、ちょっと傷ついた顔をされた。