フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
「ここで一休みとするか」
顔の傷を歪めて笑うザルドが、赤い髪を大雑把に掻き揚げながら岩場に腰を下ろした。
フェアはふと、自分の両手を見下ろす。
小さい。見えている景色も狭いような気がする。ああ夢かと思った。昔の夢を見る。それを自覚するも好きなようには動けない。よくあることだ。きっとフィルヴィスと一緒に眠ってしまったのだろう。
「ここ、どこ?」
白と赤の交じり合う髪を風になびかせ、ザルドの隣へ並んで座る。
彼は両膝の上に肘をつき、前傾姿勢で空を見ていた。
どこまでも大きく、信じられないほど強かったその男は、この千年を支えてきた最強の派閥──【ゼウス・ファミリア】の一員。
そして、人類が乗り越えなければならない壁──三大
「適当に歩いてきたから、現在地は知らん。だが、たまにはいいだろう。こういうのも。アルフィアもベルもジジイもいない。水入らずってやつだ」
ザルドは皮の水袋を取り出し、その姿勢のままで酒をあおる。「大人になったら飲ませてやる」、なんてありきたりな台詞を吐きながら。
「なんでいきなり、こんなところに来たの?」
「気分だ」
「テキトーだなあ……」
「男なんてそんなもんだ。お前もいつかわかる」
ザルドはうっすらと瞳を細め、しんみりとした顔で雲の行方に視線を送る。なんだか凄く良い事を言った雰囲気を醸し出していたが、言葉の中身は空っぽであった。
「この後は釣りでもするか。昼食は現地調達だ」
「いいけど、どうしたの急に。いつもならみんなで来るじゃん。なんで俺だけ?」
「なに、風の
気にするわ、とフェアは思った。
人が普段と違う行動を取った時、そこには何かしらの意味が隠されている。そんな当たり前のことを知ったのはこの頃だった。
料理マスターを目指していた大男のザルド、静寂をこよなく愛する暴力女アルフィア、そして白髪の幼児ベル・クラネル。そこにフェアを加えた四人と、家主の老人、ベルの祖父。
十年前はまだ、五人で暮らしていた頃だ。それが三人になって、フェアがオラリオに向かって二人になり、最終的にはベル一人だけになった。
今はもう、あの家には誰も住んでいない。厨房に立つ男はおらず、暖炉に火を灯す爺もいない。静かに本を読んでいた女も、その女の膝の上に乗せられていた少年ももういない。
「冒険者になりたいなら好きにしろ」
「いきなりなに」
「いつも言っているだろう、冒険者になって英雄になりたいと。アルフィアはいい顔をしていないが、俺は構わないと思う。お前の母親がそうしていたように、お前も好きに生きていい」
ザルドの大きな手が、フェアの赤と白の髪をワシャワシャと撫でる。
ちらりと上を見たフェアの、濁った赤眼が自然に細まる。少し懐かしくなったのだ。27階層で精霊と戦った際、なんやかんやあって完全に白くなってしまったが、この頃はまだ赤も混ざっていた。
「おじさんはお母さんを知ってるの?」
「ああ。とても優しい女だった。同じくらい怖かったがな。渾名は女版ゼウスと女神アストレアの二重人格女だ」
「なんだそれ、ながい……」
「つまり、とてつもなくヤバい女だ。会いたいか?」
「いや、いい……こわいから」
ザルドはフェアの母親を知っているらしかったが、詳しい話を聞いたことはなかった。
話を振られること自体が少なく、ふと話題に上がったとしても内容が物騒だったから。家族には満足していたフェアは、深掘りしようとは思わなかったのだ。
今となっては聞いておけば良かったと悔やんでいるが、当時はあまり深く考えてなかった。後悔先に立たずである。
「そういえば、ベヒーモスの肉を食らった日も、今みたいに良く晴れていたな。あれは凄かった。二度と味わえないであろう独特の風味、この世で最もおぞましいヘドロを凝縮したような食感、あんなものを食らうくらいなら、ゴキブリのスムージーを飲み干した方がまだマシだ」
「えぇ……それなのに、また食べたいと思うの? たまに言ってるよね、久しぶりに食べたいって……」
「ああ、たまにな。普段は有り得ないと思っているが、ふとした時に懐かしくなる。人生において何度かは、究極のゲテモノを食らうのもアリだからな」
「わけがわからないよ」
ザルドは敵を捕食することで強くなる、グロいが強い{スキル}を持っていた。ベヒーモスに止めを刺すことができたのも、その{スキル}のお陰だったらしい。
もっとも、そのせいで彼は不治の病を患うことになってしまった。体が内側から腐っていく。そんなことになっても『懐かしい味だ』とか言えるあたり、冒険者というのは狂っている。そう思っていたが、今やフェアもすっかり仲間入りを果たしてしまった。狂った冒険者の一員、それも狂気度ではかなり上の方だ。
「いいかフェア、これは大切なことだから何度でも伝えておくが、避妊だけはちゃんとしておけよ」
「わかってるよ……てか相手とかいないし。カンタンにできるとも思え」
「んなもんわかんねえだろうが! 運命の女ってのはいきなり現れるんだよッ!」
釣りを始めて半刻ほどが経過した頃、ザルドは唐突に目を見開き、天に向かって
集まってきていた魚達が逃亡に転じる中、フェアは「!?」と岩の上からずり落ち、ひっくり返る。
「な、なに!? いきなりなんなの!」
「お前っ、ほんと簡単に考えるなよ女ってやつを……運命ってやつは唐突にやってくるんだ! ちょっと心を許した時点で結構ヤバい! できちゃった♡ とか言われたらいよいよ終焉が近いと言える、命の危機だ! あれで俺はヘラの戦乙女共に──うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ッッ!?」
ザルドは大漁旗をそうするように、釣竿を振り回し始めた。フェアは驚倒するばかりであった。
たまに様子がおかしい時はあったが、この時のイカレ具合は半端ではなかった。どうやらトラウマが蘇ってしまったようであったが、この時のフェアには彼を止めることはできなかった。
「あ、あいつら……寄ってたかって俺を火炙りにしようと……はぁ、はぁ……ハァッッ」
「か、帰ろうか? アルフィアおばさんにしばいてもらおう」
「アルフィア! アルフィアだと!? あいつもヘラの一味だ! 敵だぞ! しかも戦場でフレンドリーファイアしてくるヤバい女だ! 確信犯で鼓膜をぶち抜いてくるんだぞふざけんなよ! お前ほんとアルフィアみたいな女とは結婚するなよ! マジでやめろよ!」
「俺だってあんなの嫌だよ! あんなおばさんは嫌だ! ──ちょっとほんとだいじょうぶ!? 昔、何があったんだよ!」
人里離れた静寂の中、二人の賑やかな声が秋の空へと飛んでいく。
この日は結局、魚は釣れずに腹ぺこで家に帰ることになった。会話の内容はほとんど中身のないものばかりだったが、フェアは鮮明に覚えている。
絶対に忘れられない、悪い思い出として。
数日後、アルフィアとザルドは何も言わずに家を出ていき、二度と戻ってくることはなかった。当たり前にそこにいた人達がいなくなる、心にすきま風が吹く嫌な感覚。トラウマになった。
◆
寂しさと共に目覚めると、すぐに心が満たされた。
クールなエルフのお姉さんが、甲斐甲斐しく寄り添ってくれていたからだ。添い寝ではなかったが、これはこれでアリ。むしろ至福であった。
「あー……すみません寝落ちてました。なんか、フィルヴィスさん機嫌良さそうですね。教えたことちゃんと実践してるじゃないですか。偉い。立派なお嫁さんになれますよこれは」
「…………ふぅ」
普段着のままで布団の中に潜り込んでいるエルフの顔を、両足で軽く圧迫する。
しばらく体勢を変えずに、そのまま寛がせてもらった。さらさらの黒髪の感触がくすぐったく、ぬるい吐息は卑猥でしかなかった。
◆
ベルが道端で赤髪の青年と見つめ合っていた。
何をしていたのかは知らんが、フェアとしては狙うなら女にしておけと言いたい。夢は大きくハーレムといってほしいところだ。相手が被った場合は競争になるが、まあ大丈夫だろうと思っている。
なんでもヘイズ・ベルベットがベルに接触したようだが、フェアは彼女に興味はない。嘘だ。ちょっとだけなくもないが、どうしてもお近づきになりたいというレベルではない。それにアミッドが「比べられるのは不愉快です」と言っていたから、それなら
「ヘルメス様、そうは思いませんか?」
「おいおい冗談はよしてくれ。君が誠実だったら、あまねく男子は誠実ということになってしまう。こんなことを言うのは申し訳ないんだが、君ってやつは俺ですらドン引きの節操なしだぜ?」
真面目な考えを述べたら神に否定された。
それも不誠実に定評のある男神ヘルメスに、節操なしとか言われてしまった。なんてこったい。
今、フェアは【ヘルメス・ファミリア】の
「しょーもない話はやめよう。俺は真面目な話をしたいんだ」
「ヘルメス様が真面目な話をする時って、大体ろくでもない……まさか新しい媚薬の話ですか? そんな邪道なもの、誰に使うつもりなんです。ドン引きですよ」
「おい、明後日の方向に決めつけた挙句、見当違いな軽蔑をするのをやめろ。俺をなんだと思ってるんだ」
ヘルメスは羽付き帽子を深く被り直し、
「真面目な話は君が持ってきたんだろう。【ヘラ・ファミリア】の千の癒し手、もとい聖騎士。あるいは【
「呼び方はどれでもいいですよ。伝わるんで。いちいち教えてもらわなくても知ってるんで」
「いきなりツンツンするなよ……はぁ。まあいい。本題に戻ろう。十年以上も前に深層で死んだとされる癒し手が、まさか生きていたのか?」
長旅の疲労を肩から振り払うように、ヘルメスはコキッ、と首の骨を鳴らす。彼はしばらくオラリオを離れていた。つい先日戻ってきたばかりなのだが、お土産がなかった。その点について、フェアは怒っている。だから、ちょっとばかりツンツンさせてもらった次第だ。スッキリして許したからもうしない。
「まさか。恩恵の反応はたしかに消えたって聞いてますよ、それで生きているのは有り得ない」
フェアは大袈裟に肩をすくめる。
恩恵の反応が消える、イコール死だ。主神は恩恵を通して眷族の生死を判別できる。そして、女神ヘラはルキナの恩恵を感知できなくなったと聞いている。
だから、生きているなんてことは有り得ないはずだし、有り得てはいけないのだ。
「でも、気にはなりますよね。なんでかは知らないけど、岩の中から直筆のメモが出てきたんだから。おまけに日付けは三年前……まあ、手書きの日付けなんてアテにはなりませんけどね」
「それはそうだ。いくらでも適当に書けるからな」
ヘルメスは長い溜め息をついて、しばしぼんやりと天井を仰ぐ。
聖騎士もとい千の癒し手。彼女は
「誰かの悪戯だとしたら、悪趣味な話だが……」
「50階層でそんな真似する馬鹿はいないでしょ。いないと信じたい」
「そうだなぁ……で、その情報を俺に伝えた上で、君は何を望むのかな?」
「もう本人には伝えましたけど、リディス姉さんを貸してください」
そのリディス姉さんは扉の外で、「私は貸し出される運命! ああっ、私はなんて罪な女!」と涙声で叫んでいる。演技十割である。悲劇のヒロインごっこでもしているのだろう。
「俺に許可を取らなくても、勝手に連れていけばいいだろう……乗り気のリディスは止められない。邪魔して顔を引っ掻かれるのはごめんだ」
「一応、主神には許可取らないとなんで」
「その律儀さを、もう少し女性に対して発揮したらどうだい? いや、見方によってはとても真摯に向き合っていると言えるが……」
女好きの男神が何を言っているんだか。フェアは濁った赤眼を細めて笑う。
とりあえず戦力ゲット。【ヘルメス・ファミリア】のリディス・カヴェルナはLv.6。しかも便利な魔法も持っている。
「ヘルメス様は相手は考えた方がいいですよ。フレイヤ様とイシュタル様を同時に相手するのはやめた方がいい。美神と同じタイミングで別々に、とか……身を滅ぼしますよマジで」
「おい、俺はフレイヤ様一筋だ。いつ、どこでイシュタルと触れ合ったというんだ」
「すみませんカマかけてみただけです。弱みが握れるかと思って……」
「油断も隙もあったもんじゃない。リディスといい君といい、もう少し俺を労わって欲しいね」
ヘルメスは何か言っていたが、ドMだから放っておいても大丈夫だろう。
強力なパーティメンバーが加わることが確定したので、フェアは上機嫌で館を出た。最後にお土産について確認してみたが、やっぱり買い忘れたとのことで、次に期待すると宣言してやったのであった。何様なのかは知らん。
◆
うん、今日はいい風が吹いているなぁ、と蒼穹を見上げてたそがれてみる。
フェアはふっと吐息を吐いた。
悟りを開いた修行僧のような顔で、頭に浮かんだ言葉をそのまま発する。
「風の導きが聞こえる……」
「うわぁ痛々しい」
カッコつけていたら馬鹿にされた。
館の二階から少女、ではなく女性が飛び降りてきて、すかさず口を開いたのだ。前に立つなりドン引きの顔で、「イタすぎる」と後ずさっていく。
「なにそれ、賢者タイム? 君、ヘルメス様とナニしてたの……」
「おぞましい疑いをかけるのはやめて、リディスさん……」
体は小柄で面立ちは幼い。しかし年齢は噂によればアラフォーが近い。もう突入しているかもしれない彼女の名は、リディス・カヴェルナ。
「やめるのは君だよ……うえー……」
「妄想を膨らませるな……!」
貴族令嬢のようなお上品な服装をしているが、明日は盗賊衣装に変わっているかもしれない。リディスは表情も服装も、なんだったらキャラもコロコロ変わる、掴みどころのない女である。
「お兄ちゃん……ほんと、そういうのやめた方がいいよ? リディスはそういうお兄ちゃんは嫌だなぁ〜」
「あなたはお姉ちゃんでしょうが年齢的に。はぁ……よろしくお願いしますね、遠征の件。50階層まで行くとなると呼べる人は限られてるし、リディスさん抜きだと俺の構想は破綻するんで」
「ウケる〜私の重要度高すぎ〜マジでウケるんだけど〜テンアゲ〜」
リディスは体を逸らしてケラケラと笑った。
上質な赤い布の内側で、豊満な肉塊がゆさゆさ揺れる。この女、いくつになってもメスガキ面のくせして、実にけしからんものをお持ちだ。一部の男神達は顔にも胸にも夢中になっているのだとか。
「ははは、ギャルモードはやめてもらえます? なんかうざいんで。イラッとするんで」
「おい、お姉ちゃんを敬えよ年下! 私はお姉ちゃんだぞいい加減にしろ!」
「いい加減にするのはあなただ! 妹かお姉ちゃんかはっきりしろ!」
リディスとの付き合いはかなり長い。
最初は気立てが良くて生真面目なお嬢様だったのだが、ふざけて騙していただけとのこと。出会ってから半年位で、今みたくフザケタ女に変貌してしまった。
まあ、キャラを作っていようがいまいが根本は変わらないから、フェアはそこまで気にしないが。
「わかったいい加減にするよ。じゃあ中間でいこうかな」
「中間ってなんですか……」
「聖騎士の件だけど、本人が残したメモなら凄く不吉。日付けが本当なら不穏すぎ。誰かのいたずらならバチクソ不敬なウンコ野郎って感じかな」
「全て、激しく同意しますよ。いたずらであることを祈ります」
いきなり話が飛んだが、小気味の良い会話のテンポは変わらない。話題がポンポン変わるのは、この人相手だと慣れっこである。
「でも──会ってみたいんでしょ? だから、【
「飲みに誘うくらいならともかく、いきなり拉致はまずいでしょう。流石にヘルメス様から怒られますよ」
「会ってみたいならそれでいいじゃん。私は事情知ってるわけだし素直になりなよ」
「またおっぱい大きくなりました?」
「いやぁ、むしろ小型化したよぉ? アハハ」
リディスは猫のようなくりっとした瞳を細め、その相貌に挑発的な笑みを描いた。
重ね重ねふざけた人間だが、フェアも同じくらいふざけた奴である。
「真面目に言うけど、執着は身を滅ぼすよ。程々にしといた方がいいんじゃない? 君、ずっと聖騎士の情報探してるじゃん。もう死んでる人のことなんだし、程々にした方がいいと思うけど?」
「俺はセイント・フェチなんで」
「そっか。そんじゃま、そういうことにしといてあげる」
リディスはプラチナブロンドの髪をなびかせ、屋敷の中に戻って行った。中身があるようなないようなあるような、いつも通りの緩い会話だった。
とりあえずLv.6ゲット。フェアは無表情でガッツポーズを決める。引き続きパーティメンバーを誘いに行こうと、再び街に繰り出すのであった。
◆
ベル・クラネルは歓喜した。
サポーターの
さらには、ヘイズというミステリアス(ベルの所感)なお姉さん
そして、たったの一ヶ月半でLv.2になることができた自分自身の成長速度。全てひっくるめて考えると、間違いなく順調であると言えるだろう。
この調子ならいつか本当に英雄に……なんて浮かれたことを考えてしまう。
そう、夢のひとつである英雄。
ベルは英雄になりたいのだ。そのためにも次はダンジョンの『中層』に行きたいと思い、現在はリリとヴェルフと相談中。
場所は人気酒場、ドワーフの女将が運営する『豊穣の女主人』である。
「中層ですか〜。ベルさんはどんどん強くなっちゃうんですね。なんだか私、寂しいです」
そう言って頬杖をついているのは、若葉色のエプロン姿の少女だ。
薄鈍色の髪の良質な町娘(ベルの所感)。
酒場の店員のシル・フローヴァである。彼女はベルの数少ない友人の一人で、以前は不可抗力の食い逃げにより迷惑をかけてしまったことがある。その後、ベルはちゃんと謝って金も払い、なぜか毎日お弁当を作ってもらうようになっていた。
「ベル様、ベルさま。リリはまだオススメできません。リリ達に中層は早すぎます」
「リリスケは弱腰だな。男なら何事も当たって砕けろ、やってみないと始まらないんじゃないか?」
中層進出について話を切り出したベルに、サポーターのリリルカ・アーデが待ったをかける。新加入のヴェルフは楽観的に笑みを浮かべた。
「当たって砕けたら死んじゃうんですよ! ヴェルフ様は能天気すぎます! っていうかなんですかリリスケって! それやめてくださいって言いましたよね!?」
「おぉ……リリスケは相変わらず凶暴だな。落ち着けよ。ほれ、ハンバーグやるから」
「断片じゃないですか! 残飯処理なら自分でやってください! キーッ!」
二人は言い争いをすることもあるが、徐々に打ち解けてきているとベルはみている。パーティっていいなとシミジミする今日この頃であった。
「うーん、でもリリルカさんの言うことも一理あると思うんですよね。ヘイズさんはどう思います?」
と、シルはお誕生日席の方に顔を向けて、ナースエプロン姿の少女、ヘイズに意見を求める。
リリに警戒され待っている中、ちゃっかりとつきまとっているヘイズは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに天使の笑みを浮かべた。
「そうですね、私が同行すれば余裕だと思います」
「それはそうでしょうけど……」
シルは「うーん」と小さく唸った。
リリは引きつっている。そりゃあ【銀の聖女】と肩を並べるLv.4の
都市の管理機構たるギルドによれば、ダンジョンは上層、中層、下層、深層に分類されている。それぞれ難易度が定められていて、
Lv.1のパーティは上層まで。
中層からはLv.2以上で、下層はLv.3〜4、深層はLv.5〜6となる。
「中層であれば、ヘイズさんなら一人でも通過できますよね?」
「もちろんですシル様。細かい作戦とかいらないんで、ガンガンいこうぜでオッケーでーす。私がボンボン倒して、ホイホイ治療すれば余裕だと思いますよ」
「あのですね……それだと意味ないんですよ。リリ達はリリ達の力で攻略しないと……!」
リリはがあっと牙を剥いた。続けて「ピクニックに行きたいわけじゃないんです!」と啖呵を切る。
このリリルカ・アーデはベルにゾッコンになりつつある。クソみたいな世界ばかりを生きてきた彼女だったが、ここにきて本当の意味でベルに救ってもらった──ような気がしているので、これはもう全力でついていくしかないと決めたのだ。しかし、そんな時に厄介な魔女が現れてしまったので、どっか行ってくれないかなと願っている。実力行使で排除しようとすると消されるのはリリなので、かなり悩んでいるようだ。
「まー冗談はさておき、リリルカさんの言うとおりですね。ベル、このメンバーで中層は危ないです。たとえば、ミノタウロスの
ヘイズはぴんっ、と人差し指をたてて、具体的な戦闘シーンの想定を始めた。
ベルは眉をへの字に曲げる。想像したらすごく怖いことになってしまい、額に汗が滲んできた。
「全く話にならない戦力ではないと思いますが、いけそうで突っ込むのはオススメできませんよ。仮に踏破の可能性が7割程度だったとすると、10回やって3回は全滅ってことですからね。失敗イコール死と考えると、ほいほい挑戦はできないんじゃないですか?」
「で、ですね……冒険者は冒険しちゃいけないって言いますし」
ベルは印象深い言葉を思い出し、口に出した。
ギルドにはダンジョン探索の知識を持ったアドバイザーがいて、その多くは受付嬢との兼務である。
ベルのアドバイザーは受付嬢のハーフエルフ、エイナ・チュールという女性で、彼女から口を酸っぱくして言われている言葉だ。
冒険者は冒険してはいけない──何より生存率を重視するエイナらしい考え方で、ベルは納得してその言葉を受け入れている。
「冒険者は冒険するな〜? ベル、誰が言ったんですか、そんな世迷いごと」
「えっ」
「今すぐ忘れてくださいねー。冒険者は死にかけてなんぼです。冒険しない人は一生へっぽこのままなので、勘違いはしないように」
しかし、ヘイズは思い切り難色を示した。「これだから現場を知らない方々は」とか好き勝手言い始めている。ベルに助言した人物が誰なのか、察しがついているようであった。
「で、でも、無理に冒険しすぎると死にますよね? 自分も仲間も」
「そりゃそーですよ。私が言っているのは、冒険っていうのは、ちゃんと万全を期した上でするものだってことです。階層主に挑む時もそう。人員を揃え、作戦を考え、出来る限り勝率を上げてからチャレンジするんです。できることがあるのに手抜きをして、勢いだけで突っ込むのは愚か者のやることです」
続けて、「ミノタウロスもそうやって倒したんでしょう」と言われ、ベルはハッとする。
Lv.1の単独では絶対に倒せないとされている『ミノタウロス』。ベルはその怪物を倒してLv.2に上がったわけだが、たしかに戦う前の段階でやれることはやっていた。ミノタウロスと戦うことになったのは
特別なことを何もしていなければ、あっさり食い殺されていたことだろう。
「まあ、ミノタウロスと戦ったのは想定外だったとはいえ、あの時点での勝率は最大まで上がっていたんだと思いますよ。【
「ベル様、その特訓とはなんですか……? リリは聞いていません」
しまった、とベルは頭を抱える。そういえばリリには話していなかった。
ひょんなことから【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインから指南を受けていたことを隠していた。何となく後ろめたかったから、あえて話していなかったのだ。
しかしなぜ、ヘイズはその事を知っているのだろうか。ベルの中に新たな疑問が芽生え、
「──私、朝のお散歩が趣味なんですよ。あの日もいつも通り早朝のウォーキングを楽しんでいたところ、仲良く寄り添って歩く二人の後ろ姿を見かけまして」
「ベルさーん、どういうことですかそれ。どういうご関係なのか、私とっても気になるなぁ!」
「ベルさま、これは信用問題に関わる大切なお話です。答えてください、ベルさま」
疑問は一瞬で消えて、もはやどうでも良くなった。
シルとリリがほぼ同時に立ち上がり、ゆらゆらしながら距離を詰めてきたからだ。
よくわからない。よくはわからないが、とにかく物凄い迫力だ。ヴェルフが「おい、よくわからんがなんとかしろベル」とドン引きする中、ベルはトイレに行こうと立ち上がった。
その時、男達の声が聞こえた。
「おいお前、パーティを探してんのかぁ?」
「だったら俺達がなってやるよ。なあモルド」
ベルが振り返ると、見るからに荒くれ者といった風貌の男達が近づいてきて、
「ああ、だから俺達も仲間に入れてくれよ。冒険者としてのイロハを教えてやるから、その代わり金と女はやまわ──グギャッ」
直後
バキャ、べキャッドゴッッ、と何かが潰れる音が鳴り、男が三人、店の外に叩き出される。
扉が開いていたのは僥倖であった。
閉まっていたとしたら、構わずぶち破ってしまい店主が激怒していただろう。
「ベル、ああいう人達と関わってはいけませんよ。時の人に群がって甘い蜜を舐め回そうとするハイエナ、いえ、ゴキブリのようなものです。ですがハイエナにもゴキブリにも生きる意味はあるので、身の丈にあった生き方をしてもらうとしましょう」
撲殺犯はヘイズ。
紅黄金のヒールロッドの先端についた縮れ毛を、彼女はしかめっ面で振り落とした。
ベルは震え上がった。
まさかの瞬殺。Lv.4とはかくも恐ろしいものなのか、そりゃそうだよなLv.4だし……とグルグル考えを巡らせた。あと、言っていることが酷すぎる。ハイエナとかゴキブリとかあんまりだ。
「わぁ! 冒険者様たちがゴミのようです! ヘイズさんすごーい!」
「ふふっ、とーぜんです。あのような不浄の輩、この場には相応しくありませんので」
「いや、荒くれ者が集う酒場だぞここ……」
「クロッゾさん、何が言いましたか?」
「言ってません」
笑顔で見つめられたヴェルフは直立不動となった。
下手に言い返すことにより、名も知らぬ冒険者達の後を追うことになったら堪らない。きっとそのように考え、恐怖したのだろう。
「……ま、魔女。なんて厄介なっ」
「リリルカ、聞こえませんでしたー。なんですか? もっとはっきり言ってください。ほら、今度はちゃんと聞いてますから」
「頼もしい限りです! ベル様、良かったですねよくわからないですけど【フレイヤ・ファミリア】がなんでいるのかわけわからないですけど頼もしいですね! あと【フレイヤ・ファミリア】に敬われてるシル様は何者なんですかホント!」
「私はヘイズさんと
真っ青になったかと思えば、次の瞬間には茹でダコのようになってキーキー喚き散らすリリ。息継ぎなしで捲し立てられた疑問に、笑顔で即答する豊穣の女主人の看板娘。
やっぱりパーティとか仲間っていいなとベルは思った。思うようにした。変な態度を取って撲殺されたら困るからだ。
◆
ベル・クラネルの軌跡
冒険者になってからもうすぐ二ヶ月。
・オラリオ到着直後
財布をスられて荷物は置き引きに遭うなど散々な不幸に見舞われた。宿にも泊まれない状態で【ファミリア】探しに打ち込むも、最初のうちは『弱そうだからいらない』という理由で断られ続ける。次第に『貧弱な浮浪者』は要らんと言われるようになった。
・オラリオ到着から数日後
裏路地で寝ようと思って横になったら、ツインテールの女神ヘスティアに話しかけられた。
彼女はご飯を恵んでくれた。理由は『あまりに可哀想だと思ったから』とのこと。ベルは泣きじゃくってヘスティアに抱きつき、この機会を逃してなるものかとゴリ押しで恩恵を刻んでもらった。
・ギルドで冒険者登録
受付嬢がハーフエルフで可愛かったので、担当アドバイザーになってもらえるよう頼み込んだ。嫌がられたが頼み続け、最終的には泣き落とした。
以降、ハーフエルフのエイナ・チュールから色々と教えて貰うことになったが、彼女はとても厳しく、ベルはめちゃくちゃ怒られた。英雄になってハーレムがうんたらと夢を打ち明けたら、お前は生きることを舐めていると激怒された。
・冒険者になって間もなく
ダンジョン上層で
英雄になることとは別に、夢が増えた。アイズ・ヴァレンシュタインにお嫁さんになってもらいたいと、ベルは彼女にゾッコンになった。
・酒場で罵られて泣く
柄の悪い獣人の青年が『トマト野郎がクソみたいで笑えた』とか『雑魚はアイズ・ヴァレンシュタインとは釣り合わねえ、路傍の石以下のゴミクズだ』と言っているのを聞いて、泣きながら逃げた。その獣人はベルが助けられた場面を見ていたらしい。
なお、逃げ出す際にお会計を忘れた。食い逃げである。
・夜通し戦う
ダンジョンに突撃して朝になるまで暴れた。めっちゃ【ステイタス】が上がったのでヨシ!
・ヘスティアからナイフをもらう
主神から武器をプレゼントされて、ベルはとても喜んだ。金額はまあまあ高かったらしいが、貯金でどうにかなったようだ。
・お祭りで野猿のモンスターに追いかけられる
シルと一緒に訪れた『
・シルに激怒される
お尻を蹴ったことに対して、同じことをやらせろと言われたので甘んじて受けた。とても痛かった。
・リリルカとの出会い
・リリルカに騙される
リリルカ・アーデの正体は治安最悪の【ソーマ・ファミリア】の団員であり、同【ファミリア】は金を上納しないと抜けられないルールがあった。どうしても逃げ出したいリリは金を集めており、ベルのことは良いカモだと思っていたらしい。
・何者かにナイフを盗まれる
主神からプレゼントされたナイフを紛失するが、その辺に落ちていたらしくシルが拾ってくれていた。傍らにモゾモゾ動く袋が転がっていたが、なんか怖かったので見なかったことにした。
・魔法発現
酒場に置いてあったという本をシルに借りる。読んだら魔法が発現した。【ファイアボルト】!
・恐らく【フレイヤ・ファミリア】のお姉さんに助けられる
一度でいいから魔法を限界まで使ってみたくて試していたら、いきなり倒れてしまった。目が覚めたら綺麗なお姉さんが運搬してくれていたが、途中で捨てられたので名前は聞けなかった。
・リリルカに嵌められる
ダンジョン11階層に取り残され、所持品を持ち逃げされる。どうにか敵を倒してリリルカの後を追いかけると、今度はリリがピンチになっていたので命懸けで助けた。どうやら【ソーマ・ファミリア】の団員に殺されかけていたようだ。
・リリルカを許す
ヘスティアは激怒していたが、ベルはリリとの関係を継続──ではなく、新たに契約を結ぶことに。やることはダンジョン探索で変わらないが、これまでのことはリセットという形にした。
・アイズとの再会
リリに嵌められた時に落とした装備をアイズが拾ってくれていた。返還して貰った時に『戦い方がよくわかんなくて』、と言ったら教えてくれることになり、秘密の修行が始まった。
・アイズに殺されかける
昼寝の修行をすると言われて昼寝をした。アイズの寝顔を見て、心の中で天使と悪魔が騒ぎ出したが、最終的に悪魔が勝利。こっそりチューしようとしたら、敵だと思われて半殺しにされた。
・修行の最中に不安を言い当てられる
君は何かに怯えてる、と言われてミノタウロスのことだとハッキリ自覚させられた。その時がきたらきっと何もできないから、今のうちに技を身につけようと言われて、死ぬ気で頑張った。
・ダンジョンでミノタウロスと再会。
アイズとの修行終了後、待っていたかのようにミノタウロスが現れた。リリが気を失ってしまい逃げるに逃げられない状況の中、命をかけて再戦に挑んで極限の勝利を勝ち取る。後から来た【ロキ・ファミリア】の人達が見ていたが、誰も邪魔しなかった。今となってはありがたかったと思っている。
・ランクアップを果たす
二つ名が【リトル・ルーキー】に決まったが、なんか普通すぎて微妙だった。どうせなら【
・兄がエルフと手を繋いで歩いているのを目撃する
うらやましいと思った。
・ブルマを履いた金髪エルフとすれ違う
ドキドキして話しかけられなかった。
・ヘイズとの出会い
いきなり街で話しかけられて最初は警戒したが、凄くいい人だったので仲良くさせてもらうことに。ヘスティアとリリは当初大反対していたが、半日後には大歓迎の姿勢に変わっていた。一体、どんな心境の変化だったのだろうか。
・ヴェルフとの出会い
まだ有名ではない
・ブルマエルフとの再会
ダンジョンですれ違ったが、話しかけようとしたらゴブリンの大群が襲ってきた。またしても会話することはできなかったが、ブルマは素敵だと思った。
・シルにビンタされる
ダンジョンでいいことがあったのでウキウキで酒場に突撃したら、扉の前に立っていたシルの胸に飛び込んでしまった。ぶちギレられてビンタされる羽目に。
・女神アストレアが【ヘスティア・ファミリア】の
とても優しくて素敵なお方で、ヘスティアも彼女には一目置いている様子だった。なんで来たのかは不明だが、『やっぱり信じられないわね……』とベルを見て呟いていた。
・中層進出に向けて酒場で話をする
途中で半殺しにされた冒険者がいたが、どうやら生きているようだ。
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