管理者絶望ステップアップ   作:匿名の筆者

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左遷先はやる気のない現場

 

「エルフアンバーが足りんらしいね」

「また仕事時間が増えるのかな?」

 

 同僚の気の抜けた呟きに相槌を打つ間もなく、背後の床を革靴の踵が鋭く叩いた。振り返れば先月赴任してきたばかりの新しい管理人が、こめかみに青筋を浮かべて、明らかに不機嫌そうに立っている。

 

「それを今言おうとしたところだが、ちょうど良かった。お前たち! ノルマは来月から二倍だぞ!」

「お前たちはこれまでノルマ未達成が五ヶ月も続いている! 怠惰な監督は罷免してやった!これからは、とりあえず木材が足りないということを覚えておけ!」

「足りない分はその分だけ働き、全員で生産しなければならない!板の一枚でさえ、あればあるだけ嬉しいのだ!」

 

「はあ、それは仕事の遅い製材所のせいでは?」

 

 そう返してみたところ、案の定、物凄い剣幕で怒鳴り声を浴びせられた。この新しい管理者は、どうにも現場の勝手をわかっていない。

 

「だから、今すぐにでも魔術を使って木を生やせと言っているんだ!」

 

 管理者はなんだか怒っている。顔を真っ赤に染め、床をダンダンと踏み鳴らした。

 

「何があと一時間後にはランチの時間だから働けない、だ! 仕事の時間だろうが! 椅子に座って談笑する予定もあるだと!? サボってないで働けよ! だからこの育成所の効率が悪いんだ! こんな酷すぎる環境では業務の効率も何も追求できん! 極めて体質の問題があると見ていいモノだ!」

 

 私はそんな怒っている管理人を見つめた。うんざりとした溜息を呑み込み、手元のスケジュール表から目を離さずに言い放つ。

 

「はあ、仮に労働時間を二倍に増やしたところで、一週間に一本、枝まみれの柔らかい木が納品されるだけですけど」

 

「だからそう単純に増やしてるんじゃなく……ああ、もういい!」

 男は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえたが、すぐに気を取り直して机に両手を突いた。

 

「これはバカでもわかることだが、増やした分だけ、枝を打ち、皮を剥ぎ、樹脂を取れ。しっかりやるんだ。いいか!」

 

 さらに、彼は鼻息を荒くしながら私たちを見渡した。

 

「そしてここにはお前のような態度のヤツが多い! 今まで通りの品質に期待もしないが、とりあえず倍の速度で林業をやれ。やるのだ」

「仕事が倍なら納品数が倍だと思ってませんか。こっちはめっちゃ土地の魔力を使いますし、精霊たちと協力して魔力を還さなきゃ、木は育ちませんよ。八時間は要ります」

 

 私はあきれ果てて腕を組み、冷ややかな視線を返した。

 その言葉を聞いた瞬間、管理者の表情がピクリと固まった。

 

「ああ!? 何言ってるんださっきから……」

「ん? ちょっと待て、倉庫に納入した機体の使い方はマニュアルにあるよな?」

「お前たちは、一体どんな方法で魔力を還してるんだ……?上空から散布するのでは?」

 

 恐る恐る、という表情になる。なんで当たり前のことを聞くんだろう? とりあえず手順を説明してみた。

 

 

「そりゃもちろん、ドラム缶からA液を抜いて、B液とよく混ぜて、いっぱい振りかけてます」

 

「そのドラム缶が魔力のたっぷり詰まった液体だというのは前提にあるよな?」

 

「ええ」

「だからしっかり地面に散布しています」

 

「それで八時間……ええ? このくらいの面積なら十五分くらいで終わるよな?」

 

 むちゃくちゃなことを突然言ってきた。八時間分の仕事を十五分……つまり、三十倍以上の効率にしろと。

 

「いやいやいや、そんな短くできないですよ! もし仮にやるとしても、あと数千人は要りますよ! そんなこと、絶対に不可能です!」

 

 慌てて、説明してみる。あまりにも無知すぎるのだ! こんな管理者に人事権があるのか!? そんなこと、不条理だ! 

 

 

「えーと、その大きなアレ……正式名称を飛行機っていう機械なんだが、それは液体を空から散布できる機械だって説明したよな?」

 

「でもなんだか不思議なことに飛ばなくて」

 

「燃料は入れたか?」

 

「はい。アクセルペダルを踏んでも動かないから壊れてるんだと思って」

「レバーを引いてみてもなんかギアが上がってる感じがしないので、たぶんマニュアル式じゃない機械ですよね?運転できません」

 

 管理人は、石像になったかのように固まった。この様子を昔の人は唖然という言葉で表したのだろうか?口を半開きにして三秒ほど完全に止まっていた。

 

 

「ええとあのその本当に今ここで確認しておきたいんだけど、あの本当に、待ってくれ。とりあえずお前、気球と飛行機の違いは分かるよな?」

 

 早口で管理人は焦ったように問いただしてくる。何をそんなに慌てているのだろう? 

 

「火を炊いて空を飛ぶか、燃料を入れて空を飛ぶかですよね。あ、レバーを引いて調整するかとか、ペダルで操作するかの違いがありますよね」

 

「エンジンの始動方法は?」

 

「すみません、それは何ですか? マイナーな事を言われても誰も知りませんよ。あ、もしかして飛行機の大切な部品ですか? 載せ忘れたとか?」

 

 

「エンジンを載せ忘れたわけねえだろうがチクショー……」

「もういい、繋ぎの仕事だけしていろ! 飛行士をこれから公費で雇う! 散布するのに八時間かけるようなお前たちには、到底運転ができるとは思えん!」

 

 管理人は、そう言い放つと急にしょぼくれた表情でドアを開いて去っていった。最近妙に罵倒が多いのだ。

 

 仕事時間は談笑の時間じゃないとか、働いている間は仕事のことだけ考えろだとか。

 

 ちょっぴり話しただけですぐにこれだ。一、二時間やちょっとは盛り上がったら話すだろうに、新聞を読むことさえ許されないのか。

 

 それに、前の管理人と違って私たちに寄り添ってくれない。どうしてこんなにも納入ノルマに厳しくなってしまったんだろう。魔術を使って、液体を撒いて、これで仕事が終わりだったのに。

 

 毎日のように、うるさいチェーンソーを使って、木を運んでいる。これが来月からさらにあると思えば、気が滅入る。

 







スポーイー・ボルト 年齢は三十五歳。結婚はしていない。同僚のスタッフ曰く、彼は最も結婚が早そうな男らしい。
しかし同時に最も生活の細部に神経質そう、というネガティブなイメージも持たれている。
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