今まで俺は何もやる気がなかった。将来の夢も野望も皆無。紅魔族の中でも魔法の才能が群を抜いている自覚はあったし、それを活かす方法などいくらでも思い浮かんだが、いかんせんやる気が湧いてこないのだ。幼少期からずっと無気力で、いつも気怠げな目をしていたという。
まあ、それでもよかった。兄のように、未来の自分もきっと我が家の守護者になっている――そのはずだった。
それが一変したのは、俺が13歳になったばかりの頃。親父が作った「古の伝説の靴(自称)」を売るため、王都へ半ば強引に連れていかれたときのことだ。
「おいひょーま、見てみろ。王女アイリス様だぞ」
視線の先にいたのは、天からの光をそのまま紡いだかのような純金色の髪。空よりも澄んでいて、海より鮮やかなまるで秘宝のごとき青い瞳。
彼女の周りだけ光の粒子が集まっているかのように、眩しく輪郭が滲んで見えた。
この世のものとは思えない美少女。もし女神が存在するなら、きっと彼女のように気高く美しいのだろう。
「ふっ、あれがこの国を治める王族か。なるほど、なかなかやるな。代々強い勇者の血を受け継いでいるだけあって、我々紅魔族に引けを取らぬ実力だろうよ」
隣で親父が誇らしげに知ったかぶりを決めている。俺は彼女から目を離せないまま尋ねた。
「なあ親父……あの子は、魔王を倒した奴と結婚するのか?」
「ん? まあそうだろうな。俺たちが生きている間に魔王が倒されたら、きっとそうなる」
「そっ……か」
人生に転機があるとすればきっと俺のはこれに違いない
「親父、帰ったら俺に最上級魔法の魔導書を全部出してくれ」
「おいおい急にどうした? 熱でも出したのか?」
それがすべての始まりだった。モノクロだった世界が、一瞬で色鮮やかな輝きを帯びる。
その日の帰り道の記憶はない。ただ、あれほど頭を占めていた『だるい』『めんどくさい』という言葉は、跡形もなく消え去っていた。
帰宅するやいなや部屋に籠もり、朝から晩まで魔法の鍛錬に没頭する日々。あの無気力だった俺が、まるで憑き物が落ちたように魔法を極めようとしているのだから、紅魔族の誰もが驚愕していた。
俺には立ち止まっている時間などない。すべては、あの輝く金髪と気高い瞳を持つ美少女――アイリス様にふさわしい男になるために。
俺は紅魔の里の頂に立ち、紅く光る眼光とともに風を纏って叫ぶ。
「我が名はひょーま! 紅魔族随一の魔導士にして、いずれ魔王を討ち払う者――!」