ひょーまの日常は一変した。
かつては昼近くまで寝床でまどろみ、長老の退屈な講義をあくび混じりに聞いていた男が、今や誰よりも早く起きて里の裏山へ向かう。
「ふははは! 見よ、これぞ天を穿ち地を焦がす爆炎の真理!」
早朝の静けさを破るのは、ひょーまの大音量の高笑いと、ドゴォンと響く山林の爆発音だ。最上級魔法の詠唱練習である。風を巻き起こし、真っ赤に瞳を輝かせながらポーズを決める姿は、一見すると生粋の紅魔族そのもの。
しかし、その原動力はただひとつ。
(……よし、今の角度、アイリス様が見たら『まあ、なんて凛々しい方かしら』ってキュンとくるに違いない……!)
頭の中はパーフェクトに不純だった。
いつものように魔導書を読みあさっていると同世代の紅魔族たちがざわめきながら寄ってくる。
「おいひょーま! 噂は本当か? お前、近頃はインフェルノの極意を修得したらしいな!」
「くっ……! かつて『無気力のひょーま』と恐れられたお前が本気を出すとは……俺のライバルとしての血が滾るぜ!」
めんどくさい連中だ、と昔のひょーまなら一蹴していただろう。だが、今のひょーまは違う。
「フッ……甘いな。俺が見据えているのは、このような里の矮小な領域ではない。いずれ世界を統べ、太陽のごとき光を抱くための試練に過ぎん」
「な、なに……!? 世界を統べるだと!? さすがひょーま、スケールが違いすぎる……!」
決め台詞を一発放つだけで、勝手に勘違いした同級生たちが感銘を受けて去っていく。無駄な戦闘を避けつつ格調高さをアピールする、完璧な立ち回りだった。
「君もう卒業だよ」
「は?」
学園に入学してきて2か月がたち、校長と担任に呼ばれたかと思ったら突如卒業を言い渡された。
「なぜだ!まだ俺はこの学園でやりたいこと…」
「いやもうこの学園でやることないだろ」
「思い出してみろ! この学園の規定は『上級魔法を一つ修得したら即卒業』だ! なのに何だお前は! 最上級魔法を全属性コンプリートした挙句、無詠唱で岩山を蒸発させておいて『まだ俺にはやることがある!』とか言って居座り続けやがって!」
「けどまだ2か月しかここに...」
「いやあ、歴代最速卒業記録大幅に更新だね」
あんまりだ....まだ魔王倒せるほど魔道を極めたとは言い難い。
「待て!それなら、条件がある」
「条件って今度は何やるんだよお前」
どうせ追い出されるなら何か得てからでないと納得できん。
「図書館にある禁書棚にある魔導書を一冊頂戴できないか」
「一冊そんなんでいいのか。まあいいだろう禁書は山ほどある。卒業祝いがわりに好きなのを選んどけ」
隠し倉庫にある禁書棚のスペースにやってきた。なお隠し倉庫は里のみんなにばれている。
どれも禍々しいオーラを放ち、古代語や不吉な紋様が刻まれたものばかり。中には本から『コロシテ.... コロシテ,,,,,』とささやてくるものもある。かたっぱしから見てみてもどれも大したことでないことが書かれてなかったり、ページが破れていて中身がわからない。
「……ん? なんだこの本は」
ひょーまが手に取ったのは、皮の装丁すらなく、薄い紙で作られた妙にツルツルした小さな本だった。
『読んだだけで最強チート魔法を習得している件について』と日本語で書かれている。
「……フッ、見つけたぞ。重厚な古代語とはわけが違う、この不気味なまでに洗練された記号の羅列……! 間違いなく、過去に世界を崩壊させかけた伝説の禁書だ」
ひょーまには、その日本語が一切読めない。
だが、紅魔族随一の天才的感覚が告げていた。この本には、常識を覆す規格外の魔法が眠っていると。
実際それにはチート転生者が己の都合のいいように開発して書き残したオリジナル魔法の解説書であった。
「読めない……! だが、わかるぞ……! この文字を書いた何者かは、俺と同じ……いや、俺以上に『努力を極限まで省いて最強になりたかった者』の匂いがする……!」
解読(という名のノリと天才的な勘)を進めるひょーまの顔が、期待でニヤリと歪む。
(これだ……! この禁断を解読して書かれてることを自分のものにできたら、魔王討伐までの期間を大幅に短縮できる! つまり……アイリス様のもとへたどり着く時間が半分以下になる!!)
「よし、もらった!」
ひょーまはその怪しげな日本語の魔導書をガバッと懐に押し込み、大満足で禁書庫を後にした。
~後日談~
里の雑貨屋で、親父が卒業祝いに「装着者の魔力を無限に高める(気がする)」という胡散臭いアイテム『黒炎の眼帯』を買ってきた。
「ひょーま、これをつければお前の魔力も倍増だ!」
「親父……それただの布だろ。視界が狭くなって魔法の照準がズレるだけだ」
一蹴したひょーまだったが、ふと脳裏にアイリス様の姿が浮かぶ。
(……待てよ? 隻眼の孤高の魔導士……ミステリアスで少し陰のある男……アイリス様、絶対そういう属性もお好きなのでは……?)
翌日、右目にしっかりと眼帯を装着するひょーま。
里の人たちは「ついにひょーまの右目に封印されし魔王の力が……!?」と大騒ぎ。しかし、右目の視界が潰れたせいで、ターゲットを大幅に外した爆炎魔法が村長の家を吹き飛ばしかけ、即座に没収された。