俺が学園を卒業して数日が経過した。俺は禁書の解読と修行に明け暮れる日々を送っている。
「……全然わからん」
禁書解読に乗り出したはいいものの、古代語(※日本語)が難解すぎて解明が一向に進まない。修行の合間に少しずつ……と思っていたが、このままでは埒があかないぞ。
「ひょーまじゃないですか。こんなところにいたのですね」
「げっ」
面倒くさいやつと遭遇してしまった。
「何しに来たんだよ、めぐみん」
「偶然ですよ。今日の晩のおかずを探していたら、偶然ここに出ただけです」
こいつはめぐみん。近所で暮らしていて昔からの付き合いなのだが……俺が出会った人間の中で、頭のおかしさは不動のトップだと思っている。
「悪いが、俺はお前らのおかずじゃねえ。とっとと帰ってくれ」
無駄に相手をしているとどんな災難が待ち構えているか分かったものじゃない。
こいつの相手をした結果、俺のおやつを奪われるわ、口喧嘩になったら殴るどころか本気で噛みついてくるわ、果ては邪神の封印を解いたら目の前で知らん奴の爆裂魔法に興奮しだすわ……一度挙げたらキリがないのだ。そんな経緯もあって、俺はめぐみんに強い苦手意識を持っている。
「むっ、そんな厄介者みたいに扱われるのは心外ですね。一度わからせておきましょうか」
「勘弁してくれ、俺が悪かったから許してくれ」
ここで逆らったらより酷い目に遭うと、俺の経験が告げている。
「しょうがないですね。私もこんなところで油を売っているわけにはいかないですし、今度ゆっくり話しましょう」
めぐみんはそう言い残し、さっさと帰っていった。
できることなら、その「ゆっくり話す機会」とやらは永遠に来ないでほしいものである。
……だが、まさか身内によってその願いが踏みにじられるとは思わなかった。
「頼む、協力してくれ! この通りだ!!」
我が兄・ぶっころりーが地面に頭を擦り付けて土下座してきた。
説明しよう。我が兄ぶっころりーは、紅魔族随一のニートであり――そして、間違いなく変態と評していい男だ。
「そけっとさんは今日も綺麗だなあ……。ゴミになってあの人の足元に集められたい……」
「ニートなんてすでにゴミみたいな存在じゃないですか」
「め、めぐみん……っ」
我が兄は現在、紅魔族随一の美人占い師・そけっとさんに想いを寄せているが、成就するのは絶望的と言わざるを得ない。
「なあ、俺もう帰っていいか?」
「待ってくれよマイブラザー!!」
情けない声で叫びながら、ぶっころりーが俺の服を引っ掴んでくる。ええいやかましい!
「さすがに無理があるだろ! 片や里一番の美人、片や里随一のニート! 格差がありすぎるんだよ!」
可能性があるとしたら、彼女が極度の「ダメ男好き」であることに賭けるしかないが、あまりに希望的観測が過ぎる。
「大体、めぐみんならともかく、見ず知らずの女の子をさらって迷惑をかけるとは何事だ! やるなら他人に迷惑かけずにやれ!」
ただでさえめぐみんに会いたくなかったというのに。
横で「『ともかく』って何ですか!」とやかましい奴と、「見ず知らずって……私ってそんなに影が薄いのかな……」と涙を浮かべる女の子がいる。女の子を泣かせるとは、やはりニートは碌でもない。
「そもそも、彼女に未来の恋人を占ってもらえばいいじゃないですか」
「ニートを舐めるな! 占いに行く金があったら毎日店に通い詰めているさ! 飯を奢るからさあ~、頼むよ~!」
「そんなので騙され——」
「こめっこの分もいいですか?」
「もちろんいいさ、マイシスター!」
「……」
その後、格好つけた兄貴は上級魔法『インフェルノ』でそけっとさんを巻き込んでしまい、ボコボコにされていた。
◇
「要するに、未来の恋人を見ればいいのね」
なんやかんやあったが、そけっとさんは初回無料で一回だけ兄貴を占ってくれるそうだ。まさか無料で引き受けてくれるとは……そけっとさんはマジで良い人である。兄が惚れるのも致し方ないかもしれない。
そけっとさんは台にある水晶玉に手をかざした。
「この中に、あなたと将来結ばれる可能性の高い女性が見えてくるわ」
……しかし。
「何も見えてこないんだけど……」
「えっ」
「こんなはずは……どんな人でも最低一人くらいは姿が浮かんでくるんだけど」
哀れな我が兄、さすがにボロボロと涙を流し始めた。
「な、なんだこれ……普通に振られるよりも余計につらいんだけど……」
「い、いくらニートとはいえ、これはさすがに気の毒ですよ……」
「どうしよう、ここまで酷いなんて……」
いくらアホな兄とはいえ、お互い恋をしている者同士。さすがにこの所業には同情してしまう。あまりの惨さに俺は声をかけることすら出来なかった。「世界のバカヤロー!!」と泣き叫びながら店を飛び出していく兄を、俺たちは黙って見送るしかなかった。
「……ダメ人間だけど、結構面白そうな人なのに不思議ね」
「ん?」
そけっとさんが不意にそんなことを呟く。
「そけっとさんは、自分の未来の恋人を占ったりするんですか?」
「占い師は自分のことを占えないの。私が絡んでいる場合は、水晶玉には何も映らないのよね」
……もしかしたら、兄にはまだ可能性があるのかもしれない。
「どうします? この話、ぶっころりーに伝えておきます?」
「いや、やめとこう。伝えたら絶対に調子に乗る」
あの兄のことだ。変に空回って好感度を落とすに決まっている。それに、本当に兄に未来の恋人がいない可能性も拭えない以上、余計な期待はさせない方が吉だ。
……ん? 待てよ。
ひょっとして俺も占ってもらえば、未来の相手が分かるのでは——?
「そけっとさん!」
「えっ、な、なに!?」
俺は身を乗り出して言った。
「俺の分も占ってくれますか!」
「ええ、別にいいわよ。今回も特別に無料で占ってあげる」
なんとありがたい。女神の名はアイリス様のものだから譲れないが、やはりこの人は聖女と言って差し支えない。
「あなた……まさか好きな人がいるのですか!?」
し、しまった! こいつがいるのを忘れていた!
めぐみんが鬼の首を取ったような顔で詰め寄ってくる。なぜか圧が異様に強い。
「誰ですか! いつ、どこで出会ったのですか!?」
「いや、別に俺は——」
まずい。このままじゃ俺の秘密がバレてしまう。こいつにだけは絶対にバレたくない。バレたら一生いじり倒されるに決まっている!
「そ、そんなわけないだろ! 俺は己の野望を達成する術を占ってほしいだけだ!」
これだ! これならアイリス様と結ばれる近道が分かり、かつこの場で秘密も守れる。まさに一石二鳥!
めぐみんは「ほんとうですか……?」とまだ疑わしそうな目をしているが、無視だ無視。
「ふうん、ちょっと待っててね。すぐに取り掛かるから」
そけっとさん、マジで流石っす。この瞬間、俺の中で最も尊敬する人物はそけっとさんに決まった。
水晶玉が淡く光り始める。
『汝よ、自身の野望を叶えたくばアクセルの街へ向かうべし。そこで一人の少女と運命的な出会いを果たし、彼女と数多くの冒険をするべし。さすれば己の野望を達成する術を見つけるであろう——』
そこで占いが終わったのか、そけっとさんは手を引っ込めた。
「ここまでね。ここから先、もっと詳しく占ってほしいなら流石にお金を取るけれど、どうする?」
「いえ、十分です! ありがとうございました!」
俺は深々と頭を下げ、店を後にした。
◇
大人しい女の子(名前は確か、よんよんだか何だか)と途中で別れ、そのまま帰路につく。めぐみんとは家が近いため帰り道が一緒になるのだが、今の俺は機嫌が良いので大して気にならない。
鼻歌交じりに歩く俺に対し、めぐみんは珍しく黙ったまま……かと思いきや、突然口を開いた。
「……あなたの野望って、何なんですか?」
「唐突だな、急にどうした」
まさか俺の野望について直球で聞かれるとは思っていなかった。
「さんざん言っているだろう。魔王討伐が目的だって……」
「それだけじゃないですよね」
いつになく真剣な目でこちらを見つめてくるので、気まずくなってしまう。
「……今まで『将来はニートになる』だの『面倒事は嫌いだ』だの言っていたじゃないですか。『無気力のひょーま』と呼ばれ、私が爆裂魔法の素晴らしさを語っても『あー、めんどくさ』と寝こけていたあなたが……今では真面目に修行するわ、学園を最短記録で卒業するわで。あの時、王都から帰ってきてから明らかにおかしくなっています」
……なんか思っていた以上に、俺はこいつに見られていたらしい。少しまずいかもな。
「もしかして……」
ここは、腹を括るしか無いか——?
「脅されてるんですか?」
「……ん?」
「王都で誰かに弱みを握られているのでしょう!? そうなら早く言ってくださいよ! まったく、いつも余計な心配ばかりかけさせるんだから……! そうと決まれば話は簡単です。私が爆裂魔法を覚え次第、王都に乗り込みましょう!」
……なんか、盛大に勘違いしてくれているようだ。
都合が良いし、このままにしておくか? いや、こいつならマジで王都に爆裂魔法をブチ込みかねない。さすがに止めておこう。
「ちげえよ。誰にも脅されてねえよ」
「嘘です! それなら——」
「確かに、目的は魔王討伐だけじゃないけどさ」
「……!」
「俺には、やりたいことができたんだよ。そのためには、魔王討伐の実績が必要なんだ」
「……それだけでも、何をしたいのかある程度絞れそうですけど。良いんですか、そんなこと言って」
「もういいよ別に。……ていうか、分かったのか?」
「いえ、まったく」
なんだよ、冷や冷やさせやがって。
「まあそういうことだから、お前が心配することなんて何もない。そもそも余計なお世話だし……ていうかお前、まだ爆裂魔法を覚えるつもりだったのかよ」
「むっ、当然です。私は爆裂魔法一筋ですから」
「別に好きにすればいいけど、俺の周りで撃つなよ。絶対に面倒くさいから」
「そう言われると、やりたくなりますね」
「おい、マジでやめろよ。ジョークになってないからな」
相変わらず、こいつと話していると物騒な話題になってくる。
「……久しぶりですね。こうやって話すのも」
「んー、まあ俺がお前を避けてたから、そりゃそうなるんじゃね」
「……は? 今、なんて言いました?」
「あ、やべ」
そのあと俺は、あいつにしばかれるまで逃げ続ける羽目になったとさ。