アクションバース “キン肉マンⅡ世VSアクション仮面” 作:速筆魔王LX
場所は東武動物公園の東側。
このハイブリッド・レジャー施設は西側を動物園、東側を遊園地というふうにエリア分けしている。
水上に作られた木製の巨大コースターを眺めながら、ひとりの男が平穏を楽しむかのように歩いていた。
「久しぶりの日本だってのに、とんだ目にあったぜ。まさか試合開始時間を間違えるとは」
トレンチコートを纏い、チューリップハットを目深に被った長身の男だった。
ここ東武動物公園は日本の埼玉県にあるレジャー施設だが、男は外国からやってきた観光客。
ただし日本に来た目的は動物園ではなく、本来は超人レスリングの試合観戦だった。
それが自身の不注意から時間に間に合わないと悟り、急遽予定を変更してここに来たのである。
「今頃はアクション仮面vsケビンマスクの試合も終わっている頃だろう。どうせ間に合わないからと、やけっぱちで同じ埼玉県の有名な動物園を訪れてみたが……ずいぶん閑散としてやがる。というか、客はおろか従業員や動物もいねえじゃねーか」
目的を純粋な観光に切り替えてはみたが、遊園地のアトラクションは従業員不在でどれも乗れなかった。
仕方ないから動物を見て癒やされるかと西側の動物園エリアに来てみれば、こちらは従業員どころか動物すら不在。
もしや休園日だったのだろうか。だから客もいないのか。だとしても動物はどこに?
男にとっては数十年ぶりの日本であるため、勝手がわからない。
「ウキ」
園内をさまよっていると、前方に一匹、動物が歩いているのを発見した。
テナガザルだ。
向こうもこちらに気づき、しばし視線を交わす。
「サルはいたか」
その愛らしい姿に笑みをほころばせる男。
だが歩いているのが檻の中ではなく、客が通る道のど真ん中とはどういうことなのか。
男が訝しんでいる間に、同じ種類のテナガザルたちがどんどん集まってくる。
あっという間に十数匹の群れができあがった。
「おいおい……ここはサルを放し飼いにしているのか?」
男はテナガザルたちに囲まれ困惑する。
日本の動物園には詳しくないが、これが常識なのだとしたらとんでもないカルチャーギャップだ。
「ウキャキャキャ――ッ!」
「ウッキャー! ウキャ!」
オロオロする男に対し、サルたちは愛嬌の欠片もない攻撃的な叫び声を上げる。
とても歓迎されているとは思えず、だからこそ男も態度を一変させた。
「動物園のサルとは思えん凶暴性だ。私の敵意に反応したところを見るに……おまえら野生だな?」
目深に被ったチューリップハットをわずかに上げ、眼光を鋭くする。
そこから放たれる威圧感はサルたちの鳴き声をピタリと止めた。
「ウ、ウキッ……」
サルたちが一斉にたじろぎ、群れが散り散りになる。
統制の取れていないバラバラな動きだが、逃げていった方向は同じ。
「野生のサルの群れにはボスがいるものだ。あいつらが逃げていった先に、この動物園の異変の元凶がいるな……」
無人の動物園に、いなくなった動物たち、唯一確認できたのは外から来たと思しきテナガザルの群れ。
異常事態が起こっているのはもはや明白であり、男はその真相を知りたがった。
「行ってみるか」
サルたちを追う形で歩みを進めるトレンチコートの男。
人混みのない園内、目的の場所は走らずともすぐにたどり着くことができた。
「あ、あああ~~っ!?」
それを発見した男は驚愕のあまり顔に滝汗を流す。
動物園内の開けた場所に……超人レスリングで用いられる四角いリングが設置されていたのだ!
サルたちは先ほどの倍以上の数がおり、リングの周囲をまるで観戦客のように囲んでいる。
そして肝心のリング上には、やはり超人レスリングの試合を行うがごとく、ふたりの男が立っていた。
「リングだと~~っ!? セイウチのような姿の超人と、巨大なアフロの男が東武動物公園で超人レスリングの試合をしているというのか~~っ」
動物を見に動物園を訪れたというのに、よもやこんな血なまぐさい闘争の場に出くわすとは!
男は驚き、リングを注視する。即座に新たな発見を得た。
アフロ男と対峙しているセイウチのような姿をした超人に、見覚えがあったのである。
「それにあれはたしか、ヘラクレス・ファクトリー卒業一期生として日本駐屯超人に選ばれた
現代の正義超人、その最前線で活躍する期待の新星だ。
知っている顔はリングの隅にもある。
「あっちで檻に入れられているのは、同じ新世代超人のガゼルマン……しかし失神してしまっている」
四隅に鉄格子が配置された悪趣味なリング、その一角にはトムソンガゼルのような角を生やした超人が収監されていた。
次いで、男はリングの外側でふよふよと浮いている怪しげな黒い球体を見やる。
半透明のそれの中には、鼻水を垂らす男の子がいた。
「あの子供は妙な球体に閉じ込められ……捕まっているのか」
リング上で対峙するセイウチンとアフロ男、失神中のガゼルマン、囚われの男児、そしてリングのそばには中継映像が送られていると見られるモニター……画面上にはあのハラボテ・マッスルの血族と思しき宇宙超人委員会の面々が映っている。
様々な視覚情報から、男は状況を推察する。
「読めたぜ。あのアフロの男はサル共を従える悪行超人。サル共を使って東武動物公園を占拠、さらに子供を人質に取り、正義超人であるガゼルマンをKO……続けてセイウチンとも闘っているというところか~~っ」
導き出した結論は、とんでもない修羅場。
偶然居合わせた者としては、かぶりつきで観るためサルを押しのけリングサイドに向かわざるをえない。
そうこうしている間に、リング上ではパラダイスキングがセイウチンを攻め続けていた。
超人格闘技のそれとは違う、野生の獣然とした不規則な打撃をお見舞いする。
『ガゼルマンに代わりリングに上がったセイウチン、パラダイスキングの野性味あふれる猛攻に防戦一方だ――っ!』
セイウチンは腕を盾にし、急所を重点的に守る構え。
本人は慎重に反撃のタイミングを窺うつもりでいたが、パラダイスキングにはその対応が消極的とも思える。
「この世界のヒーローってのはビビリばっかりかぁ!?」
挑発の意を込めた大振りなハンマーパンチ。
だがセイウチンはその威圧感に押され、結局は防御を選択してしまう。
野性で鍛えられた鉄拳が両腕のガードを弾き飛ばした。
「クッ……!」
歯噛みするセイウチンを見て、ニィッと笑うパラダイスキング。
次は土手っ腹めがけて左からのミドルキックを狙う。
セイウチンもそれに合わせて再びガードしようとするが――
「ハイだ!」
「!」
土壇場で何者かの指示が届き、中段に合わせた腕の盾をわずかに上げる。
セイウチンの腹部を狙ったパラダイスキングの蹴りは、カクンと角度を変え頭部に襲いかかった。
だが――直前でガード位置を変えたのが功を奏す。
『あ――っとセイウチン、パラダイスキングのミドルから可変したハイキックを見事ガードしてみせた――っ!』
「うおっ」
まさかハイキックの奇襲を防がれるとは思わなかったパラダイスキング。
蹴りを弾かれた反動でバランスが崩れる。
「ハイが防がれたあとはデカい隙ができるものだ――っ!」
次なる指示が耳に届き、セイウチンは咄嗟、身を屈める。
電光石火の早業で両脚を伸ばし、パラダイスキングの軸足を挟み込んだ。
『セイウチン、グラつくパラダイスキングを蟹挟みで転ばせた――っ!』
転ばされたパラダイスキングと、自ら寝転んだセイウチン。
勝負は寝技の展開に移行する。
『そしてこれは……足4の字固めだ――っ』
仰向けに倒れる相手の両脚を“4”の字に見えるように交差させ固める。
セイウチンが繰り出したプロレスの王道的寝技に、パラダイスキングは舌打ちする。
「地味技を~~っ」
「オラの足4の字は地味技じぇねえ――っ!」
セイウチンが雄々しく吠え、キャンバスに自らの頭部をつける。
そのまま胸を反らすように体重移動、頭部を支点とし、足4の字の体勢のまま体を浮かせた。
「ノーザン・フィギュア・フォー・レッグロック!」
『なんとぉ~~っ! セイウチン、パラダイスキングを足4の字に固めたままブリッジの体勢になり、技をより深く極めている~~っ!』
4の字になったパラダイスキングの両脚が、3D文字のごとく浮かび上がる。
関節の可動域を無視した曲がり方に、骨が悲鳴を上げた。
「ウギャアア――ッ!」
もちろん、悲鳴はパラダイスキングの本人の口からも。
『さすがのパラダイスキングもたまらず絶叫――っ!』
王様だろうとなんだろうと関節技の苦しみからは逃れられない。
セイウチンはさらに大きく体を反らし、4の字をへし折りにかかる。
「さあ~~っ、このままギブアップするんだ――っ!」
「だ、誰が……」
パラダイスキングは歯を食いしばり激痛に耐える。
レスラーでないパラダイスキングに足4の字の脱出方法などわからない。
だが知識や技術がなくとも、王には圧倒的なフィジカルがある。
「ラァ――ッ!」
掛け声と共に力を込めた部位は、両腕。
上腕二頭筋が盛り上がり、巨体を浮かせた。
『あ――っとパラダイスキング、セイウチンに足4の字を極められたまま倒立してみせた――っ』
セイウチンの体重をものともしない怪力に、足4の字の形が揺らぐ。
寝技はキャンバスに寝転がっているからこそ寝技足りえるのだ。
「ぶっとべ!」
『そのままセイウチンを振り払う――っ』
大胆に両脚を動かし、まとわりついていたセイウチンを引っ剥がした。
「グッ」
即座に受け身を取ったセイウチンは一度距離を取ってパラダイスキングに対し構え直すものの、当人は反撃の素振りゼロ。
巨大アフロの中から櫛を取り出し、髪形を整えていた。
「あーあ。寝転されて髪が乱れちまった。プロレスは嫌いじゃねえが、寝技はカンベンだな」
その巨大すぎるアフロは伊達ではない。セットには人一倍、いや人十倍ほどの神経を使うのだ。
試合中にヘアスタイルを気にするなど……この男、やはり異質。
セイウチンがあらためて警戒心を強めたところで、
「見事なフィギュア・フォー・レッグロックだったぞセイウチン」
「え?」
ふと後ろから、聞き覚えのない賛辞の声がかかった。
見ると、トレンチコートを着込みチューリップハットを目深に被った長身の男性がリングの外に立っている。
「しかし少し甘えが見えた……見たところ相手はパワーファイター。相手の怪力を加味するならば、ギブアップを選択する余地など与えず、即折るくらいでちょうどいい。もちろんは相手は抗っただろうが、結果的に今以上のダメージを残せたはずだ」
落ち着いた声音でそれっぽいアドバイスを放る男。周囲に獰猛なサルたちがいるにも関わらずだ。
「な、なに言ってんだこのおっちゃん?」
セイウチンは謎の闖入者に顔を顰める。
「というか、おっちゃん誰だ? 逃げ遅れた来園者だか?」
「まあそんなところだ……」
この東武動物公園の状況が理解できていないのか、男は呑気に言う。
セイウチンとしては今すぐ避難誘導してあげたいところだが、あいにくゴングの鳴った試合に中断は許されない。
「おしゃべりしてんじゃねえぞ!」
『パラダイスキング、ロープ際のセイウチンに仕掛けにいく――っ!』
髪のセットを終えたパラダイスキングが突っ込んできた。
「ロープだ!」
「!」
対応せねばと身を強張らせたセイウチンの耳朶に、背後から謎の男の声がかかる。
そう、ここはロープ際。セイウチンと男の間にはリングロープが張られていた。
であるならば、とセイウチンはバックステップで後ろに下がる。
『セイウチン、ロープの反動を使い……』
背中をロープに預け、前進するための勢いをつける。
直進してくるパラダイスキングに対し、左腕を大きく振ってそのど真ん中をぶち当てた。
『ラリアットでパラダイスキングの首を刈った――っ!』
加速状態のパラダイスキングに、己もロープを利用した加速で迎撃する正面衝突事故。
パラダイスキングの身が縦に半回転し、キャンバスに沈んだ。
「ウホホ~~ッ! なんとキレのあるラリアット!」
リング外の男は大興奮といった様子で、セイウチンの活躍に拳を握る。
「ニュージェネレーション・セイウチン……あまり名を聞くタイプの超人ではなかったが、こいつはとんでもねえ掘り出し物かもしれないぜ~~っ」
攻撃を成功させたセイウチンは意味深につぶやく男を見やりながら、怪訝な顔を浮かべた。
「指示出しのタイミングが完璧だった……あのおっちゃん、いったい何者なんだ?」
偶然居合わせた東武動物公園の来園者……たまたま超人レスリング好きで、詳しいだけのおじさん……なのだろうか?
獰猛な野生のテナガザルたちがなぜか男を避けるように散っているのも気にかかる。
奇妙なオーディエンスを加えたまま、東武動物公園特別試合“アニマル・チェンバー・デスマッチ”の熱は加速していった。