アクションバース “キン肉マンⅡ世VSアクション仮面” 作:速筆魔王LX
――シーン6『男の選択』
田舎を思わせる、人の少ない駅のホーム。
実家に帰ると家を飛び出したネネちゃんは、あれだけ怒っていたにもかかわらずアンニュイなため息をついていた。
「はあ……どうしてこうなっちゃったのかしら」
本当は帰りたくなんてない。電車なんて永遠に来なければいいのに。
けれど浮気をしたのはあの人。ネネを放ってオカマに走るような人とは一緒にいられないのも事実。
……愛していたのに。
ネネちゃんの胸中にわだかまる気持ちは、幾度となくため息となって吐き出される。
そうやって何十回目かのため息をついた、そのとき。
「ネネ――ッ!」
駅のホームに、かつての最愛の人が現れたのだ。
「あなた!?」
目の前に現れた夫――浮気者のジェイドは、大急ぎで追いかけてきたのか息を切らしていた。
ちなみにジェイドは家を出ていったネネちゃんをすぐに追いかけていったという設定で、間に夜のおでん屋台で友人に元気づけられるシーンを挟み時系列が乱れているような気もするが、5才児が綴る素人脚本ゆえご愛嬌と思っていただきたい。
ジェイドはネネちゃんのそばに駆け寄ってくる。
「な、なによ! 今さらヨリを戻そうったって」
「ネネ……」
「気安く呼ばないで! ネネを呼び捨てにできるのはパパとママと豊臣秀吉だけなんだから!」
戦国時代を代表するおしどり夫婦のようになりたかった。でももう終わったことなのだ。
ちょうどよく実家行きの電車も来た。ネネちゃんはジェイドを振り払い乗車しようとするが――
「愛している」
夫が告げた簡潔な愛の言葉に、ネネちゃんの頬が赤く染まる。
電車の扉が開く。このリアルおままごとにエキストラの参加はないため、他の乗降者はいない。
「オレにはおまえしかいないんだ! 頼む、帰ってきてくれ~~っ!」
ジェイドの口から放たれる魂の叫び――ネネちゃんを求める愛の叫びだ。
あのジェイドが……
「そ、そんなに言うなら……」
本来のストーリーとはややずれるものの、ここで彼のもとに戻ってハッピーエンドというのもいいかもしれない。
しかしながら、そんな甘い展開では刺激に飢えたドラマ好きの主婦たちは納得しないだろう。
「ちょーっと待った――っ!」
ネネちゃんの私欲混じりの妥協を食い止めんと、新たな登場人物が躍り出る。
「だ、誰だ!?」
ジェイドが振り返ったその先に、勇ましい声の主がいた。
立派なスーツを颯爽と着こなす美男子は――マサオくんだ。
「あなたは……大手ITベンチャー企業の若手社長、マサオさん!」
おでん屋の大将と二役である。
「ネネはもう俺の女だ! 昔の男が未練がましい真似はやめてもらおうか!」
勝ち誇るように放たれたマサオくんの大胆発言に、ジェイドが驚きネネちゃんの顔を見る。
「なっ!? ネネ、おまえもう新しい男に乗り換えたっていうのか!?」
「そんな! 彼とはちょっとご飯を一緒しただけよ!」
新しい男を作った女はみんなそう言うのだ。
ジェイドを追い詰めるべく、マサオくんはさらなる行動に出る。
「あ~ん? なんだこれは~?」
おもむろにしゃがみ、ジェイドが履くブーツの中を探る。
そこから出てきた――実際には出てきたように見せかけただけで、マサオくんが最初から持っていた――金色のカードをこれ見よがしに翳し、仰天する演技をする。
「こ、これは! オカマバー“白鳥のたわむれ”のゴールド会員カード!?」
相当な回数店に通い、多額の金を落とさなければ手に入らないオカマバー常連の証!
マサオくんはノリノリで下卑た表情を作る。
「へへっ、いいご身分だな~~っ! こんなものを持っておきながらネネへの愛を語るってか!?」
愛していると豪語しながら発覚する、オカマへの執着。体裁は最悪と言えよう。
だがしかし――すでに迷いを振り切っているジェイドは動じない。
真剣な面持ちで一歩、マサオくんのもとに近寄った。
「な、なんだよ……」
長身の男に眼前に立たれ、その威圧感に圧倒されるマサオくん。
続けてジェイドは右手を振り上げた。
「ひっ!?」
マサオくんが一歩身を引く。
ジェイドが振り上げたその手の形は――手刀。
ま、まさかジェイドは……あの“技”を放つつもりでは!?
「ベルリンの赤い雨――っ!」
「ひぃいいいいい!?」
ブロッケン一族伝統の
大気を裂く手刀は炎を生み出し、マサオくんが手に持っていたゴールド会員カードを一刀両断した。
マサオくん自身に怪我はない。が、数多くの悪行超人を仕留めてきた一撃を間近で放たれ腰を抜かしてしまう。
「もともとオカマなんぞに興味はねえ。オレはただ、仕事の愚痴を聞いてくれる相手を求めていただけ……」
ジェイドはゴールド会員カードを物理的に断ち切ることで、オカマバーへの未練も断ち切ったのだ。
「そ、そんなのネネに話してくれれば……」
ネネちゃんは尽くすタイプの妻役だ。夫の仕事にも理解を示すし、悩みだっていくらでも共有してもらいたい。
だが男心とは難しいもの。
ジェイドはバツが悪そうに顔を背けた。
「ネネには格好悪い姿を見せたくなかった……ただそれだけの理由だよ」
「あなた……」
男ならではの恥じらいを見せるジェイドに、キュンとときめくネネちゃん。
ああ、たとえ数回……もしかしたら数十回、夫がオカマと逢瀬を重ねたからといってなんだというのだろう。
ジェイドはこんなにもネネのことを愛してくれている――その事実が、ネネちゃんの胸を熱くする。
「ネネ……!」
「あなた……!」
手を取り合うジェイドとネネちゃん。
すでにリアルおままごと内での出番を終えたマサオくん、イリューヒンチェック・メイトの3人がそれを遠巻きに眺める。
「す、すごい……ネネちゃんのリアルおままごとはたいてい修羅場で終わるのに、なんだかいい雰囲気になってる」
マサオくんはネネちゃんのリアルおままごとに毎回苦しめられている被害者筆頭だ。だからこそ、筋書きを狂わせるほどのジェイドの熱演に衝撃を受けていた。
イリューヒンとチェック・メイトは新世代超人の仲間として、ジェイドという男を語る。
「ジェイドは実の親の顔を知らないみなしごで、超人でありながら人間の老夫婦に拾われ育てられた……だがそんな育ての親だったふたりは暴徒に殺されてしまう」
「普通ならひねくれてしまいそうなところ、超人格闘技の師であるブロッケンJrとの出会い……そしてなにより、育ての親の“まっすぐ生きなさい”という遺言を忘れぬことで、立派な志を持った正義超人へと成長した」
壮絶な過去を持つ超人は多くいるが、ジェイドのそれは他の超人と比較しても重い。
ほんの少し歯車がずれれば、人間を憎み、悪行超人の道に走ったとしても不思議ではないほど……そのルートを回避できたのは、ジェイドが周囲の人々から“愛”を教えてもらっていたからこそだ。
「オレたちのようなスネに傷のある者たちとは違う、正義超人の中の正義超人」
「そして、無償の愛を知る者……そんなジェイドだからこそ、ネネちゃんの脚本をハッピーエンドに持っていけたのかもしれませんね」
見たか客席に座るヘンダーランドの住人たちよ。これがジェイドという男だ。
イリューヒンもチェック・メイトも、観客の視線を釘付けにする友人の姿に誇らしい気持ちだった。
一方で、そんなジェイドの名演をおもしろくないと思う者がふたり。
マサオくんたち同様、ジェイドとネネちゃんのラブシーンを遠巻きに眺めるデザイン事務所の社長とオカマバーの店員――マカオとジョマである。
「まずいわ。このままだとあのボーヤに主演男優賞を奪われてしまう」
「そんなの許しておけないわ」
ジョマはハンカチを口に咥え、力いっぱい下に引っ張ってキーッと唸る。古典的な悔しがり方だった。
ネネちゃんが提案したこの“リアルおままごと”は、言うなれば演技力勝負。
勝敗は観客であるヘンダーキャラクターたちの拍手をどれだけ集められたかで決まる。
そして今、舞台上でもっとも脚光を浴びているのはジェイドで間違いない。
「ならばやるべきことはひとつ」
「ええ。ラブストーリーにはどんでん返しがつきものよ」
マカオとジョマは物陰でいそいそと着替えを始める。
マカオはスカジャンを着てジーンズを履き、頭には野球帽を被る。
ジョマはマタニティドレスを着込み、さらにお腹にふかふかの枕を詰めた。
ジョマが走り出す。
「待ちなさ~い! ジェイドさんは渡さないわ!」
ジェイドとネネちゃんが声のしたほうを振り返り、驚愕する。
「ジョマ!?」
「ええ!? そのおなかは……」
マタニティドレスを着て、お腹に枕を仕込んだ――つまりはぽっこり膨らんだお腹のジョマの姿は、
「ジェイドさんの子よ。あたし、妊娠したの」
妊婦そのものだった。
「なっ……!?」
「なんですって~~っ!?」
どんでん返しにもほどがある展開に、ジェイドとネネちゃんが揃って大声を出す。
「そ、そんな……ふたりの間に赤ちゃんが……ネネはどうすれば……」
たった今愛を確かめ合ったばかりなのに……ジェイドが外で子供を作ってしまったというなら、仲直りでハッピーエンドとはならない。
社会的な責任、世間体、倫理観……幼稚園児の女の子では処理しきれない問題が一気に押し寄せ、ネネちゃんは目が回りそうになる。
だがジェイドはそんなネネちゃんの頭を優しく撫で、一歩前に出る。
「旗色が悪くなったと見て勝負を焦ったようだなジョマ」
「え?」
ジェイドが向ける瞳の色は、悪を許さぬ正義の色。
とても妊婦に、それも自分の子を身ごもっているオカマに向けるものではない。
しかしそもそもジョマの話には大きな矛盾があるのだ。
「よく覚えておくんだネネちゃん。まだ5才の君には必要のない知識かもしれないが……」
手刀を構え、ジェイドがジョマに歩み寄る。
「ちょっ……あたしのおなかにはあなたの赤ちゃんが!」
穏やかでない空気に一歩退くジョマだったが、もう遅い。
ジェイドはすでに間合いの中。
そのわざとらしく膨らんだ腹部に、ブロッケン一族の至宝“ベルリンの赤い雨”が放たれる。
「オカマは妊娠しねぇ――っ!」
「ギャ――ッ!?」
ジェイドの手刀がマタニティドレスを裂き、中に入っていた枕もズタズタにした。
焼け焦げた羽毛が舞台上を舞う。
「オオ! ネネちゃんに保健の授業をしつつジョマの嘘を見破った!」
「なんて教育的なベルリンの赤い雨なんだ!」
これぞ新世代超人の模範と言うべき一撃に、イリューヒンとチェック・メイトが歓声を上げる。
「このヤロ~~ッ!」
そこへ、罵声と共に飛び込む影があった。
スカジャンジーンズ野球帽の格好に扮したマカオ――そしてその手には、鋭利な包丁が握られている。
イリューヒンとチェック・メイトが目を見開いた。
「あ……あれは!? マカオ!? いや……」
「恋愛ドラマの終盤でたまに出てくる……主要人物を唐突に刺してくる通り魔、もしくは暴漢だ――っ!」
包丁の柄をしっかり両手で握り、突進の勢いを乗せるべく腹のあたりで構えるその姿勢は、まさしく通り魔のそれ。
感動的なラブストーリーはとりあえず終盤に男か女のどちらかを殺しておけば「泣ける」と評価されるもの。そのために便利なのが、詳細が語られない謎の難病と暴漢。今回採用されたのは後者だった。
襲い来る凶刃に、ネネちゃんの身が強張る。
しかしジェイドは――
「育ての親を暴徒に殺されたオレが……」
一瞬たりとも怯むことなく、逆に怒りの感情を燃えたぎらせ、キャンバスを強く蹴った。
飛び上がりながら膝を突き出し、突進してきたマカオの顎を穿つ。
「この程度の暴漢に怯むか――っ!」
「ぐえ――っ!?」
華麗なる飛び膝蹴りを決め、倒れるマカオ。包丁は誰を傷つけることもなく足もとに転がった。
ジェイドは畳みかけるべく、倒れたマカオの首を脇で捕らえる。
さらに反対側の腕で腰を持ち、相手を逆さにする形で一気に頭上まで担ぎ上げた。
「くらえ!」
そのまま軽くジャンプ。
落下の際に脇で捕らえたマカオの頭が下になるよう、自身も体勢を変えて落とせば――
「SSD(スタイナー・スクリュー・ドライバー)!」
あのヘラクレス・ファクトリー卒業試験で
舞台上にとてつもない衝撃音が鳴り響き、客席のヘンダーくんヘンナちゃんナンダくんソーダくんたちが一斉に前のめりになった。
「ドグヘ~~ッ」
血反吐を吐くマカオ。
先に腹を裂かれたジョマと並んで、完全沈黙――彼らの出番の終わりを告げた。
愛する妻の命を、そして彼女との愛を守ったジェイドは、晴れやかな笑みを見せる。
「帰ろう、ネネ。家でペットのスカーが待っている」
ジェイドが差し出したその手を、ネネちゃんは満面の笑みで取った。
「うん!」
離れかけていたふたりの心が、再び通い合う。
舞台上のイリューヒン、チェック・メイト、マサオくん……さらに客席のヘンダーキャラクターたちが、万雷の拍手でジェイドとネネちゃんを祝福した。
幕が下りる。
“リアルおままごと”――これにて終劇。