オリジニウムをコラボ先にばら撒アークナイツ! 作:まっすァき
ゼプトスターが新エリー都を見下ろす地上三十階の社長室で、午後のスケジュールを組んでいたときだった。
給湯室のコーヒーメーカーとは一線を画す金額のマシンが操作され、自動でカフェオレを作っていく。
そんな平静に包まれていた空間に、ドンドンと慌ただしいノックの音が響き渡った。
ゼプトスターが手元のモニターへ視線を落とせば、網膜スキャンと連動した社員証のデータが瞬時に表示された。
そこに映っていたのは、最近になって一般管理部門から特務スタッフへと配置転換されたばかりの若い研究員だった。
(たしか彼は……ああ、研究室第六課に配属されたシリオンの職員か。先日の人員整理の際、適性ありと見なして異動させたのだったな)
扉の向こうには、息を切らしてひどく焦った顔をした彼の姿があった。
「ゼプトスター社長、すみません! 緊急で耳に入れておかなければならない事態が起きました! とてつもなくマズいことが起きたんです!」
ゼプトスター。それは石棺で眠りについたオリジナルがかつて有していた名だ。彼女は新エリー都という未知の世界でも、偽名を名乗るような面倒なことは一切していない。
この名を堂々と掲げておけば、いずれこの世界に転移させる同胞たちへの手っ取り早い道標になるからだ。
「入室を許可する。入りなさい」
ゼプトスターが思考をドアに向けると、まるで防音室のような重厚なドアが、油圧の微かな駆動音とともに滑らかに開いた。
外側からならば複雑なパスコードを要求する物理的な壁だが、内側からはリモコンを操作するより手軽なものだ。
油圧部品に
「マズいこととは何かな? 聞かせてもらうよ」
ゼプトスターはいつもの演技で、機嫌の良さそうな声音で彼を招き入れた。
「うん、ひとまず……そこの椅子に座るといいさ」
社長室の床は、一面が黒光りする特殊なプレートで敷き詰められている。その硬質な
彼らが常識として学んだ物理学からすれば、おや? と首を傾げたくなる光景だ。物体の結晶構造が柔軟に意思によって変化するなんて……と。
ゼプトスターにとっては、これはただの
シリオンの特務スタッフもまた、アーツには慣れるしかないと割り切ったのか、少し目を丸くしただけで素直に椅子へと腰を下ろした。
彼は機密事項をちょっぴり触って、それで世界の広さに驚くようなシリオンであり、物語も信じ込むような純粋さを併せ持つ。
「まあ、推測するに……我々の部隊が治安局から非認可のホロウレイダーと誤認された、あるいは共生ホロウ内部の探索中に、未知の敵対勢力と予期せぬ衝突が発生したとか」
ゼプトスターは、予想を淡々と語る。
「ハッキリさせておこう。君の報告はなんだい? 安心していいさ。素直に報告を持ってきた人間をその場でどうこうするような、非効率なマネはしないと明言しておこう」
椅子に座ったまま、ゼプトスターは流れるような動作で指を鳴らすジェスチャーを行った。再びアーツで空調システムに干渉し、透き通るガラスの上部を静かに開いて、夜の十四分街の新鮮な空気を室内へと取り込んだ。
換気は気分の切り替えにちょうどいい。
「け、結論から申し上げます」
スタッフは緊張した面持ちで口を開いた。報告を社長に直接伝えることは、彼にとって初めての大仕事であり、ここでどう伝えたかによって自分の今後の昇給やらなにやらに響くのだと思ったからだ。
「讃頌会が、我々の運搬していた
そのシリオンにとって、これは読み上げる際に、冷や汗が出てくる内容だった。
「なるほど、なるほど。実に手痛い報告だな! いやあ、想定外のトラブルだ。報告、ありがとう」
ゼプトスターは冷静に、何も焦ることなく手を叩き、大きく頷いた。
「しかし、不思議だね。運搬車両はきちんと装甲化されていたはずだ。讃頌会のサクリファイスやエーテリアスが厄介なのは承知しているが、特務部隊が対処できないほどの戦力差ではないだろう? 」
「奪われるほどのイレギュラーがあった、ということだよね?」
「はい、お、恐らく……こ、これは我々を明確に狙った計画的な襲撃です。突如として現れた共生ホロウに、車列の最後部に配置された運搬車両が迷い込んでしまいました」
「分断状態の中、記録によれば二十体を超える敵勢力と交戦状態に陥り……研究員を護衛する際、弾薬が尽きたため、運搬車両を放棄して一時撤退することを余儀なくされました」
「ははっ、それでなんとか、
「でも、なかなかホロウの中から脱出できなくて、情報も錯綜し、報告文書にすることが遅れたと。そういうことだね?」
(多分そう……なのかな?)
「……はい、その通りです。武装勢力との交戦によってナビゲーション担当の研究員がパニックを起こしてしまい、予定していた
「ああ、それは現場も大変だっただろう。うん、撤退の判断は正解だ。どう連絡したらいいかも分からず、右往左往してしまったというわけかな?」
「電子機器もエーテルの浸蝕を受けるし、ホロウ内部からの通信は外部と30分以上の誤差が生じることだってよくあるからね」
この言葉も完全に嘘である。慰めのために放った言葉というより、擁護者として見られるための嘘。
ゼプトスターは、深く頷きながら、頭の形で『漏洩事件』に関するカバーストーリーを分解している。
オリジニウムの流出。それはつまり、この世界の人間が
「そして結果的に、研究活動が懸念の元になってしまったと。そういうことだね?」
「申し訳ありません……!」
「いや、この状況で保身に走って隠蔽しなかっただけ、君の判断は正しいよ。資料を見てもなかなかの被害状況だが……まあ、迅速に報告してくれたことには感謝しよう」
ゼプトスターはにこやかに笑いかけた。
「だが、非活性化した
スタッフは申し訳なさそうに何度も頷いた。
「まあ、損失は決して小さくない。だが、覚えて欲しい事がある。殉職者が出ていないなら……。私たちの使命に、何も傷はつかない!」
ゼプトスターは、スタッフに向かってこう断言した。
「ああ、讃頌会という連中は、毎度毎度こちらのプロジェクトを妨害してくる! 全く困ったご近所さんだよ?
ゼプトスターは深くため息をつき、右手を振った。
「でも……君の報告のおかげで分かったよ。ご苦労さま。君の退室を許可する。持ち場に戻っていいよ……」
言い終わると同時に、背後の重厚な扉が再び開いた。
上司への報告義務をなんとか無事に終えたスタッフは、安堵の表情を浮かべながら一礼し、足早に部屋を去っていった。
扉が閉まり、社長室が再び静寂に包まれる。
「あー……予定外のタスクが増えてしまったな? 調節する必要がありそうだ。カバーストーリーが効きすぎたか?」
ゼプトスターは、デスクのモニターを切り替えながら一人ごちた。
『疑念を段階的に忘却する』『肯定的な心理状態を持つ』『閲覧者が内容を信じる』
報告文書の大半は、こうした効果を付与されている。それは見抜くことさえできればカバーストーリーであると分かる。
「テストをしてみたいと思ったけどさ、ここまで効くとは思わなかったよね」
予想外の出来事に笑いつつ、ゼプトスターは甘いカフェオレを飲み干した。
まさか『認識改変文字』が効きすぎるとこうなるなど、想定外だったのだ。
認識、あるいは認知。これらを一時的に変えるものは、原理ごとに複数の種類があるが……ゼプトスターは特に愛用している。
隠蔽に便利だし、『肯定的な心理状態を持つ』は周囲の人間にほぼ常に掛けている。
普段使いするほど、研究活動は秘匿されていると言っていい。架空の部門に架空の人物、架空の研究に架空の資金。
認識が変われば、その人にとって『虚実』は逆転する。
「どちらにせよ、これは調節しないとそのうち全職員がカバーストーリーに騙されちゃうな?」
真実を握るのはゼプトスター、ただ権限の頂点に立つ者のみである。