「………………あれ」
男は目を覚ます。
視界に飛び込む赤く染まる空。疑問を持つ……何故外で寝ているのか………ではなく、
「……………もしかして、ここがあの世? あれ、ていうか俺って
ふと沸く純粋な疑問。
仮にあの世なんてものが実在するとして、魂が囚われた自分に果たして向かうことができるのか。
ならここは現世? でも糸も無く肉体が動けて…………最後の方は糸が無くても動けてた。無理して、時間制限付きだったけど。
そう、時間制限付き。その時間を超えて、自分は終わったはずなのだ。
「リエちゃん達…………大丈夫かなぁ…………」
結局、自分はあの世界に残ることができなかった。
忘れたくないと言ってくれたのに、こうしてここにいるということはきっと皆。
「………………ま! ものは考えよう! これで、みんな悲しまない………から……未練は」
扇君がしてくれたことは! 時間で拭えるようなちっぽけなものなんかじゃない!
「……………あ。どうしよ、あったな、未練。皆、ちゃんと忘れてくれるといいけど」
忘れられることは辛くはない。それを告げられたうえで、仲間を助ける為に力を求めて、世界を救う為に進み続けた。覚悟していたことだけど、心残りだけがある。
「……………あれ」
頬から伝う水に遅れて気付く。涙だ。
「あ〜…………くそ、格好悪いなぁ俺。リエちゃんいなくてよかった」
ゴシゴシと乱暴に涙を拭う。結局、覚悟なんて決めた気になっていただけだ。あの女にも言われた………終わる保証が心の支えで、終わらなかったから今更……。でも、後悔だけはしていない。と………
「きゃああああ!!」
「!!」
不意に聞こえた悲鳴に振り返る。次の瞬間には走り出していた。誰かが恐怖で叫んだ。彼が走る理由は、それだけで十分だった。
桜吹雪が舞う通り。倒れた少女と、その上に覆い被さる黒い影。
血の匂い。
足音に気付き振り返った影を蹴り飛ばす。
「ぐぅ!?」
たった一歩。踏み込んだのはただの1回で、数メートルはあった距離が消えた。尋常ならざる蹴りは何かを砕きながら影を吹き飛ばす。
「大丈夫か!?」
「…………ぅ」
息はある。首に傷……刺したような小さな傷が2つ。
血以外に何かが首筋を濡らす。唾液か、これは? 噛みついて、しかし噛み千切らず………血を吸っていた?
「吸血鬼………?」
「ちぃ…………」
茂みに吹き飛ばされた影が小枝を払いながら立ち上がる。何かを砕いた感覚………骨の砕ける感触ではなかった。
「無効化………いや、許容限界か。力任せに障壁を破るとは………」
現れたのは金髪の子供。人形の様に美しい幼さを残した少女。もっとも、そんな見た目など油断する理由にならないのを彼は知っている。
「この子に何をした………」
「チッ。爺め、適当な仕事を………邪魔をするな。お前とて、騒ぎになるのは困る筈だ?」
「…………………?」
「お前、ここの関係者ではないだろ」
目を細める少女。警戒度があがり、しかし直ぐに嗤う。
「西の間者……いや。大方、くだらぬ正義感に酔った愚か者か功名心に駆られたただの馬鹿か。私の所在を突き止め麻帆良に侵入した手際は褒めてやろう」
「………………」
何を言ってるのかさっぱりわからないが、命を狙われる事が当然と言う様なその笑みに微かに眉根を寄せる。
「!?」
チリッと髪の毛をかする何か。遅れて気付き飛び退いて回避する。
「…………此奴」
緑の髪の高身長の美女。滑らかに動いていたが、義足?
「該当データなし………魔法先生、生徒のどちらでもありません」
「わかっている。ふん、不審者ならば何をしても文句は言われまい。今夜は満月、ちょうどいい。その血、残らず啜ってやろう」
「やってみろ!」
「やれ! 茶々丸!」
「はい、マスター」
振るわれた蹴りを膝で受け止め、首を狙い放つ手刀が止められる。力任せに押し切り吹き飛ばす。少しでも襲われた少女から突き放すためだ。
「…………!」
力負けしたことに驚愕した茶々丸というらしい女。振るわれる拳と蹴りを対処しながら後ろに押されていく。一際強い蹴りを受け大きく吹き飛ぶ茶々丸。
「っ!?」
追撃を行おうとした足を止め飛び退く。何かが飛んできた。小瓶?
「
「!?」
吹き荒れる冷気が服だけを凍りつかせ砕き始める。が、自動修復。驚愕で目を見開く金髪の少女をギョロリと睨む。
魔法使い。後衛………厄介だな。触媒は薬品。それを取り出す以上、行動が遅れ、それを補うための義足の少女と言ったところか。
先にあの吸血鬼から。
思うが速いが、即実行。腕を裂いて小さな刃物が現れる。
「いっ! …………?」
皮膚と肉を裂いた痛みに眉毛をしかめながらも刃物の形を変え、質量を変え大剣となる。
「マスター!」
振るわれる大剣から主を庇おうとする従者。何時の間にか装着していた巨大な剣を腕に装着していたが、諸共斬られた。
「!!」
「!?」
血が出ない? 足だけじゃなく、腕も義手?
「茶々丸! 貴様!」
「損傷大。戦闘続行可能と判断…………?」
吸血鬼が激昂し、対して少女は落ち着いて迎撃に移ろうとして、それに気付く。飛ばされた腕、先を失った腕……その両断面にこびり付く、夜闇の中で尚暗い闇。蠢き、包む。大きさの差から先に包まれた腕がそのまま消える。広がる闇は茶々丸本体を飲み込もうと………
「マス、ター………」
人ならざる思考回路が自身に訪れる消滅を認識し、己の主に最期の視線を向け……
「!? やめろ!」
「!!」
バチンッと闇が弾ける。茶々丸は片腕を失った以外の外傷は存在しない。何故、と敵対者であるはずの男に視線を向けると主が発動した氷の矢にその身を貫かれていた。
「な、は? この程度の魔法で………? っ! 茶々丸! 無事か!?」
「はい、マスター。左前腕部パーツは
「しかし、なんなんだこいつ。実力に対して防御の備えが。そもそも気で強化した肉体にこの程度………まさか、素の身体能力? いや、それより………ああ、くそ! 人を殺すなど何年ぶりだ! 命を狙ってきたとはいえ、これがバレたら………!」
「死体遺棄には海か山が最適と検索結果が出ました」
「ああそうか! なら埋めるぞ!」
最早やけくそ気味に叫ぶ少女は謎の侵入者の死体に目を向け………
「っ!?」
「マスター!」
その異変に茶々丸が主を抱えて飛び退く。死体から溢れる黒い糸が氷の矢を引き抜き、飛び散った肉片へと絡み付き胸や頭部を修復していく。明らかに即死の傷が癒えていく。
「貴様、いったい………」
「…………………」
「!?」
ギョロッと向けられた瞳はまるで飢えた獣。
「ぐ、うぅ………があぁ!!」
苦しんでいるが、消えた傷によるものには見えない。血管を張り巡らせたかのような異質な意匠の剣がガタガタと震えていた。
「…………あの闇を強引に消した副作用のようだな」
「? 何故そのような」
あのままいけば自分は消滅し、想像したくないが力を失っている今の主を一方的に蹂躙しただろう。そのチャンスを何故不意に。
「は…………」
「………?」
「はな、れろ…………!!」
ビギバギと砕けるような音を立て剣が形を変えていく。剣の鱗を闇が無理やり繋ぎ合わせた数匹の蛇が餌を求めるように蠢き、目をつけたのは少女達。
「飛べ、茶々丸!!」
茶々丸が主を抱えて空に逃げる。刃物の蛇が周囲を切り刻み、刻まれた破片が闇へ飲まれる。
「…………………」
「退くぞ、茶々丸」
「はい、マスター」
主の言葉に空を飛びながらその場から離れる茶々丸。ふと地上で蹲る男に目を向ける。敵対した相手が逃げていくというのに、安堵しているように見えた。
「ぐぅ………ぐるるぅぅ…………!!」
ガリガリと己の指を噛む。
強い飢餓感。そして激痛。
胃を直接抉り出して中身を取り出したかのような痛みと空虚感。
喰いたい喰いたいと内から湧き上がる衝動。これも久し振りな気がする。
「黙ってろ。今は、俺が
ズグリと剣を己の顔に突き刺す。神経が斬られ熱した鉄を押し付けたかのような激痛が奔る。ビクビクと剣が痛みに悶えるように震えた。
痛みを起点に己が剣
「………………はぁ〜………」
漸く落ち着いた。全てを殺して飲み込む剣の本能。
「……………なんで黒糸が」
傷を縫い直した黒い糸。既に失ったはずの魔術師がこの身を縛る為に張り巡らせた魔道具。
何処までも伸び、強靭。星の内に飲まれる大地すら繋ぎ止める糸で内から己を縛ることが出来た。前まで出来たっけ?
「……………心臓、動いてるな」
胸に触れる。トクトクと脈打つ心臓の鼓動を感じる。股に触れる。良かった、あった。
「生きてはいるみたいだな…………」
さて、どうやらこの世界はあの世ではないらしい。かといって、自分が魔王討伐の為に呼ばれた世界でもあるまい。電気で光を灯す街灯あるし。
石造りの建物が多い。西洋風………昔テレビで見たイタリアとかに似てる。そういえばさっきの少女達の言葉、何故か解った。
まさかまた魂が混ぜ込まれたのではあるまいか。だがそれにしては記憶の混濁がない。
「……………」
不意にこちらに近付いてくる気配を感じた。まだ距離はある。こちらを補足したというより、騒ぎを聞き付けただけだろう。
中々の実力者。直ぐにその場を後にした。
それから数日後。
男………有川扇は子供達に囲まれていた。
あの後、ここが日本であるという衝撃の事実を知ったはいいがどうにも自分の知る日本とは異なる事も判明。麻帆良学園都市なる学術機関など存在しなかった。
まあ仮に元の世界に戻ったとしても、今の姿をどう説明したものか。元より一度……あるいは二度死んで一度目の時点で家族に再会できないことは納得済み。ショックは全くないわけではないが少し気は楽になった。
その後彷徨ってお腹が空いて倒れた彼を孤児院の院長に住み込みで働かせてもらい今に至る。この孤児院、引き取り手のない子供が良く流れてくるらしい。因みに謎の出資者のおかげで経営には困らないのだとか。
「オーギ、遊べー!」
「オーギ!」
「オーギ、こっち〜。本読んで〜」
「オーギお兄ちゃん、おままごとしよー! 奥さんがいるんだけど幼なじみの既婚者を忘れられないお隣さん役〜」
「嫌に具体的に!?」
そういえば前世でも小学生に懐かれていたっけ。良く弟と勘違いされていた。まあそういうわけで子供の扱いは苦ではない。
「ごめんねぇ扇君、今日も買い物頼めるかしら。ほら、貴方達も離れて」
「あ、はーい! ほら、健太、また後で。シャックス、服から手を離して。イワン、本は返ってから。リリナちゃん、そのおままごとは君には早い」
遊びに誘ってくれた子供達一人一人を相手にしながら剥がしていく。
男手が出来で嬉しいと買い物を頼まれる。
何せ勇者の肉体だ。力はある。
案内係の職員と共に街を歩く扇はふと足を止める。
(…………また見られてるな)
ツギハギだらけの顔を周囲に…………ではない。2キロほど先、木陰の奥。何者かは知らないが孤児院に迷い込んでから毎日朝、夕方にこちらの様子を見にくる何者か。今のところ接触はない。
まあ敵意の類いは感じない。ツギハギだらけの男が子供達が住む場所にいたら警戒もするだろう。気にしないことにした。と………
「うえーん、うえーん! あたしの風船!」
木に引っかかった風船の下で泣いてる幼女を見つける。そちらに向かい…………
「「……………あ」」
扇は茶々丸と再会した。