タコダナ。
銀河の主要航路から外れた、深い緑と無数の湖に覆われた辺境の惑星である。
共和国の法がまったく及ばないわけではない。形式上は共和国の影響圏にあり、犯罪者が何をしても許される無法地帯というわけでもなかった。だが同時に、コルサントから派遣された役人が共和国法を掲げ、大手を振って歩けるような場所でもない。
そんな惑星だから、多くの人が集まり去って行き交っていた。
密輸業者、賞金稼ぎ、傭兵、海賊、商人、そして表立って素性を明かせない訳ありの旅人たち。
銀河の表側だけでは生きられず、かといって完全な無法者でもない。そんな境界を歩く者たちが古くから集まり、それぞれの事情を抱えたまま奇妙な秩序の中で共存している惑星タコダナ。
その中心に建つ古城の主人の名は、マズ・カナタ。
千年近く銀河を渡り歩き、ある者からは海賊女王と呼ばれ、またある者からは密輸業者たちの母と呼ばれる、小柄な女である。
そんな彼女の縄張りへ、クワイ=ガンたちは現れた。
十八隻もの大型輸送船。その周囲を護衛する四十八機のスターファイター。その船内を埋め尽くしているのは、つい昨日まで企業と犯罪組織によって所有物として扱われていた六百万人もの解放奴隷たち。
普通ならば惑星政府どころか共和国政府を巻き込む大騒動になって当然の船団だった。が、女主人の客だと知ると、すんなりと宇宙港に入港させ女主人の通達通りの手続きをしたのだった。
それを窓越しに眺めたマズ・カナタは、やって来たジェダイたちを久方ぶりに訪ねてきた旧友を迎えるように笑った。いや、そのものだった。
「久しぶりだね、クワイ=ガン。前に会った時より随分と大荷物になったじゃないか。あんたが面倒事を連れて歩く男なのは昔から知っているけど、まさか大型輸送船を十八隻も並べて、その中に六百万人詰め込んでくるとは思わなかったよ」
「ええ。お久しぶりです、マズ。少々、事情がありまして。ですから、急なお願いにもかかわらず受け入れていただき、感謝しています」
「六百万人を連れてきて『少々、事情がありまして』で済ませるところは昔から変わってないね。まあいいさ。詳しい話は後で聞かせてもらうよ。どうせ聞いたところで、あんたは『必要だったので』とでも言うんだろう?」
「そうなるでしょうな。必要だったので」
「相変わらずだねぇ」
オビ=ワン・ケノービは、何とも言えない顔をしていた。
マズ・カナタとクワイ=ガンが顔見知りであること自体は、タコダナへ向かう航路ですでに聞いていた。だが、オビ=ワンが想像していたのは、何度か顔を合わせたことがあるとか、過去に一度協力したことがあるとか、その程度の関係である。
目の前にあるのは、そんな生易しいものではなかった。
海賊女王とも呼ばれる女が六百万人を連れて突然押しかけてきたクワイ=ガンを久しぶりに帰省した親戚を迎えるようにし、クワイ=ガンもまた彼女の城へ帰省でもしたかのような顔で立っている。
知人ではない。友人ですら少し足りない。もはや親戚に近い。
「マスター。今回の件が片付いたら、一度じっくり貴方の交友関係について聞かせていただきたいのですが。私は長年弟子をしていたつもりでしたが、どうやら知らないことが多すぎるようです」
「構わないが、長い話になるぞ。私もそれなりに長く銀河を歩いてきたからな」
「でしょうね。海賊女王と呼ばれる人物の城へ六百万人を連れて突然現れて、それでも追い返されない程度には長い人生だったようですから」
皮肉を込めたつもりだったが、クワイ=ガンは穏やかに頷いただけだった。
どうやら通じていない。あるいは、分かっていて流された。
オビ=ワンは後者だろうと判断して、それ以上の追及を諦めた。
一方、その師弟の横では、アナキンが初めて見る城内を忙しなく見回していた。タトゥイーンとも違う。コルサントとも違う。
ジェダイとなってから数年。幼い頃に夢見た通り銀河の様々な惑星をマスターたちと共に巡りながら人助けして夢を叶えている──アナキン主観において──アナキンでさえ、こんな場所を見るのは初めてだった。
一目で堅気ではないと分かる荒くれ者が酒を飲み、その隣では商人が取引をし、賞金稼ぎらしき男と密輸業者らしき女が同じ卓を囲んでいる。共和国の法律とは明らかに異なる論理で動いている場所なのに、決して無秩序ではない。
腰にブラスターを提げた者は珍しくもない。それでも城内で武器を抜く者はいなかった。
酔客同士の揉め事くらいなら起きているが、声が大きくなりすぎれば周囲から睨まれ、それでも収まらなければマズの部下がやって来る。法律ではない。だが、明確な規則がある。
「マズ。ここって、海賊の根城みたいな場所だって聞いて思っていたのと全然違いますね。武器を持ってる人ばかりなのに誰も撃ち合ってないし、喧嘩してる人も途中で止められてる。何か決まりがあるんですか?」
クワイ=ガンとの会話を見て、多少失礼でもこの人には率直に聞いたほうが良いと判断したアナキンの好奇心に満ちた言葉に、マズは愉快そうに笑った。
「海賊だけの場所じゃないよ、坊や。ここには密輸屋もいれば賞金稼ぎもいるし、真っ当な商人だっている。まあ、たいていが共和国じゃ居場所を見つけられなかった連中なのが共通点だね。だから細かいことまで一々決めたりはしないんだよ。なんせ、守りゃしないからね」
「そりゃあそうですね。そういう人達って細かい決まりなんて作っても最初から読みませんし、先ずは銃を抜いて撃ちますよね」
「分かってるじゃないか。だから、一つだけ絶対に守らせている決まりがある。──私の城で戦争を始めないこと。誰とどんな因縁があろうが、城の中へ入ったなら武器は抜かない。それさえ守るなら、私は客として扱うってね」
「なるほど。では、それを破ったら?」
「外へ放り出す。金も武器も荷物も服も全部置いた裸でね」
「ああ、それなら守りますね。殺されるより嫌がる人が多いですし」
アナキンが納得した顔で頷く。オビ=ワンは、その教育上あまりよろしくないというか修羅すぎる会話へ口を挟むべきか一瞬だけ迷い、結局やめた。タトゥーイン育ちのアナキンに今更である。
なにより、この城に規則を貫ける大物が六百万人の安全を保証してくれるのなら教育に悪いなどどうでも良い。今の自分たちにとって、マズ・カナタは紛れもない恩人であった。
以心伝心ではないが、クワイ=ガンは改めてマズに頭を下げた。
「マズ。改めて礼を言わせてください。これだけの人数を事前の準備もなしに受け入れていただいたことには、本当に感謝しています。仕事が見つかるまでの、食料、医薬品、燃料、その他必要になった費用については、ジェダイ・オーダーに請求していただきたい──色を付けて」
「もちろん色付けて請求するさ。六百万人を食わせるんだ、私だって慈善事業だけで千年も生きてきたわけじゃないからね。ただ──金とは別に、一つ頼みがあるんだよ。ちょうどジェダイが三人も転がり込んできたのは幸いさね。あんたたちなら何とかできるかもしれない」
そう言ったマズの口元に、にこやかな笑みが浮かんだ。それを見た瞬間、普通のジェダイならば問題とする『色を付けて』を当然だと判断したオビ=ワンは嫌な予感を覚えた。
長年クワイ=ガンの弟子をしていた経験上、こういう場所で、こういう人物が、こういう顔をして持ち出す「頼み」が、簡単な用事だった試しなどないからだ。命懸けが基本である。
ついさっき、マズを恩人と認識してしまった自分の迂闊さをオビ=ワンは呪った。これでは断れない。
そんな、自分で決めた筋を曲げられない弟子を横に、クワイ=ガンは、まったく警戒した様子もなく尋ねた。
「我々に出来ることであれば。どのような頼みでしょうか?」
「人を助けてほしいんだ。少しばかり面倒な連中だけど、見捨てるには惜しい連中でね」
その言葉を聞いた途端、それまで城内を見回していたアナキンが振り返った。
「だったら助けましょう。僕たちを助けてくれたマズが、わざわざ僕たちに頼むくらいなんだから、本当に困っている人たちなんですよね? 何をすればいいのか教えてください」
誰を助けるのか。何処へ行くのか。相手が何者なのか。何が起きているのか。
そのどれ一つとして聞いていない。
にもかかわらず、アナキンの中では助けることだけは既に決定事項になってしまっていた。
マズは一瞬目を丸くした後、いかにも面白いものを見つけたという顔で十三歳の少年を眺める。
「なるほど。あんたの弟子だけのことはあるね、クワイ=ガン。誰を助けるのかも聞かないうちから引き受けるとは、随分と話が早いじゃないか」
「それなら──」
「待ちなさい、アナキン」
すぐさま割って入ったのはオビ=ワンだった。
「人を助けようとするのは結構だが、せめて事情くらい聞いてから引き受けなさい。誰が、何処で、どうして助けを必要としているのか。それくらい確認してからでも遅くはないだろう」
「……はい。分かりました」
兄の正論に自分が前倒れすぎたと反省して素直に頷いたアナキンは、少し考えてからオビ=ワンを見上げた。
「でも、本当に困っている人たちなら助けるんですよね?」
「…………」
オビ=ワンは答えず、マズを見た。
六百万人を何の前触れもなく連れてきた自分たちを受け入れ、食料も医薬品も居場所も用意してくれた恩人を。
その彼女が、自分たちなら何とかできるかもしれないと頼んできたのだ。
人を助けてほしい、と。
事情も聞かずに引き受けるのは論外だ。
六百万人を危険に晒すような真似も出来ない。
だが、それらに問題がないのなら──。
「……まあ、我々に出来ることで、本当に助けを必要としていて、極悪人でなければな」
「はい!」
兄の冷静な判断を聞いた途端にアナキンの顔が明るくなった。
オビ=ワンは眉間を押さえた。
今ので弟弟子の中では、恐らく「事情を確認して問題がなければ助ける」ではなく、「助けることは決まったので、後は事情を確認するだけ」になった。
…………まあ、大体合っているので訂正する気も起きない。
それよりも、先に確認しておかなければならないことがあるのだ。そちらが優先だ。
「マズ。一つだけ先に言わせてください。今の我々は六百万人を抱えています。彼らの安全と今後の生活を放り出して、別件へ向かうことは絶対にできません。最低でも、今現在の生活基盤が整うのを待っていただきます」
「もちろんさ。私だって六百万人を置いて行けなんて言うつもりはないよ。あんたたちがここへ連れてきた以上、まずはそっちを片付けな。私の頼みは急ぎではあるが、今日中にという話じゃない(少なくとも実施は)」
「ありがとうございます。でしたら、まず彼らの受け入れについて話を詰めましょう。頼みについては、その後で詳しく聞かせてください」
「ああ。それでいい。輸送船の方に担当者たちをやったからね。彼らと話して生活基盤整えてきな」
「…………なるほど、では、私とアナキンは船団へ戻りその手配を致しますので、その間マスターに話をして頂いても?」
「ああ、そうしとくよ」
「私もそれで良い」
あっさり了承したマズに、オビ=ワンも僅かに肩の力を抜いた。
少なくとも、六百万人を放り出して自分の頼みを優先しろと言うような人物ではないらしい。では、助ける相手は極悪人ではない。ならば問題はない。クワイ=ガンならうまく聞き出してくれるだろう。
アッサリとオビ=ワンは人助けに納得し、するべきことをすると決めた。
「アナキン。アルトたちのところへ行こう。船舶の登録状況や仮設住宅について確認したい」
「仮設住宅は手伝うって言いましたけど、船舶の登録情報ですか?」
「君がハッキングして書き換えた部分があるだろう」
「ああ、そうでした!」
「忘れるな」
「はい!」
アナキンが駆け出す。数歩進んだところで振り返り笑った。
「マスター! ちょっと行ってきます!」
「ああ。行っておいで」
「はい!」
ハッキングして船舶登録情報を問題としないジェダイ・ナイト、オビ=ワンも軽く頭を下げその後を追っていく。
「走るな、アナキン。ここはジェダイ聖堂ではないんだぞ」
「聖堂でも走ったら怒られるじゃないですか!」
「だから走るなと言っている!」
そんな賑やかなやり取りを残しながら、兄弟二人は城の外へと消えていった。