数歩先へ進んだマズはそこで足を止め、振り返った。先ほどまでアナキンについて楽しそうに話していた時とは違い、その表情には解決困難な厄介事を抱え込んだ者の色が混じっている。
「助けてほしいのは、マンダロリアンだよ」
意外な相手の名に、クワイ=ガンの眉が動いた。
「マンダロリアン?」
「それも、あんたたちジェダイとは昔から折り合いが悪い連中さ。デス・ウォッチという名前くらいは知っているだろう? あんたならよぉく」
「ええ。武力によるマンダロアの再興を掲げる一派ですね。それなりに知っています」
「それなり、ね……まあいいさ。その連中の若いのが何人か、少し前にこの辺りでしくじった。ブラック・サンの連中と揉めて捕まってね。殺されるでも売られるでもなく、今はもっと悪趣味な扱いを受けている」
「悪趣味?」
「賞品になってるのさ」
流石のクワイ=ガンも、すぐには意味を理解できなかった。
「…………賞品?」
「ああ。非合法の賭けレースのね」
マズは呆れと面白がる気持ちを半分ずつ混ぜたように笑った。
「この辺りじゃ有名なレースでね。優勝者には賞金、それと主催者が所有しているものを一つ、好きに選ぶ権利が与えられる。船でも武器でも宝石でも、主催者のブラック・サンが認めた所有物なら何でもいい。そして今、その『所有物』の中に捕まったマンダロリアンたちが入れられているのさ。『マンダロリアン戦士団』としてね」
「なるほど。『銀河最強の戦士たちを、貴方の護衛に』とでも宣伝しているわけですか」
「まさにそれさ。『伝説のマンダロリアン戦士たちを貴方の手に』だとさ……『首輪はご自分でお付けください』と書いてないあたりマフィアだねぇ」
「…………それは、怒るでしょうな。デス・ウォッチだけでなくマンダロリアン全体が」
「怒るなんてもんじゃないよ。捕まってる中には、ボ=カターン・クライズまでいる。公爵様の妹だよ……ブラック・サンは知らないらしいけどねぇ」
「…………なるほど」
厄介事を抱えたマズがジェダイが来てくれてよかったと言ったのが、腑に落ちた。
単なるデス・ウォッチの構成員を賞品にしたという話ではない。知らないとはいえ、マンダロア公爵家の人間まで、ブラック・サンは自分たちの『所有物』として非合法レースの景品に並べているのだ。
あんまりな現状にクワイ=ガンすら頭痛がした。
「解放交渉中に、あの平和主義で知られた公爵様が『我々の自制心を試さないで頂きたい』ってブラック・サンに言うくらいさ」
「それはまた……随分と怒らせましたな」
サティーン・クライズという人物を(弟子関係で)多少なりとも知っているクワイ=ガンは、それだけでマンダロリアンが怒っているのが十分に理解できた。
武力による解決を嫌う彼女が、武力による解決を選択肢に入れている事を示すために自制という言葉をわざわざ口にしたのである。
そして、それで済むわけがない。なにせ、捕らえられた者たちの仲間はデス・ウォッチだ。公爵が外交的な警告をして探りを入れている最中、大人しく待ってくれる者たちではない。
その事を、クワイ=ガンはよく知っていた。
「それで、デス・ウォッチは?」
「昨日、補給ついでにここまで来たよ。で、言ったさ。仲間を賞品にした連中を皆殺しにして、そのまま連れ戻すってね。つまりは、公爵の交渉を無視しやがったのさ」
「でしょうな」
「驚かないのかい? 自分たちだけでブラック・サンと戦争する気なんだよ」
「彼らならそうするでしょうから。どちらかと言うと、彼らが事前に通達するほどのあなたの人望に驚いてます」
「……ああ、そうだね。そうだろうさね。よぉぉく知ってるよねあんたは」
やはりなと納得するクワイ=ガンの台詞に、マズは諦観しながら頷いた。
「当然あなたはそれを望まなかった」
「当たり前さ。ブラック・サンとデス・ウォッチの戦いだよ。アウター・リムにどれだけ被害が出ると思ってんだい」
「戦闘能力ならばデス・ウォッチが上でしょう。しかし数と武装ではブラック・サンに及ばない。だから、正面から戦わず、彼らは小部隊に分かれ、輸送路を襲い拠点を焼き協力者を一つずつ潰していくでしょう。ブラック・サンも当然報復する──最悪ですな」
「そういうことさ。マンダロリアン全体が出てきて、まとめてブラック・サンを叩き潰してくれるなら、アウター・リムに住む一人としてはありがたいくらいだけどね」
「ですが、公爵がマンダロア全体を動かすとは思えません。精々が王室護衛隊による同胞救出でしょうな。そして、ブラック・サンに二度と同じことをさせないだけの落とし前をつければ、そこで手打ちにするでしょう……その場合でもアウター・リムは荒れますが、本来それを治めるのは共和国の役目ですので公爵を責めることはできません」
「ああ! そうさ! アウターリムから絞るだけ絞ってなにもしない共和国のね!」
「ジェダイ・オーダーの一員として極めて嘆かわしい事ですが同感です」
「ああ、あんたを責めてないよ。あんたはよくやってくれてるし、ジェダイそのものもその点は悪くない」
そこで言葉を切りマズは呻いた。
「悪いのは、助けようとする奴がいないことじゃないんだ。助けようとした奴が、その場を離れた後まで面倒を見られる仕組みが無いことだよ。それがアウター・リムの問題の根っこさ」
「…………」
クワイ=ガンが重く静かな沈黙で同意した。
「話を戻すけど、だから困ってるんだよ……なわけで、私が間に入った。『一日だけ待ちな。ブラック・サンには私から話をつける。それで駄目なら、その時はもう一度話をしよう』ってね。デス・ウォッチは私の顔を立てて、昨日は引いてくれた」
「ブラック・サンとも話したのですか?」
「もちろんさ。『マンダロリアンを返しな。今なら私が間に入って、あんたたちの面子も立つ形にしてやる』ってね。でも駄目だった」
「ブラック・サンは返す気がない、と?」
「話したけど、ないね。今更返したら、自分たちがデス・ウォッチに怯えたと裏社会中に宣伝するようなもんだからね。しかも、もう今回のレース最大の目玉の『所有物』として宣伝しちまってる。賭け金だって随分集まってる」
「なるほど」
ブラック・サンにはブラック・サンの面子がある。デス・ウォッチにはデス・ウォッチの誇りがある。そして双方に顔が利くマズは、その間に立って既に一度は落とし所を探ったのだが、それも失敗に終わっている。
此処まで来たのならば、どちらが正しいかを論じたところで意味はない。 必要なのは、双方が少なくとも表向きには納得できる終わらせ方だった。
「つまり、ブラック・サンに『返させる』ことは出来ない。ですが、彼ら自身の規則に従って『賞品として渡させる』ことなら出来る。そういうことですな」
マズの目が細く希望に煌めいた。
「……やっぱり、そこに目を付けたかい」
「優勝者には、ブラック・サンが所有しているものを一つ選ぶ権利があるのでしょう?」
「ああ」
「ならばレースに勝ち、その権利を使ってマンダロリアンたちを選べばいい。ブラック・サンは自ら定めた規則を守っただけ。デス・ウォッチは仲間を取り戻せる。少なくとも、双方の面子は保てます」
数秒ほどクワイ=ガンを見つめていたマズは、やがて口元を吊り上げた。
「昔からそういうところだけは妙に頭が回るね、あんたは。正面から『返せ』とは言わず、相手が自分で作った規則を使って持っていく。昔からそういうところだけは妙に賢かった」
「悪い人に教わりましたので」
「……誰のことを言ってるんだい?」
穏やかな顔のままクワイ=ガンがマズを見る。
「『裏社会では、約束を守ること以上に、約束を破ったと思われないことが重要だ』と教えてくださった賢い方がいました」
「ああ、確かに、そんな事を言ったかもねえ」
「『相手が自分で決めた規則なら、その範囲で最大限利用しても文句は言えない』とも」
「ちょっと待ちな。そこまで都合のいい言い方はしてないよ」
「意味は同じでしょう」
「全然違うだろうよ」
「いや、本当に良い教えでした」
「まったく、都合のいいところだけ覚えてるね、あんたは」
「ええ、友人に恵まれましたので」
とうとうマズは堪えきれずに笑った。
「本当に相変わらずだよ、クワイ=ガン。それで? そこまで言うからには、レースに出して勝てる奴にも心当たりがあるんだろう?」
「ええ」
クワイ=ガンは一切迷わなかった。
「アナキンなら勝てるでしょう」
マズの笑いが一瞬止まり──今度こそ、盛大なものになった。
「やっぱり、あの子かい」
「ポッドレースの優勝経験があり、反応速度も操縦技術も十分です。あの子なら勝てます」
「安心したと言ったばかりなんだけどねぇ。まさか、選ばれし者を非合法賭けレースへ出す話になるとは思わなかったよ」
「適材適所ですよ」
「そういうところだよ、あんたは」
「やはり、悪い友人の影響でしょうな」
「私のせいにするんじゃないよ……で、具体的にどうするんだい? 登録はこっちでやるけどさ」
「我々がジェダイであることは伏せて出走します。偽名を使い、変装もしましょう。協力していただけますか?」
「ああ、勿論、構わないよ」
「助かります」
「ところで、それをするのはブラック・サン相手だからかい?」
「ええ。我々だけなら構いません。ですが今の我々の後ろには六百万人がいる。ブラック・サンほどの組織ならば、レースへ参加した者の素性だけでなく、その周囲まで調べる可能性があります」
クワイ=ガンたちがタコダナを拠点としている。十八隻もの大型輸送船が存在する。その船には六百万人の解放奴隷が乗っている。それらの何一つとしてブラック・サンに知らせる理由は何処にもなかった。
「レースに参加するのはジェダイではない。ただ操縦の上手い少年です。それで十分でしょう」
「そうだね。充分さ。じゃあ、とりあえず偽名で登録しとくよ」
「ええ、頼みます。マズ」
かくて、ジェダイがブラック・サン主催の非合法賭けレースへ偽名と変装で出走するという、評議会の大半が知れば卒倒しかねない案件は、評議員たちに一切知らせぬままあっさり合意に達した。
当然、話を聞いたアナキンは大いに乗り気になり、マズから貰った中古のレーサーを船団で出来た友人たちと弄り始めた。そして、オビ=ワンは「今日中に決断しないといけない話だったじゃないか。何より、マンダロリアン関係、か」とだけ愚痴ると、レースそのものより捕らえられている者の中にマンダロア公爵家のボ=カターン・クライズまで含まれているという外交問題の方を気にした。
つまり三人揃って、ジェダイが非合法賭けレースに出ること自体を問題だとは欠片も考えなかった。
まあ、何時もの師弟の日常である。