アナキン・スカイウォーカーは、アウター・リムの辺境惑星に築かれた企業本社と言う名の巨大要塞、その中枢制御区画に共和国エージェントと共に潜入し、端末を操作していた。
共和国ジェダイとして来訪を告げ、輸送船失踪事件について話を聞きたいと現地法人CEOガルド・ヴァレックとの面会を要求したクワイ=ガン・ジン。
現在は最上階の応接室で本人と向かい合っているジェダイ・マスターに囮になってもらい、その間にアナキンたちは別区画から侵入し、中枢制御室まで辿り着いたというわけだった。
「……本当に大丈夫なのか、お前のマスター」
共和国司法省特別捜査局のエージェント、ヴァン・レイカーは、ブラスターを握ったまま落ち着かなげに扉を振り返った。
……ジェダイ・マスターが、初手で自らを囮とした弟子たちによる違法潜入からのハッキングを作戦にした時よりは落ち着いたが。
「何が?」
「何がって、一人で正面から乗り込んだんだぞ。ここは企業本社なんて看板を掲げてるが、実態は犯罪組織の要塞だ。警備兵だけで何人いると思ってるんだ」
「大丈夫だよ。マスターだから」
アナキンは端末から目を離しもしなかった。
「むしろ僕たちが遅れたら、マスターが困る。早く終わらせよう」
「……お前、師匠への信頼が凄いな」
「うん」
何を当たり前のことを、とばかりに頷いて、アナキンは作業を続けた。
目の前にあるのは、この宙域一帯を牛耳る巨大企業──表向きはツェルカ社傘下の合法企業、実態はカラザク奴隷ギルドと呼ばれる犯罪組織のメインシステムである。
それを慣れきった手付きでハッキングしていた。
マスター・クワイ=ガンと共に任務を熟す最中に何度も感じた非力さを補う為に、マスターに許可(※評議会ではない)を貰って学んだハッキング技術。それが何時も通り役に立っていた。
──この時点で、そういう技術をパダワンに身に付けさせたことをクワイ=ガンから報告されてない評議会が知ったらヨーダを除く評議員は真顔になるだろう。
この企業ネットワークの管理下に置かれた、数百万人もの奴隷たち。売りさばく前に今ここに集められた人々の体内に埋め込まれている逃亡防止用の爆発物の起爆制御を停止させるための、メインシステム丸ごと掌握は順調に進んでいた。
「……本当にやれるんだろうな?」
アナキンの手元を見ながら、先ほどより遥かに切実な顔で滝のような冷や汗を流すヴァンが訊いた。
「もちろんさ」
専門ツール(違法品)を駆使し、フォースの助けを得ながら順調にハッキングするアナキンは振り返りもせず答えた。
「ここまで来たんだからやり遂げてみせる。任せて。専門ドロイドが居ないから時間がかかるけど、このくらいのシステムならやれる」
「いや、そこじゃない」
それもあるが、それは大したことないと考えるヴァンは額の汗を拭った。
「技術的にできるかどうかを心配してるんじゃない。これ、完全な違法行為だぞ」
「まあ、そうだね」
「そうだね、じゃない! アッサリと流すな! 企業施設に潜り込んで、許可も令状もなしにメインシステムへ不正アクセスして、数百万人分の登録情報と管理システムを勝手に書き換えようとしてるんだぞ! 重犯罪だ!」
「でも、奴隷を爆破するためのシステムだよ?」
「分かっている! だから俺たちもここにいる! 外にはバックアップの仲間も!」
思わず声を荒らげてから、ヴァンは慌てて声量を落とした。
「俺が聞いてるのは、ジェダイがこんなことを独断でやっていいのかってことだ。評議会の許可とか、共和国司法省への照会とか、現地政府の令状とか……そういうのは? もちろんあるよな?」
「ないよ」
「ないのかよぉ!」
「だって、取ってたら違法行為だから待てって止められるよね?」
「止められるから必要なんだよ! 合法的にうごかなくてどうする!」
思わず叫びかけたヴァンは、ここが敵地だったことを思い出して慌てて声を落とした。そんな彼へ、アナキンは少しだけ不思議そうに首を傾げる。
「でもヴァンさんたちは、それを全部やったんだよね? 共和国へ報告して、現地治安当局にも訴えて、正式な手続きで調査しようとした。それでも握り潰されて、今は逆にテロリストとして追われてる」
「……ああ。そうだよ。だからって、今度は法律を全部蹴飛ばせって話にはならないだろう」
「でも、その間にもこの人たちは奴隷のままだし、逃げたら爆発させられる。ヴァンさんだって、助けたいからここまで来たんでしょう?」
その一言にヴァンは黙り、アナキンは再び端末へ向き直る。
「だったら、助けようよ。僕たちなら助けられるんだから。マスターも言ってた。法律は人を守るためにあるのであって、人を奴隷にして爆弾まで埋め込んでる連中を守るためにあるんじゃないって。難しいことは、助けた後で考えればいいんだよ」
暫く何も言えなかったヴァンは、やがて大きく息を吐き、ブラスターを握り直した。
「……まさか十三歳のパダワンに、司法省のエージェントがそんなことを言われるとは思わなかったよ。分かった。やってくれ。ここまで来たんだ、あいつらを助けるぞ」
それから、少しだけ困ったように笑った。
「しかしなあ……ジェダイって、こんな連中だったか?」
クワイ=ガンとアナキンに出会って以来、ヴァンの中にあった『ジェダイ像』はかなりの勢いで崩壊しつつあった。
「違うの?」
「俺が今まで仕事で会ったジェダイは、もっとこう……最初に評議会へ報告して、共和国政府へ照会して、場合によっては議長府からの指示を待って、現地政府との管轄を確認して、令状がどうとか証拠能力がどうとか、そういう話を延々としてから動く連中だったんだよ。善人なのは分かる。真面目なのも分かる。だが、とにかく何をするにも規則に従いすぎている」
「ああ。それなら分かるよ。仲間のジェダイはみんな良い人なんだけど、頭が堅い人が多いからね」
「だろ? だから俺たちも、お前らに捕まった時は正直もう終わったと思ったんだ。現地治安当局からはテロリスト扱いされてるし、企業からも告発されてる。事情を説明したところで、まず拘束されて正式な調査待ちだろう、その間に奴隷は銀河に散ってしまうってな。
まさかそのジェダイが、俺たちの話を聞いてその場で『分かりました。では一緒に調べましょう』なんて言い出すとは思わなかった。治安当局を叩きのめしてな」
「マスターは違うからね」
父への無限の誇りを込めて、一緒に治安部隊のブラスター切り飛ばして気絶させたアナキンは言った。
「マスターはいつも、『ジェダイとは規則を守るためにいる人間じゃない。フォースに従って人を守るためにいるんだ』って教えてくれるんだ。もちろん助けを必要としてる人は一人じゃないから順番はあるし、任務も規則も無視すればいいって意味じゃない。でも、困ってる人が目の前にいて、今なら助けられるなら、まず助けろって。難しい話や手続きは、その後で必要な形にすればいいってね」
その教えを体現する姿を、アナキン自身が誰よりもよく知っていた。
四年前、クワイ=ガンは自分だけを救ったのではなかった。
あの時は、まず占領されたナブーを救わなければならなかっただけだ。それを終えると、クワイ=ガンはすぐに評議会を説得し、正式な任務としてタトゥイーンへ戻った。今度は母を、そしてそこに残されていた奴隷たちを救うために。しかも、自分まで当たり前のように連れて。
そして、本当に救った。
「どうしてこんなに早く任務にして、タトゥイーンへ戻って来られたんですか?」 そう尋ねた自分に、クワイ=ガンは、「助けを必要としている人々がいるのを見たからだよ、アナキン」と、いつもの穏やかな声で答えた。
そしてコルサントへ戻った後には、自分を弟子にすることへ反対した時のように、また評議会から否定されるのではないかと思っていた。
だが、違った。
『任務を拡大解釈しすぎている。だが、奴隷たちを解放できたことは喜ばしい』と厳しく注意はされた。それでも、奴隷を救ったことそのものを否定する者は誰もいなかった。
その時、アナキンは知った。任務や規則というものは、人を助ける邪魔をするためにあるのではない。人を助けるためにも使えるのだと。その時に見たクワイ=ガン──父の背中の大きさを、アナキンは今も覚えている。
いや、決して忘れない。
そこには、砂漠の少年だったアナキンが夢見続けたジェダイがいた。人々を救う、ヒーローの背中があった。
ナブーの時に、自分だけ連れて行った時に疑ったことを恥じた。あの時は、助けたくなかったのではない。見捨てたのでもない。ただ、救う順番があっただけなのだ。
目の前のことを放り出して次へ行くのではない。一つずつ、救える者から救っていく。フォースが導く通りに。 規則や任務を活用して。幼いアナキンは、それをクワイ=ガンの背中から学び続けている。
「だから、マスターならそうするよ。今回みたいに、ヴァンさんたちが本当に人を助けようとしてるって分かったなら、現地政府が何て言ってるとか、企業がどう告発してるとか、それだけで見捨てたりしない。自分の目で見て、自分で考えて、それで助けるべきだと思ったら助ける。それが僕のマスターだから」
ヴァンは暫く何も言わなかった。先ほどまで浮かべていた苦笑も消えている。やがて、ほんの少し俯いたまま、静かに言った。
「……もっと早く、お前らに会いたかったな」
アナキンは何も返さなかった。その一言に込められているものが、十三歳の少年にも分かったからだ。
ヴァンたちが集めた記録や何をしたのか見た。
現地治安当局へ何度も訴えた。共和国の出先機関にも通報した。
そのたびに「正式な契約労働者である」「共和国の直接管轄ではない」「企業側の説明と齟齬がある」と処理され、それでも調査を諦めなかった。
最後には、自分たち自身が犯罪者として追われることになった。それでも、奴隷を助けようとしていた。だからマスターは彼らを助けた。
いつも通りに。
今を生きるフォースの声に従って。
そんなヒーローの弟子であることが、アナキンは誇らしかった。
「もう少し……よし。タトゥイーンと同じだ」
端末内部の配線を確認しながら何気なく呟いたアナキンの言葉に、背後で別系統の監視端末を操作していた女性がぴたりと手を止めた。
共和国司法省特別捜査局所属の法務官、セラ・ヴェインである。
「ちょっと待って。今、『タトゥイーンと同じ』って言ったわよね? まさか、あなた前にもこんな企業システムへ潜り込んで、奴隷の体内爆弾を止めるために中枢制御を弄ったことがあるの?」
「僕、タトゥイーン出身だからね。あっ、見つけた。やっぱり起爆系統だけ独立してる。ハットが使ってたシステムと同じだよ。外から停止命令を送るだけじゃ管理側から再起動される。中央認証そのものを書き換えないと駄目だ……よし、サーバーごと掌握しよう」
「待ちなさい。今の説明、前半と後半の両方に聞き捨てならない単語が山ほどあったんだけど。まずタトゥイーンで何をしたのか説明して。その後で、何故ジェダイ・パダワンが『サーバーごと掌握しよう』をそんな気軽に言えるのかも説明してもらうわよ。ジェダイよねあなた。こう、頭お硬い規則至上主義のジェダイ」
「サーバーごと掌握か。企業内部への不法侵入と企業システムへの不正侵入だけでも十分だったのに、さらに罪状が増えたな」
未だに師弟の外れ値を理解しきれていないセラと違い、大体理解したヴァンが遠い目で呟くのにアナキンは平然と返した。
「今更でしょ。ここまで来て罪状の一つ二つ増えたって──」
「増えていいはずないでしょうがぁ! というかヴァンまで順応しないで! それよりアナキン、タトゥイーンで本当に何を──」
「あ、映像が切り替わったよ。これガルドじゃない?」
アナキンの声に、セラは反射的に端末へ向き直った。
システムへの侵入範囲が広がったことで、画面の隅に表示されていた監視映像が外部通路から豪奢な応接室へ切り替わっている。
そこに映っていた人物を見た瞬間、先ほどまで十三歳の少年を問い詰めていたセラの表情から市民としての呆れが消え、司法省特別捜査局の法務官へ戻った。
「映像記録開始。時刻同期、監視系統番号確認。対象はカラザク運輸総支配人兼現地法人CEO、ガルド・ヴァレック。共和国企業登録番号と顔認証を照合──本人で間違いない。音声も明瞭。これなら記録として使えるわ」
素早く携帯端末を接続し、監視システムから送られてくる映像を別媒体へ複製。同時に改竄防止用の認証をかけながら、同席者の顔を次々と登録していく。
「同席者は七名。全員顔認証に回す。ヴァン、あとで身元照合をお願い。私は映像と音声の保全をやる。アナキン、この系統だけは絶対に切らないで。その状態を維持したまま中枢サーバーを掌握できる?」
「もちろん。監視系統だけ別に残せばいいんだろ? ……あ」
アナキンの声が急に弾んだ。
「どうしたの?」
「マスター、撮られてることに気づいた」
セラとヴァンが揃って画面を見る。映像の中でクワイ=ガンは、それに合わせるようにほんの一瞬だけ監視カメラへ視線を向た。
「……今、こっち見たわよね?」
「うん。僕らが映像を押さえたって分かったんだと思う。なら、そろそろ仕掛けるよ」
「仕掛けるって、何を?」
「見てれば分かるよ。マスター、こういう時は凄いから」
何時もの師の働きを見られるとばかりに嬉しそうなアナキンと、その横で(え? いま以上に?)と嫌な予感しか覚えない二人の共和国エージェント。三人の視線が、同時に監視映像へ向けられた。