HG-44。
その名を知る者は、ブラック・サンの内部においてさえ極めて少なかった。
共和国へ提出された航路情報にも、一般の星図にも存在しない。いや、正確には存在そのものは記録されている。百年以上前に資源を掘り尽くして放棄された、アウター・リムの何処にでもある採掘基地として。
だが、それは表向きの話である。
かつての巨大な小惑星をくり抜いて造られた採掘基地は、ブラック・サンが二十年以上という歳月と千億クレジット近い資金を注ぎ込んだ結果、もはや採掘基地と呼べる代物ではなくなっていた。
大型軍艦を複数隻収容し、新造すら可能な巨大ドックが十基。艦艇の船体そのものを切り開いて修理できる造船設備。エンジン、装甲材、兵器部品、燃料、弾薬、スターファイターまで生産可能な工場群。膨大な燃料と弾薬を蓄える貯蔵区画。それらを支える発電施設に浄水・水再生設備、医療区画、兵員居住区。
更には、外部との補給が途絶した場合すら想定して、地下深くには大規模な人工農場まで造られていた。つまり、穀物も野菜も培養肉も生産できるため、何十万人という人間が年単位で籠城できるのである。
艦艇を修理し、兵器を作り、兵士を養い、それらを再び宇宙へ送り出す基地。
しかも、基地そのものも複数の大型ハイパードライブ・ユニットを備えているため、時間さえかければ別の星系へ移動できるのだ。
つまりHG-44は、何処かの星系に依存する基地ではない。
基地そのものが一つの巨大な軍事都市であった。
それを守る戦力も、当然ながら尋常ではない。
一万を超えるブラック・サンの私兵。二百を優に超えるスターファイター。小惑星表面を覆う対艦砲と防空砲台。そして、複数ある巨大ドックの中には、すぐにでも出港可能な十二隻のドレッドノート級重巡洋艦が並んでいる。
しかも、基地最深部の他とは明らかに規模の違う四つの超大型ドックには、全長二・五キロメートルにも達するプロキュレーター級スター・バトルクルーザーが一隻ずつ鎮座していた。
戦艦と呼ぶべき、本物の主力戦闘艦が四隻もあった。ブラック・サンが裏社会に張り巡らせた人脈と資金を使い、各地から秘密裏に取得してはここへ運び込み、長い時間を掛けて修復と改修を続けてきた軍艦だった。
この基地を知れば誰もがブラック・サンの強さの真髄を理解し、戦慄しただろう。
この基地が養う戦力を中心として周辺の海賊や犯罪組織を吸収し、勢力を広げていたのだ。と。
交易路を支配し、従わない小国や星系政府には、裏社会の圧力だけでなく軍事力そのものを見せつけていたのだ。と
そうしてアウター・リムの一角をブラック・サンの勢力圏へ変え、そこから更に伸びていたのだ。と
そのための艦隊であり、そのための兵器工場であり、そのための基地。
即ち、ブラック・サンの心臓。それこそがHG-44だった
内部資料の一つには、誇らしげな一文まで残されていた。
『HG-44を知った者は、我らブラック・サンの強大さに戦慄するだろう』と
──1時間前までは
──いざ鎌倉とばかりに続々と集まった五千のマンダロリアンを主力に、五百のジャビーム軍人と三人のジェダイを加えた、五千五百を超える修羅が攻め込んでくる、一時間前までは。
「…………」
サティーン・クライズは、賑やかなHG-44中央司令室で何とも言えない顔をしていた。
一時間前まで、この場所はブラック・サンがその心臓として誇る、難攻不落の秘密要塞だった。
今はマンダロリアンがそこら中を歩き回り、基地設備を確認し、ドックに並ぶ軍艦を見ては歓声を上げ、ついには何処から持ち出したのか各氏族の紋章旗まで司令室やドックへ掲げ始めている。
何百年ぶりのデカい獲物だぜ! 公爵様万歳! 戦友たちに! ジャビームの旗は? おお、これか。さあ掲げよう! とキャッキャウフフしてる。
此方に一切の被害なくこれだけの獲物を手にした喜びに、みんなキラキラしていた。
難攻不落の要塞なのにどうしてこんなことに?
答え:大幹部こと『肉』氏を使いに使った策をサティーンが立てたから。
もう少し具体的に言えば──先ほどブラック・サン大幹部から奪った巡洋艦には、当然ながらブラック・サン正式艦艇としての識別信号が残っていて、しかも大幹部本人の認証情報どころか本人さえ手元にあるのだ。ならば使えばいい。と平和主義者であるサティーンが策を立てたのだ。
何食わぬ顔でHG-44へ帰還信号を送った巡洋艦三隻を基地側は疑わなかった。
ホロ画面に拠点トップの大幹部の顔もあったし、認証も完璧だから疑いようがない。まさか、大幹部が司法省エージェントと司法取引をしてヴァレックルート(※寝返り)を辿っているとは思いもせず。
大幹部の艦隊が帰ってきたと認識し、自ら防御スクリーンを開き、砲台を待機状態へ落として巡洋艦三隻をドックへ迎え入れた。そして、大幹部本人と僅かな随行員を司令部へ案内した。
……そこから先については、もう語る必要もないだろう。
寝返った大幹部氏は、保身のために何十万人もの人間を年単位で生活させるため基地全体に張り巡らされた環境制御システムを当然明かしていた。
空気を作り、水を循環させ、居住区画ごとの気圧と温度を維持するそれらは、当然ながら、基地内部のほぼ全域へ繋がっている。
ということで、そこへ非致死性の無力化ガスを流したのだ。
その後は、ジェダイの導きに案内されたマンダロリアンたちが様々な理由で無力化ガスの効果がなかった百名弱を蹂躙したのである。
かくて、ブラック・サンの心臓たるHG-44は無傷で陥落した。マンダロリアンアーマーを着込んで先頭を進みながら指揮を執った平和主義者サティーンによって。
こちらの犠牲はゼロ。ブラック・サン側も、殆どが少し長めに眠っただけでドックも工場も燃料施設も人工農場も、十二隻のドレッドノート級重巡洋艦も、全長二・五キロメートルを誇る四隻のプロキュレーター級スター・バトルクルーザーも、二百機を超えるスターファイターも、大量の物資ごと根こそぎ奪い取られたのである。
数日後、それを知ったブラック・サンのボスは、「馬鹿共がッ、自分たちからマンダロリアンに仕掛けて此処までやられただとっ! これでは政治家を経た裏工作などしようものなら、ブラック・サンの無力さを宣伝するようなものではないかっ! くそっ! くそぉっ! ただちにっ、マンダロアに、れ、ん……ら、く……を」とだけ残しムスタファーにて心停止により没したという。つまりは憤死した。
その後、直ぐに自衛を掲げたマンダロリアンたちに攻め込まれたブラック・サンが崩壊するのを見ることがなかったのは、まあ、幸せだったのだろう。
「……お姉様」
中央司令室へ入ってきた少女、この後直ぐにブラック・サンに攻め込んだマンダロリアンの一人となるボ=カターンは、他のマンダロリアンと同じく姉を見る目を尊敬と敬意で輝かせていた。
「その才能を使わないの、本当に勿体なくないかな?」
「要らない才能よ」
最近急速に懐き始めた妹を教え導く為に姉は強く即答した。
「故郷が荒廃している今、私達の立場では、こんな才能より、故郷を立て直せる技術的な才能や、お金を稼げる才能や、もっと上手く他国と渡り合える政治的な才能が必要なのよ」
心の底からの言葉だった。戦争が上手い。人を率いて戦うのが上手い。敵を効率よく無力化する方法を思いつく。
マンダロリアンなら誇るべき才能なのだろう。いや、故郷が荒廃してさえなければ誇るべきだろう。
だが今マンダロア代表に求められているのは違う。
荒廃した故郷に空気を戻す技術。
産業を興し、仕事を作り、外貨を稼ぐ能力。
他国から投資を引き出し、かつて恐れられたマンダロリアンへの信用を取り戻す政治力。
そういう、国を豊かにするための能力こそが求められているのだ。
「具体的に言えば……アレよ」
そう言いながら、サティーンの視線が司令室の向こうへ向いた。
「ああ〜」
コクコクと妹は素直に頷いた。
そこではオビ=ワン・ケノービが、つい一時間前までブラック・サンに雇われていたHG-44の重犯罪に関与していない技術者たち(※ほぼ全員)を相手に、何やら話していた。
いや、口説いていた。勿論、変な意味ではない。
ブラック・サンという犯罪組織の支配下で、この施設で働いていた事情については個別に確認しましょう。少なくとも、重犯罪へ直接関与していないあなたがたを戦闘員と同列に扱うつもりはありません。共和国には我々ジェダイから事情を説明します。
これほどの設備を運営できる技術を、これからは表の世界で存分に使っていただきたい。
共和国法の下で正式に働ける環境を用意できるとジェダイとして保証します。
家族がいる者については、移住や住居を含めて何とかしましょう。我々ジェダイが立ち会います
給与についても、今より悪い条件にはしないように必ず働きかけます。ですから、マンダロア政府や我々船団に協力していただきたい。
そんなことを、いつもの穏やかな顔で一つずつ説明、いや交渉していた。
技術者たちも最初こそ警戒していたが、今では全員が真剣な顔で話を聞き、半数以上は既に働く条件について具体的な質問を始めていた。
「…………ああいう才能が欲しいのです」
サティーンが、少しだけ羨ましそうに呟いた。ボ=カターンもオビ=ワンを見る。それから姉を見る。
そして、うんうん、と深く頷いた。
(分かる。凄く分かる)
戦える。軍を指揮できる。政治も出来る。交渉も出来る。今のように、ブラック・サンの技術者の必要性を誰よりも早く認識して、マンダロリアンとジャビーム船団了承のもと口説き落せるほどにやり手だ。
確かに、国を立て直そうとしている姉からすれば喉から手が出るほど欲しい才能だろう。
ただ。
(でも、義兄さんは、姉さんの旦那なんだから、必要な時には頼ればいいだけじゃない?)
ボ=カターンはそう思ったが、口には出さなかった。流石にそこまで言えば、姉に怒られるくらいの空気は読める十五歳だった。