そのころ。
中枢制御区画で三人が監視映像を確保した、まさにその応接室では、カラザク運輸総支配人兼現地法人CEO、ガルド・ヴァレックが、今にも額の血管を破裂させそうな形相でテーブルを叩いていた。
『いい加減にしていただこう、マスター・ジン! 先ほどから黙って聞いていれば、我々をまるで犯罪組織のように扱っている! 共和国から派遣されたジェダイならば、まず現地法と正式な捜査手続きを尊重するべきではないのか!』
対面に座るクワイ=ガンは、怒鳴り散らすヴァレックを前にしても、それまでと変わらず表情一つ動かさなかった。ただ、待っていた機会が訪れたことを悟った。
(では、始めるか)
先ほど監視カメラへ一瞬だけ視線を向け、離れた場所にいる弟子から、映像も音声も問題なく確保されていることをフォースを通じて感じ取っている。
クワイ=ガンは卓上の茶を一口飲み、何事もなかったかのように茶器を戻した。
『何が問題なのでしょう、ヴァレック殿。私はまだ、あなた方を犯罪組織だとは一言も申し上げていませんが』
『全部だ! 貴様らジェダイが匿っている連中のことだ! あの連中は我が社の施設へ不法侵入し、機密情報を盗み出し、正規の従業員を扇動したテロリストだぞ! 現地当局からも正式に手配されている! それを事情も知らずに保護しておきながら、今度は我々の方を疑うとは何事だ! しかも現地治安部隊を叩きのめしてなぁ!』
『なるほど……それは確かに、あなた方からすれば不当な扱いでしょうね』
クワイ=ガンの声が、ほんの僅かに柔らかくなった。怒鳴り続けていたヴァレックの表情が、一瞬だけ止まる。
『……何?』
『おっしゃる通りです。彼らの主張だけを聞き、あなた方の事情を知らないまま一方的に非難するのであれば、それは公平とは言えないでしょう。あなた方にも、この施設を運営し、彼らをここへ集め、現在の管理体制を敷いているだけの理由があるはずです』
『当然だ! ようやく前向きな話をする気になったか!』
『ええ。ですから私は、あなた方の側から事情を聞きたいのです。何故このような管理が必要なのか、彼らが何者なのか、そして何故あなた方の行為が正当であると考えておられるのか。あなた自身の言葉で説明していただけませんか』
穏やかな声だった。
ただ、それだけだった。
手を振ることもなければ、不自然に目を見開くこともない。映像を後から何度見返したところで、そこに映っているのは、対話相手の主張を尊重しながら事情を尋ねるジェダイ・マスターでしかなかった。
ただし──フォースだけは、静かにヴァレックの意識へ働きかけていた。警戒を僅かに緩め、自分の正しさを説明したいという欲求を、ほんの少しだけ後押しする。
自分の知っていることを、この理解あるジェダイへ話してやっても構わない。
その程度の、ごく軽いマインドトリックだった──言うまでもなく犯罪である。
『では、例えば──あちらに収容されているジャビーム人たちについて伺いましょう』
犯罪行為をしているなどというそぶりを欠片も見せないクワイ=ガンが収容区画のある方角へ視線を向ける。
『彼らは、自分たちは故郷や航路上から攫われ、本人の意思に反してここへ連れてこられたと主張しています。我々から見れば、自由を奪われた奴隷にしか見えない。しかし、あなた方の記録上では彼らは奴隷ではなく、正式な契約を結んだ労働者となっている。そういう理解でよろしいのですね?』
『その通りだ! 契約書も記録も全て揃っている! 我々は正式な手続きに従って労働力を確保しているだけだ! あの連中が後になって何を言おうと、締結された契約が消えてなくなるわけではない!』
『なるほど。では、本人がその契約を破棄し、ここから退職したいと申し出た場合には?』
『認められるはずがないだろう! 契約期間中の一方的な離脱など許していたら事業が成り立たん! 我々は輸送費も、管理費も、教育費も負担しているんだぞ!』
マインドトリックにより、ヴァレックは、自分たちの事業がいかに正当であるかを説明することに夢中になり始めていた。それを見て取ったクワイ=ガンは静かに頷く。
『つまり、本人の意思よりも契約の履行が優先される。そして、その契約から逃れようとする者を防ぐため、身体へ管理装置を埋め込んでいる。あなた方にとっては、それも正当な契約管理の一部なのですね』
『当然だとも! 何百万人もの労働者を管理しているんだ。口約束だけで統制できるものか!』
『その装置には、逃亡を試みた者を殺傷できる爆発物が組み込まれていると聞きました。それも、あなた方の言う管理に必要なものだと?』
『必要に決まっている! 逃げても何も起きないと分かれば、全員が逃亡を試みるだろう! 警告だけでは統制にならん。実際に逃げればどうなるのか理解させてこそ、安全な管理が成り立つ!』
クワイ=ガンは僅かに目を細めながらフォースに働きかけると同時に穏やかかつ丁寧な口調になった──マインドトリックという犯罪行為をまるで日常行為に出来るほど熟練しているとその流れるような動作は示していた。
『なるほど。では、逃亡防止用の爆発物を本人の意思に反して体内へ埋め込み、必要であれば実際に起爆する。それが、あなた方の正式な労働者管理方針である──そういうことですね?』
『そう言っているだろう! 爆弾ほど確実な安全管理装置が他にあるものか!』
ヴァレックが胸を張って言い切った瞬間、中枢制御区画で、監視映像を見ていた共和国司法省のエージェント二人の表情が、興奮一色に変わった。
「……言った」
興奮のあまり、端末を操作していたセラの指が止まった。
「今、自分で認めたわよね。逃亡防止のために爆弾を埋め込み、実際に起爆しているって。映像も音声も撮れてる?」
「明瞭だ。これなら──」
「でも、これだけじゃ駄目だね」
アナキンの声に、外にいるエージェントたちと司法局に連絡して逮捕の準備をしようと、コムリンクを掴みかけたヴァンの手が止まった。
「何?」
「今の供述だけを根拠に動いちゃ駄目なんだよ。マスター、マインドトリック使ってるから」
「「…………」」
二人の共和国エージェントが固まった。
セラはゆっくりと監視映像へ顔を戻した。画面の中では、クワイ=ガンが何食わぬ顔で茶を飲んでいる。手を振っているわけでも、怪しげな仕草をしているわけでもない。ただ穏やかに犯罪組織の最高責任者と話をしているだけだ。
「……いつから?」
「僕らが映像を撮り始めてからだと思う」
「どこで使ったのよ。手も動かしてないでしょう?」
「手なんか動かさなくてもできるよ。そんなに強くかけてないし」
「強いとか弱いとかの問題じゃないわよ! 司法省の人間が記録している目の前で、被疑者の精神に干渉しないで!」
「でもマスター、考えを変えさせてるわけじゃないよ。警戒を少し緩めて、自分のことを話したくなるようにしてるだけだから」
「十分犯罪よ! なによりも! 供述の任意性を疑われるでしょうがぁ!」
「ああ、だから今の話を証拠にしちゃ駄目なんだ。証拠にならないから」
「…………」
セラが黙った。十三歳のパダワンに証拠能力を心配されたからではない。どう考えても、この少年がこんなグレーな手段に慣れきっているからだ。ジェダイがこんな事するのが信じられないからだ。
「じゃあ何のために喋らせてるんだ?」
師弟慣れしたヴァンの問いに、アナキンは画面を指差した。
「証拠がどこにあるのか教えてもらうためだよ」
その直後、画面の中でクワイ=ガンが次の質問を投げた。ツーとカー。この師弟がこういうことに恐ろしいほどに慣れていると示す動きだった。
『実際に、その装置を起爆したこともあるのですか?』
『当然だ。見せしめがなければ意味がない。処分記録も全て残してある』
ジェダイとは何ぞやという問いに頭を悩ませていたセラの目つきが変わった。
「──処分記録、アナキン、中央サーバーを掌握するなら過去の起爆履歴も抜ける?」
「もちろん」
「対象者の識別番号、起爆日時、実行端末、認証情報。全部探して。供述なんかなくても、それだけで立証できる形にするわ」
「了解!」
三人が一斉に端末へ向かって、間もなくセラが声を上げた。
「見つけた! 過去五年分の懲罰記録……死亡者記録とも一致する。起爆命令を出した端末も、実行者の認証も残ってる。映像記録まで──こいつら、全部残してるじゃない! 共和国は何も出来ないってたかくくりやがってる!」
「複製するよ!」
「原本には触らないで! 保全処理は私がやる!」
もはや監視映像の中のマインドトリックによる自白など必要なかった。犯罪組織自身が残した記録が、何百、何千という被害者の死と、その違法行為を証明している。思わず笑みが漏れる室内の犯罪者(ジェダイパダワンと共和国エージェント)たち。
そんなグレーな手段で、必要な物証を確保したことがフォースを通じて伝わると、クワイ=ガンは流れるように次の話題へ移った。
『ところで、これほど大規模な事業を共和国の目を逃れて続けるのは難しいでしょう。共和国側にも、あなた方の事業へ理解を示す方がおられるのでは?』
『無論だ』
ヴァンの顔から笑みが消えた。
「……おい、おい、まじかよ。そこまでしてくれるのかジェダイ・マスター」
『例えば、どなたでしょう。相当高位の方々ではありませんか?』
『勿論だ、元老院の。○○議員、○○議員、それから──』
並ぶ名前の数々、与党議員や星系代表や高位官僚などなど。司法省の高官の名前まであることに、エージェント二人に義憤の色が浮かぶ。
『もちろん、彼らも無償で便宜を図っているわけではないのでしょう?』
『当たり前だ。○○口座を経由して──』
「アナキン、送金記録!」
「探してる! ……あった。『政治関係支出』っていうフォルダがある」
「そのまま! 複製だけして! 保全は私がやる!」
セラが猛烈な勢いで端末を操作する横で、ヴァンは幾つもの感情が入り混じった顔で監視映像を見つめていた。
画面の中では、クワイ=ガンが話している。怒鳴りもしない。 脅しもしない。 ただ相手の話を聞き、質問しているだけに見える。
それだけで、何ヶ月追っても掴めなかった証拠が次々と出てくる。
「……なあ、アナキン」
「何?」
「ジェダイって、みんなマインドトリックを使えるのか?」
「得意不得意はあるけど、訓練はするから使えるね。効きにくい相手もいるから万能じゃないけど」
「ジェダイって相手の嘘もある程度分かるんだよな?」
「フォースで何となくは」
「俺たちみたいな捜査機関から協力を頼むこともできるよな」
「もちろん。同じ共和国の一員だからね。だから、今度何かあったら呼んでよ。僕でもマスターでも、兄弟子のオビ=ワンでも。任務が競合してなかったら手伝う」
「…………」
ヴァンとセラが顔を見合わせた。
何ヶ月も追った。 何度も正式な手続きを踏んだ。証拠を集めようとしては管轄に阻まれ、令状を求めれば証拠が足りないと言われ、その間にも証人が消えた。最後には、自分たちの方がテロリストとして追われた。
それを、この師弟はどうした。
話を聞いた。自分の目で確かめた。助けるべきだと判断した。そして、一緒に敵地へ乗り込んできた。で、完璧な証拠を得て、今は奴隷たちの爆弾を解除する寸前までいった。
「……ジェダイがみんな、お前らみたいだったらな」
「少なくとも私は、もっと早くジェダイに助けを求めてたでしょうね」
ヴァンが呟いた。セラも同感だった。
「僕たち、ジェダイの中じゃ変わり者って言われてるけどね」
「それは、お前たちを変わり者扱いする方がおかしいんじゃないか?」
ヴァンの言葉に、アナキンは少し照れたように笑った。セラはそんな少年を見てから、ふと監視映像へ目を戻した。
「……ところでアナキン」
「うん?」
「今のマインドトリック、映像を見ただけじゃ分からないのよね?」
「たぶん。フォースに敏感なジェダイが此処にいれば分かると思うけど、映像だけじゃマインドトリックをしていると分かるのは無理じゃないかな」
「そう」
セラは録画された映像を見る。
そこに映っているのは、犯罪の疑いについて事情を尋ねるジェダイ・マスターと、自分から得意げに喋っている企業経営者だけだった。そうとしか見えなかった。
マインドトリックなど、どこにも映っていない。そういう事にしよう。そういう事にしてしまおう。司法省の法務官としては間違っているかもしれないが、共和国の一員として間違いなく正しい。
「なら、この映像は証拠になるわ。立件はサーバーから押さえた物証を中心にするけど、参考にはなる」
「賛成だ……それから俺は、ジェダイが普通に事情を聞いているところしか見てない」
「奇遇ね。私もよ」
アナキンも満面の笑みを浮かべた。
「僕も!」
こうして、共和国司法省へ提出される記録から、一つだけ些細な事実が抜け落ちた。
クワイ=ガン・ジンが、被疑者に対してマインド・トリックを使用したという事実。
その事実は後に報告書を読んだ評議会が開いた査問会でも、当然ながら語られなかった。つまりはメイス・ウィンドゥが危惧した通り──また一つ、師弟にとっては「報告する必要のない些細な事実」が綺麗さっぱり省略されたのである。