何時も通りと言えば何時も通りだが。呆れたことに、農場へ着いてからというもの、アナキンはクリエッグと警備機を見て、オーウェンと凝結器の話をして、持ってきた作業用ドロイドを動かし、それが終われば今度はC−3POの状態を確認するなど働きっぱなしだった。
久しぶりに帰って来たというのに休もうとしない。本人にとってはそれら全てが『帰って来た時に休む前にやっておくこと』だったらしく、放っておけば夕方まで工具を握っていそうだった。ついには、「ワトーに頼まれてたんだ」とか言いながらスピーダーにパーツを載せ始めていた。
だから「あれもやってない」と新しい仕事を思い出さなくなったところを見計らい室内へ引っ張り込んだのだった。帰って来た息子を働かせ続けるつもりなどシミには毛頭なかった。
「はい、座って」
「でも四号機の調子が──」
「凝結器は逃げたりしないわ。さあ、座って」
「うん」
少し強く言えばアナキンは素直に座った。銀河の彼方ではジェダイとして数百万人の奴隷を救い、マンダロリアンに戦士の中の戦士とまで呼ばれ、謎の軍事組織に対して暴れる少年だが、母親に座れと言われれば座るのだ。
シミはそんな息子の前へ茶と菓子を置き、そのまま向かい側へ座ろうとして、ふとアナキンの頬へ手を伸ばした。
「なに?」
「じっとしてなさい」
頬に付いていた黒い油汚れを清潔な布で拭うと、アナキンは一瞬きょとんとした後、少し恥ずかしそうな顔になった。
「母さん。僕、もう十三だよ」
「知ってるわよ」
だから何だというのだ。九歳でも十三歳でも、頬に油を付けて帰って来るのが変わらない息子は息子である。
アニーのままだ。
シミは汚れを拭いながら改めて息子を見た。大きくなり、声も少し低くなり、肩も広くなり始めているが、目の輝きが変わっていない息子を。
何か面白い物を見つければすぐ輝き、褒められれば照れ、心配されれば『大丈夫だよ』と笑うあの目のままだった。
「それで、今度は何をしているの?」
聞かれたアナキンは菓子へ手を伸ばしながら話し始めた。昔から好きだった物を真っ先に掴んだ姿は、背だけは自分を追い越したというのにアニーの頃のままだ。いや、この子はアニーのままなのだ。
アナキンは菓子を一口齧りながら、何時も通り秘密に関わらない、話せることだけを何時ものように微笑む母親へ話し始めた。
困っている人たちがいるから助けていること。その人たちがこれから自分たちで生活していけるよう、会社を作る手伝いをしていること。色々な人が協力していること。途中で犯罪組織と揉めたこと。レースへ出ることになったこと。そして勝ったこと。
昔の秘密にしようとしていても全部顔に出ていたものではなく、話して良い事と話していけないことを自分で考え顔に出さなくなった息子の言葉に相槌売っていた母親は、ある単語に眉を上げた。
「レース?」
そこだけは、細かな事情を問い質すことをせずに興味深げに頷き続けたシミも母親として聞き流せなかったらしい。
「危なくなかったの?」
「大丈夫だよ。タトゥイーンのポッドレースより安全だったし」
「タトゥーインの安全を放り捨てたレースを基準にするんじゃありません」
ぴしゃりとやられたアナキンは、少し目を巡らせて座りながら茶を飲んでいたクワイ=ガンを見て「危険じゃありませんでしたよねマスター」と助け船を要請した。
「危険では無かったのですか? マスター・クワイ=ガン」
「ええ、特に危ないことはありませんでした」
シミとアナキンに同時に視線を向けられたクワイ=ガンは穏やかに微笑んだ。(途中からコースへ自動砲台が出てきたという情報については、わざわざ母親へ伝える必要もないだろう。アナキンにとっては大したことなかったのだし。何よりもその前に艦隊と戦闘したことは伏せているし)と考えながら穏やかに言う言葉には説得力があった。
ジェダイの大半のように、少しばかりしかクワイ=ガンを知っていない者なら騙される説得力があった。
「本当に?」
当然、シミには通じなかった。
何しろ四年前、同じような穏やかな笑顔でアナキンを奴隷から解放してくれた男である。そして一カ月も経たずに戻って来た時には、ワトーを始めとする奴隷所有者たちへ巨額の金品を積み上げた上で、『これが、共和国の本気だよ』と一言言った男である。奴隷を手放さなければこの後どうなるか分かるね、と言わんばかりに微笑んでいた男である。
シミは、この男が穏やかに笑っている時ほど油断してはいけないことをよく知っていた。ついでにこの男から学ぶアナキンがどんどん強かになっていくのも。
当然、何かあった。確実に何かあったと。疑い深げに聞くシミに対して、アナキンは師匠譲りの穏やかな笑顔で答えた。
「本当に危なくなかったよ。僕も機体も無傷でかなり差をつけて勝ったんだ」
「…………そう」
ああ、これは危険極まりなかったな。と悟ったシミは困ったように、それでも嬉しそうに笑った。昔からそうだったのだ。この子は危ないことを危ないと思わない。怖いもの知らずという意味ではない。危険があっても、それより先にやりたいこと、助けたい人、直したい機械を見つけて熱中してしまう。
──昔のまま変わっていないのだ。
九歳でジェダイとして旅立ったあの日から、シミは何度も成長した息子が何をしているのかを想像した。
きっと銀河の色々な星を飛び回っている。悪い密輸業者を追いかけている。困っている人がいれば助けている。そして、面白そうな乗り物を見つければ乗りたがり、壊れた機械を見つければ勝手に直し、時々無茶をして師匠を困らせているヒーローになっていると。
そんな姿を何時も夢見ていた。
母親の欲目が入った、少し出来すぎた想像だと思っていた。
ところが帰って来る息子の話を聞くたび、その想像がそれほど間違っていなかったことを知るばかりだ。
いや、一カ月もしないうちにクワイ=ガンと共に帰って来てくれて、自分たちを奴隷から解放してくれただけでなく、難しい顔をしたオビ=ワンという人物が現タトゥーイン連盟代表のコブ・ヴァンスと手を組み武器弾薬を手配しスターファイターを組み立て、アニーがハットの巡洋艦を撃沈して追い出し、ハブ港として豊かかつ安全になっていくタトゥーインに生きている一人として実感している。
自分の想像以上にアナキンは凄いのだと。そんな息子を含めたあの時のジェダイ三人は英雄そのものだったと。
この三人はこれからもこうして銀河で人々を助けていくのだと。お伽噺のヒーローのように。
そう確信した通り、この三人は暴れているようだと、シミは少し前を思い出して笑った。
その笑顔を見て、母親がレースの事を追求するのを辞めてくれたと悟ったアナキンは速やかに話題を変えた。
「そういえば、凝結器だけどマニュアル作ったからある程度はこれで整備して、何かあったら連絡して。あと、3POの関節の部品あるかな? いや、自分で探すから使ってよければ使わせて。あと、ドロイド用の交換部品とマニュアルがこれね」
昔の通りのアニーのままに。そう、間違いなく偉大なヒーローの一員であるアニーにとって変わらず大切なのは、昔のように家族だった。つまり、実家の農場の凝結器やC−3POの関節、家族の仕事を楽にするための作業用ドロイドのままなのだ。
変わらぬ息子にシミは思わず涙を浮かべそうになった。
「母さん?」
「何でもないわ」
シミは微笑み、そして息子の顔を暫く眺めたあと、別の意味で眉を寄せた。背の伸びに対して肉が薄い。
「アニー。あなたちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよ」
「何を?」
「レーションとかレトルトとか早く済むのを。最近は焼き菓子とかたくさんもらっているんだ」
「……それは食事とは言いません」
クワイ=ガンに目をやれば軽く目を反らした。思っていた通りだ。このジェダイ・マスターは紛れもなく英雄にして恩人だが、食事を栄養摂取手段として切り捨てている気配がある。いや、ジェダイそのものがそうなのかもしれない。どうせ、暖かくて栄養があれば良い、その時間があったらあれしようこれしようとしているのだろう。
師弟揃って!
確信した母の眼差しで、シミは息子とその師に対して通達した。
「座りなさい。アナキン。それとマスター・クワイ=ガンも。直ぐに作ってくるから、夕食前に腹ごしらえなさい」
銀河の犯罪者相手ならば幾らでも戦えるアナキンも、母親には勝てなかった。いや、母の料理を待ち望んでいたため大人しく待つ。暫くして食卓には、農場で手に入る材料を使った温かい料理が並んだ。
豪華なものではない。コルサントの高級店ならば、もっと珍しい食材も凝った料理も幾らでもある。それでもアナキンにとって、シミの作った料理より美味いものは少なかった。
「美味しい」
そう言いながら皿へ手を伸ばして咀嚼することに熱心な息子を、シミは穏やかに眺めていた。
何をしているのか、全ては聞いていないし、聞くことは出来ない。ジェダイとして秘密にしなければならないことが沢山ある。
だが、一つだけわかる。
アナキンは変わっていない。いや、より素晴らしい少年になっている。
困った者を見つけると放っておけず、自分に出来るなら何とかしようとする少年のまま、昔は近所の老人や友人のためにしていたことを、今では銀河の何処かで知らない誰かのためにやるようになったのだ。
銀河をあちこち飛び回りながらそんな人生を、自分の夢を叶えた人生を送っているのだ。
「アニー」
「ん?」
「頑張ってるのね」
「まあ……うん。まあね」
「偉いわ」
「…………う、ん」
褒められると思っていなかったのか、アナキンは少しだけ顔を伏せた。耳が赤い。そこまで含めて、昔のままだった。シミは一層深く笑った。
「毎日ね。私は、きっと今頃あなたは色んな星を飛び回って、人を助けているんだろうって想像しているの」
「……うん。まあ、そんな感じ」
真正面からそんな風に激賞されるとは思っていなかったらしく、アナキンは照れたように少しだけ視線を逸らした。
「ええ。悪い人を追いかけたり、誰かを助けたり。きっとクワイ=ガンさんを困らせるくらいに無茶をしているんだろうって」
「最後のはしてないよ。ですよねマスター」
クワイ=ガンは目を閉じて静かに茶を飲むだけで済ませた。その否定しない姿に、シミは声を上げて笑った。
「良かったわ。大体、想像していた通りみたいだから」
シミが何より嬉しかったのは、英雄と呼ばれるほどのことをするようになっても、アニーが昔のアニーのままだということだった。
息子は、想像以上に誰かを助けて、想像以上に悪い者を懲らしめて、想像以上に銀河を駆け巡って、想像以上に多くの友人を持つようになり、酷い事や酷い者を見ながらも前を向いて日々を楽しく幸せに生きて夢を叶えているのだろう。
タトゥイーンの二つの太陽に照らされていた幼い頃よりも穏やかになった横顔が、それを物語っていた。
「アニー、あなたを誇りに思うわ」
短い言葉だった。それだけで充分だった。それ以上何も要らなかった。
アナキンは虚を突かれたように少し黙り、それから照れ臭そうに笑った。
翌朝。
農場の凝結器は直り、警備機も再調整され、ワトーが欲しがっていたパーツを届け、持ってきた作業用ドロイドは既にオーウェンによって仕事を割り振られ一緒に仕事していた。
勿論、アナキンと同行するC−3POの左膝も修理された。
「シミ様! このC−3PO、アナキン様のお役に立てるよう精一杯努めて参ります! もっとも会社というものが具体的にどのような状況なのか、未だ十分な説明を頂いておりませんので、私としては非常に不安が──」
「大丈夫だよ、3PO」
「アナキン様がそう仰る時ほど私は不安なのですが! 前、そうおっしゃられた時は、ジャバ・ザ・ハット所有の怪物を目の前にされたときでしたよねえ!」
「あー、うん。大丈夫さ。あの頃より僕も腕上げたから。ライトセーバーを怪物の目に投げたりしないよ。何より、君にはシールド発生器をつけたろ。大丈夫だよ」
「シールド発生器を使うのですかっ!? アナキン様っっっ!!?? まさか会社というのは何かしらの武装組織の事なのですかぁ!!!???」
何時もの一体と一人にシミは笑いながら、C-3POがアナキンに小型船に押し込まれる姿を見ていた。
「じゃあ、また来るね」
「ええ」
アナキンは船へ乗る前に一度振り返り母を見つめた。九歳のあの日とは違う。あの時は、次に母と会えるのがいつになるのか分からなかった。
シミもアナキンを見つめた。四年前のあの日は違う。あの時は、この子が何処へ行き、どんな大人になるのかも分からなかった。
だから互いに不安があった。
今は違う。
アナキンは出ていく。銀河の何処かで誰かを助ける。そしてまた帰って来る。帰って来れば義父と警備機を見て、義兄と凝結器を整備し、母親の料理を腹いっぱい食べる。
それからまた、何処かへ飛ぶのだと分かっているから。
だから、母子に不安はもう欠片も無かった。
ただ笑い。一つの言葉を交わすだけでよかった。
「行ってらっしゃい、アニー」
「行ってきます、母さん」
輸送船が砂塵を巻き上げ、ゆっくりと空へ昇っていく。シミは眩しいタトゥイーンの空を見上げながら、やがて小さくなっていく機体を目で追い続けた。
夜空を見上げながら想像していた通り、アニーは銀河中を飛び回り、人を助け、悪い者を懲らしめ、時々とんでもない無茶をしながら生きている。
ただ一つ、想像と違っていたことがあるとすれば。
昨日、アナキンたちには言わなかった今タトゥイーンで話題になっているホロを、会社設立に映っていたアナキンたちを、笑顔の人々に囲まれた笑顔の息子を見て横目で見て微笑んだ。
どうやら自分が思っていたよりも、ずっとヒーローをやっているらしい。
それだけだった。