トモリと《共有》しませんか?   作:ロヒキア

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#05. 《共有》の検証

 《共有》の検証で協会に相談をした翌日。予想を彼方へとぶっ飛ばす速度で話は進み、早速検証をすることとなった。

 

 予定時間より30分早く協会へ到着すると、すでに他の関係者が集まっていた。協会のスタッフや医療関係者、データ取りにやってきた研究者など多くの大人たちが準備の最中である。

 小さな長机と、それを挟むように2脚の椅子が置かれており、その周囲には様々な機材が設置されていた。今は動作確認をしているようで忙しそうである。

 

 その光景を入口辺りから様子を眺めていると、友真(ゆうま)の姿に気付いた1人の女性が声を掛けてきた。

 

「初めまして、湊森(みなともり)友真さんで合ってる?」

 

 最初に目に入ったのは、青みがかった綺麗な銀色の髪だった。肩口までストンと伸びており、やや跳ねが多いように見える。表情の変化はあまりないが、空色の瞳がこちらを見定めるかのようにジッと見つめていた。

 

「正解です。こちらこそ初めまして、久住(くすみ)志乃(しの)さんですね?」

「ああ、そうだ」

 

 彼女が今回の検証に協力してくれるミサクの従姉である。太い紐を垂らしたワンサイズ大きめのパーカーを着ているのもあり、服装の趣味がミサクと似ているなと友真は思った。

 

「下の名前で構わないぞ。志乃と呼んでくれ」

「では、志乃さんと呼びますね。俺のことも友真で良いですよ」

「さんは付けなくても良いぞ。私は友真と呼び捨てにするつもりだしな」

「いえいえ。志乃さんは年上ですし、友好度がまだ初期値ですから」

 

 昔から年上には敬称を付けていた弊害なのか、どうも初対面の相手を呼び捨てにするのには抵抗を持っている。なので、少し冗談を交えながらさん付けで呼ぶことを伝えた。

 

「……むぅ、(さく)みたいなことを言う」

「ええ、親友の影響をかなり受けてますね」

 

 志乃の不満の声に対し、その通りだと返答する。互いの脳裏に、ネットミームを喋る共通の知り合いの姿が浮かび、同時に小さく笑った。

 

「改めて、検証の協力ありがとうございます。それと、昨日の今日で呼び寄せることになってすみません。急に決まって慌ただしかったですよね」

「いや、大丈夫だ。むしろ、朗報をもらった翌日にすぐ機会が巡ってきてありがたい」

 

 互いの呼び名が決まったので、今日やることについての話を始めた。日程に関しては友真が決めた訳ではなかったが、それでも志乃が今回の検証の要であるため謝罪をする。しかし、彼女にとっても問題はなく、むしろ都合が良かったようだ。

 

「ミサクからは、何か俺のことを聞いてたりしますか?」

「一応、五感を共有できることは聞いている。すまないが、友真のことは昨日初めて聞いたばかりで配信も切り抜きを見たぐらいだ」

「あー、あの宇宙ゴブリンのやつですね」

「そう、それだな」

 

 喜ばしいことに、昨夜トモリの配信を切り抜いた動画が投稿された。今期の新人DTuberの珍場面を中心にまとめているチャンネルで、少し凝った編集が加わりよりコミカルに仕上げるのを売りにしている。

 事前に友真宛てに切り抜き作成の許可をもらいにDM(ダイレクトメール)で連絡が来ていたので知っていたが、それでも実際に動画を見たときは無邪気に喜び何度も繰り返し再生したとか。

 

「私もああなる可能性を危惧したから、各方面に協力を要請したんだよな。見られるのは恥ずかしいが、切望していたチャンスを逃したくない。どうか、よろしく頼む」

 

 そう言って、志乃は深々とお辞儀をした。

 

「俺としても、この能力で困っている人の助けになるのなら本望ですよ。色んな人と機材に囲まれながらの検証となりますが、今日はよろしくお願いします」

 

 それに対し、友真も深くお辞儀を返した。

 

「ところで、ミサクは私のことを話したことはあるのか?」

「いえ、俺も一昨日に初めて聞いたばかりですよ」

 

 互いに頭を上げると、再びミサクの話に戻った。だが、肝心の友人は予想通り何も話してなかったらしい。

 

「やはりか」

「やはりですねー」

 

 ミサクはあまり自身のことを話さない。どうやら、それは従姉が相手でも同じようである。

 

「「ははっ」」

 

 互いに顔を見合わせ小さく笑い合っていると、新たに1人の大人がこちらへとやって来た。

 

「初めまして湊森君。今回の検証、本当にありがとう」

 

 話し掛けてきたのは、40歳を過ぎたぐらいの厚みのある男性だった。黒いスクエア型の眼鏡をかけており、温厚そうな表情をしている。シワ1つ無い白いシャツをピシリと着こなしており、清潔感のある社会人といった印象が持てる。

 短く整えられた青色の髪を見て、この人の正体に予想が付いた。

 

「あ、お父さん」

 

 友真が予想した通り、志乃の父親だったようである。

 

「志乃の父の、久住(まこと)と申します。娘の送迎もだけど、製薬会社の人間として検証にも参加するよ。名刺もどうぞ」

「こちらこそ、検証の協力ありがとうございます。今回ので治療の発展に少しでも貢献できたら嬉しいです」

 

 受け取った名刺には、大手製薬会社の名前と役職が書かれていた。仕事について聞くと、ダンジョン資源やスキルが及ぼす影響についての分析や解析を主にしているらしい。

 

「まだ話したいけどごめんね、僕もまだ準備が終わってないんだ。今日は本当に、本当にありがとうね」

 

 まだやらなきゃいけない事が残っているらしく、最後にもう一度お礼を言うと忙しそうに現場に戻って行った。

 

「お父さんも凄く喜んでたんだ。それに、お母さんも」

 

 そう語る志乃も、同じように顔をほころばせていた。

 

 彼女は生まれてから一度も味を感じたことがない。それがどれほど本人と家族を苦しめていたのか想像付かない。だが、今回の検証が助けになるのは確かだと思うと友真は一層気合が入った。

 

「本当に良かったです。俺も、今日は絶対に上手くいくよう頑張ります」

「ああ、期待させてもらうぞ」

 

 互いに笑顔を交わしたところで、また別の大人が声を掛けてきた。

 

「湊森さん、久住さん。機材の準備が出来たのであちらへお願いします」

「分かりました」

「分かった」

 

 指定された椅子に座ると、2人の身体に計器が取り付けられていく。あちこちに取り付けられ、検証がもうじき始まるなと考えていると――ふと、違和感に気付いた。

 

「あれ?」

 

 協力者の志乃、父親兼分析班の誠。医療スタッフが2人に、スキルを研究している専門家の大学教授が1人とその補佐が3人。それと、協会の人たちが2人。

 

「そういえば、鷹宮さんは来てないのですね?」

 

 偉い人であるが、担当者と言っていたのでてっきり立ち会うのかと考えていた。近くに居た協会の人に聞いてみると、残念そうな表情で答えが返ってくる。

 

「支店長でしたら、急用が入ったのか朝早く来て急ぎの仕事だけ終わらせて帰りましたよ。凄く悔しそうにしてました」

「ありゃ……それは残念ですね」

「ええ、協会関係では無いのでプライベートの用事なのでしょうね。恨み言を零していたので、本当に急だったのでしょう」

 

 昨日あれだけ親切にしてくれたのに残念である。短い時間話しただけなのに、何故か親しみを感じる人だったので来て欲しかった。

 

「準備が完了しました。みなさん、最終確認を行いますのでご清聴ください」

 

 担当者代理として来た協会職員の人が辺りを見渡し、全員揃っていることを確認すると話を始めた。

 

「本日は、湊森友真さんのユニークスキル《共有》を使用し、味覚障がいである久住志乃さんに味が伝えられるか検証します。久住さんが味を感じられるのか、脳波がどう反応するのかなどを調べるのが目的です」

 

 これは、友真が協会にお願いした検証になる。それに加えて、追加でやりたい事もあると提案された。

 

「また、久住さんの体調に悪い影響が出ない場合は日を変えて再度検証。初回時との比較の他にも、治療用ポーションの投与を併用することで味覚が生まれるかの治験も行っていきます」

 

 治療用ポーションは、内臓疾患や部位欠損といった普通のポーションが効かない症状の治療のために開発されたポーションである。瞬間的な効果はないが、長期的に投与することで少しずつ回復する。

 元からあった物を復元する効果があるため、生まれつき無い物を作ることは出来なかった。だが、今回の《共有》である物と認識するようにできれば、もしかしたら味覚が生成されるかもしれない。

 

 この治験が上手くいけば五感難で苦しむ人への大きな助けになる。その説明を聞いて、小さな頼み事から始まった検証が重要な意味を持ったことを意識してしまった友真は、期待の重圧が増えていくのを感じた。

 

 確認説明が終わり、間も無く検証が始まろうとしている。緊張からか次第に心臓の鼓動は早くなり、手の震えと薄らと寒気も感じていた。

 

「友真、大丈夫か?」

 

 急に様子がおかしくなったのを察知したのか、志乃が心配そうに声を掛ける。

 

「だい……いえ、とても緊張してきました。この検証の価値がこんなに大きくなったから、もっと頑張らないと思うと、心臓がドキドキと……」

 

 一瞬見栄を張ろうとしたが、彼女の透き通った瞳を見ると友真の口からは自然と本音が零れた。彼は戦闘スイッチが切り替えられるだけの、性根が普通の一般人である。故に、大舞台に立つような経験はこれまで一度も無かった。

 

「大丈夫だ。安心しろ」

「――ッ!?」

 

 机の上に置かれていた冷えた手が、暖かい熱に包まれる。

 

「不安なのは私も同じだ。本当に味が解かるのか、もし解かったとしても治験が上手くいくのか。先ほどからずっと心の中でモヤモヤが渦巻いている」

 

 友真の手を包む志乃の手は、同じように小さく震えていた。それでも優しく温かな熱を持っており、温もりが伝わっていく。

 

「だが、知ってるか? 新しい研究というのは1つの成功を得るまでに100以上の失敗があるんだ。そして、その失敗があるからこそ成功に近付いていく」

 

 掴まれた左右の手を中央に持っていかれ、両手で包み込むように握り直される。

 

「要は、失敗を前提にすれば良い。今回の失敗で得た物が、将来の成功に繋がるんだ。だから、友真がやることは私に味を届けることだけだ」

 

 そう言って、柔らかく優しい笑顔を浮かべた。

 

「……そうですね。そもそも、俺がしたいのは志乃さんと味を共有することだけでしたね」

 

 友真も固くなっていた顔がほころび、柔らかい笑顔を取り戻す。すでに手の震えはなく、寒気もない。

 

「すまなかったな。初対面の異性が手を握るなんて失礼だっただろう」

「いえ、全然嬉しかったですよ。おかげ様で体の震えが収まっ……ん?」

「どうし……あっ」

 

 このやりとりが行われたのは、検証が始まる直前である。当然、周囲には沢山の大人達が2人を囲うように立っていた。何も言わず、ただ愉快そうな視線をこちらへ送ってきている。

 ちょうど志乃の後ろに立つ協会職員の女性は、友真にだけ見えるように親指を立ててサムズアップしていた。

 

 どうやら、大人共はこの展開を青春の1ページだと楽しんでいるようだった。志乃の父親である誠も友真に対して邪気などは発しておらず、むしろ嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべている。

 

「な、な、な……」

 

 それに気付いた彼女の顔は茹蛸のように赤くなり、握っている手はさらに暖かくなった。

 

「あはは、恥ずかしいですよね」

 

 照れ臭そうに答える友真も顔を赤く染め、全身の体温が上がってきているのを感じている。

 

「青春だねー」

「儂も若い頃はよくやったのぉ」

「教授が……? いやいや、ありえんでしょ」

「大変美味しゅうございました」

 

 こうして、2人が落ち着きを取り戻すまで少し間を置いてから検証は開始された。

 

 

***

 

 

 結論から言うと、検証は無事成功に終わった。とても薄い味付けのお粥であったが、ほんの僅かな塩気やお米の甘みはしっかりと志乃へと届いたのである。

 

「お疲れ様でした。上手くいって良かったです」

「お疲れ様。凄く疲れたが、本当に良かった」

 

 検証が終わり、計器が外された2人にはもう仕事が残っていない。邪魔にならぬように部屋の隅へと避難し、壁に寄りかかって雑談をしながら他を待っている。

 中央では、期待以上のデータが取れたのかホクホク顔で片付けをしている大学教授が居た。誠も上機嫌に今回の成果をパソコンにまとめている。

 

「衆目の中で恥ずかしい姿を見せてしまったが、初めて味を理解できたのはそれを覆すくらい嬉しかったぞ」

 

 少し頬を赤らめながら恥ずかしそうに話しているが、志乃の声色は弾んでいた。検証時のことを思い出しているのだろう。

 

 一口目が共有されると、予想通りの反応を示した。あのときの宇宙へと飛んで行ったゴブリンと同じように放心し、暫くの間意識が飛んでいたのである。

 専門家たちが機械から吐き出されるデータの数々に興奮する中、十数秒ほどして彼女の意識は戻って来た。

 

 そして、二口目。今度は放心することも無く、ただしっかりと味が伝わっていることを述べてくれた。そのとき、初めての味に感動したのか、これまでの苦しさから解放された喜びなのか、彼女の瞳からは一筋の雫が流れていたのが目に入った。

 しかし、誰もそのことには触れず、専門家の指示するタイミングに合わせて食事を進める。そして、三口、四口、五口と食べたところでお粥は無くなり今回の検証は終了した。

 

 生まれつき味覚を持たない志乃に味を伝えることが成功したため、引き続き検証は続けることとなった。治療用ポーションによる治験もあるので、これからは定期的に顔を合わせるだろう。

 

「私からも何かお礼がしたいんだが……」

「お礼ですか……んー」

 

 お礼と言われるが、こちらも検証前に励まして貰えたお礼を返したい側である。

 

「あっ」

 

 どうしようかと少し悩んだところで、互いにお礼ができる名案を思い付いた。

 

「それなら、飲み物を奢ってもらえませんか?」

「飲み物? そんなことで良いのか?」

「ええ、お茶でお願いします」

 

 近くに居た職員に一言伝えて部屋を出る許可を貰う。一緒に行かないのは少し申し訳ないが、少し確認したいことがあると言って、志乃1人で買いに行ってもらった。

 

「――――なんですが、大丈夫ですか?」

「へー、良いじゃん。なかなか洒落たことをやるねぇ」

 

 医療班の人に声をかけ、やりたいことを伝えるとすぐにゴーサインを貰えた。ノリが良い人のようで口笛を吹いて楽しそうにしている。

 

「戻ったぞ。友真も用事は済んだか?」

「ありがとうございます。ええ、無事に済みました」

 

 志乃がお茶を買って戻ると、検証時に使ったテーブルを移動させて置かれていた。その上には紙コップが2つと未開封の水が入ったペットボトルもある。

 お茶を受け取ると、2つの紙コップにお茶を4分の1ほど注ぎ、その後に水も同じくらいの量を注いだ。片方の紙コップを手に取って一口だけ味を確認すると、随分と薄まったお茶の味がした。

 

「はい、志乃さんもどうぞ」

「ありがとう。お茶の水割りというのは美味しいのか? 初めて見たぞ」

「いえ、薄いだけのお茶でイマイチですね。……と、ちょっと飲むのを待ってください」

 

 志乃が飲もうとしたところを手で制す。

 

「同じタイミングで飲みましょう」

「えっ……それって」

「はい、そうすれば志乃さんも一緒に味わえますよね」

 

 先ほどの検証で、もう宇宙志乃と化すことは無い筈だ。

 

「もし何かあれば、すぐさま対応します」

 

 先ほどお願いして、手の空いていた医療班の人も隣に待機してくれているので何かあっても安心できる。

 

「ありがとう」

「いえいえ、これは俺からのお礼ということで。それでは……」

「「いただきます」」

 

 《共有》した状態で、同時に薄いお茶を口にする。そのお茶は、先ほどのお粥と同じくとても薄かった。それでも、彼女はとても嬉しそうに一口ずつ丁寧に飲んでいた。




【あとがき】
久住(くすみ)志乃(しの)
 友真の1つ年上の女性で、ミサクの親戚。生まれつき味が解からず、その縁もあって今回の検証と治験へと誘われた。
 探索者系の名門である私立聖境学院に通っており、大学の薬学科を目指して勉強中。将来的にはダンジョン資源を自身で採取することも考え、探索者としての技量も高めている。
 一人称が「あーし」のズッ友的な親友が居る。

・久住 (まこと)
 志乃の父親で、大手製薬会社に勤めている娘大好きお父さん。ダンジョン資源やスキルが及ぼす影響の分析や解析を本業としており、今回の件は娘のことを含めてとても大きな収穫となった。なお、本業と娘の割合は1:99である。

・医療関係者
 探索者協会の医療スタッフ。何が起きても1分以内であれば欠損死体だろうと完全治療が可能だと豪語している。
 協会の正職員は中級以上の実力が求められるため相応の強さを持っており、非常時は現場の最前線に出て医療活動を行う。

・スキルを研究している大学教授
 ユニークスキルを魔法で再現する研究の国内第一人者で、名を財前教授。宮からの連絡で《共有》を検証する話を聞き、好奇心がくすぐられたので今すぐ行くと伝えて助手たちを引き連れやって来た。
 検証終了後、入っていた予定を全て白紙にしてハイテンションで研究を始めた。《共有》のユニークスキルをもっと知りたいと興奮しており、再現研究の協力を頼むための交渉準備を進めている。
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