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5月の中旬、Dtuberを始めて2週間ほど経った日の土曜日。午前の予定が空白だったので、
「
「友真くん、久しぶりだね。配信で元気な姿を見てはいたけど、こうして顔を見せに来てくれて嬉しいよ」
前日に電話で訪ねることを伝えていたこともあり、時間通りに到着すると入口で顔馴染みの職員が待っていた。どこか頼り易い雰囲気を持つ男性である。
「配信見てくれてたんですね。何て
「いやいや、そこは隠させてもらうよ。いち視聴者として楽しみたいからね」
樹とは年齢が一回り離れているが、歳の差を感じさせないとっつきやすさを持っていた。少しだらしないところもあって他の職員には小言を言われることもあるが、子供たちにとっては近寄り易いのかよく懐かれている。
そんな軽い人間に見える彼だが、真面目な相談に対しては真摯に受け止めて一緒に悩んでくれる。友真も卒園後の進路に迷っていたときは、樹のおかげで沢山の選択肢から考えた上で選ぶことができていた。
「世間話はこの辺にしよっか。友真くんが来るって聞いて早起きして楽しみにしてる子たちが待ってるんだ。早く中へ入ろう」
「そうですね。楽しみにしてくれてる子たちのためにも行きましょうか」
入口前での立ち話を切り上げて、見慣れた建物の中へと案内される。ここを発ってまだ1ヶ月しか経過してないのに、友真は懐かしい気分に浸っていた。
沢山のお土産を手にして遊び部屋となっている大部屋へと赴くと、友真が現れたことに気付いた子供たちが大はしゃぎで駆け寄りワチャワチャと集まり出した。最近の出来事を聞いて聞いてと喋る子、友真によじ登り肩車を強請る子、張り付いて蝉と化す子、お土産を受け取り机の上に綺麗に並べる子など個性豊かである。
DTuberの配信を通じて近況を知っている子も居るようで、友真はどちらかというと聞き手に回っていた。話の内容は、最近施設であった出来事や楽しみにしていること。
久々に味わう実家の空気に涙腺が緩むのを隠しながら、友真は午前いっぱい子供たちと遊び回った。昼ご飯を一緒にし、デザートにお土産のケーキやお菓子を食べ、時々《共有》を強請られて使って少し慌ただしい半日であったが、しっかりと英気が養われた。
年少の子たちが睡魔に負けてお昼寝を始めた頃、帰宅しようとした友真に対し数々の妨害が襲い掛かる。数の暴力や泣き落としを武器に引き留めようとする子供たち。しかし、心を鬼にして大人げない探索者としての身体能力を駆使することにより揚々と脱出するのだった。
***
その日の晩、トモリのチャンネルでは特別な配信が行われることとなった。登録者数が1000人を突破したお祝いのため、自宅から配信するのだ。
GWが終わって授業が再開されてからも週に5回は配信を続け、堅実にファンを増やしていった成果である。とはいえ、一番は配信を見ながらダンジョン探索を体験できる《共有》のおかげであろう。噂を聞いて物珍しさからやって来る新規を上手く惹き込めたのが大きかった。
意外にもダンジョンに潜ったことのない視聴者が多く、体験を希望する声は多かった。配信中のほとんどの時間《共有》を使うこととなったが、そのおかげでスキルが成長して20人まで同時に届けられるようになれた副産物もある。
《共有》と言えば、探索者協会協力の下で行われている検証も順調に成果が出てきている。志乃以外の五感に難を持つ人とも《共有》を行った結果、同じように効果が現れたのだ。そちらの人たちにも検証の後に治療用ポーションで五感が生まれるかの治験を行ってもらっており、僅かにだが可能性の芽が出てきていると教えられている。
そして、その繋がりでもう1つ。
最初の検証のときに同席したユニークスキルの研究をしている
そんなこんなで色々あった濃厚な半月である。その間のことを回想しながら、いつもと違う環境なので念入りに配信の準備を進めていた。
登録者が1000人を突破したことで収益化の申請ができるようになる。昨日の夜に申請し、今日帰宅して確認したらすでに通っていたことには驚いたが、早いことは良いことなのでありがたみながらそちらの設定もした。
SNSで予定日などは事前に告知を出している。それに加えて、質問コーナーを設けるので募集する旨を書き、その送り先として外部サービスのURLも沿えていた。
予告していた時間が近付きつつある。
10分前になると、トモリは配信用の画面を開いて最終確認を始めた。
***
晩御飯が美味しく食べられる時間帯。トモリの記念配信が始まるまでもう間もなく。
◎ 1000人おめでとー!
◎ 初見
◎ いやー、めでたいねー
◎ 協会の告知見て気になってた
◎ スパチャ解禁まだー?
◎ 画面越しに共有できるってマ?
待機画面では、始まるのをまだかまだかと期待する視聴者たちのコメントで賑わっていた。トモリが見慣れた名前以外にも、初見だと思われる書き込みもそこそこの数が流れている。
最後にもう一度、パソコンに内臓されたカメラが映す背景に問題ないことを確認すると、配信を開始した。
「こんばんはー! トモリの配信へようこそ。本日も来ていただいてありがとうございます。ゆっくり見ていってくださいね」
◎ こーんにちはー!
◎ こんちゃー
◎ こん~
まずは、ここ数日で漸く形になった挨拶をする。
「なんとおめでたいことに登録者が1000人を突破しました。DTuberの登竜門突破です! なので、今回は自室からのお祝い配信となります」
この数字は、NicoTubeで活動する全ての配信者が最初に目標とする壁である。その数字を超えることが収益化できる条件の1つとなっており、残る条件に関してはそこまで人が増えていればすでに達成しているので最後の壁とも呼ばれていた。
そんな壁を突破したトモリは、初めて自室で配信をしていた。背景には、テレビが乗ったボードとその下に整頓されたゲーム機が見える。それ以外に目立つ物はなく、脱ぎ散らかした服や郵便物といった汚部屋を連想する物は転がっていない。カーテンも閉まっており、外の景色が映らないようしっかりと隠されていた。
◎ おめでとー!
◎ 部屋が綺麗+100
◎ ドンドンパフパフ
◎ 待ち侘びたゾ
普段と違い、トモリの姿は上半身しか映っていない。そして、その姿もテーブルの上に置かれた2人分のケーキやお菓子の入ったバスケット、コップなどで一部が隠れていた。
◎ これがトモリのお部屋かー
◎ 障害物でトモリの胸板が見えぬ
◎ 美味しそうなケーキたすかる
◎ あとで《共有》してー
◎ 家族からもお祝いされたの?
◎ もしかして目の前のケーキが祝い品か?
気付いた視聴者が、早速それに触れる書き込みをする。ケーキに触れるコメントが多いのを見て、まずはその辺りの話から始めた。
「そうなんですよ。有名なお店から通販で取り寄せた凄い評判の良いやつです。2ホールほど注文したのですが、目の前にある分以外は卒園した児童養護施設の方に差し入れしてきました。そうそう、ありがたいことに配信のことを知ってたみたいで直にお祝いしてもらえたんですよ。とても嬉しい限りです」
幸せそうにいつもより3割増しで笑顔を浮かべる。ご機嫌なおかげで舌の滑りも良く、スラスラと今日あったことを語っていた。しかし、その喜びを共有する前にあるワードを聞いたため、視聴者たちはそちらへと意識が向けられることとなった。
◎ えっ
◎ あ……
◎ ごめんね、トモリ施設出身だったんか
◎ すまん、失言だったわ
謝罪するコメントが多く書き込まれたことで、トモリはこれまで自身のことを余り語ってこなかったことに気付いた。心配無用なことを告げてから、もう少し話を深堀りしていく。
「いえいえ、全然大丈夫な話題ですよ。俺の世代だとよくあることですし、物心付いた頃には施設に居ましたので」
凡そ13年前、ダンジョンの恩恵を得た一部の人間が暴徒と化し、日本中で大暴れした。完全に鎮圧されるまでに出た被害は凄まじく、数十にも及ぶ街が崩壊してしまった。
トモリの住む街もまた、その1つである。その事件で友真は全ての親族を亡くして施設へと引き取られている。とはいえ、当時は同じ境遇の子が沢山居るため特段珍しくもない話だった。
◎ それでも不謹慎だったわすまん
◎ 物心付く前だとすると1歳とか2歳の頃か
◎ そっか、13年前って暗黒期か……
◎ 俺の周りにも似たようなやつ居るわ
本人が大丈夫だと言えど、チャット欄は謝罪だらけとなっていた。折角の記念配信なのに湿っぽい空気になっている状況を払拭するため、トモリはスパッと言い放つことにする。
「しんみりしてますが、言わせてください。まず、俺には血の繋がりはありませんが上にも下にも沢山の家族がいます。先ほど言ったように、卒園後も顔を見せに行くぐらい仲良しです」
職員の人とも仲が良かったし、施設を離れるときには小さな子たちにギャン泣きされたほどである。今日も帰ろうとしたところを泣き落としで引き留められそうになったのは、つい数時間前と記憶に新しい。
「ですので、謝罪の言葉よりも家族仲てぇてぇぐらいに受け止めてください。トモリは身内愛の強さも売りなのです」
言いたいことを言い切ると、カメラに向かってズビシッと指を差した。
◎ はーい
◎ 家族仲てぇてぇ
◎ 自分でてぇてぇって言うのか
◎ トモリも配信者らしくなってきましたねぇ
少し訳が分からないが、とりあえずは視聴者たちも納得したようだ。話が良い形で決着が付いたので、予定していた本題に持っていく。
「さぁ、話を切り替えていきますよ。まず一つ目、聞いてください! DTuberの非公式Wikiにこのチャンネルが載りました!!」
◎ え、マジで!?
◎ 見た見た、ちゃんと書かれてたよね
◎ やっちゃ、おめでとー!!
◎ DTuber最初の登竜門突破だー
非公式Wikiとは、名前の通り公式ではない有志たちの手で作られた百科事典だ。トモリが載ったのは、DTuberの人や出来事を取りまとめている大手のWikiになる。
「DTuberになったからには載ってやる、ってのも小目標の1つでした。それに、中身も配信をしっかり見てくれてる方が編集してくださってるんですよ。本当にありがとうございます」
Wikiの編集は有志の手で行われるので、やろうと思えば無名の者を登録することも可能である。しかし、それを容認していれば虚偽が書き込まれたり、悪用されたりするケースもあり得た。そのため、新たに登録するには運営から認められる必要があった。
故に、ここに名前が載るというのはDTuberとして一定の知名度を得たとも言える。NicoTubeの配信者としての登竜門がチャンネル登録者1000人なのであれば、DTuberとしての登竜門は非公式Wikiに載ることであった。
◎ どうだ!凄いだろ
◎ あの、書いたの我……
◎ 他人の褌で相撲してる奴が居ますねぇ
「おお、書いてくださった方が居ますね。愛ある編集でとても嬉しかったです。心より、ビッグな感謝です!」
そして、非公式Wikiに登録して編集するのは当然ファンである。今回の記念配信もリアルタイムで見に来ていたようで、トモリは沢山の感謝の思いを込めてお礼を伝えた。
◎ おめでとう! ところでスパチャは切ってんの?
◎ 折角この日のために貯蓄していたのに
◎ 貢げない、どうして……
「おっと、スパチャ機能のONがまだでしたね。配信中の良い感じのタイミングで開放するのが習わしらしいので置いてました」
視聴者が金銭を消費して色付きのコメントを投げられる機能、スーパーチャット。そのコストに支払われた約7割が配信者の手元に渡ることもあり、お祝い事のときや凄いことを成した瞬間などに剛速球で飛んでくることが多い。
最初からONにしていると、待機画面で我先にと主不在で送り始める人がそこそこ現れる。その話をミサクPに教えられていたトモリは、配信画面の外で設定を開いてあと1クリックで開放できる状態にしていた。
「それでは、スパチャの解禁をしようと思います……なんだか、ドキドキしてきましたね。少しだけ嫌な予感がしますが……ヨシ、開放です!」
◎ っしゃぁ!! [\5,000]
◎ この日のために貯めていたッス [\1,000]
◎ おめでとぉおおおおぅぁぃぇおおおおおおお!!!!! [\10,000]
◎ さあ、驚き震えあがるが良い^^ [\50,000]
そして、トモリの嫌な予感は的中した。チャット欄に雪崩れ込むカラフルなコメントの数々。その勢いは強く、探索者として鍛えられたトモリの動体視力を持ってしても油断すれば見逃してしまうほどである。
トモリが考えていたよりも、この瞬間を狙っていた視聴者は多かったのだ。
「ぇ、ッ、ま゛っ!? あ、あわわわわ、みみみ皆さん落ち着いてください。一旦、その手を止めましょう!!」
不測の事態でもないため、このような状況になるとは予想もできずにただただ慌てふためくしかなかった。
◎ これが見たかった [\2,000]
◎ わぁい^^ [\8,888]
◎ 新鮮な反応助かる [\25,250]
冷静な判断などできず、必死にお金の大事さを語り始めるトモリ。その姿を見てニッコニコの笑顔になり、さらに追加でスパチャを送る視聴者たち。
「待って、本当に待って……そうだ。止めないのなら俺にだって考えがあります! これからスパチャ送った人にはこのサルミアッキを《共有》してやりますからね!!」
◎ 上等^^ [\500]
◎ カモーン [\777]
◎ ワイの好物助かる [\1,145]
◎ ふむ、これもまた試練か [\666]
◎ その程度で止めるとでも? [\2,828]
そんな愉悦蔓延る世界がもうちょっとだけ続いた。
【あとがき】
・
物心付いた頃からトモリがお世話になっていた児童養護施設の名称。暗黒期に両親を亡くした子供たちを支援するために設立された。当時の子たちの大半が卒園したが、それでも年に数人は新しく入所してくる。
・
瑞境児童学園の職員で、勤暦6年の現在28歳の男性。人当たりの柔らかさと少しドジなところによって近寄り易く、小さい子たちに慕われている。事務作業はやや苦手だが、子供たちの相手をするのは大得意。
一応、下級探索者資格は持っているので運動能力は人並み以上にある。
・スーパーチャット
最終的に二桁万円集まることとなった。
この収益は防具の製作費用に利用される予定。