「ん、圧倒的勝利」
戦闘は瞬く間に終わった。現在は消滅したモンスターの落とす魔石を拾い集めながら、互いを労っているところだ。
襲って来たのは、ノーマルラットと命名された50センチほどのネズミ型モンスターが5匹である。直前で左右に分かれて襲い掛かる知恵はあったのだが、残念ながら3人には敵わなかったようだ。
「お疲れさん。いやー、トモリが動けて助かるわ」
「お疲れ様です。最近はアイコンタクト無しでも動けるようになりましたね」
モンスターの接近を察知すると、互いの示し合わせなどなくすぐに動き出した。片面をトータクが抑えに回り、その後ろでスミスミが魔法の詠唱を始めてサポートに回る。
もう片面はトモリが駆け抜けていき、向かって来る途中だった2匹の首を的確に刎ねて倒した。そして、戻る前に2匹がスミスミの魔法で切断され、最後の1匹がトータクの盾に圧し潰されていた。
◎ ナイス連携
◎ はっや!?
◎ 手慣れてきたねー
◎ 盾は鈍器、ちぃ覚えた
出会って5秒で戦闘終了。まだ下級エリアとはいえ、見事な様に視聴者たちは感心した。
「今のは先行部隊だろうな。茂みの少ない場所に移動しようぜ」
「数が5匹。教本通りなら群れの数は50匹前後」
「説明しますと、今戦ったのはジャイアントラットが率いる群れの先遣隊の可能性が高いです。四方に群れを1割ずつ派遣して敵を探す習性があり、今の戦闘でこちらに居ることを察知されたと予想しています」
3人は先の展開を予測して、戦いやすい場所へと移動を始める。そして、トモリがこの行動に対しての意味を説明をした。
◎ ほえー
◎ さすがにモンスターの生態に詳しいな
◎ 探索者資格試験の出題範囲になります
◎ さっきのネズミが10倍近く来るってマ?
◎ 悲鳴上げるかも、どうしよ……
それを聞くと、数分後に始まるであろう状況に戦慄する者も現れた。
「群体が苦手な人は視聴を止めた方が良いかもしれないですね。すみませんが、今回は数の暴力で襲って来るモンスターとの戦闘ばかりになります」
◎ い、いや……逃げない、3人の活躍見たいもん
◎ リアタイは絶対逃さぬ、逃さぬぞ
◎ ×ボタンにだけカーソル当てていつでも逃げられるようにしとくわ
念のため忠告したが、芯の強い共有者ばかりのようである。
「無理だけはしないでくださいね。少し余裕がありそうですし、何か質問でも拾いましょうか」
時間があるので配信者らしいことをしながら待つ。チャット欄に視線を向けているが、周囲への警戒は一切怠っていない。
◎ トモリって友人相手にも敬語なの?
◎ タクトのその身体は自前?それともパッド入り?
◎ 3人のスリーサイズ! 是非!是非!是非!お願いします!!!
◎ ゲスト2人はどの魔法流派目指すの?
思い思いの質問が書き込まれていく。ポーチから赤い包装紙で包まれたお菓子を取り出しながら、目に入った中から選んだ質問に答えていった。
「敬語ですよ。小さい頃から目上の人ばかりの環境でしたので、自然と癖になっちゃいました」
「嘘だッ! 本当は中学生のときに周りの濃さに負けないよう頑張って個性を出そうとした結果だもん」
「へー、そうだったんか」
「うぐっ!? み……スミ、どうしてそれをバラすのですか?」
中学2年生の頃、トモリも他の子たちと同じように中二病を発症していた。
日が進む毎に拡散されゆく病。昨日まで普通だったクラスメイトたちが手に包帯を巻いたり、瞳の奥に邪気を宿したり、ブラックコーヒーの入ったカップを片時も手から離さぬようになったりと変わっていく。中には見えない虚空と会話を始めたり、「はい」「いいえ」でしか受け答えしなくなったりと、学校中が混沌に包まれていった。
そんな恐ろしい光景に対して、意外にも大人たちは暖かい目で見守ることにしている。なにせ、この世界にはダンジョンが存在し、彼ら彼女らは翌年の夏にスキルを発現するのだ。その多感で特異な世界観を生み出す状況は、魔法を取得するための想像や妄想の力を高めるのに都合が良い。
そうして周りのキャラが濃すぎてしまう中、トモリは相対的に自身の存在を希薄に感じるようになっていた。それをなんとか脱却しようと抗い、考えに考え抜いた結果が敬語キャラだった。
当然ながら、客観的に見ればただ少し背伸びしているだけの子供にしか見えない。学校の教師や施設の職員たちは動機、過程、結果の全てを観察していたこともあり、凄くかわいらしい生き物を眺めるかのように癒された。そして、トモリ自身はこれで自分もキャラが濃くなったと自尊心が高まったので双方皆円満に落ち着く。
誰も損をしない、優しい世界がそこにあった。
「どうしてバラしたんですか?」
「配信者は黒歴史を晒してこそ一人前に育つ」
それから2年程経った現在。まるで、泣きながら電話をする猫のようにトモリは問い掛けた。それに対して返ってきたのは無慈悲な善意である。
「スミスミだってその頃からネットミームをよく口ににするようになった癖に……」
「うむ、中二病に便乗できたからちょうど良かった」
「ぐぬぬ、効いてない」
そして、お返しとばかりにスミスミの中二病についてもバラす。だが、彼には好都合だっただけで特にダメージが入ることはなかった。
◎ いつもより子供っぽいトモリたすかる
◎ 気の置けない距離感めっちゃありがたい
◎ 拗ねトモリはいずれ癌に効くようになる
そんな2人のやり取りに、共有者たちは尊みが満たされていた。普段のソロ配信ではまず見れないトモリの素の部分が全開でお出しされたからである。ギャップ差というのは栄養価が高いのだ。
「イチャイチャもそこまでだ。そろそろ警戒を強めてくぞ」
「むぅ」
「残念ながら、ここから先はシリアスパート」
そんなじゃれ合う2人を他所に、周囲を警戒していたトータクが遠く離れた草むらが大きく揺れたのに気付く。すぐに警告を出して話をストップさせた。すぐさま戦闘スイッチに切り替わり、各自武器を構え待ち受ける。
「一言メモ。僕が目指すはシャドー流。かの影使いの英雄のように浪漫全開で全速前進DA!」
「まあ一言ぐらいならええか。トモリの身バレになるから伏せるが、同じ流派だ。悪いがコメントは見れないぞ」
スミスミが目指すと宣言したシャドー流は、浪漫型極振りの魔法流派だ。暗黒期を終わらせた英雄の1人で、ユニークスキル《影支配》を持つ男が天才的に扱う感覚を論理的に落し込んでおり、利便性とスタイリッシュさを両立している。
◎ 影男スタイルは全男の子の憧れといっても過言ではない
◎ 女の子だって憧れてるわよ
◎ 浪漫派は希少だからタスカル
◎ 憧れは止められねぇんだもんな
ただ、それを使いこなすには途轍もなく高い難易度があり、半端に扱える程度では逆に足手纏いになってしまう。故に、途中で挫折する者は数知れなかった。
◎ さて、その言葉がいつまで続くかな?
◎ スミスミはずっと浪漫派で居てくれ……
◎ ワイも手刀で腹を貫かれるまでは浪漫派だったなぁ
◎ 腹貫ニキは成仏してクレメンス
そして、挫折した者は妥協して別の浪漫溢れる流派に乗り換えるのだが……ここでも、再び
最高にカッコ良い自身の姿に浸っていたら、前衛を抜け出したモンスターから致命傷を受けた。これは、見栄えを優先したDTuberが偶によくあることである。
「トモリの成長と共に期待していてくれたまえ。僕はようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い浪漫坂をよ……」
「ん、もう間もなくですね」
「だな」
そんな馬鹿の極みとも評される道だと知った上で、スミスミは上等だと格好良さげな台詞を口にする。しかし、2人はそれを見事にスルーした。
残念なことに、タイミングが悪かったのだ。
◎ 草
◎ トモリはそういうことする
◎ 普段よりも雑でタスカル
◎ まあそっちに意識割けんわな
共有者だけが理解者面する中、先ほどよりも近くの茂みが大きく揺れる。その揺れは左右の茂みにも電波していき、3人を360°全方位を囲うように広がっていった。
「Juuuuuuuuu!!」
正面から先ほど戦ったノーマルラットよりも二回り大きな固体、ジャイアントマウスが姿を現す。それに呼応するように他の茂みからも大量のノーマルラットが顔を出した。
「さ、て、と。露払いは任せたぜ」
正面に相対するのはトータク。手にした鉄盾を構えたまま突撃しようと構えている。
「風の刃がクルクル回る。我が付け焼刃の切れ味、乞うご期待」
スミスミは後方斜め右に陣取った。鉄杖の先端を地面に向けながら、風魔法で生み出した円形の刃を自身を中心に円運動させている。
「俺が正面に立ちたいところですが、これが最善ですしね。転げたときはすぐに呼んでください。カメラで永久保存しますので」
そう言いながら、手にした真っ赤に染まるタブレットを口へと放り込む。そして、2人に襲い掛かるであろうモンスターを適当に選んで《共有》をした。
『Ji, Jyuuuuuuuu!?』
味覚を届けたジャイアントラットと、19匹のノーマルラットたちが悲鳴を上げる。突然、口内に猛烈な辛さと激痛が駆け巡り悶絶したのだ。
「ゲホッ、ゲホッ……っし」
その元凶であるトモリもまた同じように涙を零し咳き込みはしたが耐えた。血の繋がらない兄弟は多かったが、生まれは長男だったのが大きかったのかもしれない。そして、群れのボスが突然鳴き叫んだことに子分たちが一瞬動揺したのを見て、瞬時に斜め左後ろの方へと走り出す。
向かう先には、5匹で組まれた一群が4グループあるのが見える。その内の1グループへと向かいながら、他グループへの足止めを兼ねて魔法の詠唱を始めた。
「氷柱、氷柱、氷柱、氷柱、射出」
手数を重視するトモリは、一言詠唱の繰り返しで4つの三角錐を空中に生み出した。最も簡略した魔法の使い方であるため1度の詠唱の度に作れるのは小さな氷柱1本であるが、それでも小型のモンスターであればこれで十分である。
それを他の4グループへと1発ずつ撃ち出す。
「Ju!?」
動き出そうと踏み込んでいた3匹のノーマルラットの脳天を綺麗に貫く。しかし、残る1匹は運良く躱すことに成功して顔を掠るだけに終わっていた。他と同じように力尽きたように地べたに倒れようとするが、それを演技だと見逃さなかったトモリは再び魔法を唱える。
「氷柱、射出」
瞬時に作り出した氷柱を飛ばし、死んだふりをする1匹の頭を潰した。
改めて4匹全てが消滅しているのを確認すると、地面を強く蹴って一気に距離を詰めた。
「シッ! フッ!」
最初の一撃で2匹の胴体を切断し、足に飛びかかろうとする1匹を返しの刃で断つ。
「Dyuuuuuuu!!」
「ハッ!」
残る1匹の攻撃を跳躍して避け、着地に合わせて一振りで両断した。
「氷柱、氷柱、射出」
一息付くこともなく、再び魔法を使う。2本共同じグループへ撃ち出し、反対のグループへと再び駆け出した。こうして、確実に1グループずつ処理していき、残る12匹も手早く処理していった。
周辺の敵が居なくなると、すぐに味方のところへ戻り援護に回る。スミスミが飛び掛かるノーマルラットを鉄杖で弾き飛ばしながら、風の刃で1匹ずつ確実に倒しているところだった。
「氷柱、氷柱、射出。氷柱、氷柱、射出」
ある程度近付いたところで魔法を詠唱し、数を減らす手伝いをする。
「ないすぅ!」
2人掛かりなこともあり、先ほどよりも早く群体を処理し終え残るトータクの援護へと回ることにした。
「くっ、オラァッ! くっそ、数がめんどいな!!」
そこでは、足を狙ってへと噛みつこうとするノーマルラットたちを槍で必死に仕留めるトータクの姿があった。ジャイアントラットの姿が見えないことから、群れの長はすでに倒したようである。
「風の刃セット」
「氷柱、氷柱」
「「発射(射出)」」
射程圏内に入ると2人はすぐに魔法を発動する。トータクに意識が向いていたモンスターたちを確実に仕留めていき、最後の1匹が脳天を槍で貫かれたことで戦闘は終了した。
「お疲れ様です」
「おっつー」
「おつかれさん」
後続が現れないことを確認すると、トモリは長剣を鞘に納めた。他の2人も戦闘態勢を解除して普段の緩い雰囲気に戻っている。
「ボス討伐完了です。共有者の皆さん、如何だったでしょうか?」
◎ よくぞ主を倒した、褒めて遣わす
◎ ボス戦と思ったけど意外にアッサリだったね
◎ トータクは数に押されてたけどな
◎ トモリは味方から離れず魔法メインのが良かったかも
◎ うーん、40点!ラット群はタンクも動かんとダメよ
◎ 新人として評価するなら80点はやれるだろ
◎ スミスミは杖でも倒せんとあかんぜ
トモリは上手く討伐したつもりであったが、賞賛する声と同じぐらい厳しい声もあった。前者は見習い基準での相対的評価であり、後者は探索者基準での絶対的評価である。
「んー、手厳しいですね。後で反省会したいので、良ければSNSなどで書いてもらっても良いでしょうか? ハッシュタグは――」
「トモリ、真面目過ぎだぜ。俺らはまだ下級探索者、その基準での声だけ拾えば良えんだよ」
「右に同じく。だがしかし、面白そうだから投稿は求む」
生真面目な反応をしたトモリを窘める2人であったが、それはそれとして気になったのかSNSに有識者の意見を欲っしはした。
周辺にモンスターがポップしないかの警戒は維持しながら、少し雑談タイムを取りながら休憩する。
◎ カメラが俯瞰してくれて見やすかった
◎ 見落としなしで見れてありがてぇぜ
◎ オイラとしてはトモリ軸の撮影のが良かったッス
話題は少し変わり、探索カメラの撮り方についてのコメントが増えていた。戦闘に入ると上空に飛び上がり、全員を映す形で撮影をしていたらしい。3人の動きがそれぞれ見れたのが良いと言う一方、チャンネル主であるトモリの主観が良かったと言う意見もある。
「それでは、次の戦闘は俺を追うように撮ってもらいますね」
探索カメラが1台しかないので、ひとまずは撮影スタイルを交互に切り替えることにした。
そのあとは2度群れと遭遇し、トモリ視点、再び上空視点の順に映される。スミスミの魔力が少なくなってきたタイミングで撤収を選択し、少し手前のエリアに引き返して配信を終わらせることにした。
「楽しい配信にお邪魔させてくれてありがとな! また呼ばれることがあれば、そのときはよろしく頼むぜ!」
「魔力の無駄遣いをしたことは反省をしつつ、トモリを輝かせる舞台に招いてくれたことには感謝する。これからもスミスミPがプロデュースしていくので共有者は期待していたまえ。うむ」
「「何言ってんだコイツ」」
2人に感想を聞きながら、締めの挨拶に入る。相変わらずスミスミは不思議キャラを前面に押し出しているが、トモリは雑にあしらっている。それに対して、普段とは違い口調の荒い姿を見て喜びや感謝のコメントを書き込む視聴者も変わらず居た。
「本日の配信はここまでです。ご視聴ありがとうございました! また次回もよろしくお願いします。それでは、お疲れさまでしたー!」
「またなー!」
「今度ともご贔屓に」
◎ お疲れさまでしたー
◎ おつともり~
◎ おつともー
◎ また見てトモリ
◎ どうぞよしなに
いつも以上にバラバラなコメントが流れながら締めくくられる。今回もトラブルが起きることなく、無事に配信が終了した。
「ミサク、タクト、今日はありがとうございました」
「こちらこそ~」
「おう、こっちこそありがとな!」
配信がちゃんと終わっていることを確認してから、2人の名前を呼んでお礼の言葉を伝えた。それに対して、同じように感謝が返ってくる。
「あとは……」
「外に出るだけだな」
そして一息付き、残すはダンジョンを出ることだけとなった。
ここまで来るのに1時間。攻略済みのポイントにジャンプできるような便利機能はダンジョンに備わっておらず、当然ながら帰りも同じ時間を歩いて帰ることとなる。
「遠くへ飛べるユニスキ見つからねぇかなー」
「あるのは短距離ワープだけですねー」
「世の中不便なのじゃ」
嘆き事を叫びながら3人は来た道を帰る。こんなことをしていれば当然モンスターに察知されやすくなり戦闘頻度は増えるのだが、むしろ掛かって来いやの精神で襲い掛かって来るそばから順々に返り討ちにするのだった。
【あとがき】
・ジャイアントラット
1メートル近くの体躯を持つネズミ型のモンスター。
ノーマルラットを配下に群れを作り、集団で探索者を襲う。単体での戦闘力は大したことないが、数の暴力が厄介。群れの中にジャイアントラットが複数居ることはないが、他の群れと遭遇しても争う訳でもない。これはモンスターによくある特徴である。
・ノーマルラット
50センチ程度の体躯を持つネズミ型のモンスター。
ジャイアントラットの手足として動き、集団で襲ってくる。狡賢く、茂みなどに身を隠してかく乱したり、死角を狙ったり、死んだふりをしたりするのが特徴。足を攻撃して転倒を狙い、覆いかぶさって引っ掻きや噛みつきで急所を狙ってくるから気を付けよう。