7月中旬。学校の期末試験が終わり、夏休みがもう間もなくと期待に膨らむ時期であるが、探索者学校に通う生徒に取ってはその前に重大な試験が待ち受けていた。
「時間です。全員書くのを止めて、ペンを机の上に置いてください。スタッフが後ろから順番に回収していくので、そのまま待っているように」
場所は、探索者協会の中にある少し広めの多目的室。たった今、筆記試験が終わりの時間を告げて解答用紙が回収されていった。
「実技試験の開始は14時からです。それまでは自由時間となりますが、集合場所は各自指定されたダンジョンに隣接する出張所となりますので遅れないように気を付けてください。1秒でも遅れた場合はその時点で不合格となるので、必ず時間を厳守するようお願いします」
試験官である男性職員が注意事項を説明し終わると、休憩の合図を告げる。緊張した空気が抜けて少し気が楽になる中、筆記用具を鞄に仕舞ってから離れた席に座るミサクのところへと向かった。
「筆記お疲れ様です。勘違いがなければ合格ラインですが、ミサクは……余裕そうですね」
「ブイ、完璧でありパーペキなり」
いつもと変わらず、ミサクは変化の少ない表情のまま勝利のピースサインを
「互いに懸念なく実技にいけそうですね。では、タクトと合流しましょうか」
「うぬ、エナジーチャージの時間だレッツラゴー」
互いに手応えが十分であったことを確認できたので、教室を出て待ち合わせ場所へと移動する。
「おーい、こっちだー!」
協会内の食堂に入ると、2人に気付いたタクトが大きな声で呼び掛けてきた。4人用のテーブル席に荷物を置いて座り、こちらへ来なされと手招きしている。
「席の確保ありがとうございます。そちらは……ミサクと同じで余裕そうですね」
「まあな。そういう友真も大丈夫そうじゃねぇか」
「ええ、それは勿論。2人の先生に助けられましたから」
「ミサクPは家庭教師も出来る完全超人なのである」
互いの健闘を讃え合うのはさて置き、パシリを決めるじゃんけん勝負をする。
「「「じゃんけん」」」
「「グー」」「チョキ」
「ぐぬぬ、勝利のVが負けただと……」
普通のじゃんけんに見えるが、目の良い者であれば手を振り下ろす間に幾度も手を変える光景が見えていただろう。そんな探索者の身体能力をフルに活用した読み合いは、意外にも初戦で決着がつきミサクの1人負けとなった。
敗者はただ黙って勝者に従うのみ。2人の食べたい物を聞いてから、ミサクは3人分の注文を取りに行くのだった。
「今日の夜は何食べますか?」
「そうだなー……実技の手応え次第で変えるのもありだよな」
「上手くいけば祝賀会、いかなかったら
それから少しして、テーブルの上に大量の料理が並ぶ。各々が注文した料理を口にしながら、3人は試験が終わった後の話をしていた。次に控える実技に関しては、前日のうちに打ち合わせを済ましてある。あとは普段通りの雑談をしながら、いつもの調子を維持するだけだ。
「つか、いつもと違って疲労
「タクトの案に賛成です。偶にはピザとかバーガーなんかもありだと思います」
「異論なし。最近はラーメンやカレーなんかもテイクアウトできるらしい。ならば各自好きな物を買って僕の考えた最強チーム選手権が最良」
「それ良いな。現地で一旦解散して、友真の家に集合ってとこか」
今晩の予定が決まり、打ち上げの楽しみが増えた。それからも試験に関しては口にせず、ゲームや漫画といった若者らしい話題で盛り上がる。そんな風に、普段と変わらない調子のまま時間を過ごしていくのだった。
***
食事を終えると、3人はすぐに指定された会場へと向かった。1時間ほど余裕ができるが、さっさと着替えて現地でのんびりする選択を取ったのだ。
協会支部から電車に乗って3駅移動し、そこから徒歩10分。普段行くダンジョンと比べると大きめの出張支店へと到着した。
「こんにちはー! 本日はよろしくお願いします!」
「ッシャッス!」
「こんよろ~」
集合場所に入ると、すでに待機していた試験官が居たので挨拶をする。すると、先に居た面々から挨拶が返ってきた。
壁に背中を預けたままこちらへ手を振り返すソロ、ホワイトボードでまるばつゲームをしているコンビ、パイプ椅子に座って駄弁っているトリオ、流行りの携帯ゲーム機で狩猟をしているカルテット。他にも備品や機材のチェックをしている者や、安らいだ表情で湯呑に入ったお茶を啜る者など、多くの関係者たちが待機していた。
その中から1人、壁に背中を預けていた男性が上体を起こしてこちらへとやって来る。
「おー、早いなー。見ての通りまだ時間があるからみんな好きに寛いでいるところだ。さっさと着替えて待ってても良いし、一旦外に出て適当な時間に戻って来ても良いがどうする?」
ツーブロックの髪をオールバックに決めた、背の高いスマートな体型の男性だった。袖のない緑色のボディスーツを着ており、その上に革製の軽装を纏っている。また、上腕部は地肌を晒しているが、反対に前腕部はアームスリーブを両腕に付けていた。どこか、ミサクに見せて貰ったゲームのキャラクターを連想する姿をしている。
「その王道的なコスチューム。槍使いとお見受けしたが、如何に?」
「如何にも……って、いやいや。元ネタ的には俺が言うところだろ」
「さもありなん」
何やら、2人の間に通じるものがあったようだ。この一瞬で打ち解けたようで、そのまま適当な場所に移動して雑談をすることとなった。
「今回の受験生たちだな? オレは
「おけまる。代わりに試験場の情報ちょうだい」
「あんがとよ。情報は……そうだな、地図ぐらいならセーフか」
「わーい」
珍しく積極的に絡みにいくミサクを頼りに、残る2人も話に参加する。会場となる中級エリアの最新版である地図を見せてもらいながら、環境や生息するモンスターについての情報を不正にならない範囲で教わった。
30分程で聞きたいこともなくなり、それからは先輩探索者からの体験談が始まる。その中には、友真が初めて知る内容もあった。それは、中級以上探索者にはコスプレ寄りの装備をする者が一定数居ることである。
素材の性能が良いので、どうせならと自身の憧れに近づけるそうだ。魔法はイメージ力が大事な以上、効果
そんな風に楽しく話を聞いていると、少しずつ他の受験生たちも集まって来た。彼らの行動は、仲間たちで最後の擦り合わせをする。友真たちと同じように暇そうにしている試験官に話しかける。鞄から狩猟ゲームを取り出して先にプレイしている先輩方に突貫する。などと、各々が好きなように過ごしていた。
開始1分前、必死な形相で最後のパーティが滑り込んで来たところで、受験生はこの場に揃うこととなった。顔がそっくりな少年少女がリーダーらしき少年に色々と文句を言っているので、恐らくは彼が原因なのだろう。時間となり、職員の人が注意をかけるまでその言い争いは続いた。
それはさておき、職員が号令をかけたので設置されたホワイトボード前に集まる。受験生全員が見やすい位置に移ると、実技試験の説明が始まった。
「今回このダンジョンに割り当てられたのは、全部で5つのパーティになります。それぞれA班からE班まで分けるので、自身の班を忘れないように」
中級以降の試験になると、自然と受験生の数は少なくなってくる。なので、近場のダンジョンに振り分けると大体このぐらいの人数になるのだ。
「また、イレギュラーと遭遇した場合についても説明しておきます。もし試験中に遭遇した場合は、マニュアル通り撤退しながら協会へ情報を送り続けてください。その行動がそのまま実技の採点となります。難易度が高くなりはしますが、そういう因果なのだと受け入れて頑張ってください」
受験生も全員が耳に
「それでは、あとは各班に割り当てられた試験官に任せましょう。全員、何があっても生きて帰って来るように」
他にも実技試験の内容や、今回探索する中級エリアについての説明などがされる。説明が終わると、友真たちは割り当てられたC班の札を持って試験官が来るのを待つこととなった。
「よっ、まさか試験官が俺になるとはな。偶然ってのは面白いもんだ」
「よっ、久方ぶり」
「もしかして知ってて話掛けてきました?」
「いんや、試験官の割り当てもつい10秒前にくじ引きで決めたやつだ。たった今見てたろ?」
槍吾の言う通り、つい先ほど5人の試験官たちが一斉にくじを引いていた。引いた結果に大きなリアクションを取っている者もおり、その内の1人は彼である。
「じゃ、改めまして。今回、C班の試験官を勤める大神槍吾だ。上級資格持ちで、前衛アタッカーの槍使いをしている。ついでに中学から付き合ってる彼女が居て、来年の大学卒業と同時に籍を入れるつもりだ」
「「おー」」
「なんか死亡フラグ立ちそう」
「立てさせねぇよ」
何やらリア充自慢をしてきたが、そこは華麗に受け流す。3人共に嫉妬のマスクを被ったり、異端者を断罪する団へ属してたりする訳でもないので特にダメージも受けていない。
友真とタクトの2人は感嘆の声を上げて拍手をし、ミサクは的確に反り立つ旗の存在を疑った。しかし、幸いなことに旗は立たなかった。
「もしイレギュラーと遭遇してもオレが守ってやるから安心してくれよ。だが、課題を優しくしたり採点を甘くするつもりはねえから、そこんとこはよろしくな」
中級パーティ試験は、3名の下級探索者たちが組んで受けることとなる。
実技試験の会場は、ダンジョン内の中級エリア。そこで試験官が状況に合わせて課題を出し、それの達成具合で評価されていく。大体は資源採取だったり、モンスターとの戦闘だったりと実際の探索でやることなので変な緊張でミスをしないことが大事だ。
「説明はこれで以上だ。何か質問は……無さそうだな。それじゃ、ダンジョンへ行くぞ」
こうして、中級パーティ資格試験が始まった。
***
「C班、探索カメラの起動を完了しました」
「DTuberやっているだけあって手慣れてるもんだな。……よし、チェック完了、問題なしだ。C班の出発を許可する」
試験は、ダンジョンに入った瞬間からスタートする。まずは探索カメラを起動して、協会へリアルタイムの情報を送れるようにする。そして、そこから試験会場である中級エリアへと向かうのだ。その間の過程も評価項目に入っており、ここが低いと他が良くても不合格となる。
「事前の情報からの変化は今のところなし。常に警戒しながら、地図の通りに進行していきます」
今回の下級エリアは洞窟型だ。これまで探索したものと比べて数倍の広さがあり、大穴を進んで行く。途中遭遇するモンスターは武器攻撃により手早く対応し、魔力の節約を意識する。ドロップ品だけはちゃんと拾いながら、着実に中級エリアを目指した。
到着したのは、出発から20分後。下級エリアの最奥では、運良くボス個体と遭遇することなく抜けることができた。この先の通路を抜けると、そこから中級エリアとなる。
その下級と中級を隔てる通路に特別な仕掛けなどは存在しない。なので、もし中級の資格を持っていなくても進もうと思えば進めはするのだ。とはいえ、実際に行動に起こそうとすれば探索カメラが警告音を鳴らして止めはする。それを無理矢理強行すれば大きな罰則を受けることになるので誰もやらないだけだ。
そんな通路を抜けた先にあったのは、森だった。3メートルぐらいの木々が立ち並び、上空からは光が差し込んでいる。乱雑に立つ木々の所為で視界が悪く、木から生える根っ子が足場を悪くしており機動力を阻害させている。下級エリアの草原と比べれて茂みの揺れや音に警戒する必要は減ったが、モンスターを察知したときにはかなり近い位置となってしまうのに注意が必要そうだった。
「そんじゃ……っと」
そう呟きながら、試験官である槍吾が取り出した資料をペラリペラリと捲っている。目的のページを見つけたので手を止めて中身を確認すると、一度頷いてから指示を出した。
「知ってると思うが、試験は戦闘と採取。2つの実技が採点対象になる」
戦闘試験は、モンスターと遭遇する前から評価の対象となるので注意が必要だ。先に察知して仕掛けたり迎え撃ったりできるかは生存する上で特に重要なので、もし不意打ちで襲われた場合は大きな減点を受けることとなる。
採取試験は、試験官の指示する素材を全て集めるまでが評価の対象だ。素材を探す上での知識、採取のやり方、収納時の取り扱いなど細かい採点基準が設けられている。
両方とも、探索者として必須となる技能となるため採点は少々厳しい。
「このエリアでは治療用のポーションや解毒剤といった医薬品の材料となる植物やキノコが生息している。と言う訳で――」
資料に視線を向けながら、素材の名前と数が順番に告げられていく。受験生の3人はしっかりと忘れぬように頭に刻み込んでから、了承の返答をした。
早速、ミサク主導のもと作戦会議を始める。
「まずは
「了解です」
「おっけーだ。もしモンスターと邂逅した場合は?」
「中級のモンスターは体格も力も大きくなる。だから、タクトは守りを重視すること。僕と友真で倒す」
「あいよっ」
本日のリーダーを勤めるミサクが手早く決めて指示を出す。青傘茸を優先するのは、硬く重いので他の素材を押し潰してしまう危険性があるからだ。そのため、最初に必要数集めてリスクを避けることにしたようだ。2人がする質問に対してもすぐに回答を済ませ、全員の意思を揃えていざ出発である。
そんな3人の様子を、試験官の槍吾は腕組みをしながら眺め、うんうんと頷いていた。
***
「指定したダンジョン資源、全てを採取できたのを確認した。採取の順番も考えられており、減点項目も無しだ」
採取課題を指示されてから30分。ミサクの計画通りに事は進み、難なく採取課題を達成した。
的確に指示したのも大きいが、道中にモンスターを見かけなかったのも大きいだろう。それに、青傘茸を最初に集めるよう舵を切ったのも正解だったようだ。
「それじゃ、後は戦闘試験だな。索敵して見つけたモンスターの不意を打つのもヨシ、出会い頭のモンスターに対応するのもヨシ。好きにやってくれ」
「「「はい!」」」
槍吾の出す課題が決まったので再び作戦会議を始めようとする。
「ん、それじ――」
「――ッ!? 全員、撤退用意!!」
方針を決めようとミサクが口を開いた瞬間だった。異常を察知した槍吾が焦ったように声を上げて全員に指示を出す。
それを聞いた3人は即座に自身の装備などに不備がないかを確認する。そして、今回採取したダンジョン資源の入った袋を持っていたタクトは、それを木の幹に預けるように放棄した。
どうして4人は冷静ながらも焦っているのか。
その答えは、すぐに判明する。
「こちらC班。救援求む。場所は中級エリア、ポイント5F」
槍吾が探索カメラに向かって連絡を取った次の瞬間、少し離れた場所に生えた木々が薙ぎ倒される音が響いた。
「方角は理解したな。オレが殿を勤めるから、3人は逃げることだけに意識を割いてくれ」
撤退用意。
それは、イレギュラーとの遭遇を意味する。
相手の姿が視界に入るよりも早く、急いで入口の方へと向かおうとした――のだが。
「おい、どうした!? ……くそっ、随分と厄介なハズレを引いちまったな!!」
友真、ミサク、タクトの3人は地面に膝を付く。全身から震えが止まらず、上手く体を動かすことができなかった。
(なんだ、これ……。怖い、何かヤバイのが来てる……)
状況はわかっているのに力が入らない。
それに、頭の中が原因のわからない恐怖に包まれていた。
視界内にある木が薙ぎ払われる。
すると、それを行った元凶の姿が見えるようになった。
「Gururururu…」
4本腕を持つ人型のモンスターだった。周辺の木に届きそうな程の大きな体躯、友真の胴体よりも太い腕、手にはこれまた大きな棍棒を握っている。肌は黒光りしており、金属のような光沢感があった。
そして何よりも、この状況で最も質の悪いユニークスキルを持っていた。
スキルの名前は《威圧》。
相手が自身より弱い程に力を発揮する、敵を恐慌状態に陥らせるデバフスキルだった。
【あとがき】
・
友真たち3人の実技試験を担当する試験官。普段は上級エリアを3人の仲間たちとパーティを組んで探索している。近接アタッカーの火力担当であり、高速戦闘が得意。
彼女とは中学3年生のときにクラスメイトとなったのが接点の始まりで、夏頃から声を掛けられることが増えていき、その年のクリスマス前に告白されて付き合うこととなった。
・残り1分でギリギリ滑り込んで来たパーティ
リ-ダーの少年と、幼馴染である双子の男女で組んでいる。余裕を持って電車に乗ったタイミングでリーダーが忘れ物に気付き急いで引き返すこととなった。そして、電車では間に合わなくなったために3駅ほど全力で走る事となった。
全員一般探索者校の3年生。
・
名前の通り、青色の傘のようなキノコ。治癒効果を促進させる効力を持っており、ポーションの品質を上げるために使われる。硬い上にそこそこ重量もあるので、他の収集品の上に置くと押し潰してしまう危険性あり。
活用方法が見つかるまでは投石代わりに使われていた過去がある。
・イレギュラー個体
原因は解明していないが、年に数回ダンジョンに現れる特異個体のモンスター。大体は1つ上の階級の強さに加えて、そのとき襲われた探索者たちに対して何かしらのメタを張れる能力を持っていることが多い。イレギュラーによる死傷者数が毎年二桁に及んだため、探索者資格の昇格試験のハードルは高くなった。
・ユニークスキル《威圧》
自身より格下の敵に対して能力低下のデバフを与え、更に格下には恐怖も与える。
本来は対象を絞って使うコスパの悪い能力なのだが、イレギュラーにそんなことを考える知能はないため、外敵を見つけるとフルパワーで使用する。そんな使い方をするため10分程度でガス切れしてしまうが、それは救援が到着するまでは持続できるということ。
同スキルを持っている探索者も居るが、格下狩りにしか使えないのであまり使ってない。しかし、不運にもモンスターにとっては最善のユニークスキルだった。