「繰り返す。こちらC班、イレギュラーと遭遇した! 場所は、中級エリアのポイント5F!」
試験官の槍吾が探索カメラに向かい大きな声で状況を伝える。
4人から10メートル離れた先に、大木と同じぐらい大きなオーガ種のモンスターが姿を見せていた。余裕のある表情を浮かべながら、のそりのそりとゆっくりとした足取りでこちらへと近付いて来ている。
自身が持つスキルの効力と、小さな獲物たちの現状が最悪であること。その両方を把握した上で逃げられないと理解しているようにも見えた。
「受験者3名の動きが阻害されている。状態から、《重力操作》《威圧》《催眠》もしくは未確認のユニークスキルを所持している可能性あり」
現状から予測できるイレギュラーの情報を送りながら、槍吾は愛槍を構えながらどう立ち回るかを思案していた。
「撤退不可能と判断し、防衛に入る。至急救援求む」
最後に、余裕があまりないことを伝えてから報告を一旦終える。
3人の位置を再度確認し、他のモンスターが来た場合を考慮して立ち位置を決めた。戦闘の余波が届かない戦闘ラインを定めてから、ギリギリの所まで距離を詰めてイレギュラーと相対する。
「Guhu! Guhu!」
その姿を愉悦そうに見下しながら、わざとらしく大きな音を立てながらイレギュラーは更に近付く。嘲笑うような行為に見えるが、副産物として周囲のモンスターが誘き寄せられるのが二重の意味で厄介だ。
「俺も少しだけ違和感と震えを感じる。恐らく、《威圧》かそれに酷似したスキルだ」
窮地でありながらも、槍吾は冷静に自身にも症状があることを見極め、推測した新たな情報を本部へと伝える。その間にもイレギュラーとの距離は縮まっており、戦闘が始まるまでもう数秒となっていた。
「これだけ派手に音を立ててるから位置はわかるはずだ。本当、早急に来てくれよ!」
そう叫んだ瞬間、槍吾は一歩駆けだした。イレギュラーに穂先を突きつけたまま神速で迫り、回転を加えた突きを繰り出す。
先手必勝の得意技。
普段組んでいるパーティで近接アタッカーを勤めている彼は、この十八番とする技を戦闘開始のゴングとして愛用している。技としての完成度も高く、中級どころか上級に生息するモンスターでも致命傷を与えるほどの一撃がそこにはあった。
「Guhuhu」
「……ちっ」
しかし、イレギュラーはその一撃に耐えた。確かに脇腹に直撃したが、穂先の半分までしか刺さっていない。
反撃にと大きく振り被ったのを見て、槍吾はすぐさま引き抜いて後ろへと下がる。元の位置に戻ったタイミングで振り落とされた棍棒は地面を砕き、土石が周囲に飛び散った。その
「格下虐めのユニスキ持ちな上に、硬化個体か……。随分とご都合的なメタを張りやがって、クソが!」
同じ種類のモンスターでも、個体によって多少の違いがある。その中には、極偶にだが皮膚が強固だったり、知恵が回ったり、体格が大きかったりと秀でた個体が確認されていた。
硬化個体は、名前の通り他よりも皮膚が頑丈で耐久性の高いモンスターのことだ。その中でも、今回のイレギュラーは上級上位に匹敵する程に硬い。
これを穿つ手段は持っているが、残念ながら隙が大きく現状では使えなかった。最善手が見つからない状況に悪態をつきながらも、思考は冷静に回しながら最悪時間稼ぎができれば良いと割り切ることにした。
最優先は受験生の安全。一瞬だけ視線を向けると、3人は酷い異常にやられながらも何とか陣形を組む姿が見える。ひとまず問題はないと判断し、大きく振りかぶるイレギュラーの一撃をふわりと交わして棍棒の上に飛び乗り挑発することにした。
***
槍吾がイレギュラーを相手に時間を稼いでる中、3人は少しでも状況を改善しようと必死に抗っていた。
タクトは2人の前に立ち、震えの止まらない手で大盾を構えながら必死に呼吸を整えている。ミサクは友真の横に立ち、押し寄せる恐怖の感情を懸命に振り払いながら思考を巡らせる。
「ぉ……っ……」
そして、友真は普通の詠唱ができないことを把握していた。2人と同じように全身の震えと恐怖の二重苦に襲われてもあり、普段通りに動くことは不可能なようだ。
ならばと、もしもに備えて覚えていた身体言語のみでの術式を使えるように、
そうやって他のモンスターが招かれた際に抵抗できるよう動いてる中、友真はふと
五感難の人と《共有》したらどうなるのか。その検証を志乃と初めて行ったときのことである。あのとき、責任が重くなったと認識した途端に全身の震えと酷い寒気に襲われた。それを払拭できたのは、震える手を握ってくれた志乃の温もりのおかげである。
当時のことを思い出した途端、両手の甲からじんわりと熱が生まれるのを感じた。その熱は少しずつ広がっていき、全身を包み込む。すると、少しだけ心が落ち着いた気がした。未だにどこからか恐怖の感情が湧き出てくるため思考や体感が正常に働かないが、そんな現状を
まず、自分たちが異常を受けているのはあのイレギュラーが原因だろう。震え以外にも激しい動悸や大量の汗、呼吸のし辛さもあるから恐慌状態に陥ってるのかもしれない。
恐らくは、《威圧》かそれに近い能力のユニークスキルだ。
それは分かったが、解決策はイレギュラーを倒す以外に思い付かない。だから、この最悪の状態のまま何が出来るかを考えることにした。
例えば、今の感情を《共有》できないか。
初めて五感を《共有》できたときのことを思い出す。あのときは、ただ自身の感じているものをそのまま伝えただけだった。
見栄え、風味、食感、食音、味。
外部の情報を得るために備わった基本センサーである五感は、対象が急に消失することさえなければ暫くの間捉え続けている。故に、具体化しやすく落とし込みやすいので、相手に対して簡単に伝えることができた。
反対に、歓喜、哀愁、恐怖といった感情はどうだろうか。特定の出来事や状況に直面したときに瞬間的に抱いた一時的な心の反応や状態だと言われている。それらはあやふやで抽象的なこともあり、上手く形にできないために伝えることができなかった。
つまりは、伝えたいモノさえ捉えられれば《共有》は可能である。
ならば、今この全身が震えて訳のわからない恐怖が消えず渦巻いてる状態であれば上手く捉えられるのではないか。突発的な思い付きで本当に出来るのかは自信がないが、それでも自分にできる最善手はこれだという結論を出す。そして、恐怖とはどういう状態なのか改めて考えた。
視覚は、目の前の物をちゃんと認識できていなかった。普段に比べて視界は狭く、見えてる物に対して現実感がないように思える。
聴覚は、ただただ自身の心臓が鼓動する音が煩かった。周囲の音も同じく騒音のように聞こえており、自分の荒れた呼吸音でさえ大音量で耳に入って来る。少し離れた場所の草むらが揺れる音でさえ痛い程に聞こえた。
触覚は、あまり感じられなかった。全身が緊張で固まっており、寒気や脱力感、そして強い震えによりおかしくなっている。
嗅覚は、とても敏感になっていた。自身の汗、近くに居る2人の体臭、土や木の匂い、普段何も感じていない全てが強烈に感じ取れている。
味覚は、変な味がしていた。口の中はカラッカラに乾いており、唾液も出てないせいか少し苦みみたいなものを感じ取っている。
五感が掴んだモノを明確に意識すると、何となくではあるが恐怖という感覚のさわりに触れられた気がした。
「「「Goaaaaaa!!」」」
その瞬間、先ほど揺れた草むらから3体のモンスターが飛び出して来る。イレギュラーの咆哮や戦闘音に招かれ、救援よりも先に辿り着いてしまったようだ。3体の種族はバラバラで、足並み整うことなく異なる速度で迫ってきている。
「だぁ、くっそ。3人で何とか耐えろよ! できる、お前たちなら絶対にできる!」
イレギュラーの相手をしている槍吾が何かを叫んだが、3人は上手く聞き取れなかった。だが、恐らくはこの3体の相手は自分たちでしろといった内容だと判断した。
かろうじて呼吸が整いつつあるタクトがすぐに正面へと立ちふさがり、大盾で受ける姿勢に入る。ミサクも普段より動きが悪いが身体言語のみで高火力の魔法詠唱を始める。
そんな2人をサポートするように、友真は襲い掛かって来るモンスターたちを定めて《共有》を発動した。
今ある五感に加えて、心の中に渦巻くありったけの感情を上乗せする。
(目の前の物が上手く見えない。悪夢のように全ての音が大きく聞こえる。寒気と脱力感が酷い。全身が震えて止まらない)
ただただ恐怖に染まる状態を形にして、絶対に渡すという強い意志を持って、受け取り不可の感覚を全てを送り込んだ。
「「「Gua!? Gu…u…」」」
その全ては、目の前の3体に届いた。《共有》されたモンスターたちは、自身の置かれた状況が分からないままただただ恐怖に包まれている。友真と同じように全身の震えが止まらず、五感に異常を来したせいで平衡感覚を失い地面へと倒れ込んでしまった。
「……ぁ、あああああああああッ!!」
ずっと呼吸することだけを意識していたタクトが大きく叫ぶ。それは恐怖による混乱のためではなく、気合を入れるための咆哮であった。自身を鼓舞したことにより、少しだけ身体に力が入る。
未だに倒れ込み動けないモンスターたちへ攻撃するために足を無理矢理動かし、一番近くの敵へと近付き大盾を叩き付けた。
「…………」
無言のまま身体言語だけで詠唱を終えたミサクが魔法を発動する。普段使うよりも二回り大きな風の刃はタクトの頭を越すように山なりで高い軌道を描きながら最も遠いモンスターの首へと強襲した。
「……ッ、ぅ、ぁ!!」
友真もまた、2人に追従するように攻撃を仕掛けた。残る1体に対して、何度も繰り返していた身体言語のみの詠唱による魔法を発動する。モンスターの頭上に作られた大きな氷柱が、重力に引かれるように落下して勢いよく押し潰した。
致命傷を受けた3匹のモンスターはそのまま消滅していく。周囲に他のモンスターが居ないことを確認すると、友真はイレギュラーの方へと視線を向けた。
今ので感覚は掴めた。恐怖の感情や身体の震えは今も変わらず続いている。
(だから、今度はお前自身が味わえ)
先ほどと同じように、今ある恐怖の全てをイレギュラーに対して《共有》した。
「Gu!? Gi!? Gugu!?」
そして、《威圧》による恐慌状態はイレギュラーに返ってきた。先ほどまで持っていた余裕は一瞬でなくなり、何故自身が恐怖を感じてしまっているのか分からず混乱して動きを止める。
「ッシャア! 何だかよくわからんがチャーンッス!!」
突然怯える震え出し、棍棒を取り落としたイレギュラーの姿を見た槍吾はこの好機を逃さない。
大きく槍を振り回してからピタリと止め、両手持ちに切り替える。どう見ても無防備だが、スタイリッシュでカッコ良さを追及した身体言語による詠唱を行いポーズを決める。そして、大きく息を吸い込んでから叫んだ。
「必殺!」
その言葉を発したことにより、イメージは完成して魔法は発動した。槍吾の全身が赤色のオーラを纏い、髪は青色に変化して逆立っている。オーラは手に持つ槍にも伝播していき、穂先もまた赤色に染まった。
「
放たれたのは、言ってしまえばただの直突きであった。しかし、その威力は最初に放った技とは比較にならない程に速く強烈だった。
時間にして一瞬。まぶたを閉じて開くまでの間に、その槍はイレギュラーの体を貫いていた。それにより生まれた空洞は穂先のサイズと比べて異常に大きく、胴体の半分以上が喪失している。
「Gu? ……Gua!?」
本来であれば、それほどの致命傷を受ければ事切れておりすでに消滅し始めているはずである。だが、イレギュラーは未だに自身の死に気付いていなかった。
「Gu…a……」
数秒経って漸く己がすでに死んでいると気付くと、瞳から光が消えて力尽きた。
「……ふぅ」
戦闘が終わる。
「……ぷはぁ!?」
「……ふぅ」
「……ぁぁぁぁぁ」
《威圧》を使っていた主が消えたことで恐慌状態から解放された。ようやく正常に動けるようになったことで3人は大きく安堵の声を出した。
「――――」
ちょうど良く、こちらへと近付いてくる救援の声が聞こえる。どうやらこれで一件落着のようだ。
「「「疲れたぁ……」」」
同時に素直な感情を声に出し、その場に座り込む。
こうして、3人の中級パーティ試験は幕を閉じるのだった。
【あとがき】
・《共有》
今回で感情を伝える感覚が何となく把握できた。まだ恐慌状態のときほど具体的に伝えることはできないが、取っ掛かりは掴めている。これからは色んな感情を《共有》する練習が始まるゾイ!
多分、ホラーゲームの配信をするとかなり楽しいことになる。
・
高速戦闘による削りと、フリーの状態から大技を打つのが本来の戦闘スタイル。今回はタンク役無しのソロ戦闘であり、防御力に特化した個体が相手だったために苦戦した。今回は使わなかったが、《狼獣化》というユニークスキルを持っている。
マズルのフィット感やモフモフ具合が最高とは婚約者談。
・
槍吾の必殺技の1つ。端的に言えば、まばたきする間に超高火力の突きを放つだけの技。大きく隙を晒すポーズは《身体強化》や《武器強化》といった魔法を最大効力発揮するための身体言語であり、逆を言えばそのポーズを取るだけで詠唱が完了するとも言える。
・あとから来た3体のモンスター
人型だった故に、恐慌状態になった途端転倒した。
せめて、走ってなければ膝をつく程度で済んだのに……。
・槍吾の彼女
地域で3番目ぐらいに可愛い票を集めるタイプの元美少女、現美女。
獣属性の性癖を持っているが、ひとまず待って欲しい。確かに交友の切っ掛けは槍吾が《狼獣化》のユニークスキルを取得したことではあるが、5ヶ月の間に彼自身の良さに惹かれたから告白したのである。
余談になるが、探索者資格を持たない一般人なのだが、半月後にあることが切っ掛けで滅茶苦茶魔法の特訓を始めることとなる。