イレギュラーとの戦闘が終わった後、すぐに救援の試験官たちが到着した。襲われた4人に負傷などがないかの確認と手当てを受けると、試験官の1人が今回の試験で採取した素材の入った袋を代わりに担いでくれた。
ついでに憔悴している友真たちに対しても担いで行こうかと提案されたが、それは断っている。確かに消耗が激しいが、4月に体験した地獄合宿に比べればそこまで辛く感じないのだ。しっかりとした足取りを見せたおかげで、ひとまずはお米様抱っこを避けることに成功した。
帰還を選べたのは、先ほど3人がモンスターと戦えたおかげである。もしあれがなければ、実技試験の評価はイレギュラーに虐められただけで終わっていた。その場合、この疲労困憊の状態でモンスターを探して戦闘する羽目になっていただろう。
不公平になるかもしれないが、探索者には運も求められる。どのような結果になろうと、今回は運が悪かったと諦めるしかないのが常だ。
しかし、幸いにも各自が一撃で中級のモンスターを倒せたのは大きな加点である。中級に上がるのに一番重視されるのは火力なので、合格ラインを超えたのはほぼ確実だった。それに、友真の《共有》が敵からのデバフをやり返せたのもある。もし厄介なタイプのモンスターからの不意打ちを受けても対抗策があるとアピールできたのだ。
そういった理由から、心置きなく帰還を選ぶことができた。
他班は先に試験を終えたらしく、新たに加わった3人の上級探索者に守られながらダンジョンの入口へと向かう。下級エリアまで戻ったところで、先に避難していた他の受験生や残っていた試験官とも合流した。
そこからは大所帯となったので、雑談をしながら3人のペースに合わせて少し遅めの歩調になった。話の中心となるのは、やはりイレギュラーに襲われた4人である。
単身で対峙して、多少の苦戦はすれど倒した槍吾への賞賛の声や、推定《威圧》と思われる厄介なデバフを受けた状況で中級エリアのモンスターを倒した3人への
反対に、初対面である友真たちと他の受験生たちはやや敬語気味にイレギュラーと遭遇したときの感想なんかを聞いて答えてと距離感を測りながら会話をしていた。少しずつ距離感を掴めてくると普段通りのタメ口に変わり、最終的には連絡先を交換する程度には仲良くなっていた。
そうこうしながら、行きの倍の時間を掛け無事に入口へと辿り着く。地上に出て実技試験の説明が行われた場所へと戻ると、そこには十数人ほど新たに人が増えていた。
心配して駆けつけて来たミサクとタクトの両親、4人の健康状態を確認するための医療スタッフ、ダンジョンを精査しに来た調査員、イレギュラーに関する調書を取りに来た協会職員。その中には、友真と面識のある鷹宮の姿もあった。
まずは形式的に試験終了後の挨拶を済ますと、3人は医療スタッフから入念に検査されたが、幸いにも重度の疲労のみで心身に異常なし。探索カメラに全て記録されていたこともあり、事情聴取はすぐに終わる。最後に試験の結果は2日後であることを伝えられて、本日は解散となった。
ミサクの父親が運転する車に乗せてもらった友真は、事前に買っていたらしい総菜の盛り合わせを貰って家まで送迎してもらうのだった。
***
「――ということがありまして、大変な1日でしたよ」
いつもに比べて少しウトウトと眠そうにしながら、トモリはパソコンの前で配信をしながら雑談していた。
家に入ってすぐにシャワーを浴び、上がると貰ったご飯をペロリと平らげる。そこで漸く落ち着いたからかズシリと疲労感が伸し掛かって来た。けれど、身体は重いが頭は軽い状態だったこともあり、ちょっとだけと思い雑談配信を始めた。
ゲリラ配信であったが、結果を楽しみにしていたのか普段とそう変わらない人数が見に来てくれている。配信が始まると挨拶も早々にイレギュラーに襲われたときのことを話していた。
◎ 前代未聞のイレギュラー多発だったねえ
◎ まさか、遭遇者の中にトモリの名前があって驚いたわ
◎ 素晴らしき巡り合わせだぜぃ
◎ ガンメタ張った相手をよくぞ乗り越えたわね
◎ 随分と運命力が高くて羨ま
すでに、協会からは今日現れたイレギュラーについての情報は拡散されている。『探索者通信』という、協会が何かあればすぐさま発信する情報サービスのおかげだ。
発信される情報は幅広くあり、イレギュラーの発生情報以外にも資格試験の合格率やユニークスキル関連のニュース、変化のあったダンジョンの内容など探索者に関わることは何でもござれ。
例えば、トモリの《共有》による五感障がい患者の治験。これに関しても、新たな発見や進捗がある度に情報が更新されている。そんな感じで、数時間前に起きたばかりの出来事も探索者通信により公開されていた。
イレギュラーの討伐に貢献した探索者は記載されることとなり、その際の名前は自身の登録名になる。恐慌状態の《共有》によって大きな隙を作ることに貢献できたこともあり、友真もまた『トモリ』の名で貢献者に記載されていた。
「本当、まるで狙ったかのように一番厄介な能力を持ったイレギュラーが現れましたよ。最後以外は完全にお荷物になってしまったのが悔しいです」
推定《威圧》と思われるユニークスキルの力は恐ろしかった。全身が震え、心の内から恐怖の感情が湧き続ける状態に抗うことができない。《共有》のおかげで一矢報いることは出来たが、結局はイレギュラーを倒すまでその状態から抜け出すことはできなかった。
あのときの絶望的な体験はしっかりと最悪な記憶として刻み込まれており、今夜は悪夢として見そうである。それぐらい強力なデバフだったとしみじみ語った。
◎ うへ~、強制的に恐怖に溺れるとか嫌すぎるわ
◎ まるで催眠による植え付けだね
◎ オラ!恐怖!恐怖解除!
◎ 解除はしてない定期。
そんな苦い記憶を聞いた共有者たちは絶対に体験したくないと同意している。何故か催眠というワードが出たが、真の意味を理解せぬままトモリはそれを拾った。
「確かに、自分の意志に反して恐怖の感情が止まらなくなるのは催眠に近いのかもしれませんね。もう二度とあんな状況にはなりたくないですし、前倒しで《精神強化》を覚えるのもありかもしれないです」
《精神強化》は、名前の通り精神力を強化するバフスキルである。心を強くすることで環境によるストレスを軽減したり、集中力を上げてゾーンに入ったりと自身の能力を100%発揮するための補助的な役割が強い。また、精神系のスキルを
しかし、《身体強化》と比べると下級時点では必要性が薄く、先に取得すべきモノが沢山ある。実際、今回のイレギュラーを抜きにすれば危険度の高い精神系スキルを使うモンスターは中級エリアには存在しない。
そのため、境専でも2年の後期に入ってから習うスキルであった。
◎ 確かに備えあれば嬉しいなって言うもんな
◎ 憂いなしな
◎ 潤う梨じゃなかった?
◎ 梨って言ったなしか!?
◎ ブシャー!
「はいはい、その辺で止めましょうね。今日は話したいことがいっぱいあるんですから」
妖精さんのミームに染まりそうになったが、すかさずトモリが待ったをかける。そんな風に時々脱線しながらものびのびと好きなように雑談を続けた。
「そういえば、俺のとこ以外にもイレギュラーが出たんでしたよね。どんな相手だったのでしょう?」
暫くして、キリの良いタイミングで他の場所で発生したイレギュラーについて触れることにした。気になっていたこともあり、『探索者通信』を開いて配信画面に映るように移動させてから共有者たちと確認する。
◎ スライム、レイス、プラントのそれぞれが異常個体だったよ
◎ 個人的にはプラントが一番嫌だなぁ
◎ 魔力を吸収するユニスキだっけか
◎ 試験官の放った浪漫魔法を吸収して化け物みたいに強くなったらしいな
◎ 絶対ダンジョンがメタ張ってきたとしか考えられん
「《魔力吸収》は……これか、神奈川のやつですね。試験官の人が魔法特化だっただけに、最初の選択をミスってしまったのですか」
コメントで一番多かった魔力を吸収するイレギュラーの情報を確認する。
神奈川のダンジョンで発生したイレギュラーで、試験官の放った強力な魔法を吸収したことで一気に凶悪化したらしい。受験生は素早く撤退に成功し、救援が来るまで5人の上級探索者が時間稼ぎに徹したようだ。そして、救援に来た特級探索者が一撃で葬った。
◎ 元は中級イレギュラーだったのに、馬鹿強力な魔法食らって準特級並に化けた
◎ 近くに
◎ ナイス判断力、これは天狗もニッコリだわ
◎ さすがFukaネキ
◎ 国内4位のFukaネキには適わなかったよ
イレギュラーを倒したFukaは、日本でも有数の探索者である。双剣と2属性の魔法による高速戦闘を得意とした高火力アタッカーであり、相手の動きをピンポイントに阻害できる《封印》のユニークスキルを使いこなすサポーターでもあった。
普段は4人の兄たちとパーティを組んでいるのだが、モデルの仕事でたまたま近くに来ていたため、1人で颯爽と駆けつけたらしい。
◎ 北海道のはレイス型
◎ 剣も魔法もすり抜けてなすすべ無かったらしいよ
◎ 一応、攻撃の瞬間だけは当たるみたいだったみたい
◎ まあ、それも難しくて例のアレを使って倒したらしいけどね
◎ 破ぁ!さえ使えれば……
北海道では、攻撃の当たらないイレギュラーが発生した。一瞬を当てるために囮作戦を決行するも、知恵のある相手だった所為で失敗に終わる。最終手段として、勇敢なる1人が全裸になり白目を剝きながら自身の尻を叩くという強硬技により弱体化させて倒したという。
…………。いや、なにそれ知らん、怖ッ。
◎ なんか、スライム系で攻撃が効かなかったとかなんとか
◎ 上手く連携してコアを砕いたと思ったらダミーだったとか嫌らしいぜ
◎ 最後は0karenが《自爆》で倒したらしいけど、どうやったんだろうな
◎ 多分、スライムだから体内に飛び込んでドガーンだと思う
そして、トモリと同じ市内で起きたもう1体のイレギュラーはクラスメイトであり、同時期にデビューしたDTuber仲間でもある0karenこと不知火の活躍により討伐された。様々な手段で攻撃をしたが禄にダメージは与えられておらず、有効打が《自爆》だけだったために対応策は未発見と記されている。
「それにしても、変な話ですよねー。4ヶ所全てで上級探索者が倒せない中級のイレギュラーが出て来るなんて」
最後にトモリの遭遇したイレギュラーの情報もチラッと覗いたあと、やはり皆が思う疑問を口にした。なにせ、同日に複数個所でイレギュラーが現れること自体が初めてである。更には、まるで狙ったかのようにその場の探索者に対してメタを張ったような能力のイレギュラーであることも併せると兎に角異例なのだ。
◎ 今勢いがあるのは17歳で自我が芽生える説
◎ ずっと寝てて漸く目覚めた説も強いぜ
◎ ダンジョンマスターが居てコツコツレベル上げた説が俺の最推し
◎ 探せばダンジョンコアとかあったりして
そんな状況のため、SNS上では様々な風説が飛び交っていた。とりわけ有力だったり面白かったりする説がチャット欄に書き込まれている。中には創作の読み過ぎな説もあったが、すでにこの世界にはフィクションが来訪しているので絶対にないとは言い切れなかった。
「やっぱり似たような説が出てますねー。とはいえ、これ以上のことはダンジョン省の偉い人に任せましょう」
結局はどんな説を挙げようと憶測以上にはならない。故に、適度に話したところで別の話題に移ることにした。
「それでは、《共有》の体験コーナーに移りましょう。なんと、今回は五感ではなく感情をお届けしたいと思います」
パチパチと拍手をしながら、自身の成長をお伝えする。調書を取っていたときに話した結果、その場ですぐに試すこととなったのだ。結果は成功。一瞬ではあるが、そのとき抱いていた感情を相手にも共有できたのだ。
「どうも、イレギュラーに恐怖を伝播させられたのでコツを掴めたようで、俺が現在感じている思いも少しだけですが届けられるようになりました」
◎ え、マ!?マ!?
◎ は? それってつまりはトモリの思い純度100%が受け止められるってこちょ!?
◎ なにそれ、最高のご褒美じゃん
◎ ふむ、続けたまえ
「まだ数秒が限界ですけどね。それでは試しに、今の感情が伝わるか体験したいみたい人は……えぇー、凄い勢いでコメントが流れちゃってますねー」
体験希望者を募った瞬間、コメントの書き込み速度は過去最高を記録した。1000を超える人間が一斉に書き込んだおかげでチャット欄は猛スピードで駆け抜けている。
その状況に困惑するが、この3ヶ月弱で慣れてきたトモリはささっとくじアプリを起動して厳選なる抽選を行う。結果、20名の勝者に対してトモリの感情が届けられるのだった。
◎ え、なにこれ、なんかすっごい嬉しさがこみあげてきたんですけど
◎ 心が、トモリの思いが、私に伝わってくる
◎ これが、嬉しいという感情……
◎ この掌にあるものが心か
「あはは、悲しきロボットが多くて草ですね」
トモリの感情を受け取った共有者たちは、大袈裟にリアクションしている。その半数は心のない化け物だったようだが、《共有》のおかげで正しい感情を得ているようだった。
届けられた感情は、トモリの心の中にいっぱい詰まった喜びである。ほんの一瞬であったが、凝縮された気持ちは確かに共有者たちに届いていた。
初めてイレギュラーと遭遇したが、ただ相性の悪いユニークスキル1つで九死に立たされたが、結果的には《共有》への理解がより深まり一矢報いることができた。そして、3人とも五体満足に帰還し、夜には共有者を相手にのんびりと雑談に興じられている。
その思いを綺麗な形で届けられたのか、チャット欄も優しい言葉に溢れていた。
◎ ぐぎぎ、俺もトモリの思い受け取りたかった
◎ 抽選当たった奴が妬ましい……くっそ、末代まで恨んでやる
◎ 何故だ、毎日トイレ掃除をして徳を積んでるこの僕が外れるなんて……
訂正。敗者は惨めに嘆いていた。
「しょうがないにゃあ。それでは、第2陣の抽選をしますね」
そんな哀れな惨状を見て、トモリは優しくもう一度チャンスを与えることにする。そして、2回目の抽選により勝者が倍の40人に増えた。だが、それでも希望者の一握りしか満たされていない。とはいえ、雑談配信でいつまでも繰り返すのは面白味に欠けるし、トモリに限界も来ていたため、残念ながら3回目が行われることはなかった。
「ふわぁ……ん、すみません、今日の疲れが出てきたのでそろそろお開きにしますね。最後に、嬉しいお知らせをして終わりとなります。なんと、
◎ おお!しゅげぇ!
◎ 豊穂食品って有名なとこじゃん
◎ 冷凍弁当には週5でお世話になってるわ
◎ ちょい割高じゃけど良いんだよなあ
◎ そういや携帯食とかも作ってたな
豊穂食品は、『手軽に美味しく健康に』を理念に携帯食や冷凍食品を製造販売している会社だ。一般層向けの栄養バランスの良い冷凍のおかずやお弁当で有名だが、最近は探索者向けの携帯食にも力を入れ始めている。
ただ、まだそちらの知名度はまだ低く、広告を打つ手段としてインフルエンサーなどに商品をPRしてもらう方法を選択したようだ。その中の1人が、トモリである。
案件が貰えたのは、志乃の父親のおかげだった。彼のツテから豊穂食品の営業にトモリのことが伝わり、順調に知名度を上げているDTuberとして候補に上がったらしい。そして、《共有》という唯一無二のユニークスキルを持っていたのが決め手となり、境専を通して依頼が回ってきた。
その経緯はトモリも聞いており、誠に対してお礼を伝えている。
「案件配信は明後日、ちょうど試験の結果発表の日にやります。どうせなので、配信者らしく結果をお伝えするのは配信の途中でさせていただきますね」
そう告げてから終わりの挨拶で締め、その日の配信は終わった。
【あとがき】
・探索者通信
探索者協会が発信している探索者やダンジョンに関する最新情報をお知らせする情報サービス。些細なことでも発信されることがあるため、多ければ1日に100以上の情報が提供される。そのため、毎日情報をわかりやすく噛み砕いて解説する動画が重宝されている。
・イレギュラー
他の3件もそのときの受験者にとって最悪な能力を持っていた。ちなみに、遭遇したのはトモリと同じように名門や一流の探索者学校生。全員、運命力が高かったのが原因かもしれない。